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禁忌と、それぞれの覚悟

 部屋のドアを開け、旭を中に放り込む。ドアを閉め、こちらの様子を探られないよう、術を使って完全に遮断した。


 振り返る。勢い余って転んだらしい旭が、静かにこちらを見上げていた。その冷静さが、更に私の怒りを煽る。


「説明してもらおうか」

「何をだ」

「誤魔化すな」


 立ち上がりながら聞き返す旭に、一歩詰め寄った。そのまま掴みかかりたい衝動を全力で抑え、震える声で問いつめる。


「何故、神と契約などした……!」



 人が神と契約をするのは、禁忌だ。人を創るものである神と契約すれば、確かに願いを叶えるだけの力は得られるだろう。だが、そもそも絶対的な立場のものと創られたものが契約関係を結ぶなど、許される筈が無い。キリスト教やユダヤ教では神と民が契約を結んだとされているが、それはあくまで信仰の規律を保つ為。個人の願いの為に契約するなど、あってはならない。


 それを無視して契約を交わせば、歪みが生じる。その歪みは、当然非力な人間に襲いかかる。大抵の人間はそれに耐えきれず、契約の際に死ぬのだが、極稀に生き残った者も、生き筋が変わる。一生を神に捧げるようなものだから当然なのだが、歪められた生き筋は、人には背負いきれない運命をもたらす。たかだか人間の願いを叶える為には、重すぎる対価だ。


 旭はそれを知っている。知っていて、禁忌を犯した。それは私にとって、許容できない事実だ。



「何故だ。答えろ、旭!」

 黙ったままの旭に、堪えきれずに大声を出した。



 旭の答えは、簡潔で、迷いの無いものだった。



「必要だからだ」



「な……」

 言葉を失う私に、旭は説明を重ねる。


「俺は椎奈と違って、こちらの世界では力を使えなかった。椎奈もある程度の制限を受けていたようだが、俺は全く使えない。そして神は、契約すればこの世界で力が使えるように出来ると言った。だから契約した」


 淡々と説明する理由は筋の通ったものだったが、それで納得出来る訳がない。


「旭、神との契約は禁忌だ。旭はそれを知っている筈だ。どれだけ重い対価を支払うのかも、分かっていたのだろう。旭がしたのは、欲しいものがあるからと人を殺すようなものだ。人を殺す事の真の重さを、知っていてな。たかだかこの世界で力を行使する為だけに、旭はそんな事をしたのか」

「それは椎奈にも言える事だろう」

「っ!」


 間髪入れずに返ってきた反論に、息を呑んだ。


「その首飾りの意匠は、神と深い関わりを持つ証。力の流れを見れば、契約の証である事くらい俺でも分かる。自分も禁忌を犯しておいて、他人を非難するのか?」

「……私は、かつての世界で結んだ契約を、この世界で結び直しただけだ。今更変わらない。かつて契約の時に望んだものは、対価を支払って余りあるものだった。だが、旭は違うだろう」

「椎奈、契約を結んだ相手は、向こうの世界の神なのか?」

「ああ。ミハエルと言ったか、あの神に許可は得たらしい。それにあれは虚構世界。影響は無いそうだ」


 旭の懸念——私が抱いたものと同じだ——を解消してから、話を戻す。


「私のことはどうでも良い。旭、神との契約を、ただ力が欲しいからと言う理由で望むなどという愚行、らしくないぞ。何を考えている」

 そう言うと、旭は1つ息をついた。私の目を真っ直ぐ見つめたまま、旭は。



「俺は、椎奈との約束を守る為に、力を求めた」



 言ってはならない事を、言った。



 強烈な痛みが胸を貫く。何か言わなくてはと思うのに、言葉が出て来ない。



「俺は椎奈の側に居続けると、決して消えたりしないと、約束した。前に言われたな、椎奈といる事は、常に命の危険に晒されているのと同義だと。俺もそれは、今までである程度理解したつもりだ。少なくとも、自衛の手段も持たずに約束を果たす事は出来ない、という位は。

 王の魔術がある以上、俺がこの世界に残る事は決定事項だ。椎奈も残る気でいるのは見れば分かった。ならば、椎奈の側にいる為には、力が必要だ。この世界で使えない俺の力が神との契約で使えるようになるのなら、俺は迷わず契約を結ぶ。俺にとって椎奈との約束は、禁忌を犯すよりも重い。それだけだ」


