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異変

視点は、里菜→詩緒里の順です。

 翌朝、朝食の席。

 椎奈が食べないのは今更だけど——


「——旭先輩、それだけですか?」

「ああ」


 旭先輩までもが食事量が少ないとは何事だ。


 唯一の大食い仲間——と言っても、旭先輩はあくまで高校生男子の平均。私が大食いなだけ——だったのに、どうして減ってるんだろ。

 そこでふと思い出す。そう言えば、昨日も余り食べていなかった。いつもは私と同じくお変わりするのに、詩緒里と同じ量で食べやめていたんだ。


 普段の半分くらいの量で食べやめた旭先輩は、私の言葉に頷くと、それ以上何も言わずに立ち上がった。そのまま部屋に向かおうとする。



「——待て、旭」



 不意に、旭先輩の隣に座っていた椎奈がそれを止めた。


 見れば、椎奈は立ち上がっていた。食事中に席を立つなんて椎奈らしくもない行動に、詩緒里と顔を見合わせる。


「何だ?」


 振り返る旭先輩に、椎奈が歩み寄っていく。

 いつも会話をする時の距離よりも更に1歩、2歩と歩み寄って……旭先輩の目の前で、立ち止まった。



 すっと白い手が伸ばされ、旭先輩の額に当てられる。



 ……って、何してんの!?



「……やはりな。旭、熱がある」


 呟くように言って、椎奈が手を離す。そのまま旭先輩を見上げるようにして、大真面目な顔で言葉を続けた。


「昨日から余り調子が良くないとは思っていたが……自覚症状はあるか?」

 旭先輩が表情を変えずに淡々と答える。

「食欲不審、倦怠感、頭痛だ」

「風邪の症状は?」

 更に続く問いに、旭先輩の頭が微かに横に振られたように見えた。

「無い。疲労の蓄積だろう」

 その返答に、椎奈は真剣な表情で頷く。

「今日は訓練は休みだな。部屋で寝ていろ。……訓練が始まって、2ヶ月。不慣れな激しい運動を続けていたからな。それに、これほど続けて魔術を使う事も余り無かった筈だ。疲れが溜まっても無理は無い。大丈夫か?」

「休めば問題ない」

「なら良いが……昼に向かって熱が上がる可能性もある。きちんと寝ていろ」


 そう言って椎奈が、もう1度旭先輩の額に手をやった。



 …………あの、そういう事は2人っきりでやってくれないかなあ。



 さっきから私達2人は、どうしようもなく固まっている。音を立てるのも躊躇われて、ただ黙って2人の様子を見ているしかなかった。


 ホント、何で2人ともそんな普通の顔をしてるんだろう。椎奈と旭先輩の距離は、ほとんど触れ合うような距離だ。2人の身長差はだいたい15㎝位だから、あの距離では互いの息がかかる状態の筈。

