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過去

この回、残酷描写があります。

そこまで酷いものではないと思いますが、苦手な方はご注意下さい。

 ごく少数の選ばれた者のみが存在を知る、山。

 その山の中腹に、木々を切り倒してできた広場があった。


 否、「切り倒した」のではない。

 戦いの余波で「薙ぎ倒された」のだ。


 広場では、2つの影が相対していた。

 体中に深手を負い、肩で息をしている少女。

 腕に所々浅い裂傷があるものの、息を乱す事のない男。


 少女は今にも倒れそうな様子ながらも、気丈に男を睨みつけている。

 対する男は、嫌な笑みを浮かべてそんな少女を眺めている。


 男は細身で長身。異様な程長い腕の先には、人にはあり得ない長さの爪が伸びている。ざんばらに切られた暗緑色の髪に覆われた細面から覗くのは——血色の瞳。



 男―妖は、口を歪めて言葉を発した。

「ガキのくせに大したもんだ。普通にやり合ってたら、とうにお陀仏だな」


 満身創痍の少女は、その黒曜石の輝きを持つ瞳に、苛烈な怒りをはらませた。

 妖の言葉通り、本来少女の実力を持ってすれば、この程度の相手に遅れをとる事はない。

 少女の口から、激情が迸る。


「この、下種が……!」

「褒め言葉だな、俺達妖にとっては」


 笑みを深くした妖が、片手を上げた。広場の片隅から聞こえる、小さな呻き。

 少女は、反射的にそちらに目をやりそうになって、直ぐに妖に意識を戻した。だが妖は、隙を突いて襲う気配すら見せない。まるで、そんな事をする必要はないと言わんばかりに。

 少女は奥歯を噛み締め、もう1度声の方向に目を向けた。


 視線の先では、少女と同じ位の年格好の少年が、暗緑色のものに縛られ、力なく項垂れていた。意識は無く、今も体のあちこちに刻まれた傷から血を流している。

 先程の呻きは、妖が暗緑色のもの——妖の髪の戒めを強くした事で、少年が意識のないまま漏らしたものだった。


「お前のようなモノに、人並の情があるとはな。自分で仕掛けたとはいえ、ここまで上手くいくとは夢にも思わなかった」


 嘲りの籠ったその言葉を聞き、少女がいきり立った。しかし、攻撃はしない。少年を危険に晒すという選択肢は、少女には無かった。

 妖は、少年を人質にしていた。少女は、少年が傷つけられるのを恐れ満足な攻撃も出来ず、妖が戯れのように少年に攻撃するのを、己の身を犠牲にして守る事しか出来なかった。

 少年も、通常ならばこの程度の妖に遅れを取る事は無い。彼もまた、力を持たない友人を庇わねばならず、実力を出し切れずに妖に捕らえられた。



「……さて、お遊びはこの程度にして、そろそろ終わらせるか。ガキ、この世に別れを告げる準備はできたか?」

「ふざけるな!」


 完全に侮った妖の言葉に、少女が叫んだ。その身から強力な霊力が放たれ、妖を縛る。妖が目を見開いた。


「へーえ、その怪我でまだやるか。化け物と呼ばれるだけはあるな。……それにしても」

 そこで一旦言葉を区切り、妖は皮肉な笑みを浮かべた。



「俺はいわば聖域への侵入者たる妖で、お前はそれを祓う術師のはずなのに、実際は異形同士の命の取り合いでしかねーってのは、お笑いだな。なあ、お前もそうは思わないか?」