「……馬鹿、野郎」



 そんなものの為に。私などとの約束の、私の弱さのせいで拒めなかった約束なんかの、為に。彼は、旭は、禁忌を犯したと言うのか。

 ——こんな、生きる価値もない、化け物の側にいる為に。



「……こんなことなら、約束なんて、しなければよかった」

 手遅れだと分かっていても、後悔せずにはいられない。



 旭が残らなければならないなら、自分だけでも還るべきだった。


 旭が力を使えないと気付いていたなら、王と約束などさせなかった。


 旭と約束などしなかったなら、旭はここに来る事すら無かった。



 私が帰っていれば。気付いていれば。約束しなければ。



 ——私さえ、いなければ。



「椎奈」



 呼ばれて顔を上げると、旭がすぐ側に立っていた。名すら無い私の、すぐ、側に。



「言った筈だ、俺はお前が欲しいと。俺は俺のエゴで、椎奈との約束を取り付けた。だからこの契約は、俺が俺のエゴを通す為のものだ。椎奈が自分を責める必要は無い」



 違う。激しく首を横に振った。肩に置かれた温かい手を、どける。



『俺はお前が欲しい』



 その言葉は、その手は、きっと私が欲しかったもの。けれど。



「……ソレに近づいたものは、不幸になる。ソレは災い。ソレに近づいてはならない、心を向けてはならない。近づけば、心を向ければ、災いが降り掛かる」



 何度も言われ、忘れまいと心の中で繰り返したその言葉を、口ずさむ。


「椎奈——」

「私は、化け物だ。化け物と結んだ約束など、守らなくて良い。守るべきでは、ないんだ」

「椎奈、それは違う」

「違わない。私は、名前を捨ててようやく人の振りを出来るようになった、化け物だ。

 ……けれど、旭が禁忌を犯したというならば。私は、旭を守る。これ以上、旭の人生をめちゃくちゃにしてたまるか」

「椎奈!」


 今日は、2度も旭が声を荒げるのを聞いた。本当に珍しい。

 だが、それ以上耳を貸すつもりも無かった。


「……過去は変えられない。旭の結んだ契約も。ならば、未来を変えてみせる。本当は私がいなくなるのが1番だけど、神に残ると言った以上、ここに残るしかない。だから、せめて旭達の災いを、私が受け止める」


 それは、決意。それは、宣言。

 誰にも撤回などさせない。それが、私に出来る唯一の事だから。



「旭。死ぬな」



 その言葉にありったけの想いを込めて、私は部屋を去った。



******



 目の前で扉が閉まるのを見て、息を吐き出す。


「……全く、お前は」


 初めて会った時から、少しも変わらない。


「何故、何もかも1人で背負おうとする」


 何をしても、裏目に出てしまう。少しでも力になりたくてとった行動は、ことごとく彼女が抱え込んでしまう。



『ソレに近づいたものは、不幸になる。ソレは災い。ソレに近づいてはならない、心を向けてはならない。近づけば、心を向ければ、災いが降り掛かる』



 まるで呪いのような旋律のそれを聞き、自分がどれだけ何も知らないのか思い知らされた。

 だが、それでも。



「お前が何であろうと、どんな過去を抱えていようと構わないと、それでも共にありたいと、言っただろう」



 全てを受け止めると、だから共に来いと。それに頷いたのは、椎奈自身だ。



「それなのに出て来る言葉が、約束を守るべきじゃない……か」


 どこまで自分を追いつめれば、気が済むのだろう。


「俺はお前に、人生をめちゃめちゃにされた覚えなど、無い」



 むしろ、俺は——



 ノックの音で我に返った。返事を返すと、ドアが開く。

 古宇田と神門が、おそるおそるといった様子で顔を覗かせた。


「あの……お昼、食べます?」

「椎奈は?」


 古宇田の問いに問いで返すと、2人は困惑した顔を見合わせた。


「出てっちゃいました。あの、止めた方がよかったですか?」

「止めても止まらないだろう」 

「……確かに」


 苦笑いを浮かべる古宇田に、再び聞く。


「昼食はまだあるのか?」

「え、はい。それで、先輩が食べるならもう少し下げないまま置いておくと、サーシャさんが」


 妖——この世界では魔物と言うべきか——からの言伝に、軽く頷く。


「俺は貰う。椎奈の分は、いらないだろう」

「じゃあ私達、城内探検してるので」

 そう言って、2人は再び顔を引っ込めた。

 道が分からないのではなかったかと思ったが、気にしない事にする。


 もう1度息を吐き出し、椎奈の部屋を後にした。


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