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訓練初日

 翌日。朝食を終えた私達は、初めて訓練に参加する事になった。


「訓練では、午前は騎士団の方々と共に体を鍛え、午後は神官の方々と共に魔術を学んでいただきます。勿論、何かご希望があればいつでも変更可能です」

「サーシャ、午後の魔術の練習だが、私達だけで行う。古宇田も神門も完全な初心者だ。神官達とやる意味が無い」

 サーシャさんの説明に、早くも変更を求める椎奈。サーシャさんは一瞬視線を椎奈に送った後、伝えておきます、と了承してくれた。


「あの、サーシャさん。私達、武術も完全に未経験なのですが、騎士団の方々に迷惑じゃありませんか?」

 里菜が片手を上げて尋ねると、サーシャさんが丁寧に教えてくれる。

「騎士団の者達は基礎練に力を入れております。武術の経験は問わないとの事です」

「え、じゃあ、武術の練習はしないんですか?」

 訓練への不安で会話に参加しづらかったのだけれど、武術が必要ないというのに驚いて、気付いたら訊いていた。てっきり剣をずっと振るとか、そういう訓練だと思っていたからだ。

「いえ、勿論それも行います。ですが、基本から教えて下さるそうですよ」

 それを聞いてほっとした。里菜も同じ顔をしている。


 その時ふと心配になって、椎奈に尋ねた。

「椎奈はそれで良いの? 練習になる?」

「この国の剣は私達の世界のものと違うようだからな。どの程度種類があるか分からないが、どのみち始めのうちは慣れる為にも基本は大切だ。問題無い」


 椎奈の答えに納得して頷いたのだけれど、何故か後ろから旭先輩の溜息が聞こえて来た。

 振り返って顔を見ても、旭先輩が何を考えているのかは分からない。椎奈はちらりと視線を送ったけれど、何も言わずにまた前を向いた。



 そうこうしている間に、ざわざわと人の話し声が聞こえてきた。何だか、次第に熱気に包まれていくような感覚を覚える。

 サーシャさんが廊下の突き当たりにある扉を開けて、私達を入れてくれた。



 目の前に広がるのは、運動場。室内なのに、私達の学校の運動場2個分はありそうだ。

 運動場には、動きやすい服装をした人達が50人位いた。皆とても大きな体をしている。驚く事に、4分の1くらいが女性だった。


 入り口近くで気圧されて突っ立っていると、中でも1番大きな体をした男の人が近づいてきた。


「勇者様ですね。お待ちしておりました。私はアドルフ=ヘラー、近衛騎士団第1隊長です。皆様の指導を担当させていただきます。よろしくお願いします」


 赤い目に茶髪のアドルフさんは初対面だけれど、一目で強そうな印象を受けた。


「リナ・コウダです。よろしくお願いします」

「シオリ・カンドです。お世話になります」

「キョウヘイ・アサヒだ」

「シイナ」


 名前の順序をこの世界に合わせた方が良いと椎奈に言われて、慣れないながらもこちらの方式でそれぞれ名乗った。


「コウダ様、カンド様、アサヒ様、……シイナ様、ですね。よろしくお願いします。それでは早速練習に入ります。陛下が私達と同じ内容を、と仰っていたのですが……」


 椎奈の名前の前で少し戸惑った後、アドルフさんはすぐに練習の説明を始めた。けれど、途中で言葉を濁らせる。

 どうしたのかと里菜と顔を見合わせていると、椎奈が1歩前に出た。


「練習内容をまとめた紙などはあるか?」

 友好さを一切感じさせない口調に一瞬眉をひそめた後、「こちらです」と1枚の紙を椎奈に手渡した。紙は、黄色っぽい分厚い紙。

 椎奈はそれにざっと目を通した後、軽く頷く。

「まあ、こんなものだろうな。私達は構わない。遠慮せずに始めてくれ」

「……畏まりました」


 疑わしげな視線を私達に投げ掛けた後、アドルフさんは全員に集合をかけた。騎士さん達は、私達の目の前にあっという間に整列する。


「全員、揃ったな。では、紹介する。

 この度、勇者として異世界から召還されたコウダ様、カンド様、アサヒ様、シイナ様だ。今日から我々の訓練に参加する。仲間として、いろいろと教えて差し上げるように。皆様、後ろに入って下さい」

 アドルフさんの言葉に従って、1番後ろに並んだ。


「それでは、今日の訓練を始める。まず始めは時間走だ。30分間走ってもらう」


 長距離走か……。短距離よりは得意だけど、30分も走った事は無い。大丈夫かな……


 里菜をちらっと見ると、こっちはやる気満々。里菜は陸上部で長距離専門。やる気にならない筈が無いね。

 椎奈はいつもの無表情。どうでも良いって感じかな。

 旭先輩は、……渋い表情を浮かべていた。

 どうしたのかな? と思って見つめていると、前からごおっという音が聞こえてきた。

 振り返ると、アドルフさんが掌の上に火を出している。


「なお、1周に掛けていい時間には制限がある。男性は1周目が2分、1周増す事に10秒ずつ増やす。女性は1周目が2分半で、後は同じだ。遅れると火傷させるから、そのつもりでいてくれ。ああ、心配しなくても治癒術で治せるから、直ぐに訓練に復帰できる」


