魔術書と地図
部屋に入ると、真っ先に旭と目が合った。下手に言葉を交わしたくなくて、目を逸らす。
旭はそんな私の様子など気にも掛けず、声を掛けてきた。
「椎奈、サーシャからの伝言だ。訓練は明日から行うと」
「分かった。……それは何だ?」
仕方なく返事をして、旭の手元の本の山に気が付いた。
「サーシャに持ってきてもらった、この世界の地誌と魔術についての書だ」
「……旭先輩、まさかそれ、ずっと読んでたんですか? 外にも出ずに?」
古宇田の呆れ気味な問いに返ってきたのは、無言の首肯。
「読み終わったものを読んでも良いか?」
「ああ」
手渡された2冊を受け取り、自分の寝室に向かおうとした。
「ここで読め、との事だ」
だが、旭の言葉に行動を中断する。
「何故?」
「魔術書が部屋に与える影響が強いからだ。開いてみれば分かるが、どの本も強い魔力が込められている。寝室で読むには適さない」
言われた通りに開いてみると、確かに魔力の波動を感じた。中途半端な知識で臨んだり、魔力を敏感に感じ取るものが読んだりすれば、正気を保てないだろう強さだ。おそらく神官や魔術師は、何らかの魔術を自分に掛け、影響を受けないようにしてから読んでいる筈。
そんなものを貸す方もどうかしているが、何の対処もせずに平然と読んでいる旭も旭だ。やはり、魔への耐性が桁違いに強い。
「古宇田達はしばらく読むな。これはある程度魔術を学んでからで良い」
そう告げて旭の座るテーブルに腰掛け、読む体勢に入る。
「……えっと、私達は夕食まで、何をしていれば良いのでしょうか?」
「自分で考えろ」
古宇田のわざとらしい問いかけ——何故あんな言い方をするのかは分からないが——に当然の答えを返すと、古宇田はいきなり本を取り上げた。
「読むな!」
慌てて取り返すと、据わった目で言い返される。
「城内見て回りたいから、先に地図書いて」
確かにそういう約束はしたので、仕方なく本を閉じた。
紙を捜そうとすると、旭にやや厚めの紙を手渡される。
「これは?」
「サーシャに貰っておいた」
……地図を書くと言っていたのを、覚えていたらしい。
あれだけ拒絶した後でここまで気を使われると申し訳ないが、好意は素直に受け取っておく。
紙を見ると、本に使われているのと同じものだった。つまりこれは、魔力に対して耐性がある。
刀印を結ぶと、神門が横から尋ねてきた。
「前から気になってたけど、それ何?」
「刀印と言って、術を発動するときに組む。詠唱は時に省略できるが、これを省略する事は出来ないな」
それを誰かから学ぶ事無しに成し遂げた男がここにいるが、とりあえずは言わないでおく。
「だが、この世界では杖を使う事が多いようだな。人によって必要なものは違う。私が刀印だったというだけ」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。邪魔してごめんね」
首を振って神門の謝罪を受け流し、紙を刀印で指した。昨日調べた城内の構図と、立ち入らない方が良い場所を頭の中で描く。
真っ白だった紙に、頭の中で浮かべた通りの地図が浮かび上がった。
「便利……」
「凄い……」
感心しているらしい古宇田達に地図を手渡す。呆れている雰囲気の旭は無視。
「この×印を付けている所は立入禁止。図書室は行くのは良いが、まだ本に触れるな。後は好きにしろ」
「分かった。ありがとー!」
やたらと明るい声で礼を言い、古宇田達は改めて城内探索へと向かった。