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朝食前の一騒動

 朝起きて、それはそれは焦った。

 椎奈は相変わらずいないし、旭先輩もいないし。いないどころか、朝食の時間になっても戻って来ない。そういう事はしっかりしている2人だから、一体何があったのかと焦り、心配になった。


 サーシャさんに2人の事を聞いてみて、更に焦る事になってしまった。

「……どうやらシイナ様が、城内にいらっしゃらないようで……アサヒ様が、心当たりがあると仰ったので、騒がないようにしていたのですが……」


 椎奈が失踪したそうです。

 しかも、城からの脱走だそうです。


「冗談……じゃ、ないですよね」

「……残念ながら」

 ですよね……

 椎奈だもん。


「サーシャさん、椎奈がお城にいないというのは、どうして分かったんですか?」

 詩織里が不意に投げかけた問いに、サーシャさんは、直ぐに答えた。

「シイナ様の霊力が見つからないのです」

 それを聞いた詩織里が、更に強い口調で問いかけた。

「椎奈は、自分の霊力くらい結界で隠せます。それくらい、知ってるでしょう? どうして、お城から出たと思ったのですか?」



 サーシャさんが、口ごもった。珍しく雄弁な詩織里と、何を聞いても答えてくれるサーシャさんが答えられない様子に、私は戸惑った。でも、詩織里の言いたい事は分かった。


 椎奈は基本、誰にも知られずに行動したがる。結界で霊力の流れを遮断するのは、椎奈の十八番だ。それをサーシャさんが知らないとは、思えない。どうして、いきなりお城の外に出たって結論が出たんだろう。


 私達2人の視線を受けて、サーシャさんが俯いた時。



「簡単な事だ。この城直属の魔導師が、私が城の結界に1部綻びを与えた事に気付き、サーシャはその報告を受けたのだろう」



 ドアの方から答えが返ってきて、私達は一斉に振り返った。


 視線の先には、椎奈と、その後ろに控えるようにして、旭先輩が、廊下に立っていた。


「椎奈! 何処に行ってたの?」

 ほっとして尋ねると、椎奈は無表情に答えた。


「少し北山に。もう少し早く戻るつもりだったのだが、思っていたよりも長引いてしまった」

「……北山の、何処に?」


 何故かサーシャさんが、強張った声で聞いた。それに対して、椎奈は素っ気ない。


「城の人間は、私達の行動を詮索する事は許されない。魔導師達も私の行き先を探査したかったようだが、彼らに、誓約の魔法を忘れたのかと伝えておけ」

 サーシャさんが、ぐっと押し黙った。何だか、ちょっと後悔しているように見えた。構わず、椎奈は話を変えた。


「朝食はもう食べたのか?」

「いえ、まだ準備の途中です」


 頷いて、椎奈が部屋の中に入ってきた。廊下はやや薄暗いんだけど、部屋の中は明るい。明かりに照らされて、椎奈の格好がはっきり分かって、ぎょっとした。



 サリーみたいな藍色の1枚布を器用に巻き付けた上から、黒いロングコートを羽織っただけの椎奈は、いつも以上に肌の色が白かった。

 その血の気のない肌色も気になったけど、それ以上に、その異様な服装に目が釘付けだった。


 この国の服装は、前の世界の洋服とあまり変わらない。あえて違いを挙げるなら、全体的にゆるゆるスタイルな事と、服の色が単色である事。その他は、フツーにズボンとシャツだ。4人が4人とも、その服をそのまま着ていた。


 だから、ぴったりと体に巻き付けられた、椎奈にしては大胆な服に、私は面食らった。



「……椎奈、その服、どうしたの?」

「神官に仕える使用人に借りた」


 目一杯意味の込められた詩織里の質問——よかった、詩織里も心は同じだ——に、椎奈は額面通りの答えだけを返してきた。


「準備が終わるまでに、着替えてくる」

 そう言って椎奈が踵を返し、部屋へと去って行った。思わず、詩織里と顔を見合わせた。



 椎奈は、それほど胸は大きくない。私よりも詩織里よりも小さい。けれど、一切無駄な肉の付いていないすっきりとしたライン、すらりと伸びる細い手足が、性別を超えた美しさを備えている。

 そんな椎奈があんな格好をしたらどうなるか——言葉には出来ないけど、何だかいろいろ、負けたと思った。



 ふと、椎奈の格好に度肝を抜かれて、忘れかけていた人物に視線を送る。旭先輩は、椎奈の後ろ姿を追う事もなく、ただサーシャの準備を待っていた。

 椎奈の格好をどう思ったか聞いてみたいという衝動に駆られたけれど、親友が思いやられて口を噤んだ。代わりに、サーシャさんに話しかけた。


「サーシャさん、椎奈が結界を綻ばせたって聞いたけど、そんな事出来るの?」

 サーシャさんは準備の手を止めずに、顔だけ私の方に向けて答えてくれた。


「……熟練した魔術師なら、不可能ではありません。本来なら、事前に下見し、魔法陣などを刻んで結界に自分の魔力を馴染ませてから行いますが」

「それは理魔術だ。神霊魔術は、結界と自分の魔力を同調させ、構造に干渉する事で綻びを作る。消費する魔力量や、精神力をすり減らしかねない事を考慮しなければ、理魔術より余程効率が良く、効果が高い」


 間髪入れず、旭先輩が口を挟んだ。今まで旭先輩がこういう形で会話に入って来た事はなかったから、3人とも面食らって、旭先輩をまじまじと見つめた。

 私達の視線に臆する事無く、旭先輩はなおも続ける。


「付け加えておくと、理魔術の中でも、より少ない時間と手順で結界に干渉する手立てはある。かなり高度な技術だから、存在を知る人間も実行できる人間も、ほとんどいないが」


「……何故それを、アサヒ様がご存知なのですか?」

 準備の手を止めて身を起こすサーシャさんに、旭先輩はあくまで冷静に答える。


「俺は、実行できる人間の1人だ」


 サーシャさんが息を呑んだ。酷く驚いている事から、それがどれほど凄い事か、何となく分かった。


 けれど、それ以上誰かが何かを言う前に、いつも通りの服に着替え終わった椎奈が姿を現した事で、話は打ち切られてしまった。


 表面上は何事もなかったように、私達は朝食を食べた。

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