 ……物凄く物騒な時間走だった。


「……マズいよ、詩緒里……」

 里菜が囁いてくるから、不思議に思って首を傾げる。

「里菜は平気でしょ? 走るの早いもん」

 だから大丈夫だろうにと思ってそう返すと、旭先輩が疲れたような声で口を挟んできた。

「……神門、ここのトラックは目算で400メートル程。学校のトラックの倍だ。神門は普段、1週をどのくらいのペースで走る?」

「…………1分、30秒……………」

「その場合、3分30秒は掛かると思うよ? 疲れるから」

「無理だよお……」


 里菜の言葉に、泣き出しそうになった。


「俺も無理だ。1週目からな。そもそも、ヘラーの態度で嫌な予感はしたのだが」

 旭先輩が嫌そうな表情を浮かべている。


 ……忘れてた。そう言えば旭先輩って、運動そんなに出来ないんだっけ。いつも一緒にいる、運動神経の固まりのような……池上先輩とは、正反対って聞いた事がある。


「椎奈も止めようよお……」

 泣き言が漏れたけど、今更どうしようもない。



「それでは、スタートラインに着いてくれ。では……始め!」



 無情にも、アドルフさんがスタートの合図を出した。みんな一斉に走り出す。火傷するのが嫌なのは一緒みたいで、騎士さん達も顔が必死だ。

 ただでさえ厳しいのに、のんびりしている場合じゃない。私達も慌てて走り出す。


 ペース配分とかを考えている余裕は無さそうだ。せめて1周目から脱落したくないから、必死で足を進める。

 必死で走っている筈、なのに、あっという間に他の人と差がつき始めた。流石の里菜も私を気遣う余裕は無いから、前の方を走っている。


 不意に、騎士さんの1人が速度を落として話しかけてきた。

「嬢ちゃん、大丈夫か? そのペースだと、1週目から間に合うか微妙だぞ?」

「微妙じゃなくて間に合いません……」


 本気で泣きそうな私に騎士さんは気の毒そうな表情を浮かべ、こっそりと囁いてくる。


「じゃ、1つアドバイス。魔術で少しだけ自分の背を押せ。スピードをつけるだけなら十分魔術の訓練になるし、最初だから見逃してもらえるさ。ちょっと見本見せてやっから、やってみろ」

 そう言って騎士さんは、十字を切って、呟いた。


『救いの風よ、我が力の糧となり、我を走らせたまえ』


 ふわっと風が流れて、騎士さんのスピードが上がった。あっという間に遠くなっていく。


 ……私、魔術使えないよ………


 しゃがみ込んで泣いてしまおうかと思ったその時、不意に声が聞こえた。

(シオリよ。我が力を貸そう)

(ミキ……?)

(幸い我は風の属性。シオリがイメージしてくれれば、実現できる)

(……ありがとう!)

 もうズルにも程があるけれど、里菜の言う通り、背に腹は変えられない。さっきの騎士さんみたいに、風に背中を押されて速く走れるよう願う。

 途端背中に風が当たって、足が自然と進むようになった。周りの景色が流れる速度が増す。本当にぎりぎりだったけれど、なんとか時間内に1周出来た。


「脱落者は、5人か。覚悟しろよ」


 その言葉に後ろを見ると、旭先輩の姿が目に入った。

 ……言葉通り、間に合わなかったんだ。


 アドルフさんもさっきの騎士さんと同じように十字を切ってから、呪文を唱えた。

『正義の火よ、彼らに反省を』

「どんな呪文よ!」

 前の方から里菜の突っ込みが飛ぶ。里菜、元気だね……


 アドルフさんの目の前に火の玉が現れ、5人に順番に飛んでいった。騎士さん4人が、順番にその場で転げ回る。

 ……当たり前なんだけど、結構熱いみたい。旭先輩大丈夫かなあ。


 心配しながら旭先輩に目を向けると、丁度最後の火の玉が旭先輩に飛んでいく所だった。


 後数メートルまで火の玉が迫ったその時、旭先輩が火の玉に目を向ける。


 その瞬間。


 まるで最初からなかったかのように、火の玉がふっとかき消えた。


 唖然とした空気が流れる中平然と走り続ける旭先輩は、ふと私を見て、目を細めた。何かに納得した表情になった後、急にスピードが速くなる。


 私のやり方を真似する事にしたみたいだ。あっという間に私に追いつく。


「名案だ、神門。精霊の魔術か」

 私と会わせて走りつつ、話しかけてくる旭先輩。ただでさえ走っているせいで忙しい鼓動が、更に早くなる。

「はい。騎士さんに、教えて、もらいました。でも、いいん、ですか? 火の玉、消しちゃって」

 息を切らしながら、ちょっと不安になった疑問をそっと投げかけてみた。


「魔術を使っては、いけないとも言われていなければ、火傷しなければならないとも、言われていない」

 旭先輩も少し息を切らしていたけれど、問いかけ自体には平然と答えた。それを訊いて、ちょっとだけ残っていた罪悪感がすっと消える。


「要は、間に合えば、良いん、ですよね」

「その通りだ」


 2人で頷き、そのまま走り続けた。

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