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疑念と理由

「説明しろ」


 部屋に戻って直ぐ、俺は椎奈に詰め寄った。サーシャが躊躇いを見せ、退出しようとしたのを、椎奈が止める。

「きちんと説明する。サーシャも耳に入れておけ。無論、古宇田と神門もだ」

 真剣な口調でそう言って、椎奈は盗聴防止の結界を張った。いつもより、霊力を余分に消費している。それ程、他者に聞かれると拙い話なのだろう。


 だが、今の俺にとって、それはどうでもいい。


 椎奈に詰め寄りたい気持ちを抑え、努めて普段通りの声を出す。

「……先程の会談、どういうつもりだ」

「どういうつもりも何も、聞いた通りだ。総合闘技大会には、私1人で出場する。3人はここに残って訓練していてくれ」

 椎奈があっさりとそう言った。その決断に、何の迷いも無いかのように。

「何故参加すると決めた? この国の事情など、俺達には関係ない」 


 俺がそう言うと、椎奈以外は複雑な表情を浮かべた。椎奈はそちらに一瞬視線を向けた後、俺に向き直る。


「それはその通りだがな、この国が潰れると多少困る。還る時は、召喚された場所からが1番術者の負担が少ないし、何より兵力を減らすのも馬鹿馬鹿しい。出来るだけ私達が戦わざるを得ない状況を減らせる方が良い。……それに、妙だと思わないか?」

「何がですか、シイナ様?」

 サーシャの問いかけに、視線もくれずに答えを口にする。

「わざわざ勇者を集めて、この時節に大会を行う事が、だろう」

「え? それは説明してましたよね?」

 怪訝な顔で問い返した古宇田に、俺より早く椎奈が答えた。

「古宇田、考えてみろ。確かに国民の士気を高めるという言い訳は一見筋が通って見えるが、各国の戦力を割く行為である事は間違いない。最近、どこの国でも魔物の動きが活発化していると聞く。何時強力な魔物が国に襲いかかってくるか分からない状況で、勇者を手放したくはない筈だ。スーリィア国という、特に力を持った国が主催で、先程のように圧力をかけでもしなければ、とても了承しない」


 その位は俺も理解している。だが、問題は次だ。


「だから、この国に出来るだけ戦力を残しておきたい。私1人で行けば、ここに旭、古宇田、神門が残ることになる。多少の襲撃を受けても問題あるまい」

「……椎奈は? スーリィア国に向かう道には、強い魔物がいっぱいいるんでしょう?」

 神門が躊躇いがちに尋ねた。椎奈が肩をすくめる。

「妖を祓うのは慣れている。護衛も付くとの事だしな」

「それは、先程王の申し出を断った言葉と矛盾している」


 指摘すると、椎奈が一瞬押し黙った。言うべきか否か、迷っている様子だ。


「椎奈、話せ。お前の決断は妙だ。俺達が同行すれば戦力が割かれる? 椎奈が向こうに行く時点で、相当な戦力を失うことになる。おそらく王は、闘技大会で優秀な成績を収めた者を、仮初めの勇者として総合闘技大会に送り込むつもりだっただろう。椎奈が受ける必要は無かった筈だ」

「旭なら気付いているだろう?」

「俺は、お前に聞いている」


 椎奈がはぐらかそうとするのを、一言で切り捨てる。しばし考え込む様子を見せた後、椎奈が口を開いた。


「私の問いかけに対する、王子の妙な返答は覚えているだろう?」

 全員が頷く。サーシャに取り憑いた魔物を、彼の国が討伐したという話だ。

「私はあの国を疑っている」

「まさか……」

 サーシャが息を呑んだ。椎奈がその顔に一瞬視線を走らせる。

「サーシャに取り憑いた魔物は、相当な力を有していた。旭を呪えたのが何よりの証拠だ。そんな魔物が生息する地帯は、この辺りではあの国しか無い。

 あの魔物は、私達を邪魔だと言った。魔王の手先かと聞いたら、はっきりとした肯定は返ってこなかった。そんなもの、はぐらかす必要も無いだろうに。だから、他に黒幕がいると考えた」

「……それが、スーリィア国」


 漏らした呟きに、椎奈が頷く。


「あんな強力な魔物を、何故国境を越えるまで放置していた? あれほど貪欲な魔物なら、何処かで人を襲っていてもおかしくない。寧ろ、今まで何の噂にもなっていないなど、おかしすぎる。何らかの外力がかかっていると考えられる。情報操作が出来る国など、討伐に向かう傭兵を纏める機関があり、発言権の強いあの国しか考えられない。あの国が魔王に協力しているのか、魔王の手先があの国の内部に入り込んでいるのかは分からないがな。入り込んでいるなら、相当重要な立場にいる。……それに」


 そこで言葉を止め、椎奈は俺の目を真っ直ぐ見据えた。



「——あの王子、例の魔術師と顔が酷似していた」



 例の魔術師。椎奈が逆探知を防がれた相手のことだ。この城を守る結界を揺るがせる魔術を刻んだ、張本人。

 もし、それが人違いでないなら——


「守る側が、この国に危機感を抱かせている、ということか」

 結論を口にすると、椎奈が頷く。

「可能性はある。目的はおそらく、勇者召喚の時期を早める事。サーシャ、私達を引っ攫う時期は、もう少し後の予定だったのだろう?」

 サーシャは椎奈の物言いに反論の様子を見せたが、直ぐに自制して冷静に答えた。

「……はい、私の件で急ぐことが決定しました」

「要するに、出来るだけ早く勇者を呼び出し、しばらくこの国の注意を勇者に向けたかった。そして今、私達をこの国から引き離したい。そんな意図が見え隠れしている」


 だから、と椎奈は続ける。


「私が出る事で、一見勇者がこの国から離れたように見せる。だが実際は、ほとんどの戦力はここに残る。そうすれば、敵側の動きに合わせて柔軟に対応できる。悪くない考えだと思うが?」

「待った、椎奈。例の魔術師って、何かな? そこから話について行けない」


 古宇田の制止がかかり、椎奈は簡潔にその件について説明し、先程述べた結論まで、筋道立てて説明した。


「だとしたら、椎奈が危ないよ。向こうで何があるのか、分からないのに」

 神門がはっきりと反対の意を示した。椎奈が肩をすくめる。

「さっきも言った、妖を倒すのは慣れていると。そしてこの件、これがもし魔王の一手なら、行っているのは相当高位の魔物、いや魔族だ。これだけ時間と手間のかかる作戦、魔王の信頼を得ていなければ任せられない。そいつを倒せるのなら、多少の危険を冒す価値がある」


 スーリィア国に潜り込める程の魔族を倒せる者は、この国にはいない。それは、サーシャの件を考えれば、火を見るよりも明らかだ。



 だが。

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