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事後処理と独り言

 スーリィア国を襲った前代未聞の魔物による襲撃がどうにかなった後も、国はひっくり返したような混乱ぶりだった。

 何せ大量の魔物が湧いたもんだから、街の被害が酷い。怪我人も勿論だが、街のあちこちが戦闘の余波で破損していて、街の人々は復旧作業に追われた。

 が、そこは大国の意地を見せるべく頑張ったのか、王以下操られていた面々が威信をかけて指示を下し、復興の主導をとった。これをチャンスとギルドが動いたのもきっちり押さえ込んだんだから、流石っちゃ流石だ。


 ただし、個人的に気に食わん事が2つ。


 1つは、王太子が今回の件の尊き犠牲者として祀られてる事。王家の威信だか何だか知らんが、元凶を祀るってのは納得いかん。


 そしてもう1つは、秀吾と吉野と椎奈が復興に全面的に協力させられている事だ。


 いや、言いたい事は分かる。秀吾は重鎮達の前であのごつい魔物を見事討伐してみせたと聞くし、椎奈はこの街の救世主だ。その2人が先頭に立って復興活動に参加すれば街の人達の励みになるっていう主張は、理解出来る。

 だが彼等は余所の国の勇者だ。事件当時身を粉にして動いたってのに、まだ働かされるってのが納得いかん。吉野は罪悪感があるんだろうし、秀吾は乗せられやすいからやっぱりとしか思わんが、椎奈が動いたのが更に理解出来ない。

 椎奈はあの時、文字通り霊力を使い果たした。普通ならその場でぶっ倒れるものを、何故か平気な顔で昴に会いに行ってから宿に戻り、次の日は早朝から復興活動に向かった。何故動ける。そしてどこまでお人好しなのかと。



 ……ただのお人好しだったら、こんなに苛つかんか。



「オズ殿」

 深々と溜息をついた時、声がかけられる。気配や声から相手の顔を思い浮かべつつ振り返り、軽く手を上げた。

「よ。椎奈とは別行動か?」

 予想通り、椎奈の護衛のベラだった。やや膨らんだ買い物袋を抱えている。

「はい、晶華を買いに。先日の件で手持ちを尽きさせてしまったもので」

「ああ、なーる」


 流石は商業都市、事件の2日後にはほぼ全ての店が営業再開した。ギルドの援助も得て、闘技大会後日祭兼復興祈念祭という名目で大安売りを行っている。復旧に必要な物資の需要が高まるのを見逃さない商人根性と職業への誇りに、素直に頭が下がったものだ。

 商業都市はギルドのお膝元、質の良い晶華や璃晶も取り扱っている。パフォーマンス部門に集まっていた人達を指揮して魔物を撃退した彼女は、晶華を大量消費したらしい。当たり前か。


「オズ殿も買い物ですか?」

「あれこれ美味そうなもん食ってるよ。掘り出しもんを探すつもりで冒険してる」


 折角の異世界、食文化は全力で楽しまねば。衛生的にやばそうなのも解毒魔法をかければOKという事が昨日判明したもんだから、何をも恐れず突貫しまくっている。


 俺の返答と手に持つ食いもんが入った袋を見て、ベラは感心半分呆れ半分の顔で頷いた。

「……シイナ様ではありませんが、本当によく食べられますね」

「育ち盛りだからな。ちと懐が寂しいんで依頼を探しがてら足を伸ばしたってのもある」


 無駄に終わった対死霊術師の魔道具代やら椎奈に押しつけた璃晶——いざというときのへそくりだった——やらの結果、俺の懐は本気でやばい事になっている。ぶっちゃけ、このままだと近いうちに宿から叩き出されるレベルだ。

 ので、食費削減と金稼ぎの為に商業都市にやってきたのだ。大安売り様々である。


「そうでしたか……」

 俺の説明にベラはまた頷いた。納得したようなので、まだ空腹の満たされてねえ俺はひらりと手を振った。

「んじゃ、お互いに良い買い物が出来るよう祈ってるぜ」


 そう言って立ち去ろうとしたが、何を思ったかベラは1歩ずいと踏み出してきた。


「あの、オズ殿」

「な、何だ?」


 いやに真剣な顔で見上げてくるベラに、無意識に顎を引く。赤い前髪が僅かにかかった灰色の瞳に厳しい光を浮かべて、彼女は静かに言った。



「少し、お話があるのです。あちらの喫茶店に入りませんか?」



 傍目から見りゃ女性からのお誘いという、非常に羨ましい状況だろうが。

 意を決したかのような気構えと物言いに、俺は気圧されたように頷くしかなかった。






 誘われるままに入った喫茶店。めいめいの頼んだ飲み物が届くと、ベラは目を伏せて小さく何事か呟く。魔術の気配と共に、音が一定範囲で遮られるのを感じた。椎奈が話し合いの度にやってた遮音の魔術だ。


「あー……何の話なんだ?」


 人に聞かれたくない話を何故俺にする。そんな困惑をぶつけにくい真剣な雰囲気を醸し出すベラに、気まずさを誤魔化すべくカップを口元に運びながら尋ねる。

 対してベラはあくまで真剣に頷き、爆弾発言をしてくれた。



「単刀直入に伺います。オザキ殿はシイナ様に恋情をお持ちですか?」



「ぐほっ!」

 丁度紅茶モドキを口にしていた俺はものの見事につまらせた。つーかマジで吹きそうだったぞおい。

 しばし盛大に咽せていると、目の前の雰囲気がどんどん強張ったものになっていく。


「オザキ殿はシイナ様を初めから女性と認識しておられましたし、随分と関心をお持ちのようでしたので、もしやと思いましたが……今のうちに申し上げます。シイナ様は——」

「待て待て待て待て」


 ようやく咳が収まった俺は、暴走しかかっているベラをすんでの所で止めた。


「いやあのな、うん、懸念は分かるぞ。椎奈は美人だし、異世界からの召喚者だし、勇者だし、チートだし、警戒心ばりばりな割に時々みょーに無防備だし、逆ハー要素がこれでもかと詰め込まれた三次元にあるまじきおヒトだってのは俺も全面的に同意するんだが、俺が逆ハー要員と見られるのは心の底からご遠慮申し上げたいっつーか」

