魔術の授業その1
「さて、始めようか。まず2人は、魔力を扱う練習からだな。自分の身の内にある魔力を自在に操れるようにならなければ、魔術も何もない。……神門」
「はいっ」
指名されて、緊張気味に答える。
「魔法円の中心に立ち、部屋の音に耳を傾けろ。目を閉じてもいい、とにかく聴覚を研ぎすませるんだ」
唐突な指示に戸惑いながらも、魔法円の中心に歩み寄った。椎奈達が少し離れる。
目を閉じると、耳に入る音が大きくなった気がした。ラジオのノイズが晴れていくように、少しずつ音が鮮明になっていく。
聞こえてきたのは、風の音——何故か時々乱れてる。この部屋、窓とかあったかな——、時々里菜の声。何を言っているか、よく分からない。独り言かな……
「……もう良いぞ。何が聞こえた?」
椎奈に言われて、目を開ける。聞こえたものを素直に答えた。
「え? 私、何も言ってないよ?」
里菜がきょとんとした顔で答えた。嘘を言っている様子はない。聞き違い……?
「上手くいったようだな。それは、古宇田の心の声だ。風の属性を持つ者は、心を読んだり、……テレパシィと言うべきか、とにかくそういうものに長けている。風の音というのは、魔力の流れだ。この部屋は魔術の練習場だから、魔力の残滓が多い。古宇田や神門の魔力と反応して乱れているのを音として察知したのだろう」
椎奈が説明してくれた。里菜が驚いたような顔をしている。きっと私も似たような顔をしている。
「こうして音を聞くのは、心を無にしないと出来ない。だが、要は慣れだ。無意識に聴く力を調節できるように練習していく。ただし、ここ以外ではやるな。普段はなるべく何も聞かないように意識しろ」
「うん。でも、どうして?」
逆らうつもりはないけれど、最後の指示に少し不思議に思った。
「今は古宇田だけだったから良いが、1度に多くの人間の心の声を聞くのは負担だ。慣れていないうちから感覚を研ぎすませていると、精神を削られる。だから、普段は自分が影響を受けないような訓練をしろ」
「分かった」
素直に頷く。椎奈の言う通り、たくさんの声が聞こえたら頭が痛くなりそうだ。
「でも、なんで私の声や魔力だけなの? 椎奈達は?」
里菜がちょっと不服げな顔をして聞いた。椎奈が肩をすくめる。
「私達は心を閉じる術を身につけている。霊力が放出するのを抑える術もな」
「さいで……」
里菜が不服げな顔のままで頷いた。
「さて、次は古宇田だな。魔法円の中心に立ったら、何でも良い、水に関する事でイメージしてみろ。ただし、間違っても部屋が水でいっぱいになるとか考えるな。死ぬぞ」
「了解。えーっと、何にしようかな……」
答えながら、里菜が軽い足取りで魔法円の中心に立ち、目を閉じてぶつぶつと呟きだす。
それほど時間が経たず、里菜の周りから氷が広がりだした。それはあっという間に広がり、里菜の周辺と私達3人の周り以外、一面を氷で覆っていく。
「……古宇田。もう良いから、何をしたのか自分の目で確認しろ」
「へ? ……って、え!?」
椎奈が呆れ声で里菜に声を掛けると、里菜が目を開けた後、ものすごく驚いた顔をした。自覚無くこれをやったの?
