護衛
戦いを終えた椎奈は、その場で刀を鞘に仕舞うと、王様の席を見上げて声を張った。
「王。護衛は決めた。この場で言っても良いか」
「勿論だとも。それで、誰を選ぶのだ」
王様に促されて、椎奈はおもむろに周囲を見回す。全員によく聞こえる声で、告げた。
「ステラ=セシル=メイヒュー、ベラ=エルネスタ=ホルン、ダニエル=ジャコモ=ボローニ。以上3名だ」
名前を呼ばれた3人は直ぐに立ち上がったけれど、みんな戸惑った表情を浮かべている。
3人だけじゃない。信じられない、そんな気持ちが、この会場を満たしていた。
「……3人だけか?」
「たかだか1人を守るのに、それ以上必要か?」
それを聞いて何か言いたげな王様には取り合わず、椎奈は3人に声をかける。
「3人はこの後、話がある。閉会後、私の元に来てくれ」
「……かしこまりました」
選ばれた中で唯一の男の人——ダニエルさんが代表して答えた。その褐色の瞳には、複雑な色が浮かんでる。
「私からは、他に何も無い。進めてくれ」
そう言って、椎奈は私達の元に戻ろうと、足を踏み出した。その動きが、会場の凍り付くような空気を打ち破る。
「お待ち下さい!」
声を上げたのは、知らない騎士さんだった。
「何故、ブロウ団長を選ばないのですか! この城で1番強いのは、隊長です!」
「ジェイク」
バーナードさんが窘めるような声を出すも、1度噴き出した不満は止まらない。
「確かに、ブロウ殿でなくとも、サーシャ殿やメレリ様をお選びなさらないとは。準決勝以上進出者で選ばれたのはボローニ殿のみ。シイナ様、これには何か理由が?」
魔術師らしき人の、比較的冷静な問いかけに、周りの人は好き勝手言い始めた。ひいきじゃないかとか、大会前に取引していたのではないかとか。そんな、根拠の無い事まで言い始めている。
言葉や視線から分かったのだけれど、みんなの不満は、特に2番目に呼ばれた女の人——ベラさんに集中しているみたいだ。確か、準々決勝で負けた、魔術だけで戦うスタイルの人だった。そんなに弱くもないと思うけれど……
周りの態度に首を傾げつつ、椎奈に視線を向けると、僅かに顔を顰めて何か呟くところだった。
何を言っているのか全く聞こえなかったけれど、バーナードさんは聞こえたみたい。妙な表情で椎奈を見つめている。
「……どうなのだ? どんな意図で、彼らを選んだ」
あんまりにも不満の声が大きくなりすぎて、王様も無視できなくなったらしい。椎奈に、やや遠慮がちに尋ねた。
王様の問いかけに、会場の人たちが口を閉じる。返答を待つ周囲を見渡して、椎奈は今度こそ顔を顰めた。
「適性の高さで選んだだけだ」
「そこの3人が、ブロウ団長よりも強いと?」
先程の騎士さん——ジェイクさんの言葉に、椎奈は苛立ちを見せた。
「曲解するな。私が選んだのは、「護衛としての適性の高い」人間。確かにブロウは強い。だが彼は、戦争時に先陣を切って戦うタイプ。勝つ事よりも守り抜く事を優先する護衛には向かない。そもそもお前は、それほど心酔している隊長抜きで、有事に力を出し切れるのか?」
ジェイクさんは言葉を失った。その反応が、椎奈の言葉を何よりも肯定している。
その様子を見た椎奈は、自分を囲うような観客席を見上げ、鋭く問い詰めた。
「ここにいる全員、忘れてはいないか。何のためにお前達が、異世界の無関係な人間を攫い、戦いを強要させようとしているのかを」
ざわつくかと思った会場は、予想に反して静まりかえった。急に表情の変わった彼らの顔を1つ1つ見ながら、椎奈は声を張る。
「今この世界は、魔王による侵略が進んでいる。王城に伝わる情報以上に事態は深刻だ。今この瞬間も、魔物によって、多くの命が失われている」
息1つするのも躊躇われるような沈黙。そんな中、椎奈は1人、語りかける。
「失われた命に罪を感じろとは言わない。下手人は、あくまで魔物だから。だが、お前達は本来、その命を守るための存在だ。悔しくは、情けなくはないのか? 目先の事に追われ、最も優先すべき事を、忘れてはいないか?」
椎奈は、ゆっくりと歩き出した。闘技場の中央で立ち止まり、振り返る。
「この2ヶ月、私はこの国の騎士団と共に訓練を積んだ。他の隊も、何度か様子を伺った。
訓練の内容は悪くない。剣筋も、センスも、国の中枢を守るものとして相応しいといっていい。……だが」
そこで言葉を句切って、椎奈は目を険しくした。
「————この場にいる者に、2ヶ月もの間、「成長」したものは、いない」
さわり、と。音もなく、動揺が場に広がる。反感とも言えるそれに、椎奈は動じない。全員に向かって、語りかけ続けた。
——そう、全員に。
「今回の闘技大会、何ら番狂わせが無かったのがその証だ。普通なら1人くらい、急激に頭角を現す者がいるはず。それがいないというのは、誰もが、平和に身を任せ、安穏と日々を送っていたという事を意味する。事実、この場に、夜遅くまで練習していた者など、ほぼいないに等しいだろう」
誰もが、黙って椎奈の言葉を聞いていた。容赦のない糾弾も、事実を述べているからこそ、何も言えない。
そんな彼らのせいで、私達は今、ここにいるのだから。
「言い訳は通用しない。同じ期間、同じ訓練で、私達がどれだけの実力を付けたか、先程その目で確認したはずだ。初心者だから、成長の幅が大きい? 私達の立ち位置は、そんなに低いか?」
否定はさせない、そんな声が聞こえてきそうだ。椎奈は本当に、私達を認めてくれている。
だけど、違う。
ちらっと詩緒里を見た。口元を引き結び、両手をぎゅっと握りしめている。私ときっと、同じ気持ち。
私達は、自主練なんてしていない。日々、椎奈に与えられる課題をこなすだけで精一杯で、練習が終わったら寝る事しか考えていなかった。
「「勇者だから」、そんな逃げ口上を用意するな。同じ人間である以上、何ら違いは無い」
椎奈と旭先輩が、それぞれ夜に勉強したり練習したりしていたのは知っていたけれど、「あの2人は特別だ」と、自分から目を逸らしていた。
「魔王を倒すための戦いで前線に立ちたいのならば、強くなれ。今のままでは、側にいるだけで、邪魔だ」
いつか言われたその言葉は、あの時よりも、ずっと心に響く。
傷付いたんじゃない。自分に、腹が立った。
強くなりたいって言いながら、椎奈達に守られ続けるなんて、もう嫌だ。
だから。
「私に言い返したいのならば、私が再びこの国に戻ってきた時に、反論できるだけの実力を付けておけ」
だから、胸を張って、椎奈を迎えられるように。
今度こそ、一緒に戦いの場に身をおけるように。
怖いなんて、言っていないで。
絶対に——強く、なる。