考え事とやるべき事
部屋に戻って直ぐ、サーシャさんが夕食を運んできてくれた。
今日は魚料理。何でも、エルド国の近くに大きな河があって、そこで魚がたくさん捕れるそうだ。おかげで、比較的高い頻度で魚が食べられる。日本人としては実に嬉しい話だ。
「ね? 椎奈もそう思うよね?」
「……何が言いたいのか、さっぱり分からないのだが」
相も変わらず食事量の増えない椎奈に、食欲をそそるその魚を食べるよう言外に促してみたけど、椎奈は実に素っ気ない返答を返すだけだった。めげずに続ける。
「だからさ、魚よく出て来るし美味しいし、日本人としては嬉しいよね」
「別に。必要な蛋白質を摂取できれば、肉だろうと魚だろうと豆だろうと何でも構わない」
「摂取、って……」
詩緒里の呟きは、椎奈に無視された。私としてもそんな言い方はちょっと嫌だったので、更に言い募る。
「そんな事言ってないで、椎奈、ちゃんと食べようよ」
「くどい。もう十分だ」
短く答えて、椎奈は立ち上がった。
そのまま部屋を出て行こうとする背中に、旭先輩が声を掛ける。
「椎奈、どこへ行く」
「図書館で調べものだ。日付が変わるまでには戻る。先に休んでいろ」
振り向きもせずに答えて、椎奈が出て行った。
堪えきれずに、溜息をつく。
夢宮にあった事を話した次の日位から、椎奈の態度が変わってしまった。
訓練の間は、今までとほぼ変わらない。丁寧に技の説明をしてくれたり、適切なアドバイスをしてくれたり。手取り足取り、熱心に教えてくれる。
けれど、それ以外では、連絡事項とかの事務的な事以外ほとんど会話に加わる事はないし、今みたいに1人でどこかへ行ってしまう事が多々ある。
——まるで、学校にいる頃に戻ってしまったみたいだ。
私達は、まだ良い。気になるのはは、旭先輩との距離が広がったように見える事。
最近、椎奈が旭先輩と一緒にいる所を見ていない。前は図書館に行く時は、一緒に行っていたのに。今日みたいに行き先を答えるのはまだ良い方で、「私がどこで何をしようと勝手だろう」って答える事も少なくない。
夢宮に会う前の、少し明るくなったように見えた椎奈は、もうどこにもいない。素っ気なくて、いつも独りで、誰も信じない。初めて会った頃の椎奈、そのままだ。
それが凄く寂しくて、悲しい。そして……怖い。
——このまま椎奈が、ふっと、いなくなってしまいそうで。
「……古宇田、余計な事を考えるな」
いきなり旭先輩に話しかけられて、思考を読まれたのかと大いに焦った。
「考えた所で答えが出ないのならば、考えない方が良い。悪い方に流れ、抜けられなくなる」
けれど、私の焦りなど意に介さずに旭先輩が続けた言葉に、思わず目を見張る。
「今自分がするべき事を見失うな。考えても答えのでない事に拘るくらいならば、より強くなる為に必要な事を考えろ」
旭先輩は、私にだけではなく、詩緒里にも語りかけていた。——そして、自分自身にも。
旭先輩の言う通りだ。椎奈の事を心配するより先に、先ず自分の事。私は魔術も薙刀もまだまだ。自分の身だけでもちゃんと守れるようにならなきゃ、椎奈や旭先輩の足手纏いだ。
きっと旭先輩も、自分の力不足を感じているんだと思う。椎奈に教えられている現状は、納得のいくものではない筈。
だから、旭先輩は。広がった距離に悲しむなんて無駄な事をしないで、距離を縮める為に、訓練に集中しているんだ。
「……分かりました。ありがとうございます」
椎奈に、私達を信じてもらう為にも、もっと強くなる。椎奈がどんなに強くても、独りで出来る事は限られている。私達が強くなれば、椎奈も少しは肩の力を抜く事が出来る筈だ。
——そうすればきっと、また、椎奈から近付いてくれる時も来る。
思いを新たに、とりあえずは明日に備えてゆっくり休むべく、私は寝室へと向かった。




