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恋愛の形

 部屋に戻ると、椎奈と旭先輩は、私達が出て行ったときと全く同じ位置で、読書に没頭していた。違うのは、旭先輩の側にあった本の山が随分小さくなっている事と、椎奈の隣にその分大きな山が出来ている事。


 ……もうあんなに読んだのかな。


 横を見ると、里菜が呆れ返った顔をしている。言いたい事は何となく分かる。付き合っている2人が言葉も交わさずただひたすら本を読んでいるという事に、一言言いたいのだろう。私は、椎奈達らしいなって思うけれど。


 いきなり、椎奈が立ち上がった。そのまま私達を振り返り、歩み寄って来る。


 どきりとした。もしかして、私達があの部屋に迷い込んだ事、ばれていたのかも。

 椎奈はたくさんの魔法を知っているみたいだから、私達が危ない所に行った時に分かるような魔法を使えても不思議ではない。

 里菜も同じ事を考えているらしく、顔が強張っている。

 椎奈が私達の目の前で立ち止まった。無表情に、私達を静かに見つめる。


「ごめん、椎奈!」

 里菜が大きな声で謝って、頭を下げた。出遅れた私もそれに倣う。


「……何の話だ?」


 けれど、不思議そうな声が頭上から降ってきて、頭を上げた。小さく首を傾げた椎奈と目が合う。

「よく分からないが、謝られる事をされた覚えは無い。古宇田達が帰ってきたから、そろそろ夕食なのか聞こうと思っただけ」


 その言葉を聞いて、里菜が安堵の声を漏らした。

「良かった……怒られるかと思った」

「……怒られるような事をしたのか」

 椎奈が半眼になって里菜を見つめる。里菜が、口を小さく開けて静止した。


 ……完全に墓穴を掘っちゃった。


「……そう言えば、先程大精霊達の波動を感じたな。ミキストリの方か? あの魔術は。攻撃魔術ではなかったから何の魔術かまでは気にしなかったが、何の為に彼らを呼んでまで、魔術を使ったんだ?」

「あははは……」


 里菜が視線をうろうろさせながら、誤魔化し笑いをした。

 勿論そんな事で誤魔化されてくれる椎奈では無く。結局私達は、近づくなと言われた部屋に入った事を白状する事になってしまった。


「どうして地図があるのに迷うんだ」

「「ごめんなさい」」


 冷たい目で睨まれ、素直に謝る。


「……まあ、良い。もう近づくな」

 溜息まじりにそう言われ、ほっとした。この程度で済んで、本当によかった。


 不意に、椎奈がすっと視線を滑らす。そのまま部屋中を見回し、眉間にしわを寄せた。

「……ええっと、椎奈さん? 今度は一体……」


 恐る恐る尋ねる里菜を無視し、椎奈は旭先輩の方を振り返る。

 私も視線を向けると、机の上にあった大量の本は、部屋の片隅の棚に積まれていた。その周りが、なんだかぼんやり光って見える。


 いつの間に? それに、あれは何?

 そう思ったけれど、椎奈の行動に思考が中断された。



 椎奈は旭先輩に小さく頷いてみせると、刀印を組み、口の中で何かを呟く。

 

 清冽な風が私達の周りを吹き抜けた。冷たいけれど、気持ちのいい風。


 続いて、椎奈が手を2回叩いた。パンパン、と不思議な程部屋に響き渡る。


 音の反響が終わった時、部屋の空気が凄く軽くなっているのに気が付いた。



「椎奈、今、何したの?」

「本から漏れ出た魔力が部屋に充満し、淀み始めていたから、修跋の術で空気を清めた」

 椎奈の説明に、納得する。そっか、軽くなったと思ったのは、淀んだ魔力ってもののせいだったんだ。

「へー、瞬間空気洗浄機だね」

 里菜の言葉に、椎奈が微妙な表情を浮かべる。うん、私もちょっと違うと思う。


「じゃあ、あの本はどうして光っているの?」

「旭の魔術だ。周りに結界を張る事で、本から漏れ出る魔力が部屋に影響を与えるのを防いでいる」

 椎奈の答えに感心した。魔法ってやっぱり便利だというのと、旭先輩に聞かなくても何をしたのか分かる椎奈も凄いというのと。


「それにしても、旭。サーシャに何て言って、本を持って来させたんだ? あれはかなりの魔術師の、それも直筆の書だろう」

 椎奈の問い掛けに、旭先輩は椎奈に顔を向けた。無表情のまま、静かに口を開く。

「この世界の事について書いてある書と、城で1番詳しい魔術書を頼んだ」

「……つまり、あれは『原書』だったのか」

 どこか呆れた風の椎奈の問いかけに、あっさりと頷く旭先輩。それを見た椎奈が、溜息をついた。

「旭の非常識さには、大概慣れたつもりだったけど……」

「椎奈に言われたくはない」



 里菜と無言で視線を交わす。2人の意見は一致した。

 ……私達、邪魔な気がする。


 こうして「普通の会話」をする椎奈達を見るの、初めて。内容はよく分からないけれど、伝わって来る空気は、とても親密で。見ているだけで、意味も無くドキドキする。


 お昼に2人が部屋で話し合った後、椎奈が部屋を飛び出した時の追いつめられた顔や、旭先輩の少し辛そうな顔を思い出す。あの時何を話したのかは分からないけれど、喧嘩に近いものだったのは間違いない。


