協力討伐
事態の後始末が一区切りを見せた時には、魔物の襲撃から5日が過ぎていた。
小崎の要求に従い、対価となる依頼の代行は協力という形を取る事となった。それを取り決めたのは2日前だが、後始末の協力に奔走していた為に今までかかってしまった。
引き留める形になってしまったのは申し訳ないが、幸い小崎に幻術を纏わせた上でオズと名乗らせた故のトラブルは起こらなかったらしい。ギルドはその辺り不干渉というか、無関心に近いそうだ。
ベラが選んできた依頼は王都から馬車で片道6時間以上かかる場所だった為、2日間の旅程とした。昴が張り切っているから予定よりも早く着くだろう。
「いやつーか、何故神獣が自ら馬車引き……」
「……私もそう思う。子供だからかもしれないな」
小崎のぼやきには私も溜息混じりに応じた。もう馬も完治しているし、昴が出てくる必要は無かったのだけど。
「まあ……、大会期間中ほとんど運動していなかったからな、退屈したのかも」
「あー、成程な。あとで遊んでやったら喜ぶか?」
「怖がらなければな」
「……そういや怯えられたな、全力で」
肩を落とす小崎は一見今までと同じに見えるが、雰囲気が妙だ。装っていたのか素なのかは分からないものの、常に纏っていた飄々とした態度がどことなくぎこちない。
この前の襲撃の疲れを引き摺っているのだろうか。小崎の体力や戦闘能力を見る限り、回復に5日以上かかるようには見えないのだが。それとも、彼の能力の代償はそれほど大きいのだろうか。
「小崎」
「ん?」
あまり深く考えずに問いかけようとして、口を噤む。
「……いや、何でもない」
「はん?」
怪訝な顔を向けてくる小崎から顔を背けた。小さく溜息を漏らす。
襲撃へ対応する為の協力体制が終わり対価を返す段階になった今、小崎との縁はほぼ切れたに等しい。それをわざわざ自分から結び直すのは愚行どころか凶行だ。
そもそも、小崎の能力は切り札だ。同郷という事以外何ら接点のない赤の他人に答える筈がない。彼の目的は元の世界への帰還、今後「勇者」と敵対する可能性は0ではないのだから。
気を取り直し、馬車の外に目を向けた。ボローニが昴を上手く制御しているのもあり、走りは安定している。道も舗装されており、馬車の振動も最小限に抑えられている為なかなか快適だ。
「そういえば」
その時口を開いたのは、馬車に同乗していたホルンだった。今まで外を警戒していた彼女は、外から視線を外しこちらを向いている。
「ずっと気になっていた事を伺ってもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
答えられるとも限らないが、どうせ移動時間を持て余していた所だ。聞くくらいなら暇潰しになるだろうと続きを促す。
「今更と言えば今更なのですが。初めてシイナ様とオザキ殿が出会われた時、会話の中でシイナ様がオザキ殿を同郷の方と悟ったのはともかく、何故その場で警戒を解かれたのですか? 同郷だからといって敵ではないという保証はありません」
「え、俺ってそんな悪役顔?」
「ご自覚がなかったのですか?」
「素で返された!?」
冗談めかした茶々を真顔でベラに返され、小崎がショックを受けている。この呑気な態度に警戒する気が失せたのも確かなのだが、それ以外にも勿論判断基準はある。
「そうだな……、まずは不意打ちした後の無防備さ。追撃で殺されかねない状況で構えもしなかった。敵対するつもりなら流石に最低限の緊張は見せるだろう」
「いや、あれはマジでびびったのもあったんだが」
「エルドの武器技術は他国の追随を見せませんからね」
「スーリィアを例外にしてでしょう、ステラ。それにこちらを懐柔、あるいは騙しきれる自信の現れという可能性もあります」
メイヒューの誇らしげな言葉を訂正してからホルンが反駁する。
「そうだな。だがその確率は限りなく低いと思った」
「その根拠は?」
随分としつこいホルンにやや顔を顰める。けれど最初に応じたのはこちらなので、素直に答えた。
「まず、尾行の際の中途半端さ。敵意や悪意、警戒心の一切無い、こちらの意図を推し量るような視線を感じていた。騙す気があるにしては違和感がある。そして……」
少し迷ったが、護衛達は昴の件で1度見ているし、小崎には能力について割合詳しく聞かされている。ならばこの程度の情報開示は交換条件だろう。
