目覚め
目を覚ますと、この9日程で慣れ親しんだ天井が目に入った。
起き上がり、手早く身支度をする。そのまま部屋を出ようとしたら、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
ドアが開く。里菜が、私と同じように着替えた状態で立っていた。
「……ねえ、昨日夢を見たんだけどさ……」
困惑気味に口を開く里菜。やっぱり私と同じ用件だった。頷いてみせる。
「……多分、ただの夢じゃないよ。……夢殿、で、会ったよね。私達」
「じゃあ、夢宮ってのも……」
「……うん」
夢の中で私たちが出会ったのも、夢殿に連れて行かれたというのも、本当だった。——という事は。
「夢宮の言った事、どう思う?」
里菜の質問に、首を振る。
「確かに私達は椎奈の事を知らない。夢宮が嘘をついているようには見えなかったけど、私の意見は変わらないよ。椎奈から、離れたりはしない」
「……うん。ただ、私、椎奈の過去には、触れない。……なんか、訊いちゃいけない気がする」
里菜の言う通りだと思う。夢宮と話をして、椎奈はいろいろなものを背負っているんだと知った。きっと、触れるだけでも痛みを伴うものを、当たり前のように抱え込んでるんだろう。
その重荷を少しでも軽くしてあげたいとは思うけれど。椎奈はそれを見せる事さえ、傷にしてしまいそうだから。だから、聞かない。
「そうだね。……それにしても、どうして夢宮が椎奈に似ているように見えたんだろう?」
「さあ……見た目とか、雰囲気は全然似てないのにね。椎奈にも夢宮の穏やかさが少しでもあればな、って思った」
「でも、それは椎奈じゃないよ」
「確かに」
2人で顔を見合わせて笑う。奇妙な夢を見た事への不安は、もう無かった。
「うーん、でも、夢宮の事は訊いてみたいかなあ……」
里菜が呟くけれど、1つだけ忠告。
「旭先輩のいない時にしようね?」
「……あー、そうだね」
椎奈と親しそうな男の子。旭先輩も余り気にするタイプには見えないけれど、目の前であれこれ訊くのは気が引ける。
「さて、朝ご飯食べにいこうよ。そろそろ時間だし」
里菜がそう言って、部屋から出て行った。続いて、私も部屋を後にする。
4人が共有している部屋に移動し、隣り合わせで席に座った。
それほど時間を空けず、ドアが開く音がした。椎奈が姿を見せる。
「あ、おはよー、椎奈」
「おはよう」
里菜に続いて挨拶を投げ掛ける。黒曜石のような輝きを持つ瞳が私達を捉える。
「古宇田、神門。今朝は早い——」
椎奈の言葉が途中で止まった。切れ長の目を見開いて、私達を凝視している。
椎奈の視線はただでさえ強い光をたたえている。ちょっと目を合わせるだけでも緊張するのに、凝視——と言うより睨まれると、やましい事は何も無いのに、何か悪い事をしたのではないか、という気にされる。
「えっと、椎奈。私達、何かした?」
心は同じなのだろう、里菜がおっかなびっくり問いかけた。
「——2人とも、夢で同年代の少年に会わなかったか」
椎奈の言葉には、ほとんど確信している響きを持っていた。
「え……」
あまりに的確な指摘に、思わず声が漏れる。
「黒目黒髪の少年だ。——おそらくは、広大な和式の廊下で」
「何で……」
今度は里菜が言葉を漏らす。それを聞いて、椎奈が不機嫌な顔になった。
「会ったんだな」
「……うん。夢宮って呼んでくれって。椎奈がどこにいるのかって訊いてた。椎奈、知ってるの?」
里菜が素直に答えると、椎奈が不機嫌な顔のまま、溜息をつく。
「ったく、何を考えているんだ、あいつは……」
「……知り合い?」
尋ねずにはいられなかった。この場にいない夢宮を睨みつけているかのような目をしたまま、椎奈が答える。
「私と同じ術師だ。……それなりに顔を合わせている。この世界では有名な存在だ、夢宮は」
椎奈の答えに、ちょっと違和感を感じた。その感覚は、里菜が巫女って椎奈の事かと訊いた時の、夢宮の反応に感じたものに、よく似ている。
「ねえ、夢宮って名前じゃないって言っていたんだけど……名前じゃないなら、どうしてそう呼ばれているの?」
里菜の質問に、椎奈が少し口ごもった。椎奈はいつも返答に間を開ける事がないから、その珍しい反応に、ちょっと驚く。
「……夢宮、というのは――」
その言葉の続きは、ドアの開閉する音によって中断された。3人揃って音の方向に目を向けると、旭先輩が部屋に入って来る。
里菜と目を合わせた。打ち合わせ通り、話の続きは後回しにしようと、意見が一致する。
「——旭も夢宮に会ったのか!?」
——けれど、初めて聞いた椎奈の驚愕の叫び声によって、私達の予定は崩れた。
「ああ。夢殿で」
簡潔に首肯する旭先輩を見て、椎奈の顔つきが変わった。不機嫌なんてものじゃない、正真正銘の怒りの表情。
「……あの、馬鹿が……!」
里菜と顔を見合わせる。
椎奈の口調からして、夢宮と椎奈は単なる顔見知り、なんて関わりには思えなかった。
「椎奈。夢宮とは、何だ?」
旭先輩が椎奈の怒りをものともせず、疑問を投げ掛けた。椎奈が怒っている理由をほぼ理解しているように見える。
その言葉を聞いた椎奈が、逡巡を見せた。私達3人に順に目をやり、言うべきかどうか考え込んでいるみたいだ。
その場にいる誰かが口を開く、その前に。ノックの音が響いた。
椎奈がドアを開けると、サーシャさんが食事を運んで来てくれる。
「朝食の用意をさせていただきます」
そう言って、サーシャさんは手際良く食事をテーブルに並べた。そのままいつも通り部屋を出ようとして、サーシャさんの視線がふと私達を捉える。
サーシャさんはほんの少しだけ目を細めたけれど、何も言わず、そのまま一礼して姿を消した。
……何だろう、今の。何かに気付いた様子だったけれど。
その時、部屋を防音魔術が覆ったのを感じた。椎奈の魔術だ。
「……食べたら話す」
椎奈は短くそう言って、席に着いた。旭先輩もそれに従う。
微妙な空気の中、私達は朝食を食べた。