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魔物と術師

残酷描写入ります。苦手な方はご注意下さい。

 旭先輩のお見舞いを終えた椎奈は、ずっと私達の側に居た。無言のままの椎奈は、どうにもぴりぴりしている。目を閉じたまま何かに集中している様子で、声がかけられない。

 サーシャさんがお昼の片付けをしてくれて、いつもの訓練の時間になるまで、なんとも居心地の悪い思いをした。



 訓練の時間になってようやく、椎奈が目を開ける。

「——行くか」

 静かな口調で呟き、やおら立ち上がった。そのまま部屋から歩み去る。声を掛けられないまま、私達はついていった。


 椎奈の迷いのない歩調に、どこかへ向かっているようだと察する。その方向は、いつもの魔術の練習場、ではない。


「……あのさ、椎奈。どこに行くの?」

「付いて来れば分かる」

 思い切って尋ねた答えは、凄く素っ気ないものだった。めげずに、ずっと気になっていた事を尋ねる。

「旭先輩の様子、どうだった?」

「熱が上がっていた。普段通りに振る舞っていたが、かなり辛いだろうな」


 淡々と事実を告げるように答える椎奈に、ちょっといらっとした。


 どうしてそんなに平気なんだろう。旭先輩は、椎奈の彼氏だ。もっと心配したり、気に掛けたりするものだろう。いくら椎奈が他人との関わりを避けているとはいえ、こうまで薄情だとは思わなかった。


「……ねえ、椎奈は平気なの? 旭先輩の事、心配してないの?」

 私以上に思う所があるのだろう、詩緒里が随分強い口調で尋ねた。



「——何を言っている、神門?」



 あくまでも平静を保った椎奈の口調。けれどそこに何か感じて、何となくその顔を見た。知らず、息を詰める。

 椎奈の瞳は、冴え冴えとした光を放っていた。その光はどこまでも冷たく、どこまでも鋭い。



「旭に害が及んで、私が平気な訳が無いだろう?」



 どこまでも静かな椎奈の言葉は、その裏に、凄まじい怒りの炎が燃え上がっているのを悟らせた。



「——いるのだろう。出て来い」



 不意に椎奈が、視線を向けないまま背後に声を掛ける。振り返ると、サーシャさんが立っていた。

「お気付きでしたか」

「当然だ。ついて来い、貴様に用がある」

 椎奈はそう言って、足を速める。椎奈の気迫に立ちすくんでいた私達は、慌てて追いかけた。






 私たちがたどり着いたのは、2ヶ月前、儀式の後に椎奈と話をした、神官さんたちの練習場だった。


 椎奈が結印する。結界が部屋を覆った。


 確認するように結界をしばらく見つめた後、椎奈はサーシャさんと向き合う。その目は、相変わらず冷たく燃え上がっている。


「サーシャ。貴様は、私たちが王と交わした約束について、全て知っている筈だな」

 淡々と、でもいつもよりずっと低い声でサーシャさんに問いかける。その問いかけは、ほぼ確認のようなものだった。

「……はい」

 サーシャさんが戸惑い気味の顔で頷く。

「ならば、私が王に呪いをかけたのも知っているな。古宇田や神門、旭に害を及ぼした場合、王の最も大切な者の命を奪う、と」

「……存じ上げております」


 やや顔をこわばらせるサーシャさん。我慢出来ずに、口を挟んだ。


「ちょっと椎奈、どうしたの? サーシャさん、困ってるよ」


 椎奈は、私の言葉を黙殺して続けた。



「――ならば、サーシャ。貴様は、王の大切な者の命を奪おうとしているのか?」



「な……!」

 大きく目を見開くサーシャさん。私も私で、唐突なその言葉にただただ目を見張った。



「言っておくが、私は王だけに限定したつもりは無い。王の意思で、王の部下の手で、旭や古宇田、神門に害が及べば、迷わず呪いを発動する。今私が何もしていない理由は、これが王の命令とは思えないから、それだけだ。

 もう1度聞く。貴様は、今取っている行動の意味を、本当に理解しているのか?」


 椎奈の言っている事が理解出来なくて、詩緒里と困惑顔を見合わせる。サーシャさんも同じなようで、びくつき、困りきった顔で口を開いた。


「……あの、シイナ様。私がとっている行動、とは、先程気配を消しておそばに控えていた事でしょうか? 私はただ、皆様のお役に立とうと――」


 サーシャさんのしどろもどろな、けれど今までと変わらない感じの言葉は。


「下らない猿芝居に付き合っている暇はない。貴様が旭に掛けた呪いの刻限は、今日が終わるまで。それを私が指をくわえて見ているままな訳が無いだろう」


 椎奈の触れれば切れるような鋭い語気に、切り捨てられる。


 部屋に、凄まじい風が吹き荒れた。風の正体は——椎奈の霊力。


「呪い……?」

 詩緒里が呆然と呟く。椎奈が頷いた。

「旭のあれは、疲労による熱などではない。巧妙に仕掛けられた、呪いだ。昨日の剣術の訓練辺りから様子がおかしかったから、その前の日に呪いを掛けていた、という事だな。気付けなかった私も愚か者だが、ここまで来てばれないと高をくくっている貴様は、相当な戯けだな」


