真相
いつまでも神官達の練習場を使う訳にもいかないので、部屋に戻る事にした。
私の前を歩かせているサーシャは、手首を術で拘束してある。無論、魔術を使えないようにする術だ。古宇田と神門はさんざん反対したが、未だ敵か味方か分からない魔術師に気を許すわけにはいかない。
部屋には——旭が、いるのだから。
部屋の前で1度足を止める。サーシャを押しのけ、ドアの正面に立つ。
意識を凝らすも、結界に異常は見られない。逸る気持ちを抑えて結界を解除した。中から、不審な気配は感じない。
ドアを開けて——思わず、足を止めた。
旭が、私を静かに見据えている。
呪い返しが成功したのは分かっていたが、それでも、こうして旭の無事をこの目で見て、心から安堵した。
だが、心に余裕が出来た反動か、旭の無茶に苛立ちが湧く。
「何をしている、旭。まだ寝ていろ」
神門が私の背後から覗き込む気配がした。安堵した気配が伝わってくる。こちらの心情を知ってか知らずか、旭は冷静に言葉を返した。
「呪いは返したのだろう。寝ている必要は無い」
「馬鹿。呪いによって消耗した体力は、呪いを返したところで回復しない。あれだけの呪いだ、おとなしく寝ていろ」
「回復魔術を使った。霊力量に余裕があるのは、見れば分かるだろう。問題無い」
呪いで弱った体で魔術、それも治癒魔術よりもさらに難度も高く霊力の消費量も多い回復魔術を行使する事自体、無茶以外の何ものでもない。だが、旭の霊力量を持ってすれば、確かに大した事では無いのも確か。
そして、旭の言葉通り、こうして起き上がる事に何の支障も無い程度まで回復している。
そこまで考えて、ようやく動揺が収まった。頷き、黙って部屋に入る。古宇田たちが続いた。
旭は中に入ってきたサーシャを見て、目を見開く。彼にしては珍しく、驚きを隠さずにこちらに視線を向けてきたが、私は無言を通した。
旭は目を細め、古宇田と神門をちらりと見た後、サーシャに視線を向ける。
「……アサヒ様、申し訳ございません」
サーシャが深く頭を下げた。旭は何も言わない。
「事情を説明しろ」
促すと、サーシャは頷いた。
「皆様がこの世界にいらっしゃる1週間ほど前、魔物の討伐に行った私と部下だった魔術師達は、この国の周辺にいる筈の無い魔物に遭遇しました。
必死で戦いましたが、その魔物はドラゴンと同等の力を持ち、人と同等の知恵を持つ魔族。私の部下は全滅させられ、私はその魔物に取り憑かれました。
それ以降、私は魔物に体を乗っ取られ、為す術も無く魔物の取る行動を見ている事しか出来ませんでした」
そう言って、サーシャが唇を噛む。
「続けろ」
短く命じた。首肯が返ってくる。
「魔物は私の記憶を読んだようです。普段の私をそのまま写し取って行動していました。その為、周囲の人間も気付きませんでした。
本来魔術師である私は、皆様の世話役になる予定はありませんでした。ですが、その……」
そこで言葉を濁らせるサーシャ。時間の無駄なので、言葉尻をひったくった。
「こちらが素直に従う様子を見せなかった事、私が結印した事で私に魔術の知識があると判明した事。逃亡を防ぐには魔術の知識がある者が側にいる必要があると王が判断し、急遽貴様に、使用人として私たちを監視させた」
「……その通りです。ちょうど私は、部下を全て失っていましたから。
魔物は皆様を脅威と見なし、排除しようといろいろと企て始めました。ですが、シイナ様とアサヒ様の警戒もあり、迂闊には手を出せなかったようです。ですが今回、アサヒ様を呪うことに成功しました。……後は、ご存じの通りです」
旭の目が私を捉える。何があったのか問いかける目だ。後で答えることにして、サーシャに問うた。
「今になって成功させた理由は? 旭が疲労で隙があって呪われたとするなら、訓練が始まった初期の方が狙いやすかった筈だが」
