買い出し
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魔道具と魔法具がごっちゃになっていたので……
魔法具:魔術の補助具。魔力が無いと使えない。杖です。
魔道具:単体で魔術を発動する道具。魔法火のライターとか。
闘技大会の後、王から直接、城下へ出る許可が下りた。王妃に言われた通り、実力を見せつけたからだろう。掌を返すような態度の豹変ぶりに、呆れる。
「それは、まあ、シイナ様達がなさった事は、我々には信じがたい事ですから……」
ここのところやたらと媚を売る貴族どもについてつい愚痴を漏らすと、護衛と定めたボローニが、苦笑気味にそう答えた。
「利用価値にようやく気付き、取り込もうという動きが活発化するのは当然だ、と?」
「……シイナ様、あまり困らせないで下さい」
同じく護衛のメイヒューが、言葉通り困惑を顔と声音に乗せて訴えてきた。確かに、彼らに仕える側の騎士や魔術師には、答えづらい問いだったか。肩をすくめ、それ以上の追求はやめる。
ふと視線を感じ、顔を上げた。3人目の護衛、ホルンが、もの言いたげな表情でこちらを見つめている。
「どうした?」
尋ねてみると、ホルンははっと息を呑み、視線を逸らした。
「いえ、何でもありません」
その口調から判断するに、おそらく彼女は、私が提示した「条件」を思い出したのだろう。ならば、わざわざ追求はするまい。
視線を滑らせる。楽しげな表情で辺りを見渡す古宇田と神門が目に入った。城下での買い出しは、彼女たちには良い気分転換になっているらしい。
——当然と言えば、当然か。ただの高校生が、2ヶ月以上も訓練と学習ばかりをしてきたのだから。
彼女達から視線を逸らし、街の様子に目を向ける。
中世並みの文明発展度にしては、随分整備された、清潔な街だ。商店も1つ1つが活気にあふれ、陳列されている商品も、一目で扱いが良いと分かる。街の様子については使用人達にさんざん自慢されたが、納得だ。
……これなら、良い武器も手に入るかもしれない。
城にあるものが最上級だという考えは、誤りだ。自由に他国から商人の入る街の方が、付け入れられる隙を与えかねない国家間の貿易よりも、より最新の、より質の良いものを売る事が出来る。商人は金さえ手に入れば何でも良いのだ、やりがいがあるというものだろう。
第一、貴族の武器はおおよそが個人的に注文しているはず。城内で働ける人間が、わざわざ城の武器を使うとは考え難い。戦時用の蓄えだろう。
……だとすると、何故あの場に神霊の眠る璃晶を有する武器があったのか、はなはだ疑問だが。
「わあ、すごーい!」
不意に上がった歓声に目を向けると、古宇田達は街の大道芸の前で立ち止まっていた。何かが輝いているように見える。
少し興味を持って近付くと、氷の欠片が華のように舞っていた。魔術で操っているのだろうが、それにしては動きが洗練されている。魔術の専門家と言うよりは、こうして魅せる事の専門家なのだろう。魔術の存在が認められていない元の世界ではあり得ない光景だ。
ふと顔を上げる。旭が私を見下ろしていた。
「どうした?」
「……いや」
不審に思って問いかけるも、ただ首を横に振られてしまう。先程のホルンとはまた異なる否定の形に、心が騒いだ。
——大丈夫だ。護衛達と交わした約束を、彼は知りようがない。
「椎奈ー、行くよー!」
古宇田の声に目を向けると、2人は既に大道芸人の所から離れ、距離を置き始めていた。返事を返し、少し足を速める。
目的地は、始めに話してある。そこに向かう間にどこへ立ち寄っても良いと告げているからこそ、古宇田達はあちこちへと目移りさせているのだろう。目的の買い物以外には一切寄り道をしない私としては少し無駄道な気もするが、彼女達の買い物の方が一般的なのだろう、おそらく。
2人に付き合い小物屋、服飾店を冷やかした後、旭が足を止めた。視線の先には、魔道具の店。
