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視点:椎奈→旭

 部屋に戻った時、サーシャはまだ昼食を届けに来ていなかった。

 サーシャが来る前にと汗を流した後、1度共同の部屋へと顔を出す。昼食を待つ古宇田達と目が合った。


「あれ? 椎奈、食べるの?」

 意外そうな声の古宇田には、首を振る。今日は旭がいない代わりだ。食事まで摂るつもりはなかった。


 その時、気配を察知する。ドアを開けると、サーシャが立っていた。私を確認して、微かに目を見張る。


「……御昼食の用意に参りましたが……シイナ様、召し上がるのですか?」

「要らない。今日は古宇田と神門だけだ」

「……畏まりました」

 冷たく返すも、サーシャの表情に変化は無い。一瞬だけその目を覗き込んだ後、道を空けた。


「失礼致します」

 サーシャが準備する。旭の食事を不要とした事に疑問を抱かないのは、旭は疲労が溜まっているから部屋で休んでいるとヘラーに告げた言葉を、どこかから耳にした、そういう事だろう。


「準備が終わりました。いつも通り、お食事を終えられましたら、お呼び下さい」

 そう言って、サーシャが出て行った。その気配が完全に遠ざかるのを確認してから、古宇田達に声を掛ける。


「古宇田、神門。今日の魔術の訓練は休みにする。流石に私1人では見きれないからな。その分、少し片付けたい事があるから、ついて来てもらう。普段訓練を開始する時間に、ここで待っていてくれ」

「……分かった」

 戸惑いながらも、どこか嬉しそうな顔で2人が頷いた。2人も少し疲労が溜まっているのだろう。



 ——生憎、午後の用事は気の休まるものではない。おそらく2人にとっては、この2ヶ月で最も辛いものだろう。



 2人が食事をとり始めるのを横目に見つつ、私は旭の部屋へと向かう廊下へと足を向けた。



******



 人が近付く気配を感じて目を開けると、椎奈が寝台の傍らに立っていた。

「すまない、起こしてしまったようだな」

「いや」

 椎奈の謝罪を否定する。事実、先程から目は覚めていた。


 椎奈が手を伸ばして来た。冷たい手が額に触れる。椎奈の手は元より然程温度が高くないが、今これ程冷たく感じるのは。

「……熱が上がっているな」

 椎奈が呟く。倦怠感が増しているのには気付いていたので、意外には思わない。小さく頷いた。


 椎奈は微かに目を伏せると、結印して何事か呟く。

 穏やかな風が寝台の周りを駆け抜けた。一瞬俺に纏わり付いたそれは、直ぐに収まる。

 椎奈の瞳に不穏な光が宿ったのを見て、口を開く。

「椎奈。まだ全てが分かった訳ではない。性急な行動は控えろ」

「——それは出来ない」


 椎奈の口調には、静けさと荒々しさが同居していた。美しくも険しい意思の光を瞳に宿し、尚も続ける。


「私は術師として、方術を修めている。陰陽の術を修めているものには、1つのルールがある」


 以前にも聞いていた事だ。神にも妖にも触れる事の出来る陰陽師は、清濁併せ持つが故に、1つ冷酷なルールを持つ。


「椎奈は、巫女なのだろう」

「巫女である以前に、師匠から古の術を学んだ、術師だ。これだけは譲れない」

 迷いの無い言葉に、内心もどかしく感じた。



 ——椎奈にこの道を選ばせているのは、俺の力不足のせいだ。



「旭、すまない」


 それでも、椎奈は。


「椎奈が謝る事ではない。大丈夫だ」

「……何が大丈夫、だ。1つでも間違えれば、打つ手が無くなる。……私のせいだ」


 それでも椎奈は、独りでその責を負う気でいる。



 ——今から、俺の為に犯そうとしている罪さえも、抱え込もうと。



「言っただろう。約束は守る、俺も罪を背負う、と。お前は俺の為に、その道を選んでいる。選ばせているのは俺だ。——選んだのも、俺だ」

 曖昧な言葉を正確に受け取り、椎奈が俯く。長い黒髪が、表情を隠した。


「……古宇田達にも、現実を見せる。午後、この部屋は旭1人となる。結界は張るが……気をつけて」


 僅かに語尾が揺れたのを聞き、手を伸ばして椎奈の腕に触れる。


「ああ。——椎奈こそ、気をつけろ」


 椎奈の肩が僅かに揺れる。俺の言葉に対する反応は、それだけだった。


 少しして、椎奈が立ち上がる。顔を上げてドアへと視線を映した椎奈の顔には、強い意志だけが見て取れた。


「夕食までに、片をつける。……もう少し、辛抱していてくれ」

「分かった」

 それ以上の会話は、俺達の間には不要だった。椎奈は1度も振り返らずに、部屋を出て行く。


 静かに目を閉じた。その後ろ姿を瞼の裏に描き、祈る。



 ——無事でいてくれ。これ以上、傷を負うな。



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