奇妙な夢
「あー、疲れた……」
ベッドに飛び込んで、思わず言葉が漏れた。
訓練が始まって、1週間。椎奈が旭先輩に言っていたけど、私も大分慣れた。初日の練習後は筋肉痛が半端なかったけど、今はそうでもない。
ただし、薙刀術で毎日技を学んでは打ち込み50回とかやっているから、体力がかなり削られるのは変わりがないんだけどね。
更に、魔術の練習。魔法って、結構楽って印象があったけれど、実際は精神力や集中力が相当必要だから、異様に疲れる。
その上、今日は無かったけど、魔術書で勉強するのも大変。実践の部分だけで良いって言われているけれど、それでも膨大な量がある。学校の試験勉強が楽に思える程、覚える事が多い。
「椎奈達は、ずっとこんな事をやってきたんだなあ……」
改めて、2人の努力を思い知った。非常識なのには変わりないけど、あのレベルに達したのは長年の自己研鑽の賜物だった、という訳だ。
旭先輩は、自分は魔術だけだって言っていたけど、理魔術ってめちゃくちゃ難しい。
この間ちらっと基本の部分に目を通してみたけど、後回しを余儀なくさせられた。何、あの物理と化学と数学を掛け合わせて、更にややこしくしたような理論。あれを小学校の頃から読んでた旭先輩って、ホント何者なんだろ……
「でも、2人の足を引っ張りたくないしなあ」
私達の魔術練習に付き合ってもらって、椎奈達は余り練習できていない。もう使えるんだから必要ないのかもしれないけれど、2人だってやりたい事がいっぱいあると思う。
「早く上達しないと……」
追いつけなくても、せめて自分の身くらい守れるようになりたい。このままじゃ、何も出来ない。
——強くなりたい。
そう思いながら、私は眠気に身を委ねた。
******
目を開けると、やたらと広い上に延々と続く、和風の回廊に突っ立っていた。うーん、大きな神社とか、平安京とか、そんな感じ? 凄く神聖な感じがある。
「えーと、私寝たよね?」
声に出したけれど、当然答えはない。当たり前だ、誰もいないんだから。
「夢、かなあ?」
夢にしては、やたらと現実感がある。儀式の時に連れて行かれた(?)虚構世界にいると言われた方が、説得力があるくらい。
「……里菜?」
不意に斜め後ろから声が聞こえて、びっくりした。
振り返ると、目を真ん丸くしている詩緒里がそこにいた。
「……これ、ホントに夢だよね?」
「私も寝てたのに、気付いたらここにいた」
思わず言葉を漏らすと、詩緒里も戸惑い顔で頷く。
「……あれ? 私が夢で見ているだけの筈なのに、妙に受け答えが普段っぽい……」
「……これ、実際に会っているとしか思えないよ」
一体全体、何が起こってるんだろう。詩緒里と2人、狐につままれたように顔を見合わせた。
その時、青い光が回廊を満たす。その光は、見覚えのあるもの。
——椎奈の術?
椎奈まで夢に出てくるんだろうか。それって、何だか不思議を通り越している気がする。
いやでも、椎奈だったら何でもありだし。案外あっさり説明してくれるかも。
そんな事を考えている間に、青い光が次第に強くなり、一瞬何も見えなくなった。
光が収まり視界が元に戻ると、私達の目の前にいたのは、椎奈じゃなく、同い年くらいの男の子だった。
真っ黒な癖の無い髪に、綺麗な輝きを放つ黒い瞳。頬がややふっくらしているし、目がぱっちりとしているから、可愛い印象。育ちが良いですって、彼の纏う空気が語っている感じだ。
人の良さそうな、友好的な雰囲気。……それなのに。
――どことなく、椎奈を前にした時と、似たような感覚を覚えた。
全く似ていないのにどうしてだろう。不思議に思って首を傾げたその時、男の子が口を開く。
「君達、あ……、巫女と、一緒にいるの?」
私は詩緒里と顔を見合わせた。その表情から、詩緒里も、私と同じ印象を彼に持っていると分かる。
だから、巫女というのが椎奈を指しているという直感も、きっと同じ。
それが分かって、尋ねてみる勇気が出た。向き直り、訊き返す。
「巫女って、椎奈の事?」
「あー……そう、だね」
やや複雑な顔で頷く男の子。何だろう?
