神霊と精霊の関係
部屋に戻って、サーシャさんがお昼の用意をしに出て行った後、椎奈は結界を張ってから話を始めた。
「旭、2人の武器を出してくれ。神霊がいた方が話が早い」
旭先輩は頷いて、手をすっと前に差し出す。さっき見た金色の魔法陣が現れたかと思うと、目の前にいきなり刀が現れた。慌てて手に取る。
手元から橙色の光が走り、イストが姿を見せた。里菜を見ると、碧瑠璃色の髪と目をした女の子が側にいた。
『『姫様!』』
嬉しそうな声が重なる。思わず、里菜と顔を見合わせた。
「……ねえイラ、姫様って勘弁してくれない? 里菜で良いから」
「イストも。詩緒里って呼んでくれない?」
日本人である私たちが、姫様なんて呼ばれると、恥ずかしい。
『……姫様は、姫様でしょう?』
女の子——イラの不思議そうな声。イストも頷いている。
「契約相手は、お姫様なの?」
めげずに聞く里菜に、イラが首を傾げた。
『だって、姫様たちは——』
「古宇田、神門。呼び名については後で話し合ってくれ。話が進まない」
椎奈が、イラの言葉を遮った。イラはちょっと驚いた顔をした後、素直に口を閉じた。イストも同じ。
椎奈が他人の会話を遮ることは珍しい。不思議に思って椎奈を見ると、どことなく様子が変。何だか、ちょっと苦い顔をしている。
里菜に目を向けると、里菜も私の方を向くところだった。その様子から、里菜も同じ違和感を感じ取ったみたいだ。
旭先輩は椎奈を黙って見下ろすだけ。何となく察している感じ。
「さて。古宇田、神門。ついでだ。ミキストリとユトゥルナを呼んでくれ」
その言葉が終わると同時に腕輪が光って、ミキとユウが姿を現した。
『どうした、巫女?』
「確認だ。この神霊たちが結んだのは、主従契約だな?」
ミキとユウが同時に頷く。
『意外か? ちなみに、契約が行われた場所は、夢殿だ』
ミキの言葉に、椎奈が一瞬目を見開いた。滅多に見せない驚きを露わにした椎奈は、けれど直ぐに眉根を寄せる。
「……まあ、あれ以上清められた、安全な場所も無いか」
自分に言い聞かせるようなその呟きには、何となく、夢宮への信頼が込められていた気がした。旭先輩が、何も言わずに目を細める。
椎奈は小さく首を振って、イラとイストに向き直った。
「何故、彼女たちを選んだ? 大精霊と契約していたことは、気付いていただろう」
イラとイストが、同時に顔を見合わせる。イストが椎奈に向き直った。
『姫様と魔力の波長が合ったからです。武器に眠る神霊は、波長が合う方を探して、契約を結びます。巫女様なら当然ご存知でしょう?』
椎奈が胡乱げに眉を顰めた。
「……彼女たちは、元々魔力を持っていなかった。そこにいる大精霊たちに魔力を分け与えられた形だ。それで何故、神霊と波長が合う?」
「おーい椎奈、置いていかないで説明して? 神霊って何?椎奈は、何を確認しようとしているの?」
里菜が会話に割って入った。流石里菜、1人で話を進めてしまう椎奈を止めるの、随分慣れてきたみたい。
椎奈は少し目を細めて、淡々と答えた。
「神霊とは、精霊の上位種とも呼ばれる、神に直接関わる存在。1部の神霊は、事実上神の末席だ。土地神、と呼ばれる神の中には、存外神霊が多い」
この話を聞いて、どうしてか、旭先輩が僅かに身じろぎした。椎奈は一瞬旭先輩に視線を向けたけれど、何も言わずに話を続けた。
「この世界でも元の世界でも、自然の調和を保つのに大きな役割を果たしている。精霊が神霊の指示に従い、木々に生気を与え、川を浄化し、その他諸々の作業を行う。神よりも生きている時間が短く、より純粋な存在、それが神霊。
神霊魔術師は、時折神霊の力を借りて魔術を使う。己の魔力だけでは扱えない、上位魔術を使う為に。そういう魔術師と魔力の波長が特に合うと、神霊は魔術師と契約を結ぶ。……が」
そこで椎奈は、小さく息を吐き出した。そして、鋭い視線をイラとイスト、ミキとユウに向けた。
「大精霊の力は、神霊とは相容れない。確かに大精霊の神格は、その辺りの神霊と比肩するが、それでもその力の差は歴然としている。少なくとも、波長が合うことは絶対に無い。そもそも2人は、神霊魔術師でさえない。何を隠している」