 言葉と同時に、妖の全身から凄まじい妖力が迸る。物理的な力に姿を変えたそれは、拘束を消し飛ばし、少女へと襲いかかった。


「……!」


 咄嗟に避けようとした少女は、気付いた。この妖力が、少年にも襲いかかっている事に。意識の無いままこれを食らえば、ひとたまりも無い。


 少女はぼろぼろの体を叱咤して少年の元へと駆け寄った。そのまま盾になるように立ち塞がり、その場で不可視の壁を構築する。

 だが、既に限界を超えていた少女に、その莫大な妖力を防ぎきるだけの霊力は、残っていなかった。


 結界は粉々に打ち砕かれ、少女の体は吹き飛ばされた。華奢な体が描く軌跡が、血によって朱に彩られる。

 地面に叩き付けられた少女に、咬笑が浴びせかけられた。


「ははははは! この期に及んでそのガキを守るのかよ! 化け物が、人みたいな真似をしやがって、ばっかじゃねえの!?」

「…………だまれ」

 少女が力の無い声ながらも返す。必死で立ち上がろうとするが、もうその力は残っていない。

 弱々しく地を掻く少女に、妖がゆっくりと歩み寄る。


「大体お前、目障りなんだよ。俺達よりも遥かに性質の悪いモノのくせに、正義面して俺の仲間を殺しやがって。お前、――にとっても邪魔なんだろ? とっとと消えちまえ、その方が皆の為なんだよ。そんな事、お前だって分かってんだろ? どの面下げて生きてやがるんだ、この化け物が!」


 言葉を紡ぎながら次第に怒りを募らせていった妖は、少女を蹴り飛ばした。血塗れの体が弾丸のように宙を飛び、木に衝突する。少女は受け身もとれず、そのまま根元に落ちた。


「あーもう鬱陶しい。とっとと消えてくれよ。俺は――に喧嘩を売る趣味は無い。そっちの少年の命を穫る気は無いのさ。お前を消せば――にも感謝される。そうだろう?」


 苛立ちを隠そうともせずに吐き捨て、妖は少女を妖力で拘束した。少女は妖気に晒され意識が遠くなりかけたが、気力でつなぎ止める。


 少女は、理解していた。自分が化け物である事も、己が消えるのが皆の為である事も。

 だが、それでも。


「……きさまのような妖をここに残したまま、死ぬわけにはいかない……!」

「だから、お前を殺したら出て行くっての。お前の妖嫌いは知ってるが、要するに同族嫌悪だろうが。正義面するな、胸糞悪い」

 その顔に嫌悪を滲ませ、妖は手を振り上げた。血に染まった爪が、少女に狙いを定める。



「あばよ、化け物」



 妖が腕を振り下ろした。自身の命を奪う爪が近付くのを、少女の目はやけにゆっくりと映し出す。



 鮮血が、飛び散った。



 少女の形の良い目が、極限まで開かれる。唇が動くが、言葉は出て来ない。



「……その子から離れなさい」



 皺だらけの顔に厳しい表情を浮かべた老人が、結印したまま妖を睨んでいた。老人の背後には、戒めから解放された少年が丁寧に横たえられている。その身に刻まれていた怪我が、消えている。


「爺、てめえ……」

 妖が低く唸りを漏らす。少女に振り降ろした筈の爪は弾け飛び、手から血が滴り落ちていた。

「3度目は無い。その子から離れなさい」

「……正気か? このガキを庇うなんて」


 妖の問いかけに対する答えは、老人の身から放たれた研ぎ済まされた霊力だった。それを見た少女が、血相を変えて叫ぶ。

「だめです! そいつを連れて逃げて下さい!」

「それは出来んよ」

「師匠!」


 少女の言葉を聞いた妖が、唇を歪ませた。


「へえ? このガキの師匠、ねえ。酔狂な御仁もいたもんだ」


 そこで言葉を切り、妖は少女を蹴り上げる。浮き上がった体を傷付いた方の腕で掴み上げた。口端を吊り上げ、嘲るように言葉を紡ぐ。


「その酔狂に付き合ってやるよ。このガキを殺されたくなけりゃ、大人しくしな」


 その言葉を聞いた老人が、口元に冷たい笑みを浮かべた。穏やかな笑みしか知らなかった少女が、驚きに目を見張る。



 老人から放たれていた霊力が一気に圧力を増し、その場を支配した。



 背筋に寒気を覚えた妖は、少女を盾にしながら飛び退く。



 刹那。



 妖の腕が消し飛んだ。



 地面に叩き付けられそうになった少女は穏やかな風に包まれ、少年の隣まで運ばれた。



「な……に…………!」

 妖が驚愕に言葉を失う。



 老人が放った術は、僅かな誤差も許さぬ精緻な目標の捕捉が必要とされる上、莫大な霊力を極限まで練り上げる技術が求められる。術の中でも最高難度を誇るその術を使える人間は、現在はいないとされてきた。