「神霊魔術師の特殊技能と言うべきか。意識して視線を合わせると相手の考えている事が伝わってくる。あくまで表層に浮かんでいる感情だけだが、出会った時小崎からその手の奸計は察せられなかった」
それを聞いた護衛達は曖昧な表情になる。初めて聞く技能だからだろう。それはそうだ、私のような人外だからこそ可能な技能なのだから。
対して小崎はさして驚いた様子を見せず、腕組みして相槌を打ってきた。
「はーん、説明はなんとなく分かるが……それって操られてる奴とか嘘を本当だと思い込んでる奴には効果無いんじゃねーのか?」
「そうだな。ただ前者については魔力の澱みや魔術の痕跡でそれと知れる。後者についてはそうもいかないが、状況的にその可能性は低い」
「状況?」
私の言葉を繰り返す小崎に、判断材料をひとつひとつ挙げていく。
「異世界人である事、それを隠しもしない事、悪意よりも好奇心を見せていた事、こちらの敵意に動じない……つまり怪しまれても仕方はないと認識しつつも誤解を解く自信があった事、私が状況を見極めようとする様子を観察していた事、そんなものか」
「あー……?」
分からなかったようだ。思考が働いていない証である言葉にならない音を発する小崎に、肩をすくめた。
「要するに、嘘を真と信じる盲目性が見られなかったという事だ。あれほど的確な判断力を残していて、そのような矛盾を抱えるのには限界がある」
「……成程な」
ようやく納得出来たのか、小崎は何度も頷いている。護衛達もおおよその概要は掴めたのか、曖昧な表情は浮かんでいない。
「逆に言えば、どうして小崎は私を疑わなかったんだ? 宿での会話を聞く前なら、計画が上手くいっているか確認している作業と思ってもおかしくないだろう」
ベラにぶつけられた疑問に対する答えを用意していなかったのがこれだ。小崎があまりに自然に私を協力者と見なしていた為に、ほぼ無意識下で警戒を解いた根拠を言葉にする必要性を感じなかったのだ。
私からの反問に、小崎は軽く苦笑を浮かべた。
「いや、確認作業であんなしつこく街中を歩き回らんだろ、効率悪いし。後はあれだ、俺的に異世界での同郷人って味方なイメージなんだよ。吉野の件はそれで足元掬われたけどな」
「根拠のない印象、同郷意識だけで敵でないと思い込んだと?」
なんて無茶苦茶なと呆れつつ相槌を打てば、小崎は苦笑を残したまま首を振った。
「ざっくり言っちまうならその通りだな。後は慣れだ。元の世界でも秀吾のとばっちりで色んなトラブルに巻き込まれてっから、信用出来る人間と出来ねえ人間は鼻が利く方なんだよ」
「……そうか」
元の世界では珍しい程の経験の持ち主のようだ。瀬野のとばっちりという意味がやはりもう1つ分からないが、ただの高校生が鼻が利く程の経験を踏む状況下にいたという事なのだろうか。……というよりも。
「それで奴の存在を知らないのも珍しいな……奴は日本全国トラブルのある所には大抵出没するらしいが」
「……何だそれ、なんて珍獣?」
「生まれて初めて心底「殺したい」と思った相手だ」
「…………まじか」
引き攣った顔を背けた小崎に気付かれぬよう、そっと息を吐く。私の脳裏を過ぎった嫌な可能性は上手く誤魔化せたようだ。奴の傍迷惑な存在も、少しは役に立つらしい。
話が一段落した所で、一旦休憩を取る事となった。馬車を降りて、軽く体を伸ばす。小崎は有言実行のつもりか昴に近付いていった。
***
数時間後、私達は依頼主のいる村に到着した。馬車の進行方向に人が待ち受けている。今回の依頼人だろうか。
小崎も同意見のようで、止まると同時に馬車から降りてその人物と対峙した。同じく馬車を降り、後ろから様子を見守る。
茶髪がやや薄くなった老人にさしかかるくらいの男性が、小崎が足を止めるのを待って口を開いた。
「ギルドの方かね?」
「ああ。こっちが依頼書だ」
小崎が1枚の紙を差し出すと、老人はそれを受け取り、目を細めて読む。しばらくして鷹揚に頷いた。
「確かにギルドの印じゃな。疑ってすまぬ、時々冒険者を騙って金を集るだけ集って逃げる輩がいるのじゃよ」
「いや、気にしていないさ」
小崎が軽く答えるのにほっとした表情を浮かべると、老人は丁寧に頭を下げた。
「この村の長、クルファという。この度ははるばるまで来てくれてありがとう」
