友情
そこまで考えた時、ふと思いついて訊いてみた。
「じゃあ、旭先輩は? 旭先輩は魔術師だし、知ってるんじゃない?」
「旭先輩……?」
首を傾げられてしまった。あれ? それも知らないのか……
「えーっと、椎奈の彼氏だけど」
「はあっ!?」
目を見開き大きな声を出す夢宮。あー、久しぶりに見たなあ、この反応……
「ちょっと待って、冗談だろう!? 巫女に彼氏? 嘘だ! あり得ない!!」
……夢宮の反応、何か変。
椎奈が恋したって聞いてびっくりするのは、よーく分かる。けど、それなら好奇心が顔に出る。今まで、椎奈や旭先輩の周りの人は、驚きと好奇心の混ざった反応だった。呆れている人とか、嬉しそうな人とかもいたけど。
——けど、夢宮の反応は。信じられない、ただそれだけだった。その違いに、違和感を覚える。
「本当だって。まあ、椎奈と付き合い長いなら、私達より驚くかもしれないけど、事実だし。仲良いよ? あんまりそういう所、見せてくれないけど」
「椎奈は旭先輩の事を大事にしてるし、旭先輩も椎奈の事を真剣に想ってるよ」
私に続いて、詩緒里がはっきりと言った。こういう時の詩緒里は、本当に強い。真っ直ぐ夢宮を見つめている。
「……嘘だろ? っていうか、その、旭先輩って、何者?」
夢宮が呆然と訊いてきた。「何者?」という問いには、大いに同感だ。
「私達のイッコ上の先輩で、魔術師。凄く強いよ、椎奈も認めてたし」
「……まあ、それなら相当な実力者だろうけど……。それでも、ありえない。巫女が、受け容れた……? 一体、何があったんだ?」
納得出来ない様子の夢宮。その言い方に、ちょっとむっとした。
「良いじゃない、椎奈が誰と付き合おうと。問題無いでしょ?」
私の言葉を聞いて、夢宮が私達に向き直った。表情が変わっていた。真剣なんだけど、どこか感情を押し殺したような顔。
「……巫女が君達に、何て言っているのかは知らない。きっとほとんど何も話してないだろうね。巫女が何も告げていないとも思わないけど、僕からも言わせてもらう。巫女にそれ以上近付くな。どうやら君達にもそれなりの魔力があるようだけど、それでも駄目。巫女と一緒に魔王を倒すなら仕方の無い部分もあるけれど、なるべく巫女かと距離を置いておくように。クラスメイトとして関わっている間は、良い。けど、友達になろうとか、巫女の事を知りたいとか思うのは、危険だ」
その言葉に、かっとなった。込み上げる感情のままに怒鳴る。
「ふざけないでよ! 何で会ったばっかの貴方なんかに、そんな事言われなきゃいけない訳? 椎奈は私達にとって、大事な友達だよ。今までいっぱい助けてもらった。だから、私達も力になりたい。椎奈が話したくない事があるなら、聞かない。けど、仲良くするのは私達の勝手でしょ!」
詩緒里も、いつもの控えめな調子が嘘のようなきつい口調で夢宮を批難する。
「里菜の言う通りだよ。貴方も、椎奈の事を化け物とか言うような人なの? 椎奈は、誰よりも優しいよ。勝手な事を言わないで。椎奈がどれだけ傷つくか、分かってるの?」
夢宮の表情が、崩れた。顔に浮かんでいるのは、戸惑いと、驚きと、怖れ……?