「見るか?」
城には、魔道具はほとんど無い。旅人のように、魔物や盗賊に不意打ちされ、咄嗟に身を守る強力な手段が必要でなければ、使いようがないからだ。
使用上限は数回、威力もそこそこ。魔力が多く、剣も扱える騎士達にとっては、無用の代物。そんなものを貯蓄しておくのは、無駄というものだ。
「ああ」
だが、いずれ4人で旅する以上、必要となる事もあるかもしれない。
……いや、旭は単に、魔術に関わる物に興味があるだけだろう。証拠に、深湖の水面のような瞳が、僅かに輝いている。知的好奇心に駆られた時にしか見えない輝きだ。
そんな時の瞳は綺麗で、私としてもその輝きを曇らせたくはない。店に立ち寄る事にした。
攻撃用の魔道具は、案の定役に立ちそうにない代物ばかりだった。さる人物の制作した魔道具を見た事のある私には、子供騙しのギミックのように見える。
だが、一般人用だろう、生活補助の魔道具はなかなか便利な物が多かった。火を付ける物、虫がよらないようにする物、照明。高位の魔術師の制作なのだろうか、構成も割としっかりしている。
店員によると、国民の生活を向上させる為の魔道具は開発を奨励されていて、作れば国から報奨金が出るらしい。
攻撃用の物も同じように力を入れればそれなりの物が出来そうな気もするが、城下に住んでいる人間は魔物に襲われる事はまず無いし、魔物が良く出没する地域には騎士が常駐している。国としては不要だと判断しているらしい。
魔術師は、呪文を詠唱するだけで出来る事をいちいち道具にしようと思わないのだろう。興味の無いものにはとことん興味を示さないという研究者の性格は、世界を違えてもそう変わりないようだ。
ひとまず、旅に利用できそうな魔道具は購入しておいた。己の霊力を消費しなくて済むのはありがたい。
私が物色している間、旭は魔道具に探査の魔術をかけているようだった。見つかればただでは済まないと思うのだが、そこは弁えているらしく、隠蔽の気の強い魔術を使用していた。気付かれなかったのだから、何も言わない。
不可解な事に、しばらく旅に出ないはずの古宇田達がいくつか買っていた。理由を聞くと、
「おもしろいから!」
という返答が返ってきたので、放置しておく。城の金だ、無駄遣いを気遣う必要もあるまい。
他にも数店立ち寄ってから、ようやく目的の武器屋に到着した。職人気質の人間が店長で、良い物しか仕入れないという評判の店だ。
「おーい、エルヴィン、いるか?」
何度か武器を作ってもらった事があるというボローニが人気の無い入り口で声をかけると、奥からがたいの良い中年の人物が現れた。
赤銅色の肌、赤い髪、榛色の瞳。腕には無数の火傷の痕。手は、あちこちにたこがあり、分厚くなっている。
「……何だ、ダニエルか。久しぶりに来たと思えば、何だ、随分大所帯じゃねえか」
「ああ。彼らが武器を見たいと言うから、俺の知る1番の店を紹介したくて」
「世辞を言っても、俺は相応しい人間にしか武器は売らん。で、彼らってのは、どいつだ」
無愛想な物言いで問いかけ、視線が私達を撫でる。1歩踏み出して、答える。
「私と旭だ。古宇田と神門は、防具を見る」
手で示しながら答えると、エルヴィンと呼ばれた人物は胡乱げに目を細めた。
「後ろの兄ちゃんは良いとして……あんたの細腕じゃ、弓が限界だろう。他の嬢ちゃん達なんて、戦えるとは思えないんだが」
「私は刀を扱う。古宇田は薙刀、神門は苗刀。騎士と張り合う程度の腕はある」
「少なくとも、俺はシイナさんには勝てないな」
護衛達には、外では敬称を改めるよう伝えてある。名前は知られていなくても、様付けなどすれば、勇者と勘付かれかねない。騒ぎは煩わしい。
ボローニの保証に、エルヴィンは酷く驚いたように私を見つめた。良くある反応なので、放っておく。
「……まあ良い。ダニエルの保証があるなら、まあそれなりには使えるんだろう。好きなだけ見てけ」