「……あの……?」


 しまった、動揺のあまりベラにはほぼ全く通じない事をまくし立てちまった。困惑どころかキチガイを見るような目になりつつあるベラに、改めて仕切り直す。


「あーいやすまん、こっちの話。とりあえず、椎奈は恋愛対象外だ」

「そうですか……?」


 何故そんな疑り深い目を向けてくる。本当だっつーの。


「面白いとは思うがな、惚れた腫れたの話にゃなんねーよ。……てか、フツーそういう気になんねえだろ、あの性格相手に」

「…………」

「え、何だその沈黙」


 ベラが奇妙な顔で黙り込んだ。俺が暗に示した椎奈の性格を憂うっつーよりは、賛同したいけど出来ない……みたいな微妙な表情だ。


「……なる方はおられますよ」

「へー……ま、美人だし、いてもおかしくねえのか。つっても椎奈の事だから気付いちゃ——」

「その方とお付き合いなさっておいでです」

「…………は」


 口をぱかっと開けて間抜けた音を漏らした俺に、ベラは微かに顔を顰める。


「随分と女性に対して失礼な反応ですね」

「いや……俺が驚いたのは椎奈がOKしてるっつー事なんだが……」


 未だ醒めやらぬ驚きに包まれている俺に、ベラは頷いた。


「先程オザキ殿に遮られる前にそれを告げようと思ったのですが……オザキ殿は、私の予想以上にシイナ様の事を理解されておいでですね」


 急に真剣な表情になったベラに、こっちが本題かと気を取り直した。……最初からそれを言ってくれ。


「状況が状況でしたからでしょう、シイナ様は常になくオザキ殿が関わる事を許容しておられました。——オザキ殿から見て、シイナ様はどのように映りましたか」


 軽く頬を掻く。ぶっちゃけ俺は、こういうマジな話が向かんのだが。


「あんたの物言いからも分かるように、椎奈は徹底的に関わりを避ける。関わっても向けられる感情を意図的に偏らせる。——んで、見てるこっちがびびる程、自分に無頓着だ」

「……仰る通りです」


 ベラが溜息をつくのも分かる。俺もついさっきベラと会う前、同種の溜息を漏らしてた訳だしな。護衛という立場なら尚更だろう。


「噂に聞く限りじゃ、手柄を秀吾に押しつけたらしいな。秀吾の指示で動いたっつってるんだったか。貴族も秀吾の奮闘を見てるから納得する」

「……耳が早いですね」

「冒険者は情報の早さが命綱だぜ」

 僅かに見せてきた警戒に軽口で返し、胸の悪くなる噂の事実確認をした。

「その噂によると、教会は椎奈を責めてるらしいな。もっと早く対処しなかったのは何故だ、決勝の場を利用する事で目立ちたかったのかと。売名の為に犠牲者の阻止を怠った不埒者だと。……昨日の追悼式、秀吾にゃ賛辞が、椎奈にゃ罵声が飛んだと聞いてるぜ」

「…………」


 何も言わず俯くのが何よりの答えだった。一瞬苛立ちが自制を上回り、拳をテーブルに叩きつける。


「……訊きたくもねーが、ここまで踏み込んだ以上は訊くぜ。この噂、椎奈の指示か」

「……ダニエルとステラは根っからの騎士です。噂を操作するのは容易い」

「事ここに至って直接の返答を避けるとは、アンタもなかなか卑怯だな」

 皮肉を言うくらいは許されるだろう。椎奈が聞いたらキレるだろうが、俺は境遇を同じくする同郷者は基本身内扱いなんだ。


「あー……ったく、何をやってんだ……」


 頭を掻きむしる。ここまで他人の事で苛ついたのは、随分久しぶりだ。

「そらーあのリーフェラの剣士も嫌うわな……リーフェラっつったら誇りを重んじる国だろ。自分を疎かにする奴なんざ何より嫌だろうよ」

「……それであの勇者殿は、シイナ様をあれほど追い詰めたのですか」

「わざわざ俺に致命傷を与えてな。ただの戦闘狂でいて欲しかったわ、マジで」


 ハンスとかいう剣士が殺る気満々だったのは他でも無い、椎奈が心の底から気に食わんかったのだ。ご丁寧に傷付いた俺を晒す事で身も心も追い詰め、勇者から引き摺り落とそうとした。


「別にてめーの害になる訳でもねえんだから、ほっときゃ良いだろうに。誰が死のうと最終的に魔王を倒して自分が生き残れれば良いと思っておけっての」

「オザキ殿っ! 縁起でも無い事を——」

「思ってもねー事で責めんな。いくら椎奈が強かろうと、あのままだといつか死ぬぜ」

 声を荒げたベラは、俺の反駁であっさり言葉を失った。そりゃそうだろう、椎奈がどんな人間か分かった奴なら必ず脳裏を過ぎる予想だ。


 椎奈は、間違いなく強い。心も、それを支える技術や知識も、桁外れに。



 ——けど、根幹をなす魂が歪だ。



 批難を求め、