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破約

「…………まさか、マジで成功させるとは」

「シイナ様は……本当に、あらゆる意味で私達の予想を超えていらっしゃいますね……」


 小崎とメイヒューの言葉を無視して刀印を払い、身体の力を抜く。


「何とか実用段階、と言ったところか。構成に時間がかかるのが難点だが」

「待て待て、そもそも神霊魔術はバカスカ打つ魔術じゃねえ」

「常識的には、か? 非常識な能力を持っている小崎に言われるとはな」


 肩をすくめ、踵を返した。丁度料理の準備が終わったらしいホルンが声をかけてる。


「お疲れ様でした、シイナ様。遠くから拝見した限り、随分と魔術の構成が安定してまいりましたね」

「……まあ、そうだな。もう少し工夫したいが、十分だろう」

「3日後には王都へ到着します、そろそろ身体を休ませる事もご考慮に入れた方がよろしいのでは?」

 ホルンの態度にやや調子を狂わされつつも、ボローニの言葉には溜息をつく。

「十分だ。休憩時間を利用して軽く動いているだけだからな。馬車に乗る間に回復する」

「休憩時間の定義について。ま、俺も休憩時間に自主練する派だから分かるが」

 肩を揺らして小崎が口を挟む。それを見て、ボローニは微かに瞼を伏せた。


「しっかし……ステラもベラも料理上手くなったなー。最初はなーんも出来んって聞いて何故護衛になったかと呆れたもんだが」

 相変わらず物凄い勢いで食事を掻き込みつつ、小崎が護衛2人を褒める。2人も、まんざらでも無い様子で頭を下げた。



 結局小崎は、私の術の練習に付き合う事と馬車の護衛を対価に、王都まで付いてくることとなった。理由は単純なもので、国境では未だ指名手配が解かれていなかった上、王都には大きなギルドがあり仕事が多いからだ。

 1度ギルドに入ってしまえば冒険者の身は守られる。そこから適当にどこかへの移動の護衛依頼を受けるというので、王都の城門を越えた所で離脱する形で話が纏まった。


 そして、何故か小崎は料理にまで口出しをし始めた。私が作っている事への疑問から始まり、護衛が料理出来ない事に驚愕し、更に私が毎食同じものを作る不満を訴え、どうしてそんな結論に至ったのやら、護衛に料理を手ほどきし始めたのだ。

 ある程度私の調理を見覚えていた上元々が手先の器用な2人は直ぐに上達したものの、何故そんな事を小崎が行ったのかは未だにさっぱり理解出来ない。



「……物好きな。食事など、栄養価さえ守れれば何でも良いだろう」

「俺が美味いもの好きなの、同じもの食うの嫌なの。誰も困ってねえから問題ねえだろ、寧ろ2人は嫁入り修行になっていいじゃねえか」

「オザキ殿?」

「失礼しました」


 冷ややかなメイヒューの声に、小崎が直ぐに頭を下げる。けれどその様子にメイヒューが小さく笑っているから、互いに冗談の範囲なのだろう。


 賑やかな——主に小崎と護衛達の会話——を横目に何とか食事を流し込み、見張り番の順序の確認をして、眠りについた。






 目を開けると、そこは白木造りの渡殿だった。無意識に目を細める。


「……夢殿」

 小さく独りごちて、私は歩き出した。途中でいくつもの分かれ道があったが、何度も訪れた場所だ、迷うことなく目的地へと足を進めていく。


 歩き続けて、しばし。時折分かれ道の奥に感じられた人の気配——おそらく他の夢見達がいるのだろう——すらも消え失せ、ただただ静寂ばかりが降り積もる道を歩いていた私は、ようやく辿り着いたその場所に足を止めた。


 見上げても上端が見えない程の、巨大な扉。装飾1つない、黒木とも金属とも違う不思議な素材が重厚な重々しさを醸し出すそれは、胴体よりも幅のありそうな梁で鎖されている。注意を凝らせばほんの微かに、徒人ならざる気配が漏れ出ていた。



 ——これは、現世と死者の世界を隔てる門。



 通常、天命を終えると三途の川を渡り死者の世界へ向かうが、現世に未練があって留まっている霊や、何かの間違いで川を渡れないものが時折いる。そういう存在の為に開かれるのが、この門だ。

