初舞台
全然終われなかった……
すみません、まだ少し続きます。
試合の観戦は、凄く勉強になった。
使われる魔術が何かはほとんど分かるけれど、その使い方や使う目的は、全然予測できない。実戦の経験が無い私達には、とても思い付かないような戦い方が多かった。
椎奈と旭先輩の戦いは、遠い雲の上の戦いで、私には扱いきれないけれど、今見ている戦い方は、私にも出来そうなものばかり。今度里菜と勝負する時に、是非使ってみたい。
……といっても、里菜もこうして戦いを見ているのだから、直ぐに私の狙いを読まれそうだけれど。
サーシャさんは、魔術師でも上の方っていうのは本当だったみたいで、準決勝まで進んだ。準決勝の相手はヴァリオ=メレリさんで、サーシャさんは負けた後、苦笑気味に握手していた。きっと、自分で実力差を理解していたのだと思う。
決勝の戦いは、ヴァリオさんと、今まで話した事のない騎士さん。いつも王様の側に控えている。剣と魔術を上手に使い分けた、本当に技術のある人だった。
戦いは本当に接戦だったけれど、長い戦いになったせいか、ヴァリオさんの動きが鈍くなったところでチェックメイト。その騎士さんが優勝する事になった。
「サーシャさん、残念だったね」
里菜の慰めに、サーシャさんは笑顔で首を振った。
「メレリ様とは去年も当たったのですが、去年よりは良い戦いが出来たと自負しております。それに……」
そこで言葉を止め、椎奈と旭先輩をちらっと見た。
「……おふたりと戦う気にはなれません」
「……それ、分かるかも」
サーシャさんと里菜の小声のやりとりは、周りの喧噪のせいで私にしか届かなかった。そっと苦笑する。私も同感だった。
「——それでは、まず古宇田様と神門様に、魔術の実演を行って頂きます」
「い、1番なんだ……」
思わず呟くと、里菜がぽんと背中を叩いた。そのまま立ち上がる。緊張はしているけれど、私ほどではなさそうだ。
(ほら詩緒里、行こう。旭先輩とか椎奈がやった後よりは痛くないって)
届いてきた心話に、私は納得した。確かに、私達が先の方が気持ちが楽だ。
(そうだね)
答えて、立ち上がる。そのまま降りていく途中、椎奈に声をかけられた。
「神門、古宇田。気負わずとも、十分な結果は出せる。無駄な力を抜け」
私達は、振り返って笑顔を見せた。
「ん、ばっちりやってくる」
「ありがとう、椎奈」
それ以上の激励の言葉は要らない。2人で、手を繋いで降りていった。
下に降りてみると、改めてその広さに圧倒された。見上げれば、数え切れないほどの沢山の視線があって、思わず里菜と顔を見合わせる。
「ねえ詩緒里、プロ野球選手って、いつもこんな気分なのかな」
こんな時でも自分のペースを崩さない里菜に、思わずくすりと笑った。
「かもね。で、里菜、あれをやるんだよね?」
「勿論。詩緒里、よろしく」
「うん」
最後の打ち合わせも終わって、私達は真っ直ぐ前を見つめた。
「行きます」
里菜が宣言すると、闘技場はしんと静まりかえった。
私への合図も兼ねて、里菜がぱんっと手を叩く。同時に、巨大な氷のドームが目の前に出来た。
いきなり闘技場がざわざわし始めた。風の音が聞こえにくいけれど、仕方ない。
里菜がまた、ぱんっと手を叩く。ドームがくるくる回り出したのに合わせて、私は3つの魔術を使った。
1つ目の魔術が、氷のドームを削る。
2つ目の魔術が、ドームの周りを橙色の光と共に踊る。
3つめの魔術が、里菜が作り出した水の渦を複雑にくねらせる。
氷のドームを削った欠片は風によってきらきらと輝きながら舞い散り、所々削られたドームは、里菜の水の渦によってすっぽりと包まれた。
氷片は高く高く舞い上がり、ドームの上を回るように躍り上がる。
