武器選び、再び
おかげさまで70話です。今までお付き合いいただいている方々、本当にありがとうございます。
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朝食後、私達はサーシャさんの案内で、武器庫に向かった。
「皆様随分お強くなられ、シイナ様がご出発なさることですし、皆様が今後戦いの場でご使用なさる武器を選んでいただこうとの判断です」
サーシャさんの説明に、里菜が首を傾げた。
「訓練初日に選んだけど、あれは違うの?」
「あれは、武器の種類を選んだだけです。武器はその重さ、大きさ、属性など、様々な違いがございます。相性の良いもの程、より大きな効果を引き出せますから」
大きな効果。勿論、魔物を倒すことにおいて、だよね。そう思って、気持ちが暗くなった。
こんな事じゃ駄目だと思っても、やっぱり、生き物を殺す話をされると、胸がもやもやする。
里菜も同じだろう、ちょっと顔を暗くして頷いている。
「属性という事は、この世界の武器は、何らかの魔術を組み込んでいるのか?」
椎奈の問いかけに、サーシャさんが首を傾げた。
「勿論です。そうでなければ、魔物に通用しませんから。対人用の武器では、強度が足りません」
「何か、魔法で作られた金属とか、ないの?」
里菜の質問を聞いて、こっそり苦笑した。ミスリルとかを期待していると、直ぐに分かった。
「……魔法で、ですか? いえ……基本的に、魔物の体の1部を用いたり、世界に溢れる魔力の源を蓄えた鉱物などを鍛えて用います。その時に、少し魔法火を使いますが……」
「古宇田、そのような金属を、何か知っているのか?」
不思議そうなサーシャさんからの返答に重ねるようにして、椎奈が怪訝そうに尋ねてきた。里菜が、慌てたように首を振った。
「ううん、そういうのもあるのかなーって、思っただけ」
「……そうか」
納得した様子ではなかったけれど、椎奈は素直に引き下がった。里菜の言葉をひとまず鵜呑みにしたみたいだ。やっぱり椎奈、ゲームやらないんだな。
「……J.R.R.トールキンか」
が、ぼそりと呟かれた言葉に、私は凍り付いた。今の、声って。
「旭、知っているのか?」
椎奈の驚いた、何処か悔しそうな声に、旭先輩は首を振った。
「空想上の金属だ。J.R.R.トールキンとは、その金属をある物語で登場させた作者だ」
「……成程な」
納得した様子で頷く椎奈。椎奈、物語とか読まなさそうだもんね。むしろ、旭先輩が読んでたのが意外なくらい。
その横で、里菜が気まずそうにしていた。テレパシィを使って聞いてみる。
(里菜、知ってた?)
(まさか。私の知識は、ゲームです)
(だよね)
(何か私、凄く恥ずかしい事言った気分。旭先輩が知ってるなんて……)
後悔溢れる響きの里菜に、同情の言葉を送った。その気持ちはとてもよく分かる。
「シイナ様、皆様の世界では、武器に魔術を組み込んではいないのですか?」
今度はサーシャさん。興味津々のサーシャさんに、椎奈は肩をすくめた。
「術師は、あまりそういう事をしないな。自分で術をかけることはあるが。術師が武器を選ぶ基準は、そうして己の霊力を込めても砕けない程の魔力耐性があるかどうかだ」
「魔術師は、武器に魔法陣を刻むことは良くあるが、その場合、武器ではなく、魔術構築の補助の道具としか扱われない。棍棒に魔法陣を刻んでおいて、棍棒を振り回して牽制しつつ、魔術を発動する時間を稼ぐ、という話は聞いたことがあるが」
流れるような説明は、勿論旭先輩。夕べはあれだけ機嫌が悪かったのが嘘のように、今日になって随分饒舌な旭先輩に、私も里菜もサーシャさんもとても気になっている。だけど、まさか旭先輩に、「随分饒舌ですけど、何かあったのですか?」と聞ける強者は、3人の中にはいない。里菜でも無理みたい。椎奈は聞く気がないみたいだし。
「……それにしても、武器選び、か」
何故か気の進まない声を出す椎奈に、4者4様の視線が集まった。
「……気が進まないの?」
里菜が聞くと、椎奈は曖昧な仕草をした。
「見つかるとは思えないからな」
「シイナ様のお使いになる剣は確かに珍しいものですが、この城には比較的多種類の在庫がございますよ」
サーシャさんの言葉にも、椎奈は何も返さなかった。代わりに、別の質問をサーシャさんに投げかけた。
「サーシャ、他の武器もいくつかもらって良いのか?」
質問の意味が分からなかったのか、サーシャさんが言葉に詰まる。それを見て、椎奈が説明を口にする。
「まさか刀1本で旅に出るわけにはいくまい。折れたらその場で終わりだぞ。それに、狭い場所で戦わざるをえないこともあるだろう。その場合、あの長い刀は不利だ。いくつか異なる種類の武器を携行したい」
「……そういう事でしたか。構わないと思います。城の武器庫の収容数は、かなり多いですから」
快く頷いてくれたサーシャさんに対して、椎奈は更に聞く。
「数日以内に城下町に出かけるだろうが、そちらで良いものを見つけるかもしれない。その場合は、返却できるのか」
「勿論です。ですが、それは有り得ないかと。城下町に、城に献上される以上の質の高い武器を作り上げられる鍛冶師がいるとは思えません」
確信を持っている様子のサーシャさんに、椎奈は賛成も反対もしなかった。無言で頷いて、会話を打ち切った。
何となく旭先輩を見ると、旭先輩は何事か考え込んでいた。視線が一点に固定されて、微妙に焦点が合っていない。
何を考えているんだろうとしばらく様子を見守っていると、唐突にその目が私を真っ直ぐ見つめた。
「……何だ?」
「あ、いえ、何でもありません」
慌てて首を振ってみせると、旭先輩は頷いて、再び考える様子を見せた。今度はその横顔に見惚れかけて、慌てて顔を無理矢理前に向けた。