物色
サーシャが武器庫の扉を開くと、薄暗い部屋の中に、無数の武器が安置されているのが目に入った。
「すご……」
古宇田が、呆然と呟いた。神門も、旭さえも、目の前に光景に圧倒されていた。
そんなに驚く光景だろうかと一瞬不思議に思って、現代人は刃の付いた武器を見る事自体滅多に無い、という事を思い出した。
「今、明かりをお付け致しますね」
戦いが日常と隣り合わせであるサーシャは、古宇田たちの反応を不思議そうに見た後、魔法を使って明かりを点した。
鈍い光を放つ武器は、確かにそれぞれが個性を持った波動を放っている。火、水、木、風、雷の気を持つもの、明らかに理魔術を扱う事を前提にしているもの、神霊の気を捉えやすくする加工がしてあるもの、実に様々だ。
成程、これならば相性の善し悪しは致命的なものになるだろう。ある程度武器に慣れた者なら、刀工に直接作らせているはずだ。
「……ねえ椎奈、こんなに沢山ある中から、どうやって選べば良いの?」
武器の持つ気に呑まれた古宇田が、やや不安を声に滲ませながら尋ねてきた。視線を彼女の腕輪に向けつつ、答える。
「初めて魔術の訓練を行った時に、晶華を取り込んだだろう。手に取れば、自然と相性の良いものが分かるはずだ。何となくで良い、気になるものを片端から試してみろ」
「はーい」
頷くと、古宇田と神門は自分の武器が保管されている場所へと足を向けた。留まっていた旭に、目を向ける。
「探さないのか?」
「一応、1番まともなものを預かっておく。椎奈も同じだろう」
予想通りの返答。流石に、この光景に圧倒されたのはほんの一時の間だったようだ。
全ての魔術を使える私たちに合う武器など、ここにあるとは思えない。それこそ、神刀と呼ばれるレベルのものでなければ、霊力に耐えきれずに砕けてしまう。
私も旭も、一瞥しただけで、ここに神刀がないと分かった。
「こういう時、自分で武器を作れればと思う」
半ば独り言のようにそう漏らして、私は周りの棚、自分が普段扱わない武器を物色し始めた。
適当に武器を手に取り、構えてみる。幾度かそれを繰り返した時、傍らから溜息が聞こえてきた。
視線を向けると、旭が私を見つめていた。
「……武器には困らないな、椎奈は」
旭の言葉に、首を振る。
「いや、そうでもない。私の霊力と相性が合うものは少ない」
それは旭も同じだろうにと不思議に思っていると、今度は旭が首を振った。
「そういう意味ではない。相変わらず、どんな武器でも扱えるのだなという意味だ」
「……ああ。そういう風に鍛えてきたからな」
師匠の教えは、通常からすれば珍しいものだった。私……と夢宮は、1つの武器に拘らず、臨機応変に戦い方を選べるようにと教わった。ここにある武器の大半が、1度は扱ったことがあるから、確かにどれを選んでも困らない。これと拘る武器を作るなという教えには、どうも従いきれなくて、今の武器を重用しているが。
そういう意味かと頷いた私に、しかし旭は、その返答を聞いて再び首を振った。深い溜息をついて、手元——正確には、手にした長巻に目を向けてくる。
「……訓練をするのが、虚しくなってくる」
「? 何か言ったか?」
よく聞こえなくて聞き返すと、いや、と首を振って、旭は棚に視線を走らせた。
「何を持っていく気だ」
唐突な話題変換だったが、旭にはさして珍しいことでもない。疑問を抱かずに答える。
「あまり多くは持って行けないが、日本刀と懐刀、スローイングダガー位は持って行きたい」
刀は脇差しにして、ダガーは服の下に隠せば良いだろう。多少身が重いが、その程度ならば戦いに支障は無い。
妥当だろう返答に、旭は腕を組み、考え込むそぶりを見せた。
「……どうしても椎奈は、近距離、中距離の武器に偏るな」
「それは仕方がない。武器には困らないと言っても、私は刀か弓かしか、扱った事がないから。それに、遠距離で言えば、術を使うのが1番だ」
魔術の1番の利点は、距離を距離としないことだ。一般に、長距離に放つ魔術は上級魔術と思われがちだが、それは違う。
