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尊重

「——これは、俺の意思、俺の願いだ。お前に着いて行きたいと願うのは、俺のエゴ。同時に、当然だが、お前にも意思があり、願いがある」



 唐突に紡がれた言葉の意図が分からなくて、思わず顔を上げてしまった。


 視線の先には、感情を押し殺した、怜悧な顔。その目に静かな光を湛えて、彼は私を見つめていた。



「俺の意思は、お前の側に居続ける事。俺の願いは、お前の力になる事」



 それが、旭の意思、旭の願い。——ならば。



「——お前の意思は、お前の願いは、何だ」



 それだけで、旭が何を意図しているのか分かってしまって、私は息を吐き出した。旭といるとよくある事だが、自分が、とんでもない子供である気がした。


 己の意志を貫き続ける事は、意志が強く、実行するだけの胆力さえあれば、それほど難しい事ではない。実際の障壁となる常識や倫理、道徳さえ無視してしまえば、自身への負荷は、然程大きくない。


 だが。己の意志を貫きながら他人の意思を尊重しようとする事は、また別格の精神力を必要とする。互いの主張を分析し、互いの意思がぶつかり合わない終着点を探し出す。固い意思と、感情に振り回されない、他者への思いやりが求められる。


 私が自分の意志を貫こうと他者に対して盲目的になっていた一方で、彼は、それを実行しようとしている。


 本当に、旭には、敵わない。



「——私の意思は、誰も巻き込まない事。私の願いは、これ以上、私のせいで災いに見舞われる人間が出ない事。私のせいで、消えてしまう人間が、いない事だ。相手は選ばない。旭だろうと、古宇田や神門だろうと、元の世界で関わった人間だろうと、……この世界の人間だろうと、例外は無い」



 無茶な願いだと思う。人が手を伸ばせる範囲なんて、本当に狭いのだから。

 だが今は、神によって、縁の浅い人間は守られている。私は、出来るだけ人と関わらず、それでも否応なく縁が深くなってしまった人間を、災いから守るだけで良い。……だけというには、最近、随分増えてきてしまっているが。



「……椎奈、それは」

「分かっている。私は神じゃないし、神ですら扱いかねるこの身で、出来る事なんて限られているという事は、きちんと弁えている。……それでも、何もせずに手をこまねいているわけにはいかない。古宇田も神門も、何時神の加護を外れてしまうか、分からない状態なんだ」


 神の加護を外れればどうなるか、考えたくも、ない。


「だから旭、行かせてくれ。少しでも、彼女達との距離を取り直すために。少しでも、害を為しかねない障害を取り除くために。私は、ここを離れて、スーリィア国に行きたい。だがその間、私には彼女達を守る事は出来ない。何の守りもなければ、むしろ彼女達が危険だ」


 そこで言葉を切り、旭の静かな目を、真っ直ぐ覗き込んだ。



「旭……お願いします。どうか古宇田と神門を、守って下さい」



 夕べ捧げた祈りを、よりはっきりと意思を込めて。何に祈れば良いか分からなかった昨日と違って、私の手を握ってくれる、旭に対して。ありったけの願いを込めて、私は頭を深く下げた。


 そんな私を、旭は、どう思っただろうか。無様と思っただろうか。それとも、あくまで自己中心的な私に、改めて失望しているのだろうか。


 構わない、と思った。私は既に、旭に対し、償えない程失礼な真似をした。今更彼に、私に対して良い印象を持たせようと、努力するつもりはない。それで見捨てられるならば、それでも良い。


 本当に私は、我が儘を喚き散らす子供と、何も変わらない。


 そんな私に、旭は。



「——約束しろ」



 強く、暖かい声で、求めてきた。



「必ず、無事、帰ってくると。必ず、再び俺の側に、戻ってくると。あの時交わした約束を、何としてでも守り抜くと、俺と約束しろ」



 頭を上げると、旭は足を踏み出す所だった。1歩1歩、確かめるように足を踏みしめ、私との距離を縮める。私に手が届く数歩手前まで来て、旭はすっと手を伸ばしてきた。



「必ず戻ってきて、もう1度この手を取り、俺と共に歩むと約束してくれるのならば、俺は一時的にお前を手放し、お前が行くのを見送ろう。だが、約束できないのならば、俺は彼女達を見捨ててでも、お前を手放さない。俺にかけられた魔術を術者ごと消し去り、彼女達を置き去ってでも、元の世界にお前を連れ戻す。こんな所で、命の危険に晒されないように。

 俺も、無闇に強引な手段を取る趣味はない。だから椎奈——約束、してくれ」



 思わず逸らしそうになった目を、それでも彼の目から逸らさない。深い光を放つ瞳を見つめながら、心の中で目を閉じる。


 1度だけ、心に問う。この約束を守る、覚悟はあるのかと。


 直ぐに答えは返ってきた。今更、彼から逃げる事なんて、私には出来ない。ここまで私を求め、私の心を支えてくれる彼を遠ざける事は、もう、考えられない。



 だから私は——その手を、取った。触れるように握った手を、強く握り返された。



「約束する。私は、必ず、ここに戻ってくる。あの時、そして、ここに来てから固めた決意を、結んだ約束を、必ず貫き通す。だから、旭。行かせてくれ」



 旭は、私の言葉を、一言一言噛み締めるように聞き、私の目を見つめて、その意思の強さを測っていた。しばらく私を見つめてから、旭は頷いた。



「必ず、無事に戻って来い。俺はここで——待っている」



 そう言って旭は、私の手を、離してくれた。

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