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招待を

 武器を決めてから、早4日。闘技大会を明後日に控えている。


 予想に反して、この4日間はほぼ今まで通り、訓練に時間を割くこととなった。一体どういう権限なのか、私たちが城下町に下りることを、王や神殿の人間が反対している為だ。

 何度申請しても取り下げられるのを見ていると、何らかの謀略を邪推してしまう。



「逃げる事を懸念しているのだろう。サーシャが傀儡となったのは、言わずとも気付いているはずだ」


 夕食時、旭が私の考えを読んだように述べた。唐突に始まった話題に戸惑った様子の古宇田と神門を置いて、旭は更に続ける。


「ここ数日、椎奈は結界に干渉を続けている。神殿は警戒心を高めているのだろう。せめて、何をしているのか説明してみたらどうだ」

「余計に反発を生むだけだ。大体、気にかかるならば尋ねてくれば良いものを、詮索などと愚かな真似を行うから、こちらもそれなりの対応を取らなければならない。私たちに責任は無い」


 そう答えて、食事を口に運ぶ。毎日繰り返しているはずの動作なのに、どうしても好きになれない。


「一理ある」

 旭はそれ以上、追求してこなかった。要求を通す為にこちらの手を明かすか、あくまでも譲歩しない事を示すか、どちらでも良いという判断だろう。


 古宇田も神門も、何も言わない。2人ともこの4日間、私の行動に口を挟むことは無かった。旭が何か言ったのだろう。煩わされるものが減った事には、感謝しなければならない。



 だが今日は、予想外の方面から煩わされることになった。



「……あの、シイナ様、少し宜しいでしょうか」

 夕食後の片付け中に、サーシャが話しかけてきた。普段は黙々と仕事をこなす彼女にしては珍しい。妙に思って視線を向けると、サーシャ自身、困惑していた。



「その、王妃様が、シイナ様をお茶会へ招待なさりたいと……」



 その言葉に、室内の空気がやや揺れた。古宇田と神門の動揺が、彼女たちの魔力にのり、世界に干渉した結果だ。


 今まで接触すら無かった、王妃からの招待。よりによって、この時期に。

 ただの親交を深める茶会でないことだけは明らかだ。


 サーシャが差し出してきた招待状を、黙って受け取る。そこには確かに、明日の午後、茶会に来てほしいという招待だった。


「どうする、椎奈」

 動揺の欠片も無い声で尋ねてくる旭に、黙って目を向ける。彼の目が、これはお前の招いた結果だと、無言で訴えてきた。



 この5日間、禊を行う為に、毎朝結界を綻ばせて城を抜け出してきた。何度も魔術師、魔道師の探索を受けたが、全て煙に巻いて神域へ向かった。神霊はあまり人間の干渉を好まないから、神域の場所が彼らに知られるのを防ぐのが目的だ。


 だが、そうやって秘密裏に行動していたことが、彼らの警戒を煽った。


 直ぐにでも問いただすなり何らかの圧力を加えるなりしたかったのだろうが、生憎と私は使用人達に信頼されている。いくつかの助言により、仕事の効率が上がったからだろう。あまり無碍な真似をしようとすれば、侍従長辺りが止めるだろう。事実、そういうやりとりがあったのかもしれない。


 更に、私が繰り返し出した城下町への外出申請によって、彼らの不信感が最高潮に達し、王妃が動き出した、そういう事だろう。王が動かないのは、自身が掛けた魔術を恐れるが故。



 返答を考える時間を稼ぐ為に、もう1度招待状へと視線を落とした。最後の1文が目に入り、思わず口元を歪める。


「招待を受ける」

「1人でか」

 その声に含まれた批判に、心の中で溜息をついた。些か無謀なことは承知している。どんな要求を突きつけられるか、分かったものではない。


 だが。


 黙って招待状を旭に手渡し、視線で促す。一瞬怪訝そうな表情を浮かべた旭は、しかし黙って文を目で追う。最後の1文と思われる部分で、旭の目の動きが止まった。ゆっくりと目を上げ、私を睨み据える。


 それには答えず、サーシャに向き直った。


「承ろうと伝えてくれ。明日の魔術の訓練は旭に任せる。服はあの中から適当に見繕えば良いのだろう?」

「……そうですね、なるべく礼装をお選び下さい。王妃様には了承の旨、お伝えいたします」


 サーシャに頷き返し、旭の視線は受け流して、私は部屋へと戻った。



******



 早朝。

 俺は椎奈を待って、彼女が戻ってくると予想される位置で、塀にもたれていた。


 彼女がいない状況下で古宇田達の下を離れたのは、昨夜の事を2人で話す為。夕べも遅かったが、睡眠時間を削ってでも、椎奈と話したかった。


 手元で紙が潰れる音がして、視線を落とす。気付かぬうちに、招待状を握り潰していた。手の力を抜く。

 もう何度も目を通した1文が、脳裏によぎる。



『貴方が何としても守ろうとしているものについて、少しでも力になれればと思います』



 椎奈が守ろうとしているものは、己が巻き込みかねない周囲の人間の命。つい数日前に、この場所で、椎奈が口にした事だった。


 それを正確に理解しているとすれば、あの時の会話は筒抜けだったという事。そうではないとすれば、おそらく神霊の事。


 武器庫で一瞬感じた魔力を考えると、後者の方が可能性が高い。だが、確かだとも言い難い。あの時俺たちの会話は、その気になれば盗み聞きする事も可能だった。——椎奈の警戒をかいくぐるほど気配を消すのに長けているという、かなり厳しい条件があるが。


