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王からの打診

 古宇田達の熱が下がり、訓練が完全に元通りになった翌朝、俺たちは王に呼び出された。

「王の用件は?」

「何もお話になりませんでした。どうやら、何かお悩み事がおありのようでしたが」

 椎奈の問いかけに、サーシャが答える。


 サーシャがこちらの手の内に入って、3日。まだ日付は浅いが、彼女を引き入れたのはやはり正解だった。魔術書に関しても詳しく、外の世界についても整理して俺達に説明した。頭の回転も速く、仕事も手際がいい。王の信頼を得ていただけの事はあった、という訳だ。


 そのサーシャでさえ聞かされない用件に、椎奈はしかし、さほど疑問を持っていないようだった。無言で頷いて、そのままサーシャについて行く。

 直ぐ後ろを歩きながら、俺は椎奈と距離を感じていた。今までよりもなお、明確に。



 3日前に、初めて椎奈の行動を知った。行動を黙っていたのは別に構わない。だが、その上で得た知識を聞かされなかったのは納得がいかない。おそらく、まだ話していない事も少なくないだろう。

 俺達と同じように召喚され、魔王を倒すと決めた身でありながら、椎奈は1人で行動する気でいる。

 何度側にいろと言っても、椎奈は1人で走り出す。それを追いかけるだけの力が、俺には無い。

 隙を突かれて身に受けた呪いの件を通して、俺は改めて自分の無力さを知った。



「——旭?」



 声をかけられて、我に返った。椎奈が不思議そうな顔で俺を見上げている。

 気付けば、既に王の謁見室の前だ。考え事のせいか、自分が今どこを歩いているのか、全く意識していなかった。——警戒も、不十分だった。

 自分の弱さを、改めて突きつけられた気がした。


「何でもない。少し考え事をしていた」

「そうか。もう良いか?」


 考え事をしている時に、何か他の事をするのは嫌いだ。思考に集中出来ない。以前椎奈にそう言った事があったと記憶するが、覚えていたのか。


「ああ」

 短く頷くと、椎奈も頷き返して、サーシャを促した。サーシャがドアを開ける。


 初めて入る謁見室は、流石に豪奢な作りになっていた。王に会う者に権威を示すためだろう。金の無駄遣いだが、この世界の人間には効果的だと思われる。

 部屋には、王の他に、王妃、最小限の近衛兵、そしてどうやら宰相らしき中年の男のみしかいない。内密に話を進めたいようだ。


 俺たち全員が部屋に入りドアが閉まると、王が口を開く。

「久しぶりだな、勇者達よ。訓練の様子はアドルフから聞いている。随分と上達したようだな」

 王の回りくどい話に、反応するものはいなかった。王が当惑を見せる。

「……そろそろ、実力を試してみる時期かと思う。それで提案があるのだ。君達は、隣国のスーリィア国で行われる、総合闘技大会を知っているかね?」


 スーリィア国。武術に突出し、強力な軍隊を持っている。王都周辺に出没する魔物の力が強い為、軍は勿論、傭兵の戦力もかなり高い。傭兵達の集まる、中世のギルドのような集団の本拠地が存在する。この集団、この世界のどの国に行っても支部があるそうだ。どれだけ力を持っているのか、よく分かる。

 その傭兵達の実力を競い合う闘いの場が、総合闘技大会だ。この国の兵士や魔術師たちの行う闘技大会も、それを見習ったもの。毎年行われるこの闘いは、彼の国では1種の祭りと化している。


 サーシャから得た知識を思い出しつつ、黙って頷いた。古宇田と神門も頷いている。

 椎奈は無反応。何かを察した様子だ。


「今年、大会は200周年を迎える。そして折しも、この世界は魔物の侵略を受けている。そこでスーリィア国の王は、ある部門を増やした」


 ここまで来れば、俺にも分かる。王の話の先が見えた。


「各国の勇者達のお披露目を兼ねた、親善試合。互いの力を示し合う事で国民に希望を与え、同時に、勇者達に、より高みを目指す機会を提供する。そういう企画だ。我が国が勇者召喚魔術を成功させた事は既に知られているから、当然我々にも誘いがかかった。どうかね? これまでの訓練の成果を試してみては——」