受け売りだが、行使者が遠いと感じる程度が、魔術の距離となる。つまり、遠距離を身近と感じられれば、近距離に魔術を行使する時と同じ程度の魔力消費量で済む。その為の訓練は、何度も受けてきた。
「だが、弓はあまり実戦向きではない。事実上近距離しか対応できないから、魔術の比率が大きい」
相変わらず何事か考え込んでいる旭に首を傾げる。旭がこんな風に、私の戦闘様式に口を出してきたのは初めてだった。
「まあ、これでも術師だからな。体術やその他の武術を併用することはあっても、その要は術だ。比率が大きくなるのは当然だし、その負荷に耐えられるだけの訓練はしている」
魔術を基盤とする考えは、寧ろ旭の方が強いはず。だからこそそう言ったのだが、旭は満足しなかったようだ。僅かに眉間に皺を寄せ、本格的に考え込みだした。
旭の様子に心中首を傾げつつ、私は武器の物色を続けた。それなりに魔力耐性の強いスローイングダガーを選ぶ。属性があるようなので、全ての属性が揃うようにした。
続いて、日本刀。元の世界では刀は古くから扱われる武器だった為、名刀も多かった。しかし、ここは魔術が存在する世界。どうしても、武器への拘りは劣るようだ。仕方なく、反り返りや長さなど、形状で選ぶ。脇差しも同様だ。
自分が普段扱う刀は、妥協に妥協を重ねて、一振りを選んだ。
こんなものだろうと顔を上げると、旭はいつの間にか思考の海から戻っていた。周りの棚の武器を手にとっては霊力を走らせ解析し、何事かを考え、また次の武器に手を出している。
久しぶりに知識欲を満たしているらしい旭は好きにさせる事にして、古宇田達の様子を見に行こうと足を踏み出した時、後ろから声を掛けられた。
「選び終わったのか」
旭だ。先程まで作業に没頭していたはずなのに、私の様子に気付いたらしい。基本旭は考え出したら声を掛けるまで戻ってこないのに、珍しい。
「ああ。まあ、こんなものだろう」
そう言って武器を見せると、旭は目を細めた。
「器用に持つな」
武器の持ち方としては一般的だが、旭には珍しかったようだ。
「慣れだ。旭でも出来る」
「だが、持ち運びには不便だろう」
旭の懸念に、先程考えた携行方法を伝える。旭は1度頷いたものの、少し考えて、右手を掲げた。旭にしては珍しい、可視化した魔法陣が浮かび上がる。
「ひとまず、預かる」
その言葉と共に、手に持っていた武器が魔法陣に吸い込まれるようにして、消えた。
その光景に、呆気にとられた。武器が収められた先は、ここにあってここにはない、無限の空間。
「……旭……まさかとは思うが、それは……」
「椎奈がよく使う結界の概念と、精霊魔術の闇魔術を参考にした」
驚きを隠せずに口走ると、旭が何でも無い事のように答えた。
私の扱う結界は、一種の異界を作り出すもの。同位相に存在する霊的世界だ。現実世界に一切干渉しないが、領域制限を持つ。
闇魔術は、闇という、空間を占拠する一要素を操るもの。闇を上手く使いこなすものなら、どこにでも繋がる無限の空間を作り出すことが出来る。
その2つの概念をつなぎ合わせ、魔術という形に作り上げる。一体いつ考えたのかは知らないが、一般の魔術師が一生掛けても出来ない所行だ。
……まあ、今更か。
「……そのようだな。後で教えてもらえるか?」
「そう難しくはない。魔法陣さえ覚えてしまえば、誰でも出来る」
それほどに単純な魔法陣にまとめ上げたようだ。空間に干渉し、異界を創造するのだから、相当高度な魔術だと思うのだが。
言うだけ無駄なので、黙って頷く。ふと気になって、尋ねてみた。
「それで、旭は決めたのか」
「ああ」
頷いて、傍らの棚から一振りを取り出し、再び魔法陣を召喚して収めた。予想通り、武器としての機能のみで選んだようだ。旭ほどの魔術の起動速度があれば、武器を魔術の補助具としないのは、当然と言える。
戦闘センスの良さに感心しつつ、古宇田達を目で探した。
古宇田が目に入る。声をかけようとして——息を呑んだ。
古宇田は、手元の薙刀を見下ろしながら、焦点が合っていない。外の情報が一切入ってこない状況だ。
やや離れたところにいる神門もまた、同じ。
2人は、圧倒的な神気に包まれていた。