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神に愛されし者

 目を開けると、そこは巨大な白木造りの渡殿(わたどの)だった。



「……何?」

 思わず、眉をひそめる。

 夕べは直ぐに寝たはずだ。ならば、ここは夢の中という事になる。だが、それにしては現実感が強い。更に、このような場所を見た事は無い。



 その時、霊力の流れを感じる。その波動は、ここ3ヶ月の間に慣れ親しんだものに、非常に近い。


 椎奈が術を使う時と同じ、青い光が閃いた。目が眩まないよう、軽く腕で庇う。


 光が収まると、1人の少年が立っていた。身から漂う霊力は、先程感じたそれ。


 一目で、卓越した術師だと分かった。



「何者だ」

 鋭く誰何をすると、少年は動じる事なく答える。

「夢宮、と言えば分かるかな。巫女の同業者だ」

「……夢見、ではないのか?」

 夢宮と名乗った少年は、意外そうな顔をした。

「夢宮は、知らないのか。まあ、関わって欲しくなかったんだろうな。夢見が分かるなら想像がついているだろうけど、ここは夢殿。ちょっと話してみたかったから、呼び出させてもらった」

「俺に何の用だ」


 関わって欲しくないと思ったのは誰か——聞くまでもなかった。椎奈の事に詳しい事をほのめかす夢宮に、警戒心が募る。

 俺の剣幕に気付いたのか、夢宮が困惑した表情を浮かべた。


「……いや、そんなに警戒しなくても……言っただろ、ちょっと話してみたかったんだ。さっき古宇田さんと神門さんに会って、話を聞いたから」


 1度に3人もの人間を夢殿に呼び出した。事も無げに言うが、それがどれだけ霊力を要し、熟練した技が必要なのかは知っている。どうやら夢宮は、椎奈に比肩する術師のようだ。


「古宇田達に会ったならば、俺達の居場所や状況は分かっているのだろう」

「うん、それも聞いた。巫女が勇者とはね……」

 微妙な表情でぼやく夢宮は、やはり椎奈の性格を知る程度には関わりがある。僅かに眉を顰めていると、首を1つ振って夢宮が俺に視線を戻した。

「でも、それ以上に驚いたのは、貴方の事。巫女と付き合ってるって本当なの、「旭先輩」」


 どうやら、古宇田達に会ったという言葉に、嘘は無いようだ。あえて彼女達の俺の呼称を真似てきた事で、そうと知れる。


「巫女とやらが椎奈を指すのならば、事実だ」

「……嘘だと言われた方が、余程信じられるよ」

 ゆっくりと頭を横に振りながら、夢宮が呟いた。


「それにしても、巫女がなあ。どうやって口説き落としたの? 何が何でも拒絶しようとしたはずだ」

「答える義理は無い」

 端的に返すと、夢宮は瞳に鋭い光を浮かべる。今までの親しげな物言いを捨て、厳しくも真剣な口調で俺に訴えかけてきた。


「……手遅れにならないうちに、言わせてもらう。巫女から離れた方が良い。巫女と付き合うだなんて、正気の沙汰じゃない。巫女は災いをもたらす身。不幸が降りかかるのを防ぐ為に、ほとんどの人が巫女を避ける。巫女は、化け——」