「さっき説明したように、精霊魔術はイメージが重要だ。古宇田はイメージを現実に当てはめる力が強いな。だからこうなった。古宇田の課題は、魔力を調節する事だ。ちょっとイメージしただけで実現していたら、城がぼろぼろになる。ふと何かが頭に浮かんだした時に魔力にそれが伝わらないようにする練習をする」
「はーい」
里菜がちょっと反省した様子で頷く。
旭先輩が1歩前に出て、手を床にかざした。
足下が少し暖かくなる。あっという間に氷が溶け、水が蒸発した。
それを見た椎奈が、疲れた顔で首を振っる。
「……精霊魔術も、杖無し無詠唱で行けるのか……」
「試して見たが、上手くいったな。理魔術よりも遥かに単純だ。これなら椎奈でも出来る」
「……そうなのか?」
興味を持った様子で、椎奈が旭先輩を振り仰いだ。旭先輩が首肯するのを見て、椎奈が部屋の隅に目をやる。
視線の先で、火柱が一瞬大きく燃え上がって、直ぐに消えた。
「成程な」
右手を見つめ、感心したように呟く椎奈。
「さて、神門はさっき言った練習とともに、基本的な魔術を1つ練習しようか。単純に風を起こすだけだ。自分の周りに風が緩やかに渦巻くのをイメージする」
そう言って椎奈が、目を薄く閉じ、呟いた。
『風よ、我が周りを舞いたまえ』
椎奈の周りに、やや強い風が巻き起こる。風は淡く青色に染まっている。椎奈の長い髪が風になびいてふわりと広がり、まるで椎奈が、風を起こす精霊に見えた。
私達が見とれていると、風が収まった。椎奈が目を開く。
「こういう感じだ。自分の中に魔力が流れるのを感じつつ魔術を使え。余り強い風をイメージするなよ」
「分かった、やってみる」
「良いなあ詩緒里。私もやりたい!」
「今の古宇田には危なすぎる。この魔術1つとっても、古宇田がやれば竜巻になる」
「うっ……」
羨ましそうな声を上げる里菜に、椎奈がきっぱりと言った。言葉に詰まる里菜も、流石にさっきのはマズいと思ってるみたい。
「さて、それぞれ別れて練習するか。3人とも、少し離れてくれ」
私達が数歩下がると、椎奈が刀印を組んだ手を一閃した。
「こちら側半分で古宇田が、反対側で神門が練習しよう。私は古宇田につくから、旭、神門を頼む」
「分かった」
椎奈と旭先輩の会話を聞いて、凍り付く。里菜がこっちを見て、いたずらっぽく笑った。
「2人とも、余り時間がない。古宇田、早く来い」
「了解」
そう言って里菜が椎奈の元へ走る。途中で立ち止まって首を傾げた。
「ん? 今の何?」
「結界を通り抜けたのを感じたのだろう」
ああ、さっきの結界だったんだ。半ば現実逃避気味にそんな事を考えた。
「始めようか」
後ろから声を掛けられて、危うく飛び上がりそうになる。振り返ると、旭先輩が私を見つめていた。何とか、首を縦に振る。
不意に、足下に円が浮かんだ。
「部屋を半分に区切ったから、代わりとなる魔法円を敷いた」
びっくりしている私に、旭先輩が淡々と説明してくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから練習に取りかかろうとして、ふと気付く。
椎奈の言い方を考えると、魔術には集中力が必要だ。魔力の流れとかを感じなければならない。
——けど。目の前に旭先輩がいて、ずっと私を見ている状況。今でも胸がドキドキしている。
集中、出来ないかも……
「どうした」
なかなか魔術を練習しようとしない私に、旭先輩が声を掛けてきた。慌てて首を振る。
「あ、いえ、なんでもありません」
「……始めから成功するとは思わなくていい。ゆっくりやれ」
旭先輩の思わぬアドバイスに、心が弾んだ。
「はい!」
大きく頷いてから、私は目を閉じ、練習に取りかかる。
――結局その日、私は魔術が成功しなかった。ほんの少し風が起こるだけで、巻き上がったりはしなかった。出来るようになるかなあ……
ちなみに、里菜はあの後も巨大な氷柱を作ったり水の竜巻を作ったりして、最後には部屋中に雨を降らせていた。それだけの事を出来るというのも凄いと思うんだけど、毎回自分と里菜の身を守って、制御不能になった里菜の魔術を抑えていた椎奈は、本当に凄いと思う。