神霊と巫女と魔術師と
単なる好奇心だった。
1つだけ、妙に魔力の波動が強い刀があった。普段なら酔ってしまいそうなほど強い魔力は、けれど、不思議と心地よくて。気がついたら、手に取っていた。
苗刀と椎奈が呼んでいたその刀を手に取った瞬間、刀が橙色に輝いた。私が魔術を使う時に現れるのと、同じ色。
え、と思うより早く、光が私を飲み込んだ。
気が付けば、私は見覚えのある場所に来ていた。
「……夢殿?」
いつか夢宮に教えてもらった場所、巨大な木の廊下の上に立っていた。
「……私、いつの間に寝たのかな」
あんな場所で寝たら、今頃みんな心配しているだろう。でも、どうすれば目が覚めるのか、分からない。
困惑しながら辺りを見回していると、いきなりミキが現れた。
「……ミキ、どうしたの?」
ミキは、広げていた羽を軽く羽ばたかせた。優しい風が、辺りを駆けていく。
『シオリが刀を見つけたようだから、共にこの場に現れた。以前、腕輪に晶華を埋め込んだであろう? あれを通じて、気付いたのだ』
「そうなんだ、ありがとう」
羽を撫でながらお礼を言って、視線を巡らす。
「ねえミキ、どうして私たち、ここにいるの?」
ミキが首を傾げる。
『……シオリ、刀を見つけたのだろう?』
「見つけた?」
オウム返しに聞いた時、目の前で橙色の光が弾けた。咄嗟に、腕で目を覆う。
光が収まって腕を下ろすと、目の前にいたのは、小さな男の子。橙色の髪と瞳の、明るい感じの子。
男の子は私を見るなり、胸に手を当てて膝をついた。そして——
『初めまして、お姫様』
男の子は、そんな事を言った。
******
「……は?」
間の抜けた声を上げた私に、罪はないと思う。
何かこの薙刀飾りが綺麗だなーと手に取ったら、碧瑠璃の光が広がって、夢殿へ。
で、目の前に現れたちっちゃい女の子が、『初めまして、姫様』なんて言いだしたら、他のリアクションはないだろう。
ぽかんとしている私にかまわず、女の子は良い笑顔で名乗った。
『私の名前は、イラ。貴方の力になります』
青い髪に青い目、青いワンピースの女の子——イラに、小さく手を上げた。
「……えっとね、じゃあ早速なんだけど」
『はい、何なりと!』
嬉しそうに瞳を輝かせて頷くイラ。何だか周囲から、きらきらオーラが漂っている。
やばい。可愛い。
『……リナ』
今まで黙っていたユウが、イラに見とれていた私に、呆れ声でせっついた。慌てて、言おうとしていたことを口にする。
「どうして私は夢殿にいて、貴方は私をそんな風に呼ぶの? 私、武器庫で薙刀見ていたんだけど」
きょとんとした顔で、イラが首を傾げる。くっ、可愛すぎる。
『姫様は、イラと契約するために、イラを呼んだのでしょう?』
呼んでないよ、とは、この純真無垢な瞳をした子供には言えない。
助けを求めてユウに視線をやると、ユウは小さく溜息をついて教えてくれた。
『リナが手に取った薙刀に、イラ殿が眠っていたのだ。おそらく、どこかにイラ殿を封じる璃晶があったのだろう。リナの魔力に反応して、イラ殿が目覚めたと思われる』
「何で夢殿?」
『……リナが、ここを選んだのだぞ?』
「はい?」
私に、夢見のよーな能力は無いんだけど……
『ここが1番、姫様の魔力が馴染む場所だから、イラが連れてきたのですが……気に入りませんでしたか?』
答えは、イラから返ってきた。不安げなイラに、笑顔を返す。
「ううん、ありがとう。ちょっとびっくりしただけだよ」
イラが笑顔に戻ったのを見て、聞いてみる。
「えっと、力になるって事は、この薙刀、使って良いって事?」
この、と言いながらも手に持っていない矛盾は、気にしない方向で。
『はい。薙刀を通して、姫様を力の限りお守りします』
こんな可愛い子に守られるって……むしろ、守る側だと思うんだけど。それとも、使い手の補助とか、そういう事だろうか。魔術が使いやすくなる、とかが妥当そうだ。
うん、それは助かる。
「じゃあ、使わせてもらうね。えっと、契約、だっけ? それって、どうやるの?」
以前にユウと契約した時みたく、名前を呼び合えってやつだろうか。
聞くと、イラは少し緊張したような顔で、手を差し出した。
碧瑠璃色の光が閃いて、目の前に水の竜巻が立ち上る。
おお!?