 みなまで言わせず、最短時間で構築できる攻撃魔術を放つ。



「うわっ! 嘘だろ、何今の!? 記述魔法陣無し結術無し無詠唱で、上級魔術!? あり得ないだろ、つーか何その反則的な技術! 大体貴方、霊力持ちなのに何で魔術!?」


 軽い身のこなしで魔術を避けた夢宮が、驚愕の叫び声を上げる。答える気にもならず、攻撃魔術を並列起動して放った。


「ちょ、ちょっと待った! やめろって! 僕が死んだら帰れなくなるから!」

 警告も無視して魔術を放ち続ける。どうせこの程度で死にはしない。ならば、少しでも痛い目に遭わせる。


「……くそっ、ああもう!」


 夢宮の周りで、霊力が爆発する。魔法陣が全て霧散した。


 霊力の流れを察知し、その場から飛び退いて不動縛から逃れる。二の舞を踏む気は無い。

 そのまま、隠蔽の特性を強めた中級魔術を、霊力の流れに気付かれないように放った。


「って、ええ!? うわっ、痛!」

 それでも魔術が当たる直前に気付かれ、避けられる。直撃はしなかったが、一応掠りはしたようだ。


「……警告だ。2度と椎奈をそんな風に呼ぶな。次は殺す」

 あえて怒気を隠さず、殺意を込めて言い放つ。

 血の滴る左腕を抑えながら、夢宮は呆然と俺の顔を見た。


「……巫女がそう呼ばれる理由、貴方程の魔術師なら理解している筈だ。巫女だって説明しているんだろう? その上で貴方は、怒っている、のか?」

「椎奈の側にいる事で危険が訪れたからという理由だけで、自分達と同じ人間だと思いたくないなどと考える愚か者が椎奈を侮辱して、俺が怒らないとでも思ったか」



 夢宮が真顔になる。先程警告した時よりも更に厳しい、術師の顔。



「……『ソレに近づいたものは、不幸になる。ソレは、災い。ソレに近づいてはならない、心を向けてはならない。近づけば、心を向ければ、災いが降り掛かる』

 彼女はずっとそう言われて来た。貴方はこの言葉を知った上で、それを言っているのか? 彼女の側にいた、彼女に心を向けた人間が片っ端から亡くなっていったという事実を、彼女の運命の重さを、全て理解した上で尚、彼女を人間だと主張し、侮辱する相手に怒りを向けるのか? ——彼女と付き合おうと思うのか?」



 いつか椎奈自身の口から聞いた言葉にもう1度攻撃しかけたが、言霊が込められた問いかけである事に気付き、止めた。代わりに、夢宮の目を真っ直ぐ見据えて答える。



「人は、何時死んでもおかしくない。それを自覚していない奴の方が多いが。椎奈の周りで人が多く死んだとしても、それが確率的な問題ではなく、椎奈の背負う運命だとしても、その為に彼女が人間ではないと言われる道理は、無い」



 1度言葉を切り、言霊から夢宮に俺の言葉に偽りが無い事を確認させ、続けた。



「俺は椎奈の抱える全てを受け容れ、椎奈の側にいると、何があっても消えはしないと約束した。俺はその約束を守る為ならば、禁忌だって犯す。椎奈は、俺を巻き込む事は罪だと言った。だが、もしもそれが罪ならば、俺もまたその罪を犯させたという罪を負う。それでも、椎奈の側にいると決めた。椎奈も、それを受け容れた。俺達の決意に、貴様が介入する余地は無い」



 1度は俺の手を振り払ったその手を、2度と手放すつもりは無い。ごく稀に傷つき怯えた顔を見せる彼女を、目を離せばそれこそ消えてしまいそうな儚さを持った彼女を、俺は守ると決めた。


 訓練初日に頭に血が上った俺を追いかけて来て、ほんの少し照れくさそうに嬉しかったと呟いた時に初めて見せた、あの嬉しそうな、安心したような表情を、いつも浮かべられるように。



 ——あの時感じた温かな感情を、失わない為に。



 俺の言葉を黙って聞いていた夢宮は、ふと口元を緩める。

「……天の配剤、だな。全く、「神に愛されし者」は、どっちなんだか」

 聞き覚えのあるその言葉に、問わずにはいられなかった。

「夢宮は一体、椎奈の何なんだ? 椎奈の何を知っている?」

「気になる?」

 にやりと笑って聞き返して来る。神と似たような表情を浮かべる夢宮を軽く睨んだ。


 夢宮は肩をすくめて笑みを消し、遠くを見るような目をする。


「……何を知っている、か。今となっては、僕が一番詳しいんだな……。でも、僕が知っているのは彼女についてであって、巫女についてではない。そして、これ以上は巫女の為に言えない。……まあ、安心してよ。貴方の邪魔はしないからさ」


