魔術論議と非常識
「……説明するぞ」
完食した代わりに青い顔になった椎奈が、説明に移った。
誤解の無いように言っておくけれど、夕食の量はそれほど多くない。旭先輩も私もパンをお代わりした。高校生には、物足りない位。どうしてそんなに小食なんだろ。
「まず1つ目と2つ目だが、単なる区分の違いだな。魔力を練って魔術を用いるのが魔術師、霊力を練って術を用いるのが術師だ。まあ、実際は私の言う術も魔術のうちの1つだし、私の用いる術には魔術の要素が含まれている」
言葉遊びのような説明に混乱して、首を捻る。
「よく分かりません」
椎奈にとってもその辺りは感覚的なもので説明が難しいのか、珍しく答えるのに少し考える間が空いた。
「……そうだな、魔術のうちの1つに術があると思えばいい。日本では西洋から来た魔術を魔術と呼び、日本古来の魔術を術と呼ぶ。そう区別しているのだという認識で良いだろう。本当は仙術や方術など術にもいろいろあるが、私の学んだものはそれらを一緒くたにしていた。旭の魔術は純粋に西洋魔術だが、元となる力は霊力の気が強い」
最初の説明が破綻している気がする。無言で抗議の視線を送ると、椎奈は肩をすくめた。
「ああ、旭は特別だ。霊力持ちは術しか使えないと私も習っていたが、どうも違ったようだな。言ってしまえば、魔力と霊力の境界はかなり曖昧だ。その気になれば魔力持ちにも術は使えるし、霊力持ちが魔術を使う事も出来る。通常は理論破綻して狂う筈だが」
最後にさらっと怖いことを言う椎奈。恋人のやってることが普通は狂うような事とか、そんなあっさりと言わないで。怖い。
私と同じ事を思ったわけではないみたい……というかその点は全く気にしていないようだけど、微妙にずれた所で旭先輩は椎奈の言葉に納得いかなかったらしい。黙って椎奈に説明を任せている様子だったのに、いきなり話に入ってきた。
「椎奈に特別と言われるのは不本意だ。普通の術師は方術1つを習得するのに一生をかけるものなのに、方術に加え仙術を修め、更に理論の難しい魔術に手を出すなどどうかしている」
旭先輩の抗議に、椎奈は眉をしかめた。こっちはこっちで何か納得いかない模様。
「霊力を持つものは、神霊降臨術や除霊など、方術や仙術に関わる力を先天的に持っている。霊力を使いこなした上で理論を学べば大した事は無い。大体、始めに魔術に手を出したのは旭だろう。あれほど相性の悪いものを平然と扱えるという事に私は驚いたぞ」
「うん、2人が常識外れなのはよく分かったから。で、残りの説明よろしく」
放っておくといつまでも続けて訳の分からない専門的な話に突入しそうだったので、無理矢理割って入る。
椎奈は非常識と言われて眉間にしわを寄せたけど、直ぐに説明を再開してくれた。
「私はそれほど術師や魔術師を知らない。私に言わせれば、1人前の術師が全ての術を使えるのは当たり前だな」
「魔術師は比較的少数の魔術を修め、威力や精度を上げる事を目指す者が多い。中には、1種類の魔術理論を応用させるだけというものもいる」
椎奈の言葉に、旭先輩が付け加える。
「やっぱ、ガス欠みたいに霊力や魔力が切れちゃう事もあるの?」
「霊力、魔力切れは死に直結するがな。その前に術、魔術が使えなくなるから、死ぬ事は滅多に無いが」
椎奈が頷いて答えてくれた。安心していいのかどうか。
「通常は、大規模魔法を3回も使えば限界だな。アドラスなら6,7回は使えそうだが」
「エリーさんって、凄いんですね……」
旭先輩の言葉に、詩緒里が感嘆の声を漏らすけど。詩緒里、大事な事を聞いてないよ。
「これ、多分さっきの4つ目と関係ある気がするんだけど。椎奈達はどうなの?」
椎奈が口を開く前に、またもや旭先輩が答えた。
「先程俺が挙げたのは、昨日今日で椎奈が使っていた術だ。初級の術はユトゥルナへの攻撃と場の浄化。探査、魔術の逆探査、王への呪いは中上級に位置し、術解除、魔術無効化は最高難度とされる。盗聴防止と地図に至っては魔術である上、地図は理論無しの概念的なものだから余程習熟していないと使えない筈なのだが。大規模魔術を10回使っても倒れないだろうな、椎奈は」
「旭も10回くらいなら何とかなるだろう。旭が使った魔術も初級ではあるが、強度は異常に強い。そうだな……、古宇田達には、核シェルター並みと言えば通じがいいか?」
「もう何でもいいです……」
ほら、やっぱり非常識じゃない。
「でも椎奈、いつそんなに術を使ったの? 私達魔術の事知らないからはっきりとは言えないけど、逆探査とか術の解除とか盗聴防止とか、やってる所見た覚えが無いよ」
詩緒里が首を傾げて聞いた。そう言えばそうだ。
「……だから驚いたんだ。逆探査も術の解除も、見ていたものはいない。旭は、部屋から庭にいた私の霊力の流れを解析した。相当の霊視力と知識が無ければ出来はしない。2ヶ月やそこらで習得するとはな」
呆れ顔の椎奈に旭先輩が一言反論。
「2ヶ月で概念魔術の域に達する事もありえないだろう」
「ね、ねえ、盗聴防止は? いつやったの?」
もう聞くのも疲れてきたから、質問で話題を変える。何というか、あんまり聞かない方が良さそうだし。
そう思って問いかけた質問には、椎奈が即答してくれた。
「今もやっている」
「へ?」
「この部屋に始めて来た時、神官達の練習部屋で話した時、そして今。いつ誰に聞かれるか分かったものではないから、この手の話をする時は必ず使っている」
「成程……」
確かに便利。元の世界に還るとか還らないとか、あの話を聞かれちゃったら大変だっただろうからね。
「他に何か聞きたい事はあるか? 詳しい事は明日から学ぶ事にはなるが」
「ううん、もういいよ。助かりました、ありがとう」
椎奈にきちんと礼を言ってから、私と詩緒里は部屋に戻った。椎奈達はと言うと。
「もう少しで読み終わるから、そうしたら寝る」
との事。どれだけ読むのが早いのよ。