訓練が始まって数日の3人の様子が脳裏によぎる。あれでは隙どころか、警戒するという考えすらあまり浮かばなかっただろう。
「……それは、私にも分かりません。どうも最近、魔物の動きが活発になっているようです。ご存じの通り、領地内外でも、魔物が更に頻繁に発生しています。……おそらくは、勇者召喚の情報が広まったのではないかと」
「今更か? ……ああいや、こちらは郵便制度もまともに発達していなかったな」
ひとまず納得して頷く。まだ分からない事は多いが、とりあえずこの魔術師が知っている事から得られる情報は揃ったと考えていい。
ふと思い出して、尋ねた。
「そういえば、もうすぐこの城で闘技大会が開かれるそうだな。いつあるんだ?」
予想に反して、サーシャが戸惑う様子を見せる。
「……そうなのですか? 存じ上げませんでした。普段なら、まだ2,3ヶ月後のことの筈ですが……」
その返答に、警戒心が再上昇するのを感じた。
これほど信頼された魔術師でさえ情報が回らない、ナトリーでさえ今日初めて耳にした、闘技大会の早期開催。更には魔物の増加、旭を狙った呪い。偶然で片付けていい事では無さそうだ。
「何か、あるな」
思わず口に出すと、「魔術師」の顔になったサーシャが頷いた。
「私もそう思います。おそらく、王が何か掴んでいるのではないでしょうか」
「そうだな。近いうちに、動きがあるだろう。だが、今はそれは良い」
「良くない!!」
古宇田がいきなり視界に割って入って叫んだ。サーシャから目を離さず、問い返す。
「何がだ」
「分かんない事が多すぎる。ちゃんと説明して」
「今聞いた通りだ」
「それが分かんないんだって!」
再び叫ぶ古宇田に、眉をひそめた。サーシャの説明は十分に分かりやすいものだった。古宇田は理解力がそれほど低くない筈だが……
「椎奈、いくつか尋ねて良いか」
旭が会話に加わる。古宇田から視線を外して、頷いた。
「聞いていると、椎奈は随分と情報を得ていて、サーシャもそれを承知済みのようだが、どういう事だ」
内心で舌打ちする。まだ言うつもりの無い事だった。
「……シイナ様、仰っていなかったのですか?」
驚いた様子のサーシャを無視して、仕方なく答える。
「使用人たちからの情報だ。この城の中を自由に動き回り、全ての人間に等しく仕える彼らは、下手な隠密より余程ものを知っている。昼に動き回っていたのは、情報集めが目的だった。彼らからそれとなく情報を集める事は、然程難しくないからな」
「そんな筈は無い。俺たちは余所者だ、それなりに警戒されている。そう易々と情報を話すとは思えない」
的を射た旭の追求に、思わず黙り込む。正直、あまり答えたくない。が、黙っていればサーシャに追求が回りかねない。サーシャに言われるのも癪だ。
「……昼に、使用人の仕事を手伝わせてもらっている。前の世界で毎日バイトをしていた身としては、この生活は落ち着かない。仕事の内容はバイトとさほど変わりないから、慣れている。しばらく働いているうちに、邪魔者扱いされる事も無くなり、寧ろ仲間として見なされるようになった。それで情報が集まるようになったんだ」
古宇田と神門が顔を見合わせる。神門が口を開いた。
「……椎奈、いつの間に?」
「だから、昼だ。3人が食事をしている間、人手の足りない場所の手伝いをしていた」
「バイトなんかしてたんだ。でも、うちの高校、バイト禁止じゃ無かった?」
驚き顔の古宇田の問いにも簡潔に答える。
「店の奥で働いていれば、気付かれる事も無い。放課後はいつも働いていた」
旭にしかその事を話していなかった事を今更思い出した。この世界に来てこれほど関わる羽目にならなければ、話す事など無かっただろう。