「冒険者のオズだ。期待には応えられると思う」
飄々と答える小崎は、既に馬車でのどことなくぎこちない様子を完全に払拭している。そのまま私を手で示し、クルファへと紹介する。
「彼は椎奈。冒険者としては駆け出しなんで、経験積むのを兼ねて俺と一緒に」
「椎奈です」
同行の建前は事前に聞かされていたので、動じる事なく頭を下げた。王都での騒ぎがこちらまで伝わっている可能性を懸念していたが、幸いクルファは知らなかったらしい。
「ほお……お守りが付いている所を見ると、どこぞの御曹司かな?」
「ま、そんな感じだ」
「必要は無いのですが、過保護で」
小崎の肯定に、言い訳のように言い添える。狙い通り第一印象を確信に持って行く事が出来たらしく、クルファは僅かに苦笑した。
「ふむ、彼の指示に従うようにの。壊された柵や荒らされた畑を見た限り、村の周りに来ている魔物は割合数が多いようなんじゃ」
「そりゃ急いだ方が良さそうだな。早速行くぞ、椎奈」
「ああ」
小崎が上手い具合に話を切り上げたのに合わせて踵を返す。昴の相手と馬車の見張りにメイヒューを残し、早足で被害の多い場所へと向かった。
クルファの言う通り、柵は無残に破壊され、周辺の畑は酷い荒れようだった。
「おー、流石に食欲に忠実なこって」
「文字通り食い荒らしているな」
小崎が半ば感心したような声を上げるのに、同意を示す。
「……ですが、急にこの村を襲う数が増えたとなると、何か原因がありそうですね」
ホルンの呟くような言葉に、ボローニも頷いた。
「我が国でも似たような被害届が出て騎士団が出向する事が多々ありますが、大抵近くに魔物の生息地があるなど地理的な原因が存在します。ですがここはそうじゃない。繁殖期でもないこの時期に増えるのは不自然です」
「ま、フツーに考えて王都襲撃の余波だーな。魔族と魔物の瘴気に気が高ぶったとか、騎士団の派遣が雑になってたとか」
小崎の尤もらしい推測にも、騎士達2人は首を横にふった。
「それなら畑ではなく人間が襲われている筈です。人的被害が0というのは妙です」
「あー、確かに……」
ボローニの反論に頷き、小崎が苦い表情を浮かべる。思ったより依頼が厄介そうな事を憂えているのだろう。
「……調べるか」
口の中で呟き、目を閉じる。体調……霊力の回復は大分進んでいるが、まだ万全とは言えない。術の行使はいつもより丁寧に行わねば、体への負荷が大きいだろう。
ただでさえ帰還が遅れている、これ以上遅くなる要因を増やす訳にはいかない。呼吸と霊力の流れを意識して整えつつ、地脈に干渉して術を組んだ。
『——息吹、息吹よ、網をなしてここへ集え』
呪文に応え、地脈から息吹が吹き上がる。しばらくそれを身に受けてじっと待つと、近くに瘴気の塊が視えた。
「こっちだ」
その方向へと歩き出そうとして、小崎に腕を掴まれる。
「待て、何する気だ」
「何って、原因と思しきものを感知したから確認に行く」
この後に及んで何をと怪訝に思いつつそう返せば、小崎は髪を掻きむしった。
「……椎奈の処理能力の高さが憎い」
「は?」
「こんなもん、夜中まで待ってやってきた魔物を狩って後は知らん振りで良いんだよ。元凶があるって分かったら見て見ぬ振り出来んだろ、ボランティアだぞどうしてくれる」
据わった目で言われ、驚く。
「国へ支障を及ぼしかねない状況に対処、報告しても追加報酬は出ないのか?」
「俺に王族と関われと」
「……ああ」
そういえば、小崎は召喚者という身元を隠したいんだったか。国との関わりはなるべく避けたいと、そういう事か。
「だが、その辺りはギルド長に任せれば良いだろう?」
「おう、何気に仕事丸投げの宣言か。やるな椎奈」
小崎の茶化すような物言いに首を傾げる。丸投げも何も、集団の長の仕事はそういうものだろうに。
「外部との交渉はギルド長、あるいは交渉役の仕事だろう。一ギルド員が口を出す方が混乱の元だし、筋違いだ」
「だあから、その交渉事を持ち込む事こそ迷惑だろ」
「……国の危機でそんな事を言うか? 特にこの時勢で」
大国さえも魔族の標的になった今、いつどこに魔王の手が伸びるか分からない。どんな徴候でも見逃したくないだろう。いくら独立したギルドでも、人類の危機では知らぬ振りはあり得まい。
そう告げれば、何故か小崎は失笑した。