いつの間にか部屋も静かになって、風と水の音が聞こえやすくなった。これからがちょっと難しいから、助かる。
里菜が、ぱんぱんと手を叩いた。椎奈の真似をしてみたいという言葉を思い出しながら、私も手を叩く。
音は、魔術の呼び水。椎奈の言葉を心の中で繰り返し、2人で魔術を作り上げた。
水の渦が大きく波立ち、中から碧瑠璃色の光が輝いた。一拍おいて、氷が内側から爆発する。爆風は風で抑えているから、危険はない。
爆発が収まって残ったのは、きらきらと輝く、細かい氷の網だった。砂糖菓子をイメージして、2人で形を決めた。綺麗に出来て、何だか嬉しかった。
「え、っと……終わりです」
あんまりに静かなので、里菜がおそるおそる言う。私も怖かった。魔術自体は成功したけれど、やっぱりレベルが低すぎたかな。
そう思った瞬間、部屋に音の増幅の魔法をかけたような騒がしさが広まった。
「わっ、何?」
思わず声を漏らしたけれど、自分の声さえまともに聞こえない。
「静まれ!」
何人かがそう繰り返して、ようやく場内は元通りに静まった。
「……コウダ様、カンド様。今のは、一体?」
魔術師さんの1人からの問いかけに、私達は顔を見合わせた。代表して、里菜が答える。
「えっと、風と爆発で氷の塊を削って、この形にしました。全部精霊魔術です」
それを聞いた魔術師さんが、息を呑んだ。
「……詠唱も結述も無しに、この精度とは……」
その呟きが私の耳に届くと同時に、椎奈がすっと立ち上がった。
「王、もう良いだろう。古宇田、神門、戻ってこい」
「あ、はい」
里菜が頷いて、小走りで階段へ向かった。慌てて私も後を追う。
椎奈達の元へと戻ってから、怖々聞いてみた。
「ねえ椎奈、何か拙い事したかな」
安心した事に、椎奈ははっきりと首を振った。ほっとしたけれど、今度は疑問が湧き上がる。
「じゃあ、何でみんなあんな反応なの?」
「……古宇田、魔術書に記述されていた、詠唱と結術についての項を覚えているか」
「えーと、大体」
里菜が頷いた。私も覚えている。確か、椎奈達が詠唱や結術をしないのは、常識破りだって分かったんだった。
私達を見る椎奈が、昨日の夜みたいな、少し気まずそうなものになる。
「その……無詠唱、結術の省略というのは、とんでもなく高度な技術と言われている。この国でそれが出来る人間など、片手で数えられる程度だろう。それに、先程の魔術の練度は、かなりの高さだ。2人で1つの対象に同時に魔術をかけるのは、上級魔術師でさえ腰が引けるものだ。……2人の技術力は、彼らには衝撃だったようだな」
私と里菜は、1度顔を見合わせ、椎奈と旭先輩の顔を見、会場の未だ集中する視線へと目を向けた。
私達の感覚では、今日の魔術は簡単な方だ。里菜に怪我をさせないように魔術を使ったり、出来るだけ威力を増すように意識を集中する事と比べれば、2人でタイミングを合わせて氷を削るだけっていうのは、これで良いのかな、と不安になるくらい。
2人同時に魔術を使うのは、椎奈と旭先輩がもっと難しい魔術で当たり前の顔をしてやっていたから、そんな大変なものじゃないと思っていたんだけど……
「……つまり、古宇田も神門も、制御力だけならこの国の魔術師を凌いでいるという事だ」
そう結論づけた椎奈に、ようやく悟る。
「……椎奈もしかして、わざと私達の実力を誤解させてたの?」
椎奈が、ゆっくり首を振った。
「元は、相手にこちらの手を見せないために、魔術師達との交流を避けた。その結果、古宇田と神門が見るのは、私と旭だけ。魔術書は読んでいたが、人はどうしても実際に目にするものを優先してしまう」
……何で忘れていたんだろう、里菜と出した結論を。
『椎奈達の常識を信じてはいけない』
私達は、改めて心に刻み込んだ。