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出立

 翌朝、日の出の時間と共に私達は王都を離れた。


「随分と早い出立ですね……せめて陛下に挨拶なさっては?」

「なるべく早く帰って状況を伝えたい」

 門兵がやんわりと引き留めようとするのを、素っ気なく断る。中年の男性2人組で警備していた彼等は、理由の尤もさに苦笑した。

「まあ、情報が入っているならあちらの王様も心配していらっしゃるでしょうからね……分かりました、どうぞお通り下さい。……ああ、その前に」


 そこでふと言葉を止め、門兵は懐から紙を取り出す。


「黒髪黒目の……貴方と同じくらいの年格好の少年をご覧になりませんでしたか? こやつ何をしでかしたのか、街から出すなとの命令が中央より出ておりまして……」

 紙に描かれた人物絵をちらりと見て、私は首を横に振った。

「さあ、見ていないな」

「そうですか。もし見かけたら、国内に配備された兵にお伝えいただけますか。罪状は伝えられていないのですが……中々逃げるのが上手いらしく、昨日からずっと捜索がかかっておりますので無理な捕縛はなさらぬよう」

「一応記憶に留めておく」

 善意も織り交ぜての依頼に、軽く返しておく。こちらとしては自分から厄介事に手を出すつもりは全くなかったので、まず間違いなく捕縛はしない。


「それでは、旅の幸運を祈っております」

 挨拶と共に見送られ、私達は20日ほど滞在した王都を後にした。




 昴の引く馬車に揺られる事小一時間、ずっと外の様子を伺っていた私は、溜息と共に尋ねる。


「……そろそろいいだろう」


 言葉に応じるように、向かいの席、ホルンの隣に揺らぎが生じた。幻影の魔術が解け、件の黒髪黒目の少年が姿を現す。


「次の検問でまたお願いします……」

「……国を出るまでだからな」

 殊勝な態度の小崎の頼みに、深い溜息をついた。



 小崎を見つけた瀬野は、何としてでも小崎と接触しようと勇者の肩書きを利用したらしい。一体どんな言い方をしたのか、買い物を終える頃には小崎は指名手配されていた。

 頑として捕まるまいとした小崎が取った手段は、昴を隠す結界に隠れる事だった。決勝の前に張り直しを手伝って貰っていた為、小崎は結界の中に入れるが、他の人には見つける事すら出来ない。確かに確実な隠れ場所だ。


 ……しかし、小崎も追い詰められていたとはいえ、厩に到着した私達を土下座して迎えたのには流石に戸惑わされた。


 1度大丈夫と言い聞かせ、依頼である程度慣れていたとはいえ、昴の精神的負担は大きかったらしい。またも飛びつかれた。

 ひとまず聖獣を怯えさせたという事で、メイヒューに盛大に叱られていたが。なんとしてでも国外へ出たかったらしく、ひたすら食い下がられ頼み込まれ、渋々国境を越えるまでの間隠れ蓑となる事を了承したのだった。



