ナンパ
タイトルの通りで、閑話に近いです。
「いらっしゃいませ」
武器屋を後にして椎奈が向かった先は、こぎれいな喫茶店だった。小さな花柄の壁紙と、淡いグリーンのカーペットが可愛らしい。
「使用人達に好評だったし、ここで時間を潰すのが無難だろう」
そう説明して、椎奈は空いている席に腰を下ろした。私達も、同様に座る。
ウェイトレスさん——こっちでもそう言うのかな?——にメニューをもらって、詩緒里と一緒に覗き込む。
「なんか……知らない名前ばっかりだね」
詩緒里が困ったような口調で呟いた。言葉通り、イズとかミユとか、それ何? って感じ。
ステラさんにでも聞こうかと思ったら、椎奈が教えてくれた。
「これが紅茶、これがフレーバーティ、これがコーヒー……」
ステラさんがきょとんとしているのを見て、分かった。そっか、ステラさんに聞いても、私達の世界で言う何なのかはさっぱりだよね。
「決まった?」
「え、ちょっと待って……」
一通り説明して直ぐ尋ねる椎奈に、慌てて待ったを出す。そんな直ぐには決められない。
詩緒里とあれこれ相談して、ステラさんとベラさんにオススメを聞いて、さんざ悩んで選んだのは、すっきりとした果実のジュース。詩緒里はフレーバーティを選んだ。
「……ちょっと時間を潰すだけなのに、そこまで選ぶ必要があるのか?」
「あるよ! 折角飲むなら、美味しいものが良い!」
そうある機会じゃないんだから、異世界食文化を楽しまないと。
そう主張する私に肩をすくめて、椎奈が店員さんに注文してくれる。どうやら椎奈はコーヒー、ステラさんとベラさんは紅茶を選んだみたいだ。なんてシンプルな。
5分程たって飲み物が運ばれてきた。私のジュースは、とても綺麗なオレンジ色だ。詩緒里のは、朱色。
わくわくしながら試してみると、とても甘い。でも、はっきりと果物らしいみずみずしさもあるから、全然嫌みじゃない。
『美味しい!』
叫んだら、詩緒里と言葉が被った。思わず顔を見合わせて笑う。
互いに交換して試そうとした時、椎奈がふっと立ち上がった。
何だろうと思って顔を上げると、2人の男の人と目が合う。何だかにやついているのを見て、思わずうわあと顔を顰めた。
あの顔は、間違いなく——
「子供はお家に帰る時間だぜ? 俺達はそっちのお姉さん達に用があるから、兄ちゃんと一緒に帰ってな」
2人の内の1人、金髪をあちこち跳ねさせた人が表情と同じ雰囲気の声音でそういうのを見て、自分の勘が間違っていない事を知る。
うん。東洋人って、幼く見えるって言うもんね。私達が実際より年下に見られてもおかしくないよね。
……私と詩緒里が「子供」で、椎奈が「兄ちゃん」なのは気にしない事にする。
「悪いが、連れを待っているところだ。彼女達も私達もこの後用事があるから、そちらの要求にも意図にも付き合えない」
椎奈がきっぱりと断る。目がいつもより冷たいから、これがステラさんとベラさんへのナンパだって事には気付いているみたい。
椎奈の端的な物言いは、2人には不快だったみたいだ。ちょっと顔を顰めた後、わざとらしい笑顔を浮かべる。
「兄ちゃんには聞いてないっての。俺達はあの女の子達に用があるんだよ、お分かり?」
赤い髪をつんつんに立てたお兄さんのどこか小馬鹿にしたような口調にも、椎奈は動じない。
「言ったはずだ、彼女たちは用事があると。用事と言うよりも、仕事と言うべきか」
「ええ、そのとおりです。貴方達の相手は出来ません」
ステラさんもはっきり頷いて、椎奈の言葉を肯定する。隣に座ってたベラさんは、店員さんにお金を渡している。ここを離れるつもりみたいだ。うん、私もその方が良いと思う。
「そう堅い事言うなって」
そう言って赤毛のお兄さんがステラさんの肩に腕を回そうとした。それを椎奈が掴んで止める。
「そうして無理矢理連れて行くのが、お前達にとっての女性の誘い方なのか? それでは誰も答えてくれはしないだろうに」
……椎奈、それ挑発。
男の子と間違えられている事を利用してステラさん達のガード役をするのは良いと思うけど、男の子と間違えられたままそういう事を言うのは、拙いんじゃないかなあ。
案の定、お兄さん達は額に筋を浮かべている。今にも怒鳴りそうな様子を見て、私はぱっと立ち上がった。
「あのっ! これ、「ナンパ」ですか?」
大きな声でそう言うと、場がしーんと静まりかえった。固まったようなお兄さんに、あえて幼く見えるような笑顔を浮かべてみせる。
椎奈が男の子として振る舞うなら、私も子供として振る舞ってやる。「子供」の言葉程、毒気を抜くものは無いよね?
