開会
翌日、闘技大会。私たちは、特別観覧席——王様とは意外と遠い——から試合を見る事になった。
距離的にも角度的にも、無理なく見ることが出来て、凄く良い場所。……だけど。
「何か、動物園の動物になった気分……」
里菜の呟きに、無言で頷いた。
さっきからずっと、周りの人達の視線が凄い。どこを向いても誰かと目が合いそうで、私はずっと俯いている。
「……やっぱり、格好が目立ってる、よね」
「……多分」
互いの服装を確認し合って、溜息をついた。
今日は、王様も見に来る正式な行事。部外者とはいえ、私たちも正装しなければならない。
正装って何着るのか全然分からなかったけど、王妃様から私たち4人に、って届いたものをそのまま着た。
私と里菜は、神官服。ゆったりしたドレス型だ。色は、それぞれの魔力の色、橙と碧瑠璃。あちこちに刺繍が施されている。日本人にはどうかな? と思ったけど、以外と大丈夫だった。王妃様の——というか多分、その部下の人——センス、凄く良い。
旭先輩の服も格好いい。魔術師の人が来ているもの——魔法使いのローブに近い——と同じデザインで、色は銀と黒。独特の色合いだけど、多分旭先輩の魔力の色と、その目の色から取ったんだと思う。4人とも黒い目じゃないかって思うかも知れないけれど、旭先輩の目は凄く印象的だから。
で、椎奈は……騎士服。藍色のかっちりした制服だ。これがまた、良く似合っている。気のせいではなく、あちこちの女官さんの熱っぽい視線を集めている。
それに、今日の闘技大会に出ている人たちの中に、私たちみたいに目立つ色合いの服の人はいない。騎士さんはカーキ色、神官さんは白、魔術師、魔道師さんは黒か暗い青。
そんな理由から、私たちはとても目立っている。ただでさえ、勇者自体に興味のある人ばかりだから、余計に注目を集めていて、何だかいたたまれない。
「誰も彼もが物見遊山か。緊張感が足りないな」
椎奈が苛立ったように呟く。服装とか視線よりも、今日大会に参加する人たちの様子が気に入らないみたいだ。
「……みんな、結構集中してると思うよ」
そっと反論してみる。ここ、特別闘技場の雰囲気は悪くない。試合前で少し浮かれた感じはするけれど、全体的には張り詰めた感じだ。
「それはあくまで、大会前としての緊張感だ。この試合が、そのまま魔物との死合になりうるという事を踏まえているものなど、10指に余る。……魔王の存在を疑うほどに、暢気だ」
最後の言葉にどきっとした。慌てて周りを伺ったけれど、私たち以外に椎奈の声が聞こえてはいなさそうだ。ほっとする。
「自分が直接危険に晒されていない限り、そんなものだろう。人とはそういう生物だ」
旭先輩が低い声で答えた。椎奈を宥めるというよりは、淡々と事実を述べるような口調だったけど、椎奈は旭先輩にちらっと視線を向けて、黙って頷いた。
その時、場が突然静かになった。私たちも口を閉じて、1点に視線を向けた。
視線の先で、王様が立ち上がり、片手を上げた。
「皆、今日は良く集まってくれた。普段の皆の鍛錬の成果を見せてもらおう。優秀なものにはそれに報いるものを与えるつもりでいる。全力で取り組んで欲しい。——これから始まる、魔王との戦いのためにも」
その言葉で、急に場の空気が重くなった。さっきまでの浮かれた空気が嘘のような、緊迫した空気。
「今日は勇者の方々が、皆の勇姿を見にいらっしゃっている。そして、シイナ様が、総合闘技大会へ向かう道の護衛を選抜なさる。皆様に恥ずかしくない試合を見せるように」
王様の言葉で、私たちに全員の注目が集まった。かなり恥ずかしくて、俯く。
「——それでは、闘技大会を始めよう」
王様の宣言を持って、大会は始まった。
******
サーシャさんの事前の説明によると、試合は、予選と本選に別れているそうだ。
予選は、騎士さん、神官さん、魔術師さん、魔道師さんが、同じ職業の人同士で戦う。10人くらいが1度に戦って、勝ち残った2人ずつが本戦に上がる。
今回の参加者は、騎士500人、神官50人、魔術師100人、魔道師50人。予選だけで70試合はあって、午前いっぱいかかる。私たちは椎奈の護衛の人を探したり、強い人を見て戦い方の勉強をするのが目的なので、1度部屋に戻ることになった。
本戦は1対1の個人戦。くじ引きで決まるトーナメント戦で、職業も分けずに戦うそうだ。
あと、神官さんや魔術師、魔道師さんの中には、あくまで遠距離からの補助専門の人や、研究一筋って人もいる。そういう人たちは明日別枠で、演舞みたいに、自分の魔術や研究成果などを披露する。
旭先輩がかなり興味有るみたいだから、もしかしたら1人で行くのかも知れない。
部屋に戻ってテーブルについて直ぐ、椎奈が旭先輩に声をかけた。
「旭。今日の御前試合、どうするつもりでいる?」
その聞き方に、ちょっと驚いた。椎奈は今まで、どっちかというと旭先輩にこうしてくれって頼んだり、指示することが多かった。旭先輩も素直にそれを受け容れていて、私たちもそれが自然なことになっていたのだけれど。
けれど、旭先輩はさほど驚いた様子を見せることなく、淡々と答えた。
「この服装では、長巻は扱いづらい。魔術中心に戦う」
椎奈が頷いた。
「その方が良いかもしれないな。旭はまだ、武器と魔術を併用して戦う訓練をあまりしていない。加速魔術は例外だからな。確実な戦いを見せた方が良いだろう」
確かに、私たちはまだ、武器を持って魔術を使ったことがない。まずは基本から、という事だろうけれど。
「椎奈は?」
今度は旭先輩からの問いかけ。椎奈は、軽く肩をすくめた。
「本戦を見て判断だな」
その答えに、旭先輩が小さく溜息をついた。一瞬曇ったその表情は、きっと悔しさから。
——まだ、椎奈との距離は、遠い。
その時、椎奈がすっと立ち上がった。椎奈の良く通る声が、扉の外へ向かってかけられる。
「誰だ」
誰何に答えるように、扉が開いた。その向こうにいた人を見て、思わず立ち上がった。椅子の音は、3つ。全員が立ち上がっている。
そこに立っていたのは、アーロンさんだった。