許可が下りたので、物色を開始する。古宇田と神門は残って、防具の希望を伝えているようだ。選べないから選んでもらおうと、そういう考えらしい。彼女たちの事はエルヴィンに任せ、自身の武器を見に行く。
目当ての刀を探す。が、見つからない。
……そういえば、あれは神刀扱いだったか。
仕方が無いので、他の携行武器を一応見る。
スローイングダガーは、まるきり物が違っていた。こちらの方が明らかに強度が高いし、多種の性質を使えるようになっている。全て新調しよう。
脇差しや日本刀は、さして変わらない。今のままで良い。
続いて、防具。急所を庇う、軽量の物を探す。速さ重視の戦いをする以上、動きを邪魔する物は極力避けたい。
ところが、どうもこちらの世界ではしっかり身を守るタイプが主流らしい。鎧のような代物しかないのだから、参る。
刀と防具についてエルヴィンに尋ねるべく、入り口の方へと戻った。丁度2人は防具を選び終わったようだ。エルヴィンの目が私を捉える。
「へえ、そんなものを使うのか」
「補助だ。メインの武器ではない。直刃で諸刃の刀はあるか?」
エルヴィンの興味津々な表情が、固まる。
「……それは、神刀だろう」
「知っている。だが私はあれを使うし、それは他の者達にも認められている。一応一振り持っているから、無いなら構わない」
「構えを見せてみい」
そう言われて、私は結印した。旭にもらった魔法陣を展開し、刀を取り出す。エルヴィンがあんぐりと口を開いているが、説明のしようが無いので無言を通す。
刀を抜き放ち、正眼に構える。エルヴィンの目が鋭く光った。
「成る程、出来るというのは本当のようだな。魔術は使えるのかい?」
「勿論だ」
軽く霊力を流してみせると、彼は今度こそ納得したようだ。
「ちょっと待っとれ」
そう言って店の奥へ下がったかと思うと、一振りの日本刀を持って戻ってきた。
「生憎と、その刀は無い。手入れの方法が特殊とかで、神官の承認が無ければ扱えねえんだ。けど、この刀はあれ並みに魔力耐性があるし、上物だ。片刃だが、試してみる価値はあるぞ」
そんな説明と共に手渡された刀を抜き放ってみて、思わず息を止めた。
鞘から滑り抜けるような感触、手に負担のかからない抜刀の軌道。しっかりとした造りながらも、決して重く感じない。かといって軽いわけでもなく、手に吸い付くように馴染む。
ただ一太刀を、限りなく極めた一振り。
「……エルヴィン。これが何か、知っていて渡したのか?」
「さてな。その様子だと、気に入って貰えたようだ」
直接的な返答は無かったが、エルヴィンは私の様子に満足げだ。一目でこの刀を見破った事が気に入ったらしい。
ただ構えただけだったというのに、私の刀術を見破られた。……全く、これだから職人というのは油断ならない。
だが、その誇りに満ちた仕事ぶりは、好ましい。
「ああ。こっちのダガーとこの刀をくれ。あと、防具は陳列分しか無いのか?」
問いかけに、エルヴィンはにやりと笑った。
「そう思うか?」
「……いや」
思わず苦笑しそうになる。随分と楽しそうだ。このやりとりは、元の世界の鍛冶師を思い出す。私もそれなりに楽しんでいるようだ。
「今持ってくる。ついでにちっと加工するから、そこで茶でも飲んどれ」
そう言って、こちらの返答も待たずに奥へと下がった。弟子なのだろう、若い青年が苦笑気味にお茶を持ってくる。
「すみません、師匠、妙に張り切っているようで」
「気にしていない。こちらとしては良いものが手に入るという事だから」
「そう言って頂けると、助かります。……ところで、アサヒ様はいずこに?」
そう聞かれて、ようやく気付いた。言われてみれば、旭の姿が見えない。長巻はここから見える位置に置いてあるが、そこにもいない。
何をしているのか気になりはするが、エルヴィンに待てと言われている。ああいう人間は、これで待っていないとへそを曲げかねない。