狙い通り、お兄さん達は勿論、椎奈も気が削がれたような表情で肩をすくめている。よし、大成功!
「ステラさんもベラさんも、素敵ですもんね! 分かります! でもお兄さん、やめた方が良いですよ。2人とも婚約者がいますし、相手の人、騎士さんだから、誰か手を出したら、思いっきり殴ってやるって言ってました!」
でもって無邪気な振りして警告してやれば、2人は分かりやすく青醒めた。
「……まあ、あの人はそんな事を言っていたのですか? 知りませんでした」
そう言って頬を抑えるステラさん。ノリが良いのが嬉しい。
「ステラさん達、とても仲良しですもんね。羨ましいです」
詩緒里も私に便乗して言ってくれる。よし、ここまで来れば良いかな。
「……何だか、あの人に会いたくなってきてしまいましたわ。皆さん、そろそろ帰りません?」
別れの言い出しは、けれどベラさんだった。ちょっと棒読み気味だけど、話を合わせてくれてほっとした。
「……そうだな。行こうか」
それを見た椎奈が、やれやれと言わんばかりに相槌を打って立ち上がる。私達もそれについて店を去った。ナンパ男達も、流石に後を追おうとはしなかった。
別のお店に行くって選択肢もあったけど、何だか疲れたからさっきのお店に戻る事を提案した。反対意見も出なかったので、旭先輩の元へと戻る。
帰り道、珍しく椎奈から話しかけられた。
「随分手際が良かったな。ああいう輩は確かに私達の国にもいるが、古宇田はあしらい慣れているのか?」
「うーん、お姉ちゃんがそういうの上手なんだ。嘘でも何でも良いからとにかく相手の気を削げって」
お姉ちゃんの手際とアドバイスを参考にした初めての実戦だったけど、成る程上手くいった。
心の中でありがとうを言っている間、椎奈はかなり感心しているようだった。
「良い姉を持ったな。見習いたいくらいだ」
「……でも椎奈、バイトしていたなら、ああいうお客さんをあしらう事多いんじゃないの?」
詩緒里のもっともな疑問に、椎奈は肩をすくめて答える。
「いつもは裏方で働いているから」
「バイト帰りにナンパされたりしないの?」
ずっと気になっていた質問をしてみる。だって椎奈、美人だし。学校でも和風美人で通っていたから、夜遅くまでバイトをしていたら、その行き帰りとかに絶対ナンパされるだろうなと思っていたのだ。
旭先輩への遠慮と、聞くタイミングを見つけられなかった疑問は、椎奈の予想外の、でも凄く納得する答えで解消される。
「ああ、何度か声をかけられた事はある。いつも適当にあしらうけど、最後は怒って殴りかかってくるんだ。仕方無いから最低限やり返して、タイミングを見計らって逃げる事にしている。流石に怪我をさせるわけにはいかないからな」
……椎奈の喧嘩を売る態度は、ナンパ男によって磨かれていたようです。