組手
お久しぶりです。
少し本業に余裕が出来てきたので、少しずつ更新出来ればと思います。
依頼達成を告げると、村長は大袈裟な程喜んだ。歓待の誘いをなんとか断り、帰路につく。
「なあ椎奈。俺はああいう騒ぎが好きじゃねーし、野宿も慣れきってるからいいけどよ。女の子なんだし、泊めて貰った方が良かったんじゃね?」
「野宿は王都に来るまでの旅路で慣れたから、然程苦でもない。歓待は嫌いだ」
火にくべる為の小枝を折りながら尋ねる小崎に、肩をすくめて見せた。古宇田に人付き合いが悪い、と面と向かって言われる程度には他者との関わりは苦手だ。
「……いや、俺でも屋根の下の方が嬉しいなと思うのに、慣れたの一言で女の子が済ますのはどーなのか」
「……そういうものか?」
今ひとつよく分からず首を傾げる。術の訓練には山駆けもある。森の中で数日過ごした経験がある身としては、火を熾せる場所で寝る事に全く抵抗が無い。
「ま、椎奈が良いなら構わないがな。俺が襲ったらどうしようとか思わんのか?」
人の悪げな笑みを浮かべて品のない冗談を飛ばす小崎に、涼しい顔で返す。
「その時は関節の1つや2つ外して動きを封じてから急所を狙う」
「思った以上にリアルかつ過激な撃退法だった!?」
思い切り顔を引き攣らせて身を引く小崎に、流石に顔を顰めた。
「自分から冗談を言っておいてご挨拶だな」
小崎の動きが止まる。しばらくそのまま私を凝視していた彼は、ぎこちなく額に手をやった。
「あー……ちょい待て。本当に待ってくれ、混乱する……」
「……何がだ?」
先程の返答に何か妙な点があっただろうかと首を傾げると、小崎は頬をひくつかせつつ尋ねる。
「アンタ……分かってて冗談、飛ばしてたのか」
「…………当たり前だろう?」
本当に、小崎はどうしたのだろうか。今まで何度も冗談の応酬をしているというのに、今更分かりきった問いを投げ掛けてくるとは。
やはりまだ不調が残っているのかと様子を窺っていると、小崎が吠えた。
「当たり前だろう? じゃ、ねぇええ! 冗談ならそれらしい顔して言えっての! 本気かと思ったわ!」
「……今まで誤解された経験はないのだが」
旭とは日常的に冗談の応酬をしているが、旭は1度も本気か冗談かで悩む様子を見せた例しがない。となれば小崎個人の問題だと思う。
だが小崎はそれでは納得がいかないらしく、右手の拳に力を入れた。持っていた小枝がぱらぱらと砕け散る。
「んなアホな! その真顔で! 冗談と分かれとか、どんな読心スキルだ! あんたらもそう思うだろ!?」
大袈裟な身振りで振り返った小崎に指名された護衛達は、困ったような顔で苦笑した。代表するように、ホルンが答える。
「オザキ殿……我々は、シイナ様と冗談を交わすような関係ではございません。ただ、シイナ様がオザキ殿に冗談を仰っているのは、今までにも何度か気付いておりました」
「マジか!?」
愕然とした様子で目を剥く小崎に、ホルンが真顔で頷く。
「オザキ殿はどうにもシイナ様を誤解しているようですが……シイナ様は殿方ともお付き合いがあるのです、真面目だけのお堅い方ではありませんよ」
「ホルン」
ホルンを睨み付けると、彼女は軽く肩をすくめた。
「同郷の方にこの程度の情報、問題ありませんでしょうに」
「それは私が決めることだ」
「そうですか、失礼いたしました」
ぴしゃりと告げると、ホルンは動揺もせずに一礼した。どうにも彼女は、最近私を警戒するのを止め、距離の置き方を定めたように見える。それが近いのか遠いのか、ここ数日測りかねている。
「なー、俺その情報めちゃめちゃ興味あるんだが。どんな奴なんだ?」
「うるさい」
