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成長と変化

「……ここまでか」

 その言葉とともに、体を束縛する力が消えた。


「今までで1番保ったな。吹き飛ばした時点で終わるかと思ったが」

 立ち上がる俺に歩み寄り、椎奈が声を掛けてくる。視線を向け、疑問をぶつけた。

「最後の術は何だ? 明らかに強度はこちらが上だったはずだ」


 俺が使った防御魔術は、上位魔術だった。込めた霊力を考えても、方術の基本である断裁術があの魔術を力技で打ち破るとは思えない。


「魔法陣は核となる部分に狙いを定めれば、比較的少ない霊力で解体できる。根元から壊された魔術ならば、切り刻む事は可能だ」

「……魔法陣を、解析したのか」


 西洋魔術はいくつもの理論、概念、そして宗教観を軸に構成されている。その為、人間の頭脳のみでは短時間で処理できず、実用には程遠いものになってしまう。


 そこで、魔術の発動を補助するのが魔法陣だ。魔法陣は文字、絵、図形、描く順序、全体の構成に何重もの意味を持たせる事で魔術に必要な情報を記す。魔法陣を魔術を起動する位置に描き出し、正しい順序で魔力を流し込む事で、初めて魔術が発動する。


 西洋魔術を発動させる方法は多くあるが、どの方法にしても必ず魔法陣を使う。呪文の詠唱や、杖を振るあるいは十字を切るなどの結術(けつじゅつ)は、魔法陣に魔力を流す順序、量を定める事を目的としている。儀式や供物は魔法陣の一部であり、森羅万象から力を借りて魔術を発動させる鍵。象徴となる道具を使って魔術を発動する場合は、その道具に魔法陣を組み込んであるか、道具自体が魔法陣の役割を果たしている。


 あらかじめ魔法陣を描いてから発動する魔術師が多いのは、魔法陣についての知識不足による魔術発動の失敗、それに伴い魔術師にかかる強い負荷を防ぐ為だ。


 魔法陣を実際に描かずに魔術を使える魔術師は、魔法陣における図形、文字に込められる意味を全て理解して魔術を使っている。魔力の流し方まで理解すれば、呪文詠唱や結術も省略が可能だ。より効率的かつ効果的に魔術を使える為、魔術の威力もやはり強い。


 そして更に上級の魔術師になると、自分で魔法陣を組み立てられるようになる。大抵は元々魔法陣に組み込まれる魔力の増幅機能の拡充程度に終わるが、稀に独自の魔術を編み出す魔術師もいる。以前に椎奈が行った地図の作製、即ち概念魔術がそれに当たる。ただ、椎奈の場合は魔法陣を意識しない、術の理論に大きく偏ったものだが。



 だが、魔法陣、それも実際に書かれていない魔法陣を読み取る事は、魔術の習熟とは別次元の話だ。



 魔法陣の解析は、魔力の流れから魔法陣の形を判断し、更にそこに込められた概念全てを読み取り、使用される魔術を推測するという手順を取る。


 魔力の流れを視る事の出来るものならば理論上は不可能ではないが、そもそも人の頭で扱いきれないからこその魔法陣だ。魔術の攻撃を食らう前に魔法陣を解析しその核を見つけ出すなど、全ての魔法陣を暗記していなければ出来はしない。いや、仮に暗記をしていても、俺は魔法陣を自分で組み、流す霊力の順序や量も詠唱や結術に頼らずに調整しているから、大部分を解析しなければならない。


 それを、魔術を学び始めて2ヶ月の少女がやり遂げたというのだ。非常識、という言葉で片付けて良いものではない。



「あの魔術の魔法陣は、以前旭に借りた魔術書に載っていた。それを覚えていただけだ」

 しかし、椎奈はまさかという顔で首を振る。それでも納得できずに言い返した。

「……俺はいろいろ魔法陣をいじっている」

「そうは言っても、あの状況で加えられるものなど、霊力の増幅の調整と強度の追加、対魔術用の防御魔術を術に適用させる程度だ。核の位置はさほど変わらない。予測していれば解析だなんて大げさなものではなくなる。結果の分かっている実験をするようなものだ」


