異変
「恋愛とは、脳の錯覚だな。種の保存を求める本能を正当化する為に、感情の昂りという形で性欲を肯定する。メディアがこれを煽るのは、いったいどのような意図があるのだろうな」
「それこそ正当化の為じゃないか? それに私は、恋愛は互いに干渉し合いたいという欲求に帰化されると思う。勿論本能的なものもあるだろうが、己の弱さを補う為でもある」
「成る程。だが、それは干渉というよりも依存だ。随分と幼稚な話だ」
「まあ、そもそも人間は、まだまだ未完成な生き物。当然と言えば、当然だ」
「……あのさ、邪魔しないって言っておいて、悪いんだけど」
帰り道、私達の会話に、古宇田が割って入ってきた。
「何だ?」
振り返ると、古宇田と神門が疲れきった表情を浮かべているのが目に入る。
「いつもこんな会話をして帰ってるの?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
問い返すと、古宇田が項垂れた。
はっきりと断ったのに、古宇田と神門は、一緒に帰ると言って聞かなかった。威嚇じみた口調で冷たい言葉を浴びせかけても、堪える事無く付いて来る。追い払う事が出来ずに、校門に辿り着いてしまった。
「……椎奈。その2人はどうした」
旭の問い掛けに、いきさつを説明した。旭が、良いのかと目で問うて来る。良い訳がないと同じく目で返したが、追い払う方法が思い浮かばず、そのまま4人で帰る事になった。
何も知らない人間と共に帰るのは、不都合だ。私達にとって、ではなく、古宇田達にとって。出来るだけ早く離れてもらう事が、最優先事項だ。
その為に、あえてこの話題を選んだ。野次馬根性丸出しの2人には1番期待を裏切る話題だろうと、分かっていたからだ。
「そんなに嫌なら先に帰ったらどうだ? 何を期待していたのかは知らないが」
「……そうだね、私が間違ってた。帰るよ」
古宇田が頷いたのを見て、こっそり胸を撫で下ろす。打ち合わせ無しの芝居だったが、旭も協力してくれたお蔭で上手くいった。
だが――――
不意に、全ての音が消える。
背筋に緊張が走り、身を翻した。旭と背中合わせに立ち、周囲を警戒する。
「え……、何……?」
神門の呟きを無視して、全神経を五感に集中させた。
――来る。
そう感じた刹那、神門が再び声を上げる。
「……里菜、呼んだ?」
「え? ううん、呼んでないよ?」
「……でも、今――」
神門が何事か言いかけたその時、4人の足下に、光り輝く魔法陣が現れた。
西洋魔術は門外漢だが、旭にいくらか教わっていた為、一目でそれが大規模な移動魔術である事が分かった。
「椎奈!」
旭の警告が飛んだ。唇を噛み締め、右手を握り込む。
魔法陣の光が増し、私達を飲み込んだ。