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籠城

旭暴走中。

 買い出しから帰ってきて3日。椎奈が出かけるまで、あと2日。



 ……どうしてか分からないけれど、旭先輩はずっと部屋に籠もってる。



「……まあ、エルヴィンと話し込んでいた時から、予想はしていたが。多分、あそこで聞いた理論を検証しているんだろう。何かまた魔術を作っているのかも知れないな」

 やや呆れつつも慣れた様子でそう説明する椎奈は、全く気にしていないみたい。私と里菜は、無言で顔を見合わせる。



 ——おかしいと思う。


 4日後に出発する恋人の側にいるでもなく魔術の研究をする旭先輩も、それを不満に思うどころか寂しそうな様子のない椎奈も、おかしい。


 確かに2人は普通のお付き合いをする性格には見えないけれど、ここまで淡泊だと流石に不自然だ。



「椎奈は寂しくないの?」

 意を決して聞いてみると、椎奈は不思議そうな顔で問い返してきた。


「寂しい?」

「旭先輩と一緒にいられなくて。椎奈、もうすぐ出発なのに」

「別に。私も色々とする事があるし、折角訓練が休みである以上、旭が趣味の魔術研究をするのは自然な流れだと思う」

「趣味ですか……」


 里菜は呆れ顔だ。私は、旭先輩らしいなと思うけれど。

 でも、旭先輩だって、もう少し椎奈に執着すると思ったんだけどな。


「……それに、私が出発するからといって、旭が自分のしたい事をしないのは、おかしいだろう」

 そう言って、椎奈は立ち上がった。そのまま部屋を出て行く。



 どこに行くかも言わない椎奈を、それでも行き先を聞けないまま見送って、私達は顔を見合わせ、息を吐きだした。


「……何か、疲れるねー」

 里菜の言葉。ちょっと意味が分からなくて、首を傾げた。それを認めた里菜が、苦笑する。


「何が起こってるかもよく分からなくて、けど聞くと嫌がられて……って、ちょっときついな。いつも学校で鬱陶しがられてたのとは、また何か違う感じ」

「ああ……」


 何となく言いたいことが分かって、頷く。



 椎奈の行動基本は、私達を絶対に危険な目に遭わせない事。だから、私達が何も知らずに、出来るだけ平和に暮らせるように、独りで黙って行動する。


 旭先輩は椎奈の意見を尊重して、それをサポートする形で動いている。椎奈が何も言わないって決めているからか、元々余り話さない性格だからか、やっぱり何も言わずに行動する。


 そうやって気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、何となく仲間外れにされている気がしてしまう。椎奈のはっきりした物言いのせいもあるんだろうけど、思い切り拒絶されているような気持ちになるのだ。


 最初のうちは訓練が大変で、椎奈がそういう事をしているって気付かなかったから気になる事もなかったけれど、知ってしまってから、何だか今までの事も思い返されて、少し辛い。



 ……私達に力が無いのだから、仕方ないのだけれど。



 ちょっと空気が重くなりかけたとき、サーシャさんが入ってきた。もうお昼の時間だったみたいだ。


 私達を交互に見て、サーシャさんが小さく首を傾げる。

「アサヒ様はご不在ですか?」

「あ、いえ、部屋にいます」


 里菜が答えるのを聞きながら、そういえばいつもはお昼には出てきてたなあと思い出す。時々こんな風に時間を忘れて、椎奈が呼びに行っていた。


「呼んできますね。行こ、詩緒里」

 そう言ってにっこり笑う親友の気遣いをくすぐったく感じつつ、頷いて立ち上がる。そのまま2人で旭先輩の部屋に向かった。



 扉をノックする。返事が無い。

 もう1度ノックしても返事が無かったので、どうしようかと躊躇った。


 研究中なら邪魔をしない方が良いのかな、それとも、お昼を抜く事の方が良くないかな。


 そうやって迷っている私を余所に、里菜は迷わずドアノブに手を伸ばした。


「……あれ、鍵かかってる」

「やっぱり、邪魔しない方が良いんじゃないかな」

 里菜が押しても引いても開かないドアに口を尖らせているのを見て、控えめに提案する。けど、里菜は諦めない。


「でも、お昼抜きっていうのは体に悪いと思うんだ。今朝詩緒里が言ってた通り、旭先輩、睡眠時間短いみたいだし、ご飯だけでもちゃんとしないと」


 里菜が言っているのは多分、昨日たまたま目が覚めた時、旭先輩の部屋の方から霊力の波動を感じた事だ。目が覚めたのはかなり夜更けだったし、次の日は里菜よりも早く起きている気配があったと言うから、きっと余り寝ていない。