 私と里菜がお城を見て回る前に部屋で会話していた時も、ぎくしゃくした雰囲気を椎奈から感じたし、旭先輩もいつもと少し違った。

 それもあって、私達は2人を残して部屋を出たんだ。話し合いたいなら、私達を気にせず話し合えるように。


 けれど今は、それが無い。むしろ、こっちに来る前に初めて見た、2人との下校の時に見たよりも、距離が近づいたように見える。

 いつもいつも他人を遠ざけているような感のある椎奈にとって、旭先輩との距離が近付くのは凄く良い事だ。友人として、素直に嬉しいと思う。



 ……けれど。ほんの少しだけ、胸に痛みを感じた。



 その時、ドアがノックされた。椎奈が会話を中断してドアに歩み寄り、引き開ける。


「コウダ様、カンド様、シイナ様、アサヒ様。夕食でございます」

 サーシャさんが、カートに料理を乗せて入ってきた。


「あ、良かったー。私もうお腹ぺこぺこ」

 里菜がものすごく嬉しそうな声をあげる。それを聞いて、椎奈が呆れた顔になった。

「……古宇田、昼食を食べて、まだそんなにお腹が空くのか?」

 当然、といわんばかりに少し顎を上げて、里菜が言い返す。

「当たり前でしょ。っていうか、椎奈はお腹が空いてない訳? お昼抜きのくせに」

「別に。数日食事抜きでも平気」

「椎奈、それは体に悪すぎるよ」


 なんて事ないようにそんな事を言う椎奈に、庭で言ったのと同じ事を、よりはっきりと言った。里菜も大きく頷く。


「そうそう、詩緒里の言う通り。明日からは椎奈もちゃんとお昼食べなさい」

 何だかお姉さんぶった物言いをする里菜に、椎奈は素っ気なく言葉を返した。

「要らない。入らないから」

「またそういう……」


 尚も食い下がろうとする里菜の言葉を遮るようにして、椎奈は早口で言い連ねる。


「必要な分だけ食べれば良いんだ、無理に3食摂る必要も無いだろう。……それより、席に着かないといつまでたっても食べられないぞ。良いのか?」

「良くない!」

 里菜が即答して、慌てて席に着いた。肩をすくめて、椎奈も座る。


 椎奈は旭先輩の正面、里菜がその横。……つまり。


「ほら、詩緒里も早く座って」

 里菜が手招きする。その笑顔を見れば、確信犯なのは間違いない。


 空いている席は、旭先輩の隣だけだ。はっきり言って、座る勇気はない。

 でも、里菜に変わってと言うのも不自然だ。2人に私の気持ちを話すつもりは無いのだし。


「しーおーりー。早く早く、おーなーかーすーいーたー!」

 喚き出した里菜に、椎奈の冷たい視線が突き刺さる。

「古宇田、恥ずかしいとは思わないのか」

「だってお腹空いた。詩緒里、ほら早く!」


 しょうがない。緊張しながら、旭先輩の隣に歩いていった。


 いきなり旭先輩が立ち上がる。何事かと立ち竦むと、椅子を引いてくれた。


「……あ、ありがとうございます」

「いや」


 どぎまぎしながらも、なんとかお礼が言えた。顔が赤くなっていない事を祈るばかり。


「……知らなかったな。旭、意外と紳士な真似をする」

 興味深げな声が聞こえたけれど、そちらを向く勇気はなかった。

「ああ」

 普通に答える旭先輩も旭先輩だ。


「それでは、夕食の準備をさせていただきます」

 一幕を微笑ましげに見ていたサーシャさんがそう言ってくれたおかげで、助かった。


 ほっとして顔を上げると、椎奈の横顔が目に入る。いつも表情の無い椎奈の感情を察するのは簡単ではないけれど、怒っていないのは確かみたい。どうもさっきは、本当に声のままの感想しか持たなかったらしい。

 この世界に来た時もそうだった。旭先輩に支えてもらってしまったけれど、椎奈は私が何を気にしているのか分かっていない様子だった。

 自分を想う旭先輩の気持ちに自信があるから、という事でもないと思う。単に、そういう事を考えないのかな。


「詩緒里、食べないの?」


 里菜に声を掛けられて、我に返る。既に給仕は終わっていて、サーシャさんはいなくなっていた。みんなもとっくに食べ始めている。慌ててナイフとスプーンを取って、私も食べ始めた。


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