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日常との、お別れ

 視界を奪う白い光が消えると、私達は宙に放り出された。


「うわっ!」


 慌てて着地の体勢をとったけど、いくらなんでも急すぎた。間に合わずに大きくよろけ、そのまま転びそうになったのを、後ろから支えられる。

 振り返ると、椎奈が無表情で私を見つめていた。


「怪我は無いか?」

「ん、大丈夫。ありがと」


 礼を言って視線を巡らせると、詩緒里が旭先輩に支えられている。どうやら、私と同じく転びかけたのを助けられたらしい。

「あ、あのっ、すみませんっ」

「謝られるいわれは無い」

 慌てて頭を下げる詩緒里と、抑揚の無い口調で答える旭先輩。詩緒里は旭先輩に頭を下げつつ、視線をちらちらと椎奈に向けている。当の椎奈は、意味が分からないといった様子で首を傾げた。


 ――椎奈に、嫉妬という概念は無いみたいだ。


 そう考えた時、不意に椎奈が、鋭い視線を周囲に巡らせる。つられて周りを見回して、ようやく自分達を取り巻く異様な状況に気付いた。



 さっきまで、街路を歩いていた筈。なのに今私達が立っているのは、大理石造りの、中世の宮殿のような部屋の中央だった。

 その部屋の1番奥に、少し高くなった部分がある。そこには飾り立てられた椅子が置かれていて、太った中年の男の人が王様のように派手派手しい衣装を身につけ、ふんぞり返って座っていた。その両脇には、騎士のような格好をした男達が控えているし、私達を囲むように立っているのは、神父のような格好をした人達。


 ……何これ?

 そう思った時、中年の男の人が口を開いた。


「ようこそ、我が国エルド国へ。私はこの国の王、ライアス=デル=エルド」

「えっと、古宇田里菜です」

 名乗られたので、ひとまず名乗り返す。詩緒里と旭先輩がそれに続いた。

「神門詩緒里です」

「旭梗平だ」


 けれど、椎奈は名乗ろうとしない。それどころか、王と名乗る男に目もくれず、神父のような格好をした人達に視線を巡らせている。


「そちらの者は、何というのだ?」

 王様が促すも、椎奈は答えない。旭先輩に腕を掴まれ、渋々と言った様子で目を向けた。

「椎奈」

 短く名乗り、旭先輩の手を振りほどく。

 椎奈の態度に、周りの人達がざわついた。不穏な空気が部屋を占領する。

 そんな周りの反応を無視して、王様が口を開いた。



「面白い名をもつ少年少女よ。それに、その珍妙な衣装。どうやら、異世界からの召還は成功したようだな」



 ――今、何て言った?



 現実を受け入れたくなくて、聞き返す。

「あの、どういう意味ですか?」

「おお、説明していなかったな。

 我が国は今、魔王による侵略を受けている。騎士団が懸命に戦っていはいるが、我々では魔物を、魔王を倒すには力が足らない。そこで、異世界から勇者を召還してこの国を救ってもらおうと、召還の儀式を行った。まさか4人も来るとは思わなんだが……」



 思わず詩緒里と顔を見合わせる。表情から、同じ事を考えている事が分かった。同時に旭先輩に目を向けると、先輩は僅かに苦々しい表情を浮かべる。私達が何を考えているか、分かったらしい。



 ――「魔王」旭梗平が、異世界で魔王を倒す「勇者」?



 吹き出しそうになるのを、懸命に堪えた。



「どうかしたのか?」

「……いえ、何も。それより勇者と仰いましたが、私達はごくフツーの高校生です。魔物だの魔王だのを倒すなんて……」

 笑いを飲み込み、現実的な問題を指摘する。

「コウコウセイというものが何かは分からないが……問題は無い。過去に2度、魔王を倒す為に勇者が召還されたが、どちらも特殊な能力を目覚めさせたという」


 ……なんか、本当にファンタジー。これが夢なら良いのにとは思うけれど、私は下校途中にこんな夢を見る程頭の中が危ない人ではない、筈。


「頼む、異世界の少年少女よ。この国を救ってくれ」

「お断りします」


 間髪入れず、きっぱりとした拒絶の言葉が部屋に響き渡った。誰もが、言葉の主――椎奈に注目した。


「私達に、見ず知らずの国で命をかけるような趣味はありません。貴方達の国の事位、貴方達で何とかして下さい」

「貴様、陛下に対して何という口を!」


 遂に我慢出来なくなったらしい騎士さんの1人がそう言って、腰に刺した剣を引き抜いた。

 思わず身を縮めた。けれど、椎奈は動じない。


「貴方達は、全く知らない場所に無理矢理連れ去られ、その攫った人達に自分達を救えと言われて、はい分かりましたと応じるのですか? それも、今まで戦いと縁の無い平和な生活を送ってきたのに、肉親とも友人とも引き離された状況で、命をかけろと? 馬鹿馬鹿しい」