興味を示した小崎は一言で切り捨て、積み上げた石で作った即席の竈に小崎が折った小枝を積む。固形燃料を置いて魔道具で着火して、軽く風を送り込む。火はたちまち枝に燃え移った。
「うるさいと言われようと俺は興味がある! 相手も強い奴選んだんだろ?」
無視して夕食を調理する作業を続けていると、小崎がおもむろに立ち上がる。
「よーし、こーなったら勝負だ」
「は?」
何を言い出したのかと顔を上げると、小崎は自信に満ちた表情で私を指差した。
「今から勝負しようぜ。得物も魔術もナシの肉弾戦。俺が勝ったら、椎奈は俺にその彼氏の話をする。椎奈が勝ったら、今日の夜の見張り俺な」
「却下だ。何故わざわざそんな真似をしなければならない」
即答すると、指はこちらに向けたまま、小崎の体が斜めに傾ぐ。
「あれ、椎奈って戦闘バカじゃねーのか」
「何故そう思ったのか不思議だな。私は無益な争いは好きじゃない」
「でも鍛錬は好きだろ」
食い下がる小崎に、肩をすくめた。
「それは積極的に行うが……夕食作業中だぞ、今は。それも賭けが私に不利だ。受ける理由がない」
旭の情報をおいそれと流すつもりはない。小崎の事だ、魔術師だと言えば戦術に触れはしないだろうが、旭の個人的な情報は根掘り葉掘り聞くつもりなのだろう。赤の他人に私と関わりを持つ旭の事を教えるのは、小崎にとってあまり良くない。
……それに、旭の事情はあまり口にしたくない。
私の態度から譲らぬ意思を察したか、小崎は頬を軽く掻いた。
「んー……分かった、賭けはナシでいい。取り敢えずいっぺん闘らねえ?」
そう言って構えてみせる彼に、眉を寄せる。
「随分と粘るな。何が狙いだ?」
警戒を隠さず尋ねると、小崎は獰猛な笑みを浮かべた。
「いや、単純にいっぺん椎奈とやり合ってみてえなと。武術部系高校男子の戦闘バカッぷり舐めんなよ」
「…………」
さてどうするかとしばし迷ったが、相手をした方が早そうだ。会話の間にも材料は切り終えたし、護衛達も旅中手伝わせて大分上達している。任せても大丈夫だろう。
「……分かった。ホルン、ステラ、残りは任せる」
「はい」
返事を受け、立ち上がる。小崎が口元に笑みを浮かべて指を鳴らした。
「そーこなくちゃな。あっちでいいか?」
小崎が指で指した方向は、岩場の無い広まった場所。あれなら単純な格闘を行うのに問題無いだろう。黙って首肯する。
「あ、剣はいいよな、アンタ武器無しでもかなりやれるだろ」
「まあな。ナックルと剣を外したのは、危険だからか?」
「っそ。ただのオアソビで大怪我しても馬鹿馬鹿しいだろ」
オアソビ、か。その単語を発した本人の表情を見やるに、とてもそんな軽い戦いにはなりそうにないのだが。
闘技大会での彼の戦いぶりを思い出す。こちらは久々の接近戦、中々に苦戦するかもしれないと気を引き締めた。
——誰であろうと、後れをとるつもりはない。
軽く体を解した後、5メートルほどの距離を置いて互いに向き合う。予備動作なのか、脚で地面を均しながら小崎が口を開いた。
「時間は夕飯出来るまでな。顔はナシ、突き蹴り掛け技投げ技寝技何でもアリ、ただし得物と魔術は使わない。勝負はどっちかが降参すっか、止めさす技が決まった所で。ああ、流石にやべー技は寸止めな。こんなもんでいいか?」
「ああ」
「おーっし」
楽しげに笑って、小崎はポケットから銅貨を取り出した。見せつけるように掲げ、指で弾く。甲高い音を響かせながら銅貨が宙を舞い、それが地に触れた瞬間——小崎の姿が、ぶれた。
素早く右足に重心を置き換えて体位を変換する。さっきまでいた場所を拳が通り過ぎ、息継ぐ間もなく重い蹴りが胴目掛けて飛んできた。