 決して間違って開かれるわけにはいかないこの扉には本来なら番人がいる筈なのだが、記憶の限りその姿を見たことはない。


「…………」


 目の前まで歩み寄り、立ち止まる。静かに呼吸を繰り返し、手を伸ばせば届く位置にある扉を見つめた。

 両の手をぐっと握りしめ、開く。何度も深呼吸して、強い強い衝動と戦う。



 何故だろう。これが私だけのものかどうかは、分からない。それがどれ程の禁忌か、理解しつくしている筈なのに。


 ここに立つと、扉に触れ開け放ちたいという衝動が、どうしようもなく込み上げてくるのだ。


 徐々に、右手が持ち上がる。ゆっくりと、躊躇うような遅さで肩の高さまで手を持ち上げ、まさに触れようとしたその時——手が、止まった。



「…………」



 固く固く目を閉じて、おもむろに手を下ろす。目を開き、扉を食い入るように見詰めたまま、静かに数歩下がった。


「開けようとしないんだね」


 背後からいきなり声をかけられて、僅かに肩が揺れた。しかし警戒はせずに振り返る。

 黒い髪に蒼い目の、同年代の少年。未だあどけなさの残る顔には、けれどそれにそぐわない静かな表情が浮かんでいた。


「今までなら、触れていた。かんぬきを外そうとしていた」

「…………」

 少年——夢宮の指摘に、黙って視線を右手に落とした。


 彼の言う通り、かつて夢殿を渡った時はいつでもこの場所を訪れ、衝動に負けて扉に触れては夢宮に阻止されていた。先程のように自分で止まれたのは、今回が初めてだ。


 まさに触れようとした刹那、脳裏に閃いたのは——


「あ……巫女を止めたのは、彼かな」

「……さあな」



『必ず、ここに帰って来てくれ』



 ——交わした、約束。



 1つ首を振って、夢宮と目を合わせる。蒼々と輝く瞳がはらむ複雑な色に、言うつもりだった文句が上滑りしていった。


「……私の周囲に関わろうとするな。まして保護なんてありえない」

「……うん。でも僕には、巫女を監視する役目があるから」


 きっぱりと言い切ってはいるが、ほんの僅かに声が揺れている。先程からどこか不自然な夢宮の様子に眉を顰めたその時、ある可能性に思い至り鼓動が跳ねた。



 ——、彼が私を呼んだ理由は。



 動揺を落ち着ける為に深く息を吸い込み、静かに尋ねる。


「……私の側では既に4月以上が経った。そちらは?」

「……1週間と、3日」


 僅かに躊躇いながらも正直に答えた夢宮に、更に確認する。


「その3日は、私の周囲と接触するまでにかかった時間か」

「そう」

「そして……1週間。夢宮の全力でもってして、私と接触しようとして。1週間、かかったんだな」

「…………」


 夢宮が、目を伏せた。けれど僅かに縦に振られた頭を見て、確信する。瞑目して、最後の確認を投げ掛けた。


「……そちらの世界は確かに異世界に寛容ではない。それ故の3日だろう。だが、1週間、そしてこちらは4月ともなると、意味が違うな」

「……ごめん」


 震え声の謝罪に、目を開けた。未だ俯いているままの彼に、淡々と諭す。


「夢宮が謝るのはおかしい。お前は夢殿の管理者であり、世界の均衡を保つもの。為すべき事を過つな」

「うん、僕がそれを見誤るわけにはいかない。だからこそ……ごめん」

 繰り返された謝罪に、溜息をついた。

「……決まった事に何を言おうと無駄だろう。最後の最後まで迷惑をかけるが、後始末は任せたぞ」

「巫女っ……」


 夢宮が弾かれたように顔を上げたが、私は既に夢宮の横をすり抜ける所だった。


「おそらく全てが終わらない限り帰還の許可は出ないだろう。それには今しばしかかるだろうが……なるべく早く終わらせる」

「……その時までに、こちら側の準備をしておけと、言うんだね」

「そうだ」


 遠ざかるように歩く程、交わす声が、小さくなっていく。


「……分かったよ。せめてそのくらいは、巫女を煩わせはしない。任せて」

「ああ。——これで、本当に最後だ」

「巫女……僕は……」

「達者で、夢宮」


 何事かを言いかけた夢宮を遮り、私は目を閉じて深呼吸した。吸い込まれるような感覚が、夢殿を離れていっていると伝える。


「こっ……願……だけ……の勝手……どうか——」


 途切れ途切れに届く夢宮の声を最後に、世界は暗転した。







 目を開けて野宿用のテントにいることを確認した私は、静かに起き上がった。


「…………」


 寝ている人間を起こさないようにそっとテントを抜け出すと、見張りをしていたボローニが顔を上げ、怪訝な表情を浮かべる。


「シイナ様、どうなさいましたか?」

「目が覚めたから、夜風に当たろうと。ついでだから見張りも変わっておこう、あと少しで交代だろう?」

 月の位置から見当を付けてそう言うと、ボローニは躊躇いがちに頷いた。

「それでは、よろしくお願いします」

「ああ」


 静かにテントの中へ戻っていくボローニを見守り、火の側に腰を下ろす。そのまま見るともなしに夜空を仰いだ。



 明かり1つない異世界の空は、満天の星空に彩られている。



 不意に腕に柔らかなものが触れて、上を向いていた顔をそちらへ向ける。見れば昴が目を覚まし、すり寄ってきていた。


「昴……」


 何とも無しに、腰を落としている昴の頭を撫でる。珍しくじゃれつくでもなく静かに身を寄せてくる昴の頭を撫でながら、また星を眺める。

 しばらくそのまま静寂に身を預けていた私は、やがてぽつりと呟いた。


「……旭」


 昴が微かに身動いだが、直ぐに大人しくなる。傍らの温もりに意識を集中するように瞑目した。


 約束も、想いも。その罪深さを分かっていて尚、応えたいと思った。共にありたいと、思っていた。


 けれど。


「……すまない、旭」


 私は、もう。



「…………約束を、守れそうにもない」



 ——元の世界へ、還れない。



 災いは本日をもちまして、4周年を迎えました。

 ここまで続けてこられたのは、本当に気長にお待ちいただき、応援してくださる読者の皆様のおかげです。

 更新頻度が亀を通り越しておりますが、どうにか完結まで持っていきたいと思っておりますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

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