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目論見と口論

 部屋――祈り場だそうだ――を出て私達が案内された「客室」はとても広く、私の家よりも大きかった。リビングのような場所から廊下が数本続いていて、各廊下の先にはまたドアがある。ドアを開けると広々とした寝室で、天蓋付きベッドが据えられていた。


「こちらが皆様のお部屋となります。何か分からない事、不都合な事があった場合には、こちらのベルを鳴らしていただければすぐに参ります」

 メイド服を来たサーシャさんが慇懃な口調でそう告げ、部屋を出ようとした。その背中を、椎奈が呼び止める。


「サーシャと言ったな。騎士や神官どもに伝えておけ。盗聴は詮索とみなす、不用意な行動で王の命をみすみす失わないように、とな」


 サーシャさんの背中がびくりと揺れる。それでも答える声は動揺の欠片も無くて、私は感嘆した。


「承りました。それでは、失礼致します」


 サーシャさんが部屋を出て直ぐ、里菜が椎奈に食って掛かる。


「椎奈、どうしてあんな態度を取るの? サーシャさんは何も悪くないでしょ。頼れる人もいないんだし、無闇に敵を作るような態度、やめようよ」


 椎奈が冷めた目で里菜を見やった。


「古宇田、何か誤解しているようだが、彼らは誘拐犯だ。しかも、死の危険に晒される事を要求している。毅然とした態度を取らなければつけ込まれるぞ。大体、サーシャが信頼できる人間だと、どうして言い切れる? 彼女は、いつ逃げ出してもおかしくない私達を一任される程に王の信頼を勝ち得ている、魔術師だ」


「魔術師?」

 思わず声を上げると、椎奈が私を振り返る。

「そう。それも、かなりの魔力を有している。祈り場にいた神官達の大半よりも多かった」


 椎奈が確認するように旭先輩を振り返った。旭先輩が黙って頷く。

 どうしてそんな事が分かるのか聞きたかったけれど、言い出せなかった。


「旭、何故引き受けた」

 椎奈が続いて、旭先輩に詰め寄ったからだ。


 椎奈の表情に変化は無いけれど、語調に苛立ちが滲んでいる。それに気付いている筈の旭先輩は、それでも表情を変えずに答えた。


「あの場で言い争っても状況が改善しない事は、椎奈も分かっただろう。ならば少しでも有利な条件を引き出して、引き受ける振りをした方が良いと判断した」

「引き受ける、フリ?」

 里菜の呟きに、旭先輩が頷く。


「条件のうちの最初の3つは、時間稼ぎと行動の自由の確保の為に過ぎない。目的は、4つ目だ。

 召還の魔術があるのならば、還る方法がある筈だ。ここは、国の中枢たる王城。国中の書物が集まっていると判断していい。書架を調べれば、帰る方法そのものとは行かずとも、召還の魔術の理論等から手掛かり位は得られる。訓練の為の学習と称して調べれば、戦いに駆り出される前に元の世界に還る事が可能だ」


「……残念ながら目論見は外れたようだが、どうする気だ? その誓いの魔術、旭に対しても効力がある。魔王討伐に協力しなければ、旭が死ぬ」


 椎奈の剣呑な言葉に、息を呑んだ。けれど、旭先輩は動じない。


「魔王を倒してから還れば良いだろう。問題無い」

「旭!」


 椎奈が声を荒げた。こんなに怒った椎奈は初めてだ。いつもは冷静沈着に、淡々と物事を処理していくのに。

 それに。椎奈の表情には、怒りだけじゃなく、焦りがあるように見えた。


「何を考えている! それがどれだけリスクの高い事か分からない程、旭は愚かではないだろう!?」

「椎奈、もう遅いよ。それに、今更見過ごす事も出来ないし。4人で力を合わせれば何とかなるよ、きっと」


 里菜が口を挟む。椎奈の剣幕に呑まれていた私は、親友の勇気に感心した。里菜の言葉を後押ししようと、力強く頷いてみせる。


「古宇田、情に流されるな。古宇田は今まで、何かしらの戦闘経験があるか? 武道すらも学んでいないのだろう。王の言う特殊な能力が身に付いたとしても、それだけでは何もならない。力を得ても、それを使いこなすだけの技術と知識、経験が無ければ、無用の長物だ」