 椎奈の言葉には押さえ込まれた激しい怒りが感じられて、私は凍り付いた。


「……でも、何時呪いを掛ける機会があったの? 椎奈は目の前でやられたら、気付くでしょう?」

「昼食だ。私は席を外しているからな。旭が気付けなかったのは——それこそ、疲労だろうな」

 詩緒里の問い掛けに、椎奈が即答する。その黒曜石の瞳は、サーシャさんから目を逸らさない。


「この世界に来たその日に、私は貴様に警告した。情けをかけると思うな、こちらの害となる場合はすぐに貴様を抹消すると。私が虚仮威しなど、するはずが無いだろう」


 抹消。その言葉には、どこまでも冷酷な響きがあった。


「ちょっと……ちょっと待ってよ、椎奈。旭先輩に呪いをかけているのは、本当にサーシャさんなの? 証拠も無いのに、そんな……」


 椎奈の気迫に気圧されながらも一生懸命反論するも、椎奈はあっさりとそれを切り捨てる。


「先ほど旭の見舞いに行ったときに確認した。旭の身に纏わり付いていた呪いから、こいつの妖気を感じた。この妖――この世界では魔物と呼ぶのだったな――この魔物が旭の命を奪おうとしている事に、疑いの余地は無い」



 ――魔物?



「……ねえ。今まで黙っていたのは、どうして?」


 サーシャさんの口調ががらりと変わった。うっそりと細めたその瞳が、綺麗な緑色から血のような赤に変わっている。


 椎奈が目を鋭く細める。放たれる霊力が、さらに激しくなった。


「様子見だ。旭が倒れたと触れて回り、周りの反応を観察していた。だが、騎士達の反応を見るに、王がこの件に関わっているとは思い難い。貴様の独断行動だろう」

「その通り。あなたたちが、邪魔だったから。本当は4人まとめて呪うつもりだったけれど、あなたと彼に警戒されてて、自由に動けなかった。でも、貴方と比べて力の弱い彼から崩せば、その2人は簡単に呪える。あなた1人で守りきるのは難しいでしょうからね」


 目の前にいるのは、誰だろう。優しく親切に面倒を見ていてくれたは筈のサーシャさんが、私達を殺すと、何でも無い事のように口にしている。


「我々が邪魔という事は、貴様は魔王の手先か?」

「さあね。それを貴方に答える必要があるの? 貴方達は——これから、死ぬというのに」


 言葉が終わると同時に、サーシャさんの身から嫌な気が流れ出した。なんだか液体っぽいそれは、椎奈の放つ霊力を浸食し始める。


「古宇田、神門、覚えておけ。あれが、魔物の放つ気だ。それから、ここを動くな」

「……うん」


 警告に素直に頷くと、椎奈の霊力が圧力を増した。浸食が止まり、逆に押し返していく。

 それを見たサーシャさんが、片目を眇めた。


「……流石、勇者として召喚されるだけはあるわね。巻き込まれただけのそこのお嬢さん達や彼とは大違い。魔物相手に力比べに勝てるだなんて、あの騎士の言う通り、貴方人間じゃないわね」

「旭を呪うのに随分消耗している割に、口は達者だな。雑魚ほどよく口が回るとは、よく言ったものだ」


 そう言うと椎奈は、刀印を一閃する。


 巨大な刃がサーシャさんを襲った。サーシャさんは苦も無くそれを防いで、私たちの方へ黒い影のようなものを飛ばしてくる。


 椎奈が駆けだした。黒い影に真っ直ぐ走っていったかと思うと、再び腕を振るう。一瞬で黒い影が消え、青い光が煌めいた。


 サーシャさんの体が吹き飛ぶ。椎奈の追撃が、その体をずたずたにした。

 床に叩き付けられたサーシャさんは、起き上がれない。


 サーシャさんが懸命に体を起こそうとしているその床に、五芒星が描かれた。椎奈の声が、部屋に朗々と響き渡る。



『反りの風、今ここに吹かん。其は仇なすものを解放し、元凶を討ち滅ぼす、救いにして滅びの風。我、シイナ、術師たる資格をもって、その風を解放せん』



 生ぬるい、どろりとした風がものすごい勢いで吹いた。吹いてきた方向は、私たちの暮らしている部屋。



 ——旭先輩が寝ている部屋。



「あああああ!!」

 身も凍るような叫び声にぞっとして、声の主を見て……危うく、悲鳴を上げそうになった。



 サーシャさんの体に、どす黒いものが巻き付いている。見てるだけで鳥肌が立つようなそれは、次第にサーシャさんの体に染み込んでいるように見えた。


 大きく見開かれた赤い目は、飛び出ている。口を大きく開いて断立魔のような叫びを上げるサーシャさんは必死でもがいて抵抗しているけれど、椎奈の拘束術でまともに動く事が出来ない。それでもかろうじて動く指は、あまりに強く床を掻くせいで、血が滲み始めていた。

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