拘り
「で、椎奈は?」
「……それが問題なんだ」
そう言って椎奈が溜息をついた。ちょっと意外。真っ先に決めるとばかり。
「こんな事なら、決まった武器を修めるのではなかった。色々試してみているんだが、正直、どれも違和感が勝る」
言われてみれば、椎奈はさっきから剣を手に取って振っては置き、を繰り返していた。そっか、自分が今まで使っていたものが無いのか。
「あんな変わった武器、ある筈がないのは分かっている。他のものも使えない訳ではないが……」
「普通の日本刀じゃ無いの?」
日本刀を構える椎奈って、イメージにぴったりなんだけど。
「だったら苦労しない」
「そうだねえ」
日本刀っぽいものならいくつかある。けれど椎奈はそれを手に取らないから、全然違う感じなのかな。
その時、椎奈が何かに気付いたように1点に目を止めた。沢山置かれている中の一振りに近づき、手に取る。
「……あるものだな」
ちょっと感心したように呟く椎奈が持つのは、真っ直ぐな刀だった。結構長めで、詩緒里のよりも太い。
「直刃で諸刃、この重さ。こんなものを作る奴がこの世界にもいるとは、驚きだ」
そう言った椎奈が鞘を抜いた。鈍く光る刀身は、確かに峰が無い。軽く振った時の音からして、結構な重さがありそうだ。
「まあ、これなら良いな」
そう言って頷くと、椎奈は刀を鞘にしまった。
「……それにするの?」
「ああ」
おそるおそる聞く詩緒里に、椎奈があっさり頷く。それを見る旭先輩は驚いた様子が無い。使った所を見た事があるのだろうか。
それにしても……随分と物騒な感じの刀だなあ。
「お待ち下さい」
不意に声が聞こえて、私達は一斉に振り返った。声の主らしき若い騎士さんが、厳しい表情で椎奈を見つめていた。
「その刀は、この世界でも特別なものです。異世界から来た方に気安く扱って欲しくない」
ザワリ、と。不穏な空気が闘技場に生じた。他の騎士さん達も戸惑った表情を浮かべているものの、椎奈がそれを使うのを快く思っていないのは明らかだ。
緊迫した空気の中、椎奈は少し眉を上げ、さらりと返す。
「妙な事を言う。私はヘラーから、どれでも好きなものを使って良いと選択権を与えられた。貴方達にあれこれ言われるのは筋違いだ」
「いいえ、その刀は特別です。魔術師として特に優れ、神に選ばれた者のみが使える神剣。部外者に扱われていいものではない」
敵意を剥き出しにするその言葉に、ちょっとむっとした。その部外者を連れてきたのはそっちじゃない!
意外にも椎奈はその事については触れず、ただ首を傾げる。
「……神官であり、至高の魔術師のみが使える武器、か。これは言う程使い勝手の良いものではないんだがな。飾りか?」
椎奈が不可解だと言わんばかりの表情でそう言った。自分も使ってるんじゃなかったの?