 幻術と幻影魔術の二重偽装で息を潜めていた小崎は、大きく身を伸ばした。


「はー……馬鹿秀吾め。俺は俺で動くっつってんのに何故追いかけ回す。しかも指名手配って、阿呆か。幼馴染みを犯罪者扱いする奴がどこにいる」

「……まあ、確実性を狙ったのだろう」


 小崎の愚痴も理解出来るが、無難なフォローを入れる。案の定納得のいかない小崎は、尚もぼやき続けた。


「こっち来て結構経つんだぜ、向こうとこっちの違いくらい理解しろっつーの。賞金首は基本生死問わずなんだぞ、俺を殺す気か」

「……普通はそうなるな。ただ、瀬野の場合は悪気はないだろう」

「おい待て、秀吾の場合はってどういうこった」


 察しの良い小崎の追求に、どこを見るでもなく窓の外を眺めやる。


「……奴なら分かった上で「追い詰められれば向こうから尻尾出す」とか言ってやりかねないからな」

「……なんだろう、異世界よりも自分の世界の人間の方がおっかねえ今日この頃」

 小崎も同じように遠くを見る目をしたのを見て、メイヒューとホルンが苦笑した。






 帰りの馬車の車内は、行きとは比べものにならないほど賑やかだった。主に小崎が率先して話題を提供し、護衛達とやたら盛り上がっていたからだ。

 私には話をする気も馴れ合う気もさらさら無いのだけれど、小崎1人で随分と場が賑わったのは彼本来の話術の為せる業か。



 そして、移動手段を提供した対価代わりに小崎が動くお陰で、行きより遥かに順調に進んだ。



「よ、っと」


 軽い掛け声と共に、ショートソードが4つ足の魔物を切り裂く。的確に急所を斬りつけられた魔物は、断末魔を上げて絶命した。


「後衛いると楽だよな、やっぱ。スーリィア向かう時は10もいたら割と死亡覚悟だったが、ほとんど緊張しねえわ」

「小崎の武術あっての戦い方だ。剣に慣れていない割に身のこなしが良いな」

 肩をすくめてそう言うと、小崎は苦笑いを浮かべる。

「ま、一人旅する以上、一定の力はいるってこった」

「道理だ」


 頷いて、馬車に戻る。その間周囲を警戒していた護衛達が、何とも言えない表情を浮かべていた。


「私達の仕事がありませんね……」

「良いだろ別に、楽してりゃ。ここぞって時に余力溜めとけよ」

 軽い口調で言い放ち、小崎が馬車に腰を下ろした。同じく腰を下ろすと、馬車が走り出す。



「それにしても」


 馬車の速度が一定になった頃合いを見計らい、小崎が口を開く。普段は護衛達に向けている視線を私に向けてくるから、何事かと思いつつ目を向けた。


「椎奈の戦い方って、すげー変則的だよな。神霊魔術の非常識さはもう棚上げで良いとして、身のこなしとか、攻撃手段とか」

「そうか? ……ああ、確かに多くの魔術師は魔術1本で戦うな。使う武器はせいぜい牽制の為の飛び道具か」

 自分のいた世界も合わせて思い出せば、小崎は我が意を得たりとばかりに頷いた。

「そそ。アンタみたいに弁慶よろしくアレコレ武器を使いこなしてかつ魔術もずば抜けているなんて奴、冒険者でもそういねえよ」

「そういうものか」


 軽く首を傾げる。基本的に他者との接触は極力避けてきたから、自分がどの程度異端なのかなど興味も持たなかった。異端であり関わるべきでない、それだけ分かれば十分だ。


「ですが、魔術に関しては比較的基礎に忠実かと思われます」


 会話に割って入ってきたホルンに、全員の視線が集まる。ホルンは動じることなく、淡々と分析を続けた。


「シイナ様の魔術は、確かに無詠唱や魔法陣省略など驚嘆すべき技術が目に付きますが、魔術そのものの選択は非常に明瞭な判断基準を置かれているようにお見受けしました」


 そこまで言ってホルンは言葉を止め、「失礼いたしました」と私に頭を下げる。どうやら無意識に牽制していたらしい。


「……いや、その通りだな」

 ここまではっきりと指摘されては否定する方が不自然だ。護衛は口止めをしてある、エルド国で不利になる事は無いだろう。


 問題は、と小崎を窺えば、笑いながら口を開くところだった。


「なーるほど。その気があるかはともかく、勝手に相手が変幻自在の使い手と勘違いして要らん警戒をしてくれるってこったな。上手く出来てやがる」

「その点オザキ殿は、一見正統派の武術に見せかけて、不意打ちを得意となさっておりますね。正反対とまでは行きませんが、性格の悪さが表れているのでしょうか」