 確かに、睡眠不足なら、ご飯だけでもきちんとしないと、体を壊しそうだ。


 頷いて同意を示すと、里菜は大胆にも鍵開けの魔術を使う事にしたみたい。


「……それは流石に拙くないかな……」

「だって、こうでもしないと多分気付かないし」


 ちょっと尻込みした私の言葉をあっさり流して、里菜は魔術を発動した。鍵穴が一瞬光って、ちゃんと鍵が開いたのを確認して、里菜が改めてドアノブに手を伸ばし、引いた。ドアを開けながら、里菜が声をかける。



「旭先輩、お昼——」



『姫様!』『リナ!』



 里菜の言葉に被せるようにイラとユウの声が響き、里菜の周りに二重の結界が張られた。同時に、私の周りにもイストとミキの結界が現れる。



 ——次の瞬間、光の爆発が結界を叩いた。



「な……な……」

 絶句して、危うく腰が抜けかけている里菜——私も似たようなものだけど——が口をぱくぱくと開閉していると、中から少し驚いたような声が聞こえた。


「……古宇田と神門、か?」


 旭先輩だ。奥から姿を現した先輩は、珍しく驚きと焦りをはっきり目に浮かべて、私達を交互に見やっている。


『……アサヒ殿、これはどういう事か』

 ユウが固い声で問い詰める。旭先輩は1つ息を吐きだし、軽く頭を下げた。


「すまない。研究の邪魔をされたくはないから、部屋には防御魔術を敷いている。何らかの魔術で扉を開けた為、迎撃魔術が反応した。……椎奈は居なかったのか?」


 まだ声が戻ってこないので、ただ頷く。旭先輩は少し戸惑った顔をして、もう1度頭を下げた。


「いつも椎奈が来ていたから、油断していた。危ない目に遭わせてすまない」

「……先輩、椎奈が来るときも、こんな魔術向けてるんですか?」


 里菜は、私より先に言葉を取り戻したみたいだ。ちょっと非難するような声で、旭先輩を問い詰める。流石に私もどうかと思ったので、答えを求めて旭先輩を見上げた。


 私達——神霊、精霊達含む——の視線を受けて、旭先輩は小さく肩をすくめる。


「この程度の魔術で怪我をする椎奈ではない。いつもいつもあっさりと解除するから、毎回魔法陣を変えて挑んでいた。向こうもどこまで解除出来るかどうか挑戦していたようだから、そのまま続いていたのだが……」


 ……そうやって改良しているうちに、とっても強力な魔法陣になったという事みたい。


 ようやく、いつも椎奈が旭先輩を呼びに行っている理由が分かった。私達には危ないからと、自分が旭先輩の魔法陣の挑戦したいからだったんだ。……何で今日に限って出て行っちゃったんだろう。


 私達から納得の色を読み取った様子の旭先輩は、続けてイスト達に視線を向ける。


「結界、感謝する」

『……それが我々の任務だ。しかしアサヒ殿よ、頼むから味方による攻撃まで警戒させないでくれ』

「今後は気を付ける」


 ミキの切実なお願いに頷く旭先輩。それを確認して、イスト達はみんな姿を消す。悪意が無いなら良い、そんな顔をしているのが見えた。



「……それで、椎奈は?」

 再びの旭先輩の問いかけ。やっと声が戻ってきたから、緊張気味に、でも、しっかりと答えた。

「ついさっき出て行きました」


 旭先輩が、僅かに眉を顰める。けれど結局それ以上は聞かず、話を戻した。


「昼食か?」

「はい。食べますか?」

「ああ」


 頷く旭先輩と一緒に、サーシャさんの元に戻る。



 サーシャさんは、疲れた顔をした私と里菜を見て、心配そうな顔をした。

「コウダ様、カンド様、どうかなさいましたか?」


 相当大きな音がしたのに、サーシャさんは何も気付かなかったみたいだ。サーシャさんは魔力とかの流れにも良く気付くのに、どうしてだろう。


 里菜も同じ事を思っていたみたい。2人同時に、旭先輩を振り仰いだ。


「……あの辺りには、結界を敷いている。椎奈とのやりとりは、いつもかなり音が立つ」

 私達にだけ聞こえる声でそう答えて、旭先輩はサーシャさんになんでもないと首を振ってみせて、テーブルについた。




 ……何だか、こっちに来てから、1番身の危険を感じた気がする。


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