 どのみち、これを椎奈が受けないわけにはいかない。王妃の意図がどこにあるのか、確認しなければならないからだ。


 そして、意図がどこにあろうと、王妃がこの切り札を、最大限有効活用し、椎奈に何らかの要求を突きつけてくるだろう。


 それを分かっているからこそ、椎奈は1人で動こうとしている。確かにこの場合、1対1で向かい合った方が、交渉は有利だ。相手の言う「守ろうとするもの」次第では、俺たちの誰かを人質とする気でいる可能性も無視しえない。椎奈が、そんな人間と俺たちを接触させるはずがなかった。


 椎奈が1人で王妃と相対する。これに対して、俺は何も言う気はない。


 にもかかわらず、俺がここにいる、のは。



 その時、椎奈の霊力を感じた。椎奈にしか扱えない転移魔術が、椎奈を城壁の外へと導く。


 結界の綻びが生じたと同時に、椎奈がその綻びをくぐり抜けて、場内へと戻ってきた。

 身長の3倍を凌ぐだろう城壁から飛び降りた椎奈は、魔術も発動させずに難なく着地し、俺に視線を向けた。


「……早いな」

 さほど驚いた様子もなく、椎奈は声をかけてきた。そのまま歩み寄ってくる。


「話がある」

「今日の茶会か」

 打てば響くように、椎奈が確認してきた。おそらく、俺の行動は椎奈の予測範囲内だったのだろう。


 黙って頷くと、椎奈は小さく息を吐き出した。蒼白になった彼女に上着を差し出す。

 椎奈は一瞬躊躇したが、結局頷いてそれを羽織った。長い話になると悟ったようだ。


 魔術を発動する。音と風を遮断する障壁に、椎奈は僅かに眉を顰めた。

「……これ以上向こうを刺激してどうする」

「今更だろう」


 さんざん挑発行為を取ってきた椎奈が言う言葉ではない。


「まあ、それもそうだが」

 肩をすくめ、椎奈はこちらに向き直った。


「それで、何の話だ」

「椎奈が、取引においてどこまで頷く気でいるかについてだ」


 椎奈が目を細める。


「相手の持つ手札と、相手の求めるものによる。一生この世界にいてくれと言われれば勿論却下するし、闘技大会から真っ直ぐ魔王の討伐に行けと言われても取り下げる。神域の場所、禊の件も明かさない。後は、余程の事でない限りは問題ないだろう」


 その返答に、椎奈の意図を理解した。確認の言葉を口にする。

「もう、いいのか」


 椎奈は、はっきりと首肯した。


「ここから先は、手の内がどうのとは言っていられそうにもないからな」

「根拠は」

「勘だ」


 魔術師としては納得のいかない言葉だが、椎奈と付き合っていく中で、術師の勘が、いかに数多くの情報を処理して導かれているものなのか知った。無意識下で処理されているが故に、勘と言う言葉が出てくるだけだ。

 椎奈ほど知識と直感を持った術師の勘ならば、納得できる。


「そうか。いつからだ」

「おそらく、ここでの闘技大会以降だろう。全く、占具が無いのは本当に不便だ」

 椎奈が不満げに漏らすのは珍しい。余程気に入らないのか、眉間に皺を寄せている。



 術師の勘を精確に形にするために、占は1番確実な方法だ。術にせよ魔術にせよ、占に占具は必須だ。だがどういうわけかこの城には、術用の占具が一切存在しない。サーシャも不思議がっているくらいだから、隠されているとしても、王族か神官の元にだろう。あるにせよ無いにせよ、椎奈の手元には届かない。


 いくら椎奈でも、学校帰りでは、突然襲撃してくる妖を討伐するのに必要な分以外の術具は持ち歩いていない。



「勘とはいえ、そこまでの情報があれば十分だ。椎奈が良いと判断するならば、俺も口は出さない」


 ただし。


 黒曜石のような瞳に視線を据え、警告した。



「お前の旅に支障が出るような要求は、一切受けるな」



 その目が、一瞬細められた。僅かにもの言いたげな色を浮かべ、しかし結局頷いた。



「約束は守る」



 その言質を改めて取ってから、俺は魔術を解除した。


「戻るぞ」

 そう言って、俺は椎奈と共に、城へと戻った。


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