 確かに2人は付き合っているとはいえ、お年頃の男女にはいささか緊張を強いられる距離だと思うんだけど、どちらにもその様子はない。



 ……ともかくはっきりしているのは、2人の空気から考えても、私達は邪魔だという事だ。



「……部屋に戻れ。氷枕の類いはいるか?」

 椎奈がようやく手を離し、問いかける。旭先輩がまた、小さく首を振ったように見えた。

「不要だ。寝ていれば治るだろう」

「……まあ、さほど熱は高くないが……無理はするな」

「ああ」

 今度は旭先輩の首が微かに縦に振られた。静かに1歩後ろに下がり、踵を返す。そのまま部屋に戻って行った。


 椎奈が小さく息を吐き出した。そのまま私達の元へと戻って来る。

「食事中に悪かった」

 律儀にそんな事を言って、椎奈が食事を再開する。そこに、照れ隠しをしている様子はない。



 ——まあ、椎奈だしね。



 そういう事にしてしまおうと、無理矢理自分を納得させた。


「古宇田、神門。そろそろ食べ終わらないと、訓練に間に合わないぞ」

 椎奈の言葉に、詩緒里が驚いたように聞き返した。

「え?」

 椎奈が眉をひそめて、繰り返す。

「訓練の時間まで、そう時間は残っていない。少し食べるのを急げ」

「……いや、そういう事じゃなくてさ、椎奈。今日は休みじゃないの?」


 詩緒里の言わんとしている事——私も同感だ——を代弁すると、椎奈の眉間の皺が深くなった。


「……旭は体調を崩しているから休む。2人とも、体調が悪いのか?」

「いや、別に……」

 詩緒里と2人して首を振る。

「ならば、休む理由は無いだろう」


「……旭先輩の看病、しなくていいの?」

 詩緒里が、私達が言いたい事をはっきりと口に出した。そうじゃないといつまでも通じないと判断したのだろう。同意見だ。

「旭は寝ていれば良いと言っていただろう。旭も子供じゃないんだ、それくらい自己診断できる。旭が不要だと言ったのに、わざわざ残る必要はない」


 あっさりと言い切る椎奈に、もう言う言葉はない。椎奈がそれで良いなら、それで良い。そんな境地に達していた。


 ……久しぶりに休める、と思った期待は忘れる事にしよう。


「……それで、食べなくていいのか?」

「え? あ、いや、もうちょっと食べたい」

 椎奈の問い掛けに、呆け気味だった私は、慌てて答えた。

「なら、急げ。そろそろ出ないと間に合わない」

 そう言って、椎奈が立ち上がる。いつの間にか食べ終わっていて、自分の部屋へと去って行く。

 私達も大急ぎで残りの食事を食べて、訓練の準備へ向かった。



******



「——午前の訓練はこれで終了する。解散!」

 アーロンさんの言葉が闘技場に反響して、騎士さん達の張りつめた空気がふっと緩んだ。


 この2ヶ月見続けた光景。私もほっと息を吐き出しながら、私が使う事になった苗刀と同じ形の木刀をしまった。

 この木刀は、本物と同じ重さになっている。実戦になっても重さや形の違いに戸惑う事は無い、とアーロンさんが訓練2日目に手渡してくれたもの。その出来映えの良さに、椎奈もちょっと感心した顔をしていたのを覚えている。


「詩緒里、戻ろっか」

 声を掛けて来た里菜に頷き、既に部屋から出ていた椎奈を小走りで追いかける。


 部屋を出て廊下を曲がった先で、椎奈の声が聞こえた。誰かと話をしている。


「——闘技大会?」

「はい、この城にいる騎士や神官が、互いに普段の練習の成果をぶつけ合い、順位を競います。結果次第で昇格、降格に繋がる為、それぞれが作戦を練り、全力で大会に臨みます」


 角からそっと顔を出す。椎奈が話をしている相手は、メイド姿の女性だった。サーシャさん、ではない。


「王も見学するのか?」

「はい、この城の者全てが大会を見学します。陛下は、皆様にも是非ご覧いただきたいとお考えのようですね」

 メイドさんの言葉に、椎奈の目つきが鋭くなった。

「——ナトリー。この話、何時決まった?」

 低い声で問われたメイドさんの表情も声も、どこか真剣なものになる。

「……大会は1年に1度行われます。陛下のご都合の良い時期に開催されますので、毎年日時は異なります。今年の日程は——」


 その時、メイドさんが私達に気付いて、言葉を止める。慌てて隠れていた角から出て行くと、丁寧に頭を下げられた。


「コウダ様、カンド様、訓練お疲れ様でございます。昼食の準備は出来ておりますので、サーシャが間もなく部屋に届けるかと」

「あ、ありがとうございます。……ねえ椎奈、この人は?」

 里菜の質問に、椎奈が簡潔に答える。

「この城の使用人の1人だ」

「イライザ=ナトリーと申します。どうぞお見お知りおきを」


 そう言ってもう1度頭を下げた赤毛に翠の瞳のイライザさんに、頭を下げ返した。

 それを見届けてから、椎奈が踵を返す。


「古宇田、神門、戻るぞ」

「……話は良いの?」

 問い掛けに首肯を返して、椎奈が歩き出した。イライザさんに聞きたい事はいくつかあったけれど、とりあえず椎奈についていく。


「ねえ椎奈、闘技大会って?」

「今聞いていたのだろう。神官や騎士が実力を見せ合う場だ。私達を招待する気らしいな」


 里菜の問いかけに対する椎奈の答えを聞いて、図らずも話を立ち聞きする形になっていた事に、少し気まずさを覚えた。


「何でイライザさん、話を途中で止めたの?」

 里菜がさりげなく聞くも、椎奈は表情を変えない。

「2人に気付いたからだろう。使用人が立ち話をする所を、勇者として召還されたものに見られるというのは、誉められた話ではないからな」



 ——椎奈もそうじゃないの?



 心の中で呟く。口に出さなかったのは、それ以外の理由があるように思えたから。


 けれど、椎奈は口を閉じ、足を速めている。何でそんなに急いでいるのかは分からないけれど、それ以上の会話は望めそうにない。


 歩くのが速い椎奈に置いていかれないように、私と里菜は小走りでついていった。




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