「……おい、どことなく悪意を感じるのは俺の気のせいか?」

「おや、悪意を感じられるほどの心当たりがおありでしたか」


 苦い顔と涼しい顔で言い合う2人を尻目に、自然眉根が寄った。


「……ホルン。余計な真似をするな」

「何の事でしょうか」


 相変わらず涼しい顔で言い切った護衛は、やはりどうも読めない。その隣で苦笑混じりの視線を寄越す小崎も中々に食えない切れ者だが、ホルンのそれはまた少し異なる。


「ま、魔術師のタブーに触れかねねえ話題はそこまでとして。俺は理魔術が得意だから椎奈のそのワケ分からん銃が大層気になるが、やっぱ触るのはアウトか?」

 話題を逸らしているようで続ける小崎に、肩をすくめる。

「私が作ったわけではないが、流石に武器を気軽に手渡す気にはなれないな」

「あ、やっぱりカレシか?」

「……そうだ。これ以上の説明はしないぞ」


 きっぱりと言えば、小崎は少し笑った。


「オーケー、勝負にも負けたしな。てか、最初からそれ使えば色々楽だったろ」

「大会規約に抵触する恐れがある。私は魔法具と認識しているが、審査員はおそらく魔道具と見なしただろう」

「……あー、実力での戦いってのがベースのルールだもんな。魔道具扱いで失格か」


 納得しつつも「馬鹿馬鹿しいがな」と続けた小崎には、同意だと頷く。


「実際の戦いじゃー、失格だとか叫んでる間に死ぬだろっつー話だよな」

「全くだ。それに、圧倒的に魔力量や膂力で上回る魔族相手に、付加装備もなしに勝てる訳がない。逆に言えば……それらを如何に使いこなすかが、勝利への鍵だろう」


 些か複雑な気分で言葉を締めると、小崎は微苦笑しながら同意した。


「武術を極めたい俺としては、身1つで勝ちてえって気持ちは理解出来るがなあ。出来ることと出来んことは見分けて、使えるものは使わんと」

「ああ。……例え心底気に食わない相手であろうと、参考になる戦術は取り入れるべきだろうからな」

 私の言葉を聞いた小崎が、何故か吹き出した。

「ぷっ……椎奈って、案外に負けん気強いっつーか、拘るのな」


 苦い気分でその評価に甘んじる。修行の甲斐もなく、奴に関して感情を律せていない自覚はある。


「それにしても、だ。小崎の利用しているものとは、おおよそがその能力に収束するだろうが。瀬野との決着で見せた魔法陣の使い様は、随分面白い発想だったな」

 強引に会話の軌道を戻せば、小崎は笑いながらもそれに応じる。

「そうか? ま、アレだ、マンガの技を試してみたら上手くいった的な?」

「マンガ……」

 流石に呆れて繰り返せば、小崎は肩を揺らして笑った。

「ははっ、椎奈は興味なさそーだな。けど、ファンタジーはまんま魔法の温床だから、なかなか使えるぜ?」

「まあ……分からなくはないが……」


 旭も時折寓話や創作から魔術的要素を読み取る作業を行っているから、理解は出来る。だが、流石にマンガを参考にしようなどという発想は無かった。


「……それはいいとして。つまり小崎のあの技術は、別に小崎の能力を利用したわけではないという事か?」

「おう、多分椎奈でも出来るぜ」


 あっさりと答えて、小崎はふと何かに気付いた顔になる。


「……律儀だなー。これ聞き出したくてその魔法具の事答えたんか。今までは無視だったもんな」


 無言でもって答えとする。それに笑った小崎が、続けて言った。



「しっかし、椎奈がこれ覚えたらこえーなおい。神霊魔術ってある程度デカイやつだと地面に紋様浮かぶが、それを掌に隠しちまえば見えねえって事だろ」



「!」

 目を見張って小崎を見返した。私の反応に驚いたように、小崎が軽く身を引く。

「お、おいどうした」

「……いや。その通りだ、と思ったんだ」


 どこに陣があるか分からない。たったそれだけの事が、どれ程隠密性を要とする術を昇華させるのか、専門でない小崎には分からないのだろう。



 ——使える。



「……期限は帰還するまで……あと数日か」

「ちょい待て、何無茶吐いてやがる」

 小崎の冷や水は無視し、早速幾つかの方法を頭の中で候補を挙げていく。


 圧倒され通している旭を、少しでも見返す為に。


 術師として、更に高みを目指す為に。



 ——この技術、何としても身に付けてみせる。


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