『触れて下さい。それで契約は完了します』
竜巻の反対側から聞こえてきたイラの指示に素直に従うと、一拍おいて竜巻が爆発した。
何これ、と思う暇も無く、また視界が碧瑠璃色に染まって、何も分からなくなった。
我に返ると、私は武器庫に戻っていた。
手元に目を落とす。例の薙刀が視界に入って、夢ではなさそうだなーと思った。……いや、夢だったけど。
「……古宇田」
ちょっと固い声に呼びかけられて、声の方へ視線を向けた。椎奈が、やや緊張した顔で私を見つめている。
「あ、えっと……」
さてどう説明するべきか、と焦っていると、椎奈が深く溜息をついた。いつもの疲れた溜息と違って、ほっとしたって感じだった。
「……いや、無事なら良い。その薙刀を使うんだな?」
説明しなくても分かってくれる椎奈は、素敵だと思う。
「うん。イラって子と契約して、これを使わせてもらえるみたい。……って、あれ?」
言いながらもう一度薙刀に視線を落として、変な声を出してしまった。改めて、まじまじと薙刀を見つめる。
夢殿に行く前、薙刀は何か古ぼけて見えた。飾りは素敵だったけど、使えはしないだろうなー、何でここにあるのかなー、とか思っていた。
それが、新品同然に。刃とか、大して明るくない部屋なのに、ぴかぴかしてるし。
「どうした?」
「ん、何か新しくなってる」
その言葉に反応したのは、椎奈じゃなくて、旭先輩だった。すっと私に近づいてきたかと思うと、ひょいと薙刀を取り上げ、じっと見つめた。しばらくガン見した後、おもむろに口を開く。
「おそらく、契約を結んだことで、この薙刀が完成した頃の状態に戻ったのだろう。一種の封印だな。その封印を解く鍵が契約だったようだ」
「はあ」
よく分からないけど、とりあえず頷いておく。ゲームの知識をフル動員すれば、まあそれなりに理解できる。
「……旭…………」
椎奈の露骨な呆れ声。私に対してはよくこんな声を出すけど、旭先輩相手には、珍しい。
何だろうと旭先輩と一緒に振り返ると、椎奈は何とも言えない表情で口を開いた。
「……基本、神霊が管理している武器は、契約者しか扱えない。神霊が認めれば話は別だが、そうでなければ、武器に触れるだけでも危険が伴うと、以前に言ったはずだが?」
まあ無事だったから良いがと疲れたような口調で締めくくる椎奈を見て、無言で旭先輩を見上げた。完全な無表情ながら、何となくいつもより落ち着きが無かった。
うーんと、これは、反省していると見るべきなのだろうか?
いや、それよりも。
「神霊? イラのこと?」
『呼んだ、姫様?』
ん?
イラの声が聞こえたかと思うと、薙刀の柄の1部分が碧瑠璃色に輝いて、イラが現れた。
ちょうど良いので、聞いてみる。
「イラって、神霊なの?」
「……そんなことも知らずに、契約したのか?」
椎奈の声が、やや低くなる。だって、何かよく分からないうちに話が進んだんだもん。
お説教に移行する前に、イラに視線を戻した。
イラは、質問した時には答えようとしていたのだけれど、視線を戻してみると、注意は私から外れていた。食い入るような視線を辿ると、椎奈に行き着いた。
『……もしかして、今仲間たちの間で有名な、巫女様ですか?』
椎奈が、もの凄く微妙な顔をした。
「……今まで璃晶で眠っていた神霊でさえ知っているのか?」
椎奈の呟きを聞きつけたイラの表情が、ぱっと明るくなった。
『あ、やはりそうなのですね! 眠っているとはいっても、仲間たちとはつながりを保っています。この城の神霊たちは、皆あの神域から来たものばかりですから、私でも知っています』
……えーと?
「……椎奈、いつの間に、神域とやらの神霊たちの間で有名になったの?」
椎奈が溜息をついて、首を横に振った。
「もしかして、今朝?」
その行動の意味を聞くより早く、後ろから聞こえた声に、ぱっと振り返る。詩緒里が、オレンジ色の髪と目の小さな男の子を従えていた。手には苗刀。
「神門も無事だったか」
安心したような椎奈の声。心配してくれたのは嬉しいけど、今はもっと気になることがある。
「で、椎奈、今朝なの?」
「おそらくそうだ。この世界で今朝以前に、神霊たちと会話を交わした事は無い」
椎奈が頷く。神霊と会話を交わしたって……何をしていたんだろう。
「……椎奈」
不意に、旭先輩が椎奈に話しかけた。振り仰ぐ椎奈に、旭先輩が目で何事か訴える。椎奈は1つ瞬きして、視線を一瞬走らせ、頷く。
「戻ろうか。武器は見つかった。もうここにいる必要は無い」
椎奈がそう言うと、旭先輩がすっと手を伸ばした。手の先に、金色の魔法陣が浮かぶ。
「全員の武器を預かる」
「あ、いえ、自分で運びます。重いですし」
その魔法陣は何なんだと首を傾げつつ遠慮すると、旭先輩は首を振った。
「異界に重量は存在しない。そのように理を作れば話は別だが」
「……はい?」
いかい?
ますます首を傾げると、椎奈が口を挟んだ。
「古宇田、神門、良いか?」
「え? えっと……うん?」
まだよく分からないまま、詩緒里と2人して頷く。
次の瞬間、手元の薙刀が溶けるように消えて、魔法陣に吸い込まれていった。イラと男の子も、一緒に消える。
……掃除機に吸い込まれた?
いやいや、魔術だって分かってるよ?でも、いかにもそんな感じ。
「……吸い込まれた先が、異界?」
「そうだ」
自信なさげに呟いた詩緒里に、旭先輩が頷く。その隣で椎奈が、何だか感心したような顔をしていた。ちょっと羨ましい。
「さて、戻るぞ」
椎奈が声をかけたのは、主にサーシャさんのようだ。そういえば今まで何も言わなかったなあと目を向けると、サーシャさんは何だか悲しげに首を振っていた。
「常識って何でしょうか……」
「生物が多数を正当化するために定める、自己防衛の1システムだ」
旭先輩のお言葉。久しぶりに、「魔王」な発言を聞いた気がする。
何だか哀愁漂うサーシャさんに、詩緒里と一緒に肩に手を置いた。分かってくれる人が増えて、嬉しい。
何とも言えない疲労感と共に、私たちは部屋へと戻った。