「断る」


 みなまで言わせず、椎奈がきっぱりと断る。予想は付いていたし、意見が一致しているので、口は挟まない。

「自分たちの訓練のみでも、実力は十分に測れる。わざわざ戦う必要はない」

 椎奈のにべもない言葉に、王はしかし、食い下がる。

「だが、人は強者に出会う事で成長する。国によって得意分野も魔術理論も様々だ。この大会は、新しい戦い方や魔術を知る機会でもある」


 その言葉に知識欲が刺激されたが、それ以前に受け容れられる話ではないので抑える。


「まだ私達は、この国の魔術さえも完璧には学習していない。その状態で新たな魔法理論を学んだ所で、さほど収穫になりはしない。何より、そんな不確実な期待の為に、強力な魔物のいる所を突っ切って他国に行く必要性を感じない」


 スーリィア国の魔物は、魔王の居場所を除き他のどの国よりも強力だ。十分な実力者でなければ、1日と持たず喰われてしまうと聞く。


「訓練が進んだと言っても、所詮人間相手の剣技と、魔術の基本。城を出て魔物と戦った経験は皆無。そんな状態で、あの国の魔物とやり合うなど、無謀だ」

 理路整然とした椎奈の反論を聞き、俺はやや違和感を覚えた。


 椎奈はまるで、用意していた反論をそのまま口にしているように見える。いつか戦いに出される事を予測して考えていたのではなく、この大会に出るよう言われると予想していたかのような対応だ。椎奈でさえ、この大会の存在は昨日知ったばかりだというのに。

 その上椎奈は、王に反論をしつつ、何事か考え込んでいるように見えた。王の提案から、何らかの手がかりを得たかのように。



 反論を聞き、王はなおも食い下がる。

「護衛はいくらでも付けよう。君達が魔物相手に戦う必要はない。大会に参加するだけだ。他国の勇者との懇親会も行われる。息抜きもかねて、どうかね? そろそろ疲れが出る頃だろう」


 王は、奇妙なほど必死だ。どうあっても俺たちに受けてほしい、否、受けてもらわねばならない、そんな心情が察せられる。王の面子がかかっている、それだけでは済ませられない程に、熱心に俺たちを誘惑している。この国に俺たちがいては拙いのかと、邪推してしまう程だ。


 椎奈も王の様子に似たような感想を持ったようだ。腕を組み、口元を手に当て、本格的に考え込みだした。

 こうなるとしばらく何を言っても反応しないのは分かっているので、代わりに断りの言葉を口にする。


「不要だ。十分に力も付いていない状況で、力試しも何もない。何より、十分な力が付くまでは戦わせないと約束しただろう」

 そう言って、手の甲に刻まれた魔法陣を王に見せる。王が苦い表情を浮かべた。それを指摘されるのを恐れていたようだ。

「スーリィア国へ向かう道中に魔物に遭遇する率の高さを考えれば、戦いを避ける事はほぼ不可能だろう。護衛を付けた所で、強力な魔物がいれば、全く戦わないまま済ませられる保証はない。もし戦う事になれば、それは契約違反だ。この魔術が発動し、王は死ぬ事になるだろう」


 畳みかけると、王は唇を噛んだ。己の魔術が枷になっている事を、彼も自覚していた。だからこそ、それを理解して尚俺達を大会に出させようとした意図が分からない。

 だが、今は断ることが先決だ。さっさと話を終わらせて椎奈とこの事を話し合いたくて、断りの言葉を口にしようとした、その時。



「——おやおや。貴方の国では勇者様が随分非協力的なようですね、ライアス王?」



 声と共に、俺たちが入って来たのとは異なるドアから、青年が入って来た。声をかけられた側の王が、苦い表情を浮かべる。

 ——苦い表情と同時に、焦燥も浮かんだ。

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