「うん、一緒だよ。それより、貴方は誰?」
けど、とりあえずは頷いて、男の子の事を尋ねてみる。男の子は少し迷った後、答えてくれた。
「名前は、言えない。僕は、巫女の……同業者」
「術師って事?」
重ねて訊くと、男の子が驚いたような顔をする。
「……巫女が自分から、術師だって言ったの? 君達に?」
そう言えば、椎奈、秘密にしてるっぽかったな。
「状況的に仕方が無いからって教えてくれた。……ねえ、名前言えないなら、何て呼べば良い?」
名無しのままだと不便だ。そう思って訊いたのに、どうしてか男の子はふわりと微笑んだ。静かに、けれどどこか強い響きで答えてくれる。
「――夢宮」
夢宮……夢の中、宮中みたいな所で会ったから? 何か安直だなあ。
「じゃあ、夢宮君。私達に何か用なの? というか、ここどこ? 私達、寝てたはずなんだけど」
分からない事が多すぎて、つい1度にいくつも質問してしまったけど、夢宮は嫌な顔1つ見せず、直ぐに答えてくれた。
「「君」は要らない。名前じゃないからね。ここは夢殿。夢は、いろいろな世界と繋がっている。夢殿はその狭間。術師ならそれこそ死んだ人でも来る事が出来るし、1部の強い妖も来れる。ここを自由に行き来して他人の夢を渡ったり、未来を視る事が出来る人の事を、夢見というんだ。君達がここにいるのは、僕が巫女の事を調べる為に、君達にここに来てもらった」
夢を渡る、死んだ人と会える、挙句に未来を視ると来たか……案外、ファンタジーって身近にたくさんあるもんだったんだ……
しみじみとファンタジーが幻想でないという事実を実感していたんだけど、取り乱す事も目を見開く事も無い私達に、夢宮がちょっと意外そうな顔をする。
「……驚かないね」
「驚き慣れちゃった。椎奈といると、驚かないのが難しい。それで、私達に何の用?」
夢宮はどうしてか私の返事に微妙な顔をしたけど、私の質問で思い出したのか、本題に入った。
「……ああ、そうだった。あのさ、巫女や君達、一体どこにいるの? 巫女、ここ3日位姿を見ないんだけど。居場所を探そうにも、どこにも巫女の霊力が感じられないし」
夢宮の言葉に、ひっかかる部分発見。質問に質問で返すのは良くないって分かっていても、つい食い付いてしまう。
「3日? 今、3日って言った?」
「言ったよ。巫女を最後に見てから……というか、巫女がいる事を最後に確認してから、3日。君達の親も探していると思うよ。どこにいるの?」
——うん、状況を確認してみよう。
訓練を初めて、丁度1週間。儀式があった日と初めてこの世界に来た日を合わせて、9日ここにいる筈だ。みんな心配してるよねえと、寝る前に詩緒里と話したばかり。
それなのに、3日?
「どうしたの?」
夢宮が怪訝そうな顔で尋ねて来るので、とりあえず質問に答えた。
「私達がいるのは、異世界。えっとね、魔術が普通に認識されてて魔物がいて、魔王を倒す勇者として召還されたみたい。今いるのは、エルド国」
私の綺麗に纏めた説明に、夢宮が頭を抱えた。
「異世界? その上、勇者? もう、何やってるんだよ……」
……疑われる事も、驚かれる事さえも無かった。ちょっと反応を楽しみにしてたのに……
残念に思っていると、詩緒里が夢宮に尋ねる。
「私達のいる世界では、9日経っているの。これはどうして?」
「ああ、2つの世界の間に時空の歪みがあるんだろう。そういうのは、それほど珍しくもないよ」
未だに弱り切った顔のまま、夢宮が答えてくれた。
珍しくないって……今の状況、珍しくないの? それはそれで、怖い話だ。
「あのさ、巫女に伝えてくれないかな。魔王なんて放っておいて、出来るだけ早く戻って来てくれって」
「椎奈と同じ事言ってる……」
詩緒里が呟く。そういえば椎奈、最初はさっさと戻る気でいたよね。そんな椎奈が、ここに止まっている理由は。
「あー、それ無理。何か、こっちの世界の神様と約束しちゃったから。あ、私達もだよ」
「何で神まで出て来るんだよ……」
溜息をつく夢宮。諦めた様子だ。神様との約束だもんね、仕方ないよ。
その時、ふと思い出して聞いてみる。
「ねえねえ、夢宮は元の世界にいるんでしょ? だったら、私達の無事を伝えたり出来る?」
これには、夢宮が首を振った。
「君達の親がどこにいるのか、知らないよ。学校だって分からないし」
「学校は椎奈と一緒だよ。私達、クラスメイトだもん」
「……いや、巫女の行ってる学校を知らないんだ」
その言葉に、意外に思った。何か椎奈と結構関わりがあるみたいだから、絶対知っていると思ったんだけど……
「学校の名前を言えば分かるでしょ? 私達は——」
「いや、それ以上は言わないでくれ」
夢宮が真剣な表情で私の言葉を遮った。
「巫女との約束なんだ。巫女の学校生活について、一切詮索しないって。巫女のクラスメイト、つまり君達とも、本当は接触を禁じられている」
「……どうして?」
「巫女が教えていないのならば、君達に言う事は出来ない」
きっぱりと言い切られてしまった。それ以上は追求するなと、目が言っている。
「そっかー、じゃあ、無事を知らせる事も出来ないね……」
「……うん。僕が君達に関わる訳にはいかない。ごめんね」
すまなさそうに謝る夢宮。まあ、仕方が無いんだろうけど、心配させるのが申し訳ないなあ。