助力と保留
シリアスなシーンの後にこれです。
里菜……
道を間違えたみたいです。
「マズいよね……」
「……来ちゃ駄目だって、言われた所だね」
詩緒里と顔を見合わせる。
「怒られるよねえ……」
溜息が漏れるのを、止められなかった。
辺りを見回す。空気が淀んでいて、嫌な感じ。一体どうしてお城の中に、こんな所があるのだろう。
そこは、がらんと広い部屋。壁にはなんだかよく分からない道具がたくさんかかっているし、床はあちこちに黒っぽいシミがあるし、とにかく不気味なのだ。
今すぐ元の道を引き返すべきなのだけど。
「どうしてこんなにドアがあるのよ!」
何度目か分からない嘆きを、自棄になって叫ぶ。
そう。この部屋には10以上のドアがあって、閉める度に位置が超高速で入れ替わるのだ。何度か開けたり閉めたりしたけれど、元の道に繋がるドアが見つからない。
「どうしよう? 夕食の時間まで戻らなければ、探してくれるとは思うけど……待つ?」
詩緒里の提案は常識的なものだけれど、はっきり言ってそれは避けたい。
「探す人が椎奈だよ? 地図まで貰ったのにさ」
「……やっぱり、怒られるかな」
「怒られるというか、叱られる気がする。椎奈に叱られるのは、嫌だなあ」
何せ、椎奈だ。あのいつもの無表情のまま、怒気も露わに叱られたら……
しばらく立ち直れそうにも無い。
「じゃあ、さ。さっきから、少し考えていたんだけど」
「何? 言ってみて!」
椎奈の説教を避けられるのなら、何でも良い。必死な思いで食い付くと、詩緒里は自信なさげに言った。
「ミキかユトゥルナを呼んで、相談するっていうのはどうかな」
……盲点だった。
「精霊の主を、道に迷ったからって呼ぶのもどうかと思ったんだけど……」
「背に腹は代えられないよ」
躊躇う詩緒里にきっぱりと言って、私はユウを喚び出した。
腕輪が輝き、ユウが現れる。
「……やっぱり、小さい?」
さっきも思ったんだけど、最初に会った時よりも小さくなっている気がする。最初はオオカミサイズだったのが、今では柴犬くらい。
『力を抑える為に、この大きさなのだ。……しかしリナよ、呼び出してまず口にするのがそれなのか?』
「良いでしょ、ずっと気になってたんだから。……じゃなくて、お願いがあるの」
強引に話を戻すと、ユウは尻尾を一振りした。可愛い。
『何だ? 我はいつでもリナの力になるぞ』
「あのね、ここから出て、安全な所まで移動したいの。迷子なんだ」
そう言うと、ユウはどんよりと項垂れる。
『……リナ。そこに持っているのは地図だろう。何故迷うのだ』
「しょうがないじゃん、迷っちゃったんだから」
言い切ると、ユウは深々と溜息をついた。
『ならば、我よりミキストリの方がよかろう。シオリとやら、呼ぶがよい』
「あ、はい」
詩緒里が頷いて、ミキを喚び出す。
ミキは現れると同時に、溜息をついた。
『シオリ、リナ。ここは危険だ。一体どうやったらこんな所に迷い込むのだ』
まだ迷ったって言ってないのに。
反論したココロの声を聴き取ったのか、ミキは一瞬私に呆れた目を向けたけど、追求無しで話を進めてくれる。
『とりあえず、ここから出ればよいのだな?』
頷くと、ミキは羽を強く羽ばたかせた。突風に、思わず目を閉じる。
次に目を開けた時、私達は、ソフィアちゃんと会った庭に戻っていた。
「凄い! ミキ、ありがとう」
『シオリもそのうち使えるようになろう。詳しくは巫女に聞くがよい』
詩緒里の賞賛に、ミキがまんざらでもない顔でそう言った。
「ねえ、私にも出来るかなあ?」
ユウに聞くと、ユウは首を傾げる。
『水属性の魔術には、余り移動魔法が無い。我もそれほど得意ではないしな。だが、我が知るのは魔術の中でも3派ある中の1つ。あの男や巫女の方が詳しかろう。相談してみたらどうだ』
精霊の主に苦手とかあっていいのだろうかと思ったけれど、聞かなかった事にした。代わりに、1つだけ注意。
「男じゃなくて、旭先輩。それに、椎奈は椎奈だよ」
ちゃんと呼んであげて。そう続けると、ユウとミキは顔を見合わせた。
『……そうか、2人は何も知らぬのだな』
納得したようにそう漏らすミキ。何だか複雑な表情を浮かべている。
『シイナという言霊は余り好ましいものではない。だからこそ、あえて避けているのだが』
続けたユウも、どことなく入り組んだ感情が読み取れた。
「どういう意味? シイナの巫女って、何なの?」
疑問をぶつけると、答えようとしてくれたのか、ユウが口を開く。けど、実際に答えてくれるよりも早く、ミキが言葉を発した。
『必要があれば巫女が話すであろう。我等から言う事ではない。我等も全てを知っている訳ではないしな』
ユウはがミキをちらりと見た。少し考え込み、頷く。
『……そうだな。リナ、すまぬが忘れてくれ』
「……分かった」
渋々頷いた。余り気持ちのいい話題では無いようだ。
それにしても、と思う。よく考えてみると、私達は椎奈の事をほとんど知らない。家族とか、普段の生活とか、椎奈は全く口にしないのだ。
今度聞いてみようと心に決めて、ユウに向き直った。
「もう聞かない。でもユウ、2度と椎奈と喧嘩しないでね」
ユウは一瞬顔を顰めたけど、頷いてくれた。
『リナがそう望むのなら』
「うん、ありがと。じゃあまたね」
そう言って手を振ってみせると、ユウは尻尾を振って、その場から掻き消える。
振り返ると、ミキも丁度消える所だった。
「……戻ろうか」
外は次第に暗くなってきている。夕方をすっ飛ばして夜と言って良い時間なのは間違いない。そろそろ夕食の時間だ。
詩緒里の提案に一も二もなく頷いて、私達は部屋への道を歩き出した。