「……椎奈って根っからの勇者気質だな。そこで厄介事御免の一般人思考が出てこない辺りが尚更」
「私もこの世界の行く末などどうでもいいし、この世界の人間に思い入れがある訳でもない。ここまで来たら後戻りは出来ない、それだけだ」
魔族の目論見を潰したのだ、この先目を付けられてもおかしくはない。今回瀬野の手柄にしたのは目眩ましを狙った部分もあったのだが、私の霊力量を考えてもそうそう雲隠れし続けられるとは思っていない。ここから先は、こちらから動く場面が増えていく筈だ。
——旭達の訓練が、間に合うと良いのだけど。
懸念は打ち消し、小崎を見上げる。
「だが、小崎が関わりたくないならここは引く。今回私は小崎への対価として協力しているだけだ。決定権は小崎にある」
小崎は自ら魔王討伐を捨てた人間だ、魔王関連の事はやはり極力避けたいのだろう。その彼にこちらの都合を押しつけるのは筋違いだ。よって小崎に決定を委ねた。
その小崎はといえば、私の言葉に何故か顔を顰めて呻いた。
「……椎奈って時々性悪だな」
「……初めて言われたな」
まさかそんな事を言われようとはと戸惑いに瞬く私を尻目に、小崎は1つ息をついて首を振る。
「さっき言ったろ、知っちまった以上は見て見ぬ振り出来ねえって。俺もそこまで器用じゃねえんだよ。案内してくれ」
「……分かった」
その横顔に諦めを多分に浮かべながら、小崎は私を促す。何故かどことない居心地の悪さを感じつつ、私は歩き出した。
歩く事10分程で目的地に辿り着いた。大体予想はついていたが、実際に目にすると禍々しい。
「おえ、気分悪……」
小崎も同意見らしく、顔を歪めていた。空間感覚の良さが裏目に出たらしく心なしか顔色まで青醒めて見えたので、瘴気除けの結界を張る。
「サンキュ」
礼を言われる事では無い。軽く首を横に振り、瘴気の源に歩み寄る。
近寄ってみると、教会で遭遇した死霊術師の気配とよく似ていた。成程、これを目印のにして魔物を襲わせていたのか。
「死霊術師の遺しもののようだ」
「あいつかよ……じゃねえ。おい椎奈、早く戻ってこい」
「え?」
戸惑って振り返ると、小崎が顰め面で手招きしている。何かあったのかと戻れば、小崎は呆れ半分に言った。
「何をフツーに瘴気の中のんびり過ごしてやがる。瘴気の危険性について大会の件でさんざ俺に説教したの、他ならぬ椎奈だろうが」
「ああ……」
危険を懸念して呼び戻したらしい。確かに危険性を説いた覚えもあるので、これは私の言葉不足だろう。
「大丈夫だ。神霊魔術師は基本的に身に纏う霊力そのものが瘴気を浄化する。瘴気の中を歩いてもさして影響は無い」
瘴気に触れる時間が長い場合や頻度が多い場合は浄化しきれないので禊を行うが、出立前にきちんと行ってきたばかりだからまだまだ問題無い。
だが小崎は納得出来ないらしく、眉を顰めて反論する。
「さしてっつー事は全く影響ない訳じゃないんだろうが。この間霊力使い果たしたばっかなんだから、無理は避けろ」
「自分の限界くらい分かる。この程度で影響は無い」
叩き付けるように言い返し、尚も言い募ろうとする小崎を無視して刀印を結んだ。1つ息を吸って、一閃。
白い炎が瘴気の塊を消し飛ばす。浄化の術も込めた精霊魔術は更に大きく燃え上がり、瘴気に釣られて集まってきていた魔物を焼き尽くした。
その様子を黙って見届けた小崎が、独りごちるように呟く。
「……結界の中から出来るなら、最初からそうすれば良いじゃねえか」
「結界の中からでは瘴気の源は分からなかった」
言葉少なに否定して、改めて瘴気の塊があった場所まで歩み寄る。浄化の炎は魔物だけを燃やし、地面が熱を持つ事も無かった。
「…………」
視線を周囲に向け他に危険は無いか神経を張り巡らせながらも、私は自身の違和感に戸惑っていた。
王都にしかけた術を発動させた時、力が弱まっているように感じた。霊力の消耗度合いから術の効率が落ちたと考えていたのだが、未だ体調が万全とは言えない今使った術はその真逆、今までで1番効率の良いものだった。
掌に視線を落とす。刀印を結んでいた右手は、術行使の瞬間に僅かに熱を持っていた。
「……何なんだ」
「はん?」
独り言を小崎に聞き咎められる。答えず視線を上げ、危険のない事を最後に自身の目で確認してから結界を解除した。