「シッ!」
鋭く息を吐き出す音と共に、受け流した足が引き寄せられ、今度は頭を狙う。当たれば一瞬で昏倒するだろう攻撃を、身を低くして避けた。
「おっと!」
そのまま鳩尾を狙った拳を払われる。お返しと言わんばかりの突きを左手で引き寄せ、呼吸を合わせて捻り、足をかけた。
「っ!」
バランスを崩すかと思われた小崎だが、逆に私の腕を絡め取って投げの体勢に入る。振り解けないと判断し、あえて自分から地面を蹴った。
「うおっ!?」
今度こそ体勢を崩した小崎の腕を振り解き、肩を蹴って体勢を整えて着地。油断なく振り返ると、小崎も体勢を戻す所だった。
構えを取り、ゆっくりと間合いを計る。互いに呼吸を計り、フェイントを入れて動きを読みあうしばしの膠着。
小崎の方が確実に力も体力もある。長引くのはこちらが不利と、今度は私の方から仕掛けた。
僅かに足の向きをずらしつつ地面を蹴る。体を捻って真っ直ぐ進んでいるように見せかけながら突きを出せば、小崎はそれを外へと払った。注文通りの動きに沿って体を流す。
視野が大きく回った。半回転して小崎の後ろへと回り込んだ私は、素早く振り返りつつ距離を置こうとする小崎に追いすがり、懐に入り込んだ。
足をかけ、バランスを崩す。掌底を鳩尾に沿わせ、最小の動きで突いた。
「ぐっ」
呻き声を漏らしながら、小崎は私の手首を捉える。そのまま捻ろうとする動きを利用して体を回転させ、小崎のこめかみ向けて踵を振るう。
「っぶね!」
「ちっ」
すんでの所で手首を話され、小崎が自分から蹴られた方向へと体を倒した。受け身をとって素早く距離を置き、獰猛な笑みを浮かべる。
「随分とおっかねー技知ってるな、おい」
「そちらこそ」
手首を外す瞬間、小崎はこちらの肘を狙っていた。一瞬でも技の中止が遅れていれば、右手がしばらく使えなくなっていただろう。
「ま、護身には何の心配も要らなさそうだな、っと!」
小崎が再び距離を詰め、突きを出す。最速のそれを辛うじて躱してやや重心がずれたのに目敏く食いつき、連続で突きを出してきた。腰を落とし、可能な限り小さな動きでそれを受け流していく。
けれど力の差は歴然としているだけあって、徐々に余裕が削り取られていった。一旦距離をとりたい所だが、小崎の攻撃はそれを許さない。
「っ!」
ついに小崎の猛攻を捌ききれず、突きを受けた。ギリギリで身を引けたものの、腹部の痛みに動きが鈍る。
「ふっ!」
止めを狙う小崎の突きが顎を狙う。避けきれないと判断した私は、体を捻り、右手を斜め下に振った。
ぴたり、と互いの動きが止まる。数呼吸置いて、小崎が地面に崩れ落ちた。
「だああくそぉっ、今のは獲ったと思ったのに!!」
「……負けたかと思った」
大きく息を吐きだして、私もその場に座り込んだ。
小崎の手を左手で受け、振った右手の勢いで蹴り出した左足が何とかこめかみを捉えた。後半拍遅れていれば、小崎の勝ちだっただろう。
左手を掲げ見ると、微かに震えている。捻挫程度で済んだのは僥倖とみるべきだろう。
「あ、手と腹大丈夫か?」
「ああ、2,3日見れば完治する」
怪我を尋ねた小崎に軽く答えると、小崎が顔を顰めた。
「それを無事とは言わねーぞ……『ヒール』」
こちらが言葉を返すより先に、小崎の治癒魔法が左手首と腹部を覆った。みるみるうちに痛みが引いていく。見れば、小崎本人も私が攻撃した腹部を治癒していた。
「……2人同時とは、流石だな」
「どーも」
まんざらでもない顔で答えた小崎が立ち上がる。
「さって、メシだメシ。俺もー腹ペコ。行こうぜ椎奈」
「そうだな」
小崎の提案に頷いて立ち上がり、護衛達の待つ場所に戻った。