まあ、ここで敵襲に遭うとも思えないし、何か異常が生じた様子も無いから、心配する必要も無い。旭の事だ、また色々物色しているのだろう。
「さあ。奥にでもいるのだろう」
そう答えた時、エルヴィンが戻ってきた。胸に抱えるように、防具を持っている。
「これでどうだ? あんたには1番だと思う」
差し出されたそれを、手早く身に付ける。予想通りの軽さと動きやすさだ。どうやら、本当に良い鍛冶師に恵まれたようだ。
「ああ。これが良い」
そう頷いた時、視界の外から声が聞こえた。
「エルヴィン。これは何だ?」
旭だ。姿を現したと思えば、他の者が目に入らない様子でエルヴィンに視線を定めている。手には、サーシャが持っていたのと同じような銃。
問われたエルヴィンは、私とのやりとりの後で、基本的な質問をされた事に気分を害したらしい。酷くぶっきらぼうに答えた。
「見て分からねえか? 魔力を弾にして放つ武器だ。そりゃものが良いから、数属性の魔力弾を打てる」
「それは分かる。俺が聞きたいのは、これに使われている金属の正体と、この構造だ」
その言葉に興味を駆られて、旭に近付いて手元を覗く。艶消しの黒が鈍く光るそれは、確かに奇妙な代物だった。
魔法具に必ずあるはずの晶華が無い。本体自体に紋様が刻まれていて、複数の魔術的要素が見られる。
「金属に魔力を弾として放つ為の回路が書き込まれている。本来魔法具とは、晶華によって使用者の魔力を調整し、一定の魔術などを発動させるものものだと認識していたのだが」
淡々と、しかし納得いかないとはっきりと分かる声音で、旭が問いを重ねると、エルヴィンは嬉しそうに笑った。
「久しぶりに立派な剣士に会ったと思いや、魔法具に詳しい奴にまで会えるとはな。ああ、一般的にはその通りだ。が、その金属は特殊なんだよ」
エルヴィンはそう言って旭の手から銃を取り上げると、無造作に床に投げ捨てる。堅い金属音が鳴り響くかと思ったそれは、無音でゆっくりと降下した。
「聖獣が住む地域でしか採掘されない、貴重な金属。込められている魔力値が高く、滅多な事では傷付かない。それを、魔術を使いながら加工していく」
説明しつつ銃を拾い上げ、私達に銃身がよく見えるように掲げる鍛冶師の顔は、誇りに満ちている。
「簡単には刻めないぞ、こんな紋様。強い魔力と確実な技術、何より根気が必要だ。魔術ってのは面倒なもんで、ほんの少しでも線がずれれば使い物にならねえからな」
「これを、エルヴィンが?」
身を乗り出しそうな様子で問いかける旭に、エルヴィンは口の端を吊り上げた。
「魔力は足りんから、魔術師に頼んだがな。設計も魔力の操作も、全て俺の仕事だ」
「構造は? ただ銃身に紋様を刻んだだけでは無いのだろう」
そう問いかける旭を見て、拙いと悟った。だが、もう後の祭り。
エルヴィンは手早く銃を分解して、旭の顔を見上げる。
「銃の構造は?」
「おおよそなら」
「なら、話が早い。まず——」
今までよりも早口になっているエルヴィンと、熱心にその話を聞いている旭を横目に、古宇田と神門に話しかける。
「武具の選択が終わったのならば、1度出よう」
「……旭先輩は?」
神門の問いに、きっぱりと答える。
「ああなったら数時間は話が続く。ずっと付き合う気があるならば止めないが」
「いえ、結構です」
古宇田がはっきりと首を振ったので、ボローニと旭を残して、私達は1度店を後にした。
すみません、ちょっと補足を……
椎奈の使っていた武器を「直刃」と表現していましたが、直刃って「すぐは」と読むと真っ直ぐ一直線の波紋で、「ちょくとう」って読むと平安時代に使っていたような真っ直ぐな刀になるそうです。
なんかうっかり「すぐは」ってルビ振っちゃってた気がしますが、椎奈のは「ちょくとう」ですね。間違ってたらごめんなさい。誤解させていたらもっとごめんなさい。