 しかし、術の使い手は、間違いなく人間だ。


 そんな非常識を可能とする、のは。



「爺、まさかてめえ……!」


 老人は、呻く妖に言葉を続ける猶予を与えない。

 先程よりも更に甚大な霊力を練り上げ、鋭く唱える。



『——万魔供服!』



 常人の目には見えない霊力の奔流に飲み込まれ、妖は消し飛んだ。



 霊力が収まると、老人は振り返り、未だ動けぬ少女に屈み込む。刀印を結び、何事かを呟く。

 少女の体が光に包まれ、少女の身に刻まれた全ての傷が消えた。


 それを確認した老人は、力なくその場に倒れ込む。少女は急いで身を起こし、老人を抱え上げた。

「師匠! どうして……」


 老人はかつて、最強と呼ばれた術師だった。しかし近年、身体の衰えによって、その甚大な霊力を制御しきれなくなっており、少女達を指導する時でさえ、術の行使を控えていた。



 ——次に術を使えば、器たる体は霊力に耐えきれず、天命は尽きる事となる。



 そう、告げられていたからだ。


 少女はだからこそ、止めようとしたのだ。少年を救った時点で逃げていれば、まだ可能性はあったから。

 それを拒絶した老人は、蒼白になった少女を見上げ、優しく笑みを浮かべる。

「……修行の時、以外に、そう呼ぶなと、言うただろう?」

「そんな事、今はどうでも良いでしょう! すぐに誰か呼びますから——」


 必死で言葉を紡ぐ少女を、老人が死にかけとは思えない力で引き寄せる。


「聞きなさい、――。……自分を、責めるでないよ」

「っ、何を言って——」


 老人の眼光に射抜かれ、少女が息を詰めた。少女は老人から目を逸らす事が出来ず、紡がれる言葉が少女の耳朶を打つ。


「お前は、悪くない。悪いのは、あの妖。……前にも言うたな、決して、自分を、傷付けるなと。その言葉を、何故、守らなんだ」

「それは……――が……!」

「――を守ろうと、した。それは、よい事じゃ。だが――、自分は、守らんのか? お前はいつも、自分から、傷付きにいく。やめろと、何度も、言うた、だろうに」


 老人が咳き込んだ。赤い華が散る。少女は、ますます青ざめた顔で叫んだ。


「もうしゃべらないで下さい! 今すぐ治癒術をかけてもらえば、まだ……」

「……もう良い。――、最期に1つ、約束して、くれんか」

「何を——」


 次第に血の気の失せていく老人の顔を見て、少女の言葉が途中で消える。

 老人の顔には、強い願いが滲み出ていた。



「――、命を、捨てては、ならんぞ」



「なっ……!」

 少女は心を読まれたようなその言葉に何か言いかけるが、老人の言葉に遮られた。

「命を、大切に、するのは、人として、最低限の、事。命を、捨てれば、お前は、……本当に、化け物に、なる」

「私は——」

「人じゃ。何度も、言わせるで、ない。良いか、――。約束せい。決して、自ら、命を、断たんと」


 老人の気迫に気圧され、少女は頷く。老人が相好を崩した。少女の見慣れた、優しい笑み。



「術師、同士の、約束じゃ。必ず、守れよ。……、――にも、伝えて、くれ。お前達2人を、残して、逝く、わしを、許して、くれ、とな」



 そう言って老人は少女の頬にそっと触れると、ゆっくりと目を閉じた。年輪を重ねた腕が、力無く落ちる。



「……師匠? 目を、開けて下さい。師匠!」

 少女が揺するも、老人は目を開けない。



「師匠、師匠! ししょ……、――!!」



 少女の叫びが、森に吸い込まれて、消えた。

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