「飾りとは無礼な! これは魔術を纏わせる事が出来る上、魔物の気に冒される事の無い刀! ただの刀とは別格だ!」
椎奈の言葉に声を荒らげる騎士さん。余程思い入れのある刀みたい。
それを尻目に椎奈は怪訝そうに眉をひそめ、刀をもう1度鞘から出した。そのまましげしげと眺める。それにつられたように、旭先輩も刀に目を向けた。私達にだけ聞こえる小声で会話を交わし始める。
「……これに、そこまでの魔術耐性があるとは思えないのだが。2、3度使えば砕けるぞ」
「それは椎奈の基準だ」
旭先輩の反論に、椎奈は首を振った。
「いや、この世界で最も優れた魔術師が使うのならば、これでは弱すぎる」
「どれくらいの強度なの?」
納得出来ないと言う風情の椎奈に尋ねてみると、椎奈は首を傾げてから、答えてくれる。
「アドラスでも、1度の戦いで、もしかしたらその途中で、使用出来るものではなくなるだろうな。どう見ても飾りにしかならない」
そんなものを、どうして椎奈が使いたがるんだろう。不思議に思って、また尋ねる。
「じゃあ、椎奈がこれを使うのはどうして?」
「私はこれを使った剣術を修めているというのがひとつ、これを使えば印を組む事無く効率よく術を使えるというのがひとつ」
私の質問への答えに、ますます分からなくなって首を傾げた。
「あれ? 壊れちゃうんじゃなかったの?」
「刀に霊力を流し込めば、砕ける。私の使用方法は、それとは別だ」
「ヘー、いろいろあるんだね……」
「……あの、椎奈、里菜。騎士さんとの話の途中だよ」
詩緒里がおそるおそる口を挟む。振り返ると、騎士さんは頭から湯気を出すんじゃないかっていうくらい怒っていた。
椎奈は刀を鞘に納め、騎士さんに語りかける。
「まあともかく、私はこれにすると決めた。使いこなせれば問題あるまい」
「ふざけたことを! セヴェリオから聞いた、貴方は魔術を使えないと! そのような役立たずにその刀を持つ資格は無い!!」
椎奈の火に油を注ぎ込むような態度に、騎士さんが大声を出した。他の騎士さん達も、さっきより不穏な空気を強く漂わせ始めている。
にも関わらず、椎奈は平然と言葉を返す。
「成程。確かに私は、この国の魔術は使えない。だが、この刀の属性——貴方が言うものが真実ならばだが——を考えても、私はこれを使いこなす事が出来る。貴方方が何と言おうと、私はこれ以外を使う気は、無い」
「この、得体の知れないガキ風情が——!」
その言葉を聞き、詩緒里の方を向いた。
「椎奈がガキって言われるのを聞けるなんて、貴重かも」
「……里菜、今気にする所はそこなの?」
「え? 他に何かある?」
「……古宇田、神門。お前達は、ある意味怖いもの知らずだな」
私と詩緒里の会話を聞いて、椎奈が呆れた口調でそう言った。椎奈に言われる事じゃないと思うんだけど……
そう思いつつ騎士さんを見ると、何か手を変な所に上げたまま固まっていた。何だか、怒り最高潮で言葉も出ないって感じ。どうしたのかな?
「……侮辱に対して、怒るでも無く傷つくでも無く感心されたから、呆けている」
よく分かっていない私を見て、椎奈が見かねた様子で教えてくれた。
「はあ。でも、貴重だと思うんだけど」
「緊張感が欠落しているのかと思ったら、危機感が欠落しているようだな」
椎奈が溜息まじりにそう言うのでもう1度騎士さんを見ると、剣を抜いて、こちらに走ってきていた。
おお、もしかして切り掛かろうとしてる?
それはそれで凄いけど。だって……
「椎奈、ちょっと良い?」
「何だ?」
それに対して刀を抜こうとした椎奈に声を掛ける。椎奈が怪訝そうな声を挙げて振り返るけど、私はもう駆け出していた。
「おい、古宇田!」
慌てた様子の椎奈の声。大丈夫だよ。
騎士さんは、思わぬ乱入に一瞬戸惑ったけど、迷わず私に標的を変えた。私が椎奈の仲間だからなのか、切り掛かってきたからなのか。どっちでもいい。
タイミングを計って、私は下段に構えていた薙刀を一気に振り上げた。鈍い衝撃が手首に伝わる。
薙刀は狙い通り、騎士さんの手首を峰打ちした。剣が横に吹っ飛ぶ。
驚きに棒立ちになる騎士さんから距離を取って構え、言ってみた。
「この程度で椎奈に偉そうな口をきくなんて、100年早い!」
「……里菜、言ってみたかったんだね、その台詞」
絶妙のタイミングで詩緒里から声がかかった。だって、劇でもなかなか無い台詞だし。
「……このガキ!」
勿論そんな事情を知らない騎士さんは、侮辱されたと思ったらしい。十字を切って……って、ちょっと!
「『灼熱の火よ、彼の者に——ぐあっ!」
呪文を唱えようとする騎士さんを、薙刀の刃の付いているのと反対側で思いっきり突き飛ばす。防具の上からだけど、不意打ちだったせいか吹っ飛んだ。
床でぐったりしている騎士さん。かなり痛そうだけど、あの近距離で火を浴びせようとした奴に同情の余地はない。
詩緒里、現実逃避中。