「……君達は、巫女の力を見て、怖くないのか? その気になれば、国1つ滅ぼす事なんて、雑作も無い。それでも、怖くないの? どうして?」
「友達を怖がるような真似、する訳ないじゃん!」
怒鳴り返すと、夢宮が目を閉じ、手で顔を覆って俯いた。重い息を吐き出す。
次にこちらを見た時、夢宮は懇願するような顔をしていた。
「ならば尚更、巫女との距離を保って欲しい。君達のように巫女を恐れない人が、どれだけいると思う? これは君達の為であり、巫女の為でもあるんだ」
意味が分からない。はっきりと首を横に振る。
「嫌。理由も分からないのに、椎奈の友達をやめる訳がないでしょ」
「……ならば、言わせてもらう。巫女が1度でも、君達を友達だと言ったか?」
不意に夢宮の口調が厳しくなった。咄嗟に言い返そうとして、首を縦に振れない事に気が付く。
私達の様子からそれを悟ったのか、夢宮は続けた。
「言っていないだろう? そう、巫女が友人を作る事は無い。それどころか、他人が自分に近づこうとする事も許さない。許しちゃいけないんだよ。——そうしなければ、その人が消えてしまうから」
「消える、って……」
その言葉に、冷たいものが背筋をなでる。嫌な感覚のそれを肯定するように、夢宮は頷いた。
「言葉の通りだ。あえてはっきりとは言わないけれど。僕でさえ、巫女には最小限しか近づけない。巫女の学校について知らないのも、同じ理由だ。だからこそ、その旭先輩の事は信じられないのだけど、今は良い。僕が言いたいのは、君達が巫女を怖がらず、人間として接してくれるのならば、巫女の前から消えないように、距離を保って欲しいんだ。……これ以上、彼女を傷つけたくないならね」
夢宮は、必死だった。その目には、哀しみや強い願いが籠っていて。椎奈の事を、本当に心配していると分かった。本当に、椎奈の為に、消えて欲しくないと思っていると、分かった。
――でも。だから、こそ。
「——断る」
あえて、椎奈の口調を真似て告げる。夢宮が目を見開いた。
「私達は、椎奈の友達。椎奈がどう思っていようとね。距離を置くつもりは無いよ。むしろ、縮めたい位。その事によって危ない事があっても、絶対に椎奈の前から消えたりはしない」
「椎奈にこの事は、言わない。言えば、どうあっても距離を置こうとするだろうから。でも、椎奈から離れたりはしないよ」
ずっと独りに見えた椎奈。そうしなければならない理由が、あった。それが何かは分からないけれど、そのせいで椎奈は、友達を作る事さえ出来なかった。
でも今は、旭先輩がいる。その事が椎奈に、小さくても変化を与えている事は、この数日の様子を見れば分かる。前よりも少し表情が明るくなったし、旭先輩との距離が近くなった。旭先輩を信頼し始めていると、分かった。
だから、私達は、友達として。椎奈に少しでも、独りじゃないと思って欲しい。
「……はは。参ったな……」
しばらく黙って私達を見つめていた夢宮が、不意に苦笑した。何だか、凄く優しくて、嬉しそうな顔。
「……成程、ね。これも定め、なのかな。だとしたら、面白い。その、旭先輩とやらもね。……稀代の術師でさえどうにもできなかった宿願が、叶うのかもしれない」
不意に、夢宮が。随分と幼く見えたのは、どうしてだろう。
「君達の名前を、教えてくれ」
真顔で今更な事を聞いて来たので、ちょっと意地悪をしてみた。
「名前を言わない人に、教える名前は無いなあ」
「里菜……そんな、言ってみたかったからって……」
詩緒里が溜息をついて、私を諌める。うう、ばれたか……
「ごめんごめん、冗談だって。私の名前は、古宇田里菜だよ」
「私は、神門詩緒里」
「古宇田里菜さんに、神門詩緒里さん、か。分かった。少しだけど、力を貸すよ」
そういって夢宮が右手で——刀印を、結ぶ。
青い光が、私達3人を包んだ。
『吾は夢宮。吾、彼女達の守護者となる事を、ここに誓う。——彼女達の名前は、古宇田里菜、神門詩緒里。彼女達の未来に、幸あらん事を願う』
夢宮の言葉が終わると同時に、優しい何かが、私の中にすうっと入っていくのを感じた。何故か、凄く安心する。
「その力が、君達を守ってくれる。巫女と一緒にいても、ある程度は危険から救ってくれるだろう。でも、万全とは言えない。……後は、君達次第だよ」
夢宮の言葉を聞いていると、不意に視界がぼやけた。意識が遠のいていく。
「ああ、限界か。そうだね、随分疲れているようだし、休んだ方が良いだろう。……どうか、消えないで欲しい。巫女と共に、無事に帰って来てくれ」
遠くから夢宮の声が聞こえた。辛うじて、言い返す。
「……当たり前でしょ。言ったじゃない、絶対に、消えないって……」
「……うん。また会おう。君達が帰って来た、その時に。もしかしたら、君達に名乗れるかもしれない——」
その言葉を最後に、私の意識は完全に途切れた。