「……何だか妙に確信的だけどさ、椎奈こそ経験がある訳? やってみなければ分からないでしょ」


 流石にむっとした様子で言い返す里菜の主張を、椎奈は切って捨てた。


「やってみなければ分からないから、試しに命を賭けてみるのか? 自殺行為だぞ。それから、経験があるのかと聞いたな。その答えはYESだ」

「……え?」


 何事か反論しようと口を開いた里菜は最後の言葉を聞いて、ぽかんとした表情を浮かべる。


「良いのか、椎奈」

「事ここに至っては、何も知らないままという訳には行かないだろう」


 旭先輩と椎奈が言葉を交わす。旭先輩は知っていたみたいだ。


「私も旭も、妖を視る目を持っている。視るだけではなく、声を聴いたり触れたり、要するに普通の人間と同じように接する事が出来る。妖というものは、視える者を襲う性質がある。私達はそれを退ける力を持っていたから、日常的に妖と戦ってきた。旭が西洋魔術に詳しいのはその為だ」

「俺の力は西洋魔術に適していたからな。椎奈は日本古来の術が合っているようだが」

「……だから、サーシャさんが魔術師だって分かったんだ」

 漏れた呟きに、椎奈が頷く。


「私達の視る力は、かなり強い方だ。だから、妖を視るだけでなく、人に宿る魔力を可視光と同じように視える」

「でもさ、だったら問題無いじゃん。椎奈も旭先輩も戦い慣れているんでしょ? どうしてそんなに反対するの?」


 里菜の反対に答えたのは、旭先輩だった。

「椎奈は自分の戦う力を疑っている訳ではない。古宇田と神門の事を心配している」

 旭先輩はそれだけしか言わなかったけれど、言いたい事は理解出来た。


 椎奈や旭先輩は戦える。でも私達には経験が無い。魔物と戦うという意味を知っている椎奈には、私や里菜が戦う事がどれだけ危険な事か、実感として分かるのだろう。気持ちだけで何とかなるものではない、と。


「……旭。私は旭も危険だと思っている。旭の力自体を疑う気はないが、旭は経験が多くない。どこまで前の世界で使っていた力が通用するか分からない状況で、旭が無事でいられる保証はどこにも無い。旭もその位は分かっていたのだろう? だから聞いている、何故引き受けたりした」


 椎奈が非難の矛先を旭先輩に向ける。恋人の心配をするのはごく普通の事だけど、その言い振りからは、椎奈が旭先輩さえも信じていない事が聞きとれた。



 以前、椎奈が言っていた事を思い出す。


「他人に期待を抱くのは甘えに過ぎない。客観的な判断を下せば、絶対という言葉など空想に過ぎないというのは明白だ。私は、他人の事を無制限に信頼しない」


 確か、旭先輩と付き合い出した後だった。里菜が、旭先輩でも? と聞き返していた。


「当然。付き合っているからと言って、その人間の全てを信じる事など出来はしない。私は旭に何かを求める為に、依存する為に側にいる訳ではない」


 じゃあどうして付き合うの? という言葉には、答えが返って来なかった。


 誰も信じない、その言葉には椎奈自身さえ含まれているようで、何だか悲しい気持ちになったのを覚えている。



「力が通用するかどうか分からないのは、椎奈も同じだ。確かに王は俺が見ていたよりも1枚上手だったが、俺が約束したのは魔王討伐の協力だ。字義解釈などいくらでも出来る。後方支援でも、配下を倒すだけでも、協力は協力だ。今は過ぎた事を言い争うより、今後の事を考えるべきだろう」

「答えになっていない。誤魔化すな。私は、戦えるだけの十分な力も無いのに何故安請け合いをしたのかと訊いている」


 椎奈の言葉に、旭先輩が眉をひそめる。口論に発展しそうな雰囲気に、私は慌てて割って入った。


「2人とも、やめて。こんな状況で私達まで仲違いしても、良い事なんて何も無いでしょう?」

「……神門、」

「もう良いよ、椎奈の心配も分かるし、嬉しい。でもね、今は出来る事をしようよ。私も里菜も、足手纏いにならないように頑張るから」


 真っ直ぐ目を見て、はっきり言う。椎奈の目つきは鋭いから、目を合わせるだけでも緊張するけれど、それでも目を逸らさなかった。


 私の言葉に、椎奈が逡巡を見せた。珍しく、椎奈の方から目を逸らす。



「……今日はもう休まない? 疲れちゃった」



 里菜の言葉で、場を支配していたぎこちない空気が、ふっと和らぐ。


「そうだな。明日もいろいろあるだろうし、休めるうちに休もう」

 旭先輩が頷いて、寝室の1つに歩み去る。行動の早さに少し面食らったけれど、私達も空いている寝室に入った。


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