 自らに言い聞かせるように曖昧な言葉を紡いだ夢宮が、最後にからかうような口調で言った言葉の意味が分からず、首を傾げる。


「……何の邪魔だ?」

「……そこでボケるか……。うん、まあいいや。どうやら貴方の覚悟は本物のようだし、僕の出番は無いな。……そもそも僕の出番なんて、与えられてもいないのだろうけれど」



 自嘲的に呟く夢宮は、己を責めているようにも見えた。



「……貴方の名前を、聞かせてもらっていいかな? 巫女と強い(えにし)を持つ、類い稀なる役目を持った、貴方の名を」



 1度首を振って意識を切り替えるようなそぶりを見せた夢宮が、真剣な表情で尋ねて来る。言霊を込めて、名乗った。



「旭梗平」



「良い名前だね。……さてと、失礼な事を言ったお詫びも兼ねて、全力を出させてもらおう。貴方なら、受け止められるはずだ」

 そう言って、夢宮が目を閉じる。



 夢宮を取り囲む空気が変わった。先程までとは比べ物にならない、甚大な霊力が夢殿に満ちた。


 夢宮が目を開ける。先程まで黒曜石のような輝きを放っていた瞳の色が、鮮やかな蒼に変わっていた。椎奈が術を使う時の青とも、古宇田が魔術を使う時の碧瑠璃とも異なる、神聖なる蒼。


 俺と夢宮の周りを、夢宮の瞳の色と同じ蒼い光が取り囲んだ。光が床に描くのは——六芒星。



『吾は夢宮、「神に愛されし者」。吾、目の前にいる青年の誓いが守り通されん事を祈り、彼の天命が無事果たされん事を祈り、彼に吾が力を授けん。——彼の名は、旭梗平』



 俺の名に込められた凄まじい言霊に、身体の自由や霊力はおろか、霊体ごと絡めとられる。


「! ………」


 思考すら働かない状態で、俺は夢宮の紡ぐ「誓いの詞」を、ただ、聴いていた。



『彼は鍵、彼は救い。吾に授けられし「夢宮」の称号に掛けて、吾は彼に、護りを分け与えん』



 夢宮は、俺の攻撃で流れていた血を、呆けたようにその場に立っている俺の胸元——神との契約の証たるクロスに、擦り付ける。



 身の内に、異様な感覚が走った。彼の霊力とともに、契約の時に流し込まれたのとは異なる神気が、内側から体を撫で上げていく。奇妙な程頭の中で反響する「誓いの詞」と融合し、俺の精神を掻き乱す。



『吾、ここに願う。彼が闇を晴らす光となり、——吾らが宿願を果たしてくれる事を』



 結びの詞に込められた切なる響きに言霊が加わり、幾重もの強烈な波となって、魂に直接流れ込んだ。



「……っ、……、………————」



 全ての感覚が消えた。視界が蒼く染まり、今自分がどうなっているのかすら分からない中、必死で意識を保つ。ここで意識を手放してはならないと、俺の中で何かが叫んでいた。



 永遠とも思える時間が流れた後、唐突に蒼い光が消えた。同時に、霊力の奔流も収まる。

 感覚が戻り、拘束が解けた。急に重くなった体を支えきれず、崩れ落ちるように両膝両手をつく。



 荒れた呼吸を必死で繰り返す俺の頭上から、静かな声が降り注いだ。


「……うん、巫女が選んだだけあるな。1度神と契約していて耐性があるとはいえ、驚いたよ。僕の本気をもろに受けて尚、倒れさえしないとは、ね」


 言葉を返そうにも、息が苦しい為声が出せない。顔を上げる事すら出来ずにいる俺の額に、夢宮の手が触れた。


「……まったく、そもそもそれだけの霊力を消費しておいて、夢の中で魔術を使い、僕に怪我させるってのも尋常じゃないよな。……お疲れ様。ゆっくり休めるように、少し術をかけておくよ。明日に消耗を引き摺らないようにね」


 言葉と同時に、額から霊力が緩やかに流れ込む。


 抵抗しようとする間もなく、急速に意識が薄れていく。力無く地に頽れた俺の耳に、幽かな呟きが遠くから滑り込んだ。



「……彼女達といい、貴方といい。――は、やっと――――」



 彼の言葉を最後まで聞く事無く、俺の意識は闇に沈んだ。


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