独断
「他国の勇者様は既に快諾して下さり、大会に向けて調整に入っておられるというのに、この国では勇者様が足踏みなさるのですか。我が国の魔物如きを恐れていては、魔王を倒すなど夢のまた夢ですよ」
王との謁見に乱入した青年は、王を見下すようにそう言った。あからさまな挑発の言葉に、王は反論しない。
1国の王に対等、あるいはそれ以上の態度で接することの許される存在。彼の話の内容からすると——
「ああ、皆様には申し遅れましたね。私の名前はルーサー=セス=スーリィア、スーリィア国の皇太子です」
俺たちの視線に気付いた青年は、そう名乗って優雅に一礼した。古宇田と神門が礼を返すが、椎奈の制止に気付いて自己紹介を控える。
「王、どういう事だ。この大会、わざわざ主催国の王子が招待に来る程に意味を持つものなのか」
椎奈の尋問じみた口調に、王子はやや驚いた顔をした。
「……スーリィア国は長きにおいて、エルド国と協力体制を敷いている。強力な魔物がこの国に出没した時に討伐してもらっているし、貿易も盛んだ」
「我が国は資源や農産物に恵まれていますし、大きな商業都市もありますからね」
苦い顔をした王の答えに、王子が得意げな顔をして付け加える。その答えに、事態が思っていたよりも複雑である事に気付いた。
協力体制とは言っているが、この国よりもスーリィア国の方が立場が上だ。相手の方が軍事も経済も格上である事が、この短い会話からも伺える。
そうなると、この件は途端に断りづらくなる。王は何としても俺たちに是と言わせなければ、国交に支障を来してしまうからだ。この国にとって、魔物を倒す兵力を失うのは痛いのだろう。
椎奈もそれには気付いているはずだ。というよりも、椎奈ならスーリィア国とエルド国の関係について、知っていてもおかしくない筈なのだが。
椎奈は王達の返答を聞いて、再び何かを考え出す。さほど時間を待たず、椎奈は再び口を開いた。
「王、1つ聞きたい。私たちがここに来る前、サーシャの率いる魔物の討伐隊が、この国にいる筈の無い魔物に全滅させられたと聞いた。その魔物、どうした?」
椎奈が発した質問は、俺たちにとっては奇妙なものだった。その魔物がサーシャに取り憑いて俺に呪いをかけたのは記憶に新しい話だ。しかもその魔物は、他ならぬ椎奈が祓ったのだ。古宇田も神門も、面食らった顔で椎奈を見つめている。
椎奈は周りの反応には気を配らず、王達に視線を向け、答えを待っていた。
「その魔物は、我が国の兵が討伐しましたよ。依頼が来ましたからね。そうでしょう?」
椎奈の問いかけに答えたのは、王子の方だった。王子の視線を受け、王も頷く。
「その後貴方は、いつまでも我が国に頼っていられる情勢ではないと判断し、勇者召喚を行ったのでしたね。ですが、当の勇者様が非協力的な上、我が国の魔物とすらやり合う自信がないとは、時間と金の無駄遣いでしたか?」
王子の見下すような口調に古宇田が反論しようとしたが、再び椎奈に制される。
椎奈は王子と真っ直ぐ目を合わせ、更に奇妙な質問を投げかけた。
「スーリィア国の王子。貴方が最後にこの国に訪れたのは、何時でしたか?」
王子はこの問いに眉をひそめたが、それでも律儀に答える。
「貴方達が召喚される前ですよ。そう……依頼された魔物の討伐が終わって直ぐ、ですね」
「……私たちの存在を知ったのは、何時ですか?」
「つい最近です。既に今大会で勇者達の親善試合が決定していましたから、直ぐにお誘いに参りました。……どうも、無駄足だったようですが」
「いえ、そうでもありません」
そう言って椎奈は、まず王子に質問に答えてくれた礼を言った。その後、王と王子、2人を視界に収める。
——胸騒ぎが、した。
「要するに。王は私達にこの試合に出てもらわねば困るのだろう。そうでなければ今後この国への支援が滞る、そう懸念して」