「非難は甘んじて受け入れよう。だが、我々も必死なのだ。この国の民は日々命の危険に晒され、恐怖と共に暮らしている。我々は少しでも状況を改善出来ればと、苦渋の決断を下したのだ。君達がここに来たという事は、我々を救う力があるという証。その力を、どうか我々の為に使ってほしい」


 王様の必死の説得にも、椎奈は取り合わない。


「身勝手な話ですね。だから私達が人身御供となって、命を危険に晒し、恐怖と戦えと。多数の為に少数を虐げる、流石は絶対王政の蔓延る前時代的な世界だ」


 その言葉に、既に剣を抜いていた騎士さんが1歩踏み出した。それを見て、椎奈が構える。

 右手の人差し指と中指のみを伸ばし、握り込む。切れ長の目は、騎士の瞳を真っ直ぐ捉えた。


 2人の間に緊迫感が漂う。むき出しの敵意とともに、騎士さんが更に1歩踏み出す。



 その時、旭先輩が動いた。



 椎奈の視界を遮るように、2人の間に立つ。



「王。引き受けよう」

「旭、」

 椎奈が何事か言いかけたけど、旭先輩が手を翳してそれを止める。


「ただし、条件がある。

 我々が魔物を討伐する力を得る為に必要な訓練に、協力を惜しまない事。

 魔物を倒すだけの十分な力を付けるまで、戦いに参加させない事。

 訓練以外でこちらの行動に干渉、詮索しない事。

 この城にある書物の閲覧を自由に行えるよう、取り計らう事。

 これら全てを約束出来るならば、魔王討伐に協力する」


 それを聞いた騎士さん、神官さん達が顔を見合わせた。今まで召還された勇者達に、条件をつけるものはいなかったのかな……って、当たり前か。


「分かった。私はこの場で、君の言う条件を全て守る事を誓おう。だから、力を貸してくれ」

「口約束で済ませないと言い切れるか? 王だけが約束を守っても、この国の民全てが守らなければ、意味が無い」


 旭先輩の言葉に、王様が頷く。懐から杖のようなものを取り出すと、宙に何やら描き出した。青白い光が、複雑な紋様を作る。



『エルド国の王として誓おう。君の言う条件を、この国の全ての者が守らん事を』



 王様が厳かに宣言すると、紋様を模る光が一瞬強くなり、消えた。同時に、王様の左手に、先程と同じ紋様が浮かぶ。


 旭先輩が左手の甲を見る。そこにもまた、同じ紋様が浮かんでいた。



「誓いの魔法。我が誓いが守られなかった時、この魔法陣が私を殺す」

「陛下!」


 神官さんの叫びをものともせず、王様が続けた。


「勿論、この魔法が本物かどうか、君にはまだ分からないだろう。だが少し調べれば、その魔法陣が誓いの魔法のものだと明らかになる筈だ。いつでも確認してもらって構わない」

「その必要は無い。これは、王の言う通りの魔術だ。どうもこの世界の魔術は、こちらの世界のものと同じらしい。以前この魔法陣を見た事がある」


 旭先輩の言葉に、王様は満足げに頷いた。


「納得してもらえたようで、有り難い。それでは、客間に案内させるから、今日の所はゆっくりしてくれ」


 そう言って王様が手を叩くと、部屋の扉が開き、メイド服を着た女性が入ってくる。

 私と詩緒里が素で引いていると、王様が紹介した。

「サーシャだ。彼女が君達の世話をする。何でも言いつけてくれ」

「サーシャと申します。宜しくお願いいたします。これより皆様をお部屋までご案内致します」

 サーシャさんが丁寧に頭を下げ、踵を返して部屋から出た。そこで振り返り、私達が付いて来るのを待っている。


「行こっか」

 私はそう言って、詩緒里と一緒に歩き出した。すぐ後ろに旭先輩が続く。



 ――けれど、椎奈は動かない。黙って王様を睨みつけている。



「椎奈」

 旭先輩に促され、ようやく視線をこちらに向けたんだけど、一向に歩き出す様子が無い。

 椎奈は、再び王様に向き直った。


「王。私達はあくまで一般人だ。魔物と戦えるようになるまでかなりの時間を要するが、この国はそれを待てるのか?」

「全力を尽くす。君達の訓練に協力し、魔物の侵入を防ごう。誓いは必ず守る」


 真剣な表情で問い掛けに答えるライアス王をしばらく見据え、椎奈は静かに言い放つ。



「言質は取った。私達を裏切った時には、相応の報いを覚悟してもらう」



 椎奈は遂に踵を返し、私達の元に歩み寄ってきた。

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