 椎奈はそう反論するが、そもそもそれをあの短時間で見極めた事自体が驚異だ。2桁の数の3乗を暗算でやるようなものであり、普通は出来ない。


「とはいえ、今回は驚いた。2度も術を破られかけるとは思わなかった。特に不動縛。拘束を解いた一瞬で、あれだけの魔術を組むとはな。旭、霊力が増したか?」

 椎奈が首を傾げながら問いかけてくる。自分では自覚は無いので、無言をもって答えとした。


「それに、身のこなしが随分軽くなっている。訓練の成果が出るのがやたらと早いな。普通は実戦で使えるようになるまで、時間が掛かるものだが」


 これは自覚があった。以前ならば拘束術から走って逃れきる事など出来なかったし、吹き飛ばされながら魔術を使って体勢を立て直すなど論外だった。明らかに身体能力が向上している。


 ……俺に言わせれば、あれだけの訓練をしていれば、その位の結果が出て当たり前なのだが。


「今まで知らなかった体の使い方を知った。それだけだ」

 そう言うと、椎奈が呆れ顔になった。

「……知っただけでは実行に移すのは難しいんだ、本当は。旭の魔術を見ていると、今更だと思わざるをえないが」

「椎奈には言われたくはない」


 最初に基本となる発動の仕組みを俺から教わった後、知識だけで次から次へと西洋魔術を使えるようになっていく、椎奈には。


「理論だけで魔法陣を描く事なく結術無しかつ無詠唱で魔術行使をするんだ、今更と言って良いだろう。

 ああそれから、旭。さっきの勝負、あの時防御魔術ではなく、不動縛を解除する魔術を優先したら、まだ分からなかったぞ」

 椎奈が反論した後、いつものように講評を述べた。それを聞き、苦々しい感情が込み上げるのを抑えられない。

「……それが出来れば苦労はしない」



 術の解除は難しい。魔術とは根本的に仕組みが違う上、魔法陣のようなものも無い。五芒星自体は術を発動する時に必要な霊力回路だから、術が成った後は妨害しても意味が無い。それこそ術への霊力供給を強制的に止めるしか無いが、霊力の流れを止めるのは自然界へ干渉するのと同義であり、通常は供物を捧げ数日間の儀式を通して行うレベルの魔術だ。いくら何でも、それを記述魔法陣無し結術無し無詠唱では出来ない。……努力はしているが。



「だったら、不動縛に捕まる前に問題があるな。あのとき防御に全てを割かず、術の軌道を逸らしつつ自分の足で逃げれば良かった。威力に目が行って、霊力の流れに注意を向けるのを完全に失念していただろう」


 これには言葉の返しようがなかった。椎奈の莫大な霊力の奔流に動揺したのは事実だ。


「だが、上出来だ。術の並列起動、戦術の組み立て、魔術1つ1つの練度。私としても見習う事が多かった。……久しぶりに、楽しい戦いだった」



 そう言って椎奈が、僅かに口端を上げる。笑みとも言えぬ表情だが、明らかに満足している。「術師」である椎奈が、真の実力者に出会えた事に喜びを覚えている、そんな表情だ。


 椎奈がその表情を俺に向けたのは、初めてだ。つまり俺は、初めて椎奈と対峙しうる「魔術師」として、認められたという事。


 その事に喜びを覚えているという事実に、驚かされる。俺にそんな「普通」の反応をする事が出来るとは、思ってもいなかった。



 ——椎奈と出会ってから、俺は随分と変わった。感情などとうに失せたはずの俺が、椎奈に関わる事においては妙に感情的になる。



 椎奈に会わなければ、今頃俺は、それこそ化け物になっていただろう。


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