それに答えたのは、ミキだった。
『何、簡単なことだ。巫女が思うよりも、彼女たちの持つ役割が大きいというだけの事。我らは前から感じておったが、シオリやリナの力は、特殊なものを帯びておる』
椎奈が目をすっと細めた。触れれば切れそうな気配を放ちながら、椎奈は何も言わない。
『巫女よ。神霊との契約は、悪い事ではない。その事は、むしろ巫女の方が我らよりも理解しておろう。この世界に縁が出来るのが不満か?』
椎奈は目を閉じて、深く息を吐き出した。そして、イラやイストに向き直る。
「……すまない、疑う真似をした」
その言葉に、ちょっと驚いた。
確かに椎奈は、自分に非があると直ぐに謝る。私や里菜にも、自分が悪いと思うと、きちんと謝ってくれる。
けれど、この世界の人とか、ユウとミキに対して、疑った事を謝った事はない。疑うのは当然だと、全身で語っている。
椎奈にとって、神霊っていうのは特別なのかな。
『私は気にしてません。巫女様が姫様のことを心配して下さっているってだけですから』
『僕も気にしていません』
事情を知らないイラとイストは、笑顔で謝罪を受け容れた。2人に軽く頭を下げて、椎奈が話を進める。
「では、2人は古宇田と神門の、武器を使用した魔術の補助を行う気か?」
イラとイストが頷く。椎奈がもう1度頭を下げて、私たちを見た。
「という事だ、古宇田、神門。ユトゥルナやミキストリが扱う力は、魔術とはやや異なる。精霊魔術はある程度知っているようだが……2人に学べば、ものによっては神霊魔術を扱える。神霊に選ばれるというのは、そういう事だ」
神霊魔術。椎奈が使っている魔術だ。ユウもミキも頷いているから、間違いないのだろう。
イストを見ると、笑顔で跪いた。
『僕は、姫様の望むままに』
『私も、いろいろ教えさせて頂きます!』
イストに続いて、イラがそう言った。それを見たユウが、何だか面白く無さそうな声で言った。
『リナよ、我も呼ぶと良い。そろそろリナも、水を自由に扱えるはずだ』
『シオリも、風の扱いについては任せるが良い』
イラがユウを睨み付ける。
『私でも水の扱いは教えられるわ。精霊は姫様をお守りしていれば良いの』
イストも、腕を組んでミキを見据えた。
『そうそう。僕たち神霊に任せておけば良いんだよ』
何だか妙な成り行きに。里菜が困った顔をしている。多分、私も同じだろう。
『何を言う。そもそも彼女たちと契約したのは我らだ。神霊は神霊らしく、人を影から守るが良い』
『変なこと言うね、風の精霊。彼女たちは僕たちの契約相手だ。神霊は表だって、姫様を守るよ』
イストとミキが睨み合う。剣呑な雰囲気に困惑するけれど、里菜の方ほどではない。イラとユウは、今にも攻撃し合いそうな様子だ。
『大精霊だからって、神霊に口答えしないの。イラの言う事を聞きなさい』
『精霊を統べるもの、精霊に命じるものである事は、我も同じ。今まで璃晶に眠っていた神霊に命令されるいわれはない』
『何ですって!』
そう言って、イラがユウに食ってかかろうとした。ユウが応戦の構えを見せ、里菜が慌てて割って入ろうとした、その時。
「——話が進まないのだが?」
静かな声に、イラとユウだけではなく、イストもミキも、私と里菜でさえ固まった。
ぎぎぎぎっという音が聞こえそうな動きで、イラとユウが声の主を振り返る。私も1度目を閉じてから、ゆっくりと振り返った。
冷たい目をした椎奈が、全身に雷みたいなものを纏っていた。雷は白っぽく輝いて、その威力を顕示している。
「協力して古宇田と神門に指導するといい。魔術の指導は旭に任せる気でいるから、旭の指示を仰げ。むやみに現れれば城が大騒ぎになることくらい、人の事情をあまり知らない神霊、精霊といえど流石に分かるだろう。浅慮な行動は避けることだな」
冷え冷えとした声を聞いて、まずイラとイストが膝をついた。
『ごめんなさい、巫女様』
代表してイストが謝る。椎奈は溜息をついて、それを受け容れた。
『……我々が巫女の言葉に従う必要性は——』
「何か言ったか?」
椎奈の纏う雷が、バチバチと怖い音を立てるのを聞いて、ユウが口を閉じた。少し不満げな顔をして、姿を消す。見ると、ミキも消えていた。