王子を前にほぼ断言した椎奈に、王は苦い顔を、王子は興味深げな顔をする。
「そうですね。この国が、我が国への依存を断ち切りたくて行った勇者召喚が無駄だったと分かれば、我が国は撤退しかねません。沈みゆく船に融資する程、我が国にも余裕はありません」
「成程。ただでさえ魔物が強力な貴国も、魔王の侵攻により、被害が増加している。魔王による損害の大きさは、貴国も例外ではありませんか」
「ええ。各国が勇者を招集し、資金と時間を費やす程の敵です。我が国の軍や傭兵を持ってしても、苦戦は強いられますよ。他国の面倒を見ている暇がない程に、ね」
どうやら王子は、本気でこの国を切り捨てる方針を固めつつあるようだ。王の焦燥がいっそう深くなった。
「……そうですか」
椎奈が静かに頷く。少し思考を巡らせる様子を見せた後、顔を上げ、1歩踏み出した。その口を、開く。
「——ならば、こうしましょう。私が、その大会に出ます。他の者は残って、訓練を続けます」
椎奈の言葉が、奇妙に反響して、聞こえた。
「椎奈——」
思わず口を挟もうとした俺を、椎奈は片手で制する。
「わざわざ私達全員がぞろぞろと行くまでもありません。私が参加すれば、実力を王子も確認出来る。それで宜しいでしょう?」
「……構いませんが……という事は、貴方が勇者様なのですか? 4人もいるから、どういう事かと思っていましたが。では、残りの方は、貴方の従者ですか?」
「いえ、共に召喚された者達です」
椎奈が王子の問いを簡潔に否定した。それを聞いた古宇田と神門が悲しげに俯く。俺は、事の成り行きに凍り付く事しか出来なかった。
「王子、別に私1人でも構わないでしょう? たかだか大会如きで戦力を割くのも惜しい。大会に出ている間にこの国が魔物に襲撃を受け、勇者がいないばかりに滅びていたとなれば、私達は道化です。私1人で行けば、その心配もなくなります。どうでしょう? 王子にとっても悪い話ではないと思いますが」
畳みかけるような椎奈の言葉に、王子は喜色を浮かべて頷く。
「勿論です。我が国は、勇者様に出ていただければ十分ですから。出来れば皆さんのお力を見たかったですが、この国を考えての事というのならば、私からは何も言える事はありません。それでは、貴方が参加なさるという事で宜しいですね? 失礼ですが、お名前は?」
「椎奈です。それで、いつ頃そちらに向かえばいいでしょうか?」
「そうですね……大会はまだ先です。2週間後に出発なされば、十分だと思います。そちらもいろいろと準備が必要でしょう? 2週間で間に合いますか?」
「おそらく、大丈夫です」
王子と椎奈の会話が、俺達を余所に進んでいく。
王は当惑しながらも、喜びと安堵を隠しきれずにいた。この国の王としては、当然の反応だろう。
その様子を、俺は、ただ見ることしか出来ない。
不意に、椎奈が霞んで見えた。
目の前にいるはずなのに、遙か遠くに行って、そのまま消えようとしている、そう感じた。
そんな彼女に、俺は、手を伸ばすことすら、出来ない。
「それではシイナ様、また会える日を楽しみにしています」
「はい」
王子は満足げな表情で、謁見室を後にした。
「王、用件はこれだけか?」
「ああ、受けてくれて助かった。それで、君に付ける護衛についてだが——」
「1週間後の城内の闘技大会を見学して、選べという事か」
「……もう知っていたのか。そうだ。君の目で選ぶのが1番だろう」
「いいだろう。他に何か用は?」
「今は無い。そうだ、準備をするのなら、必要な物も出てこよう。サーシャに申しつけてくれれば、何でも用意する。遠慮なく言ってくれ」
「分かった」
椎奈は頷くと、もうここには用が無いと言わんばかりに踵を返し、歩み出した。俺と目も合わせず、直ぐ横を通り過ぎて、部屋を出て行く。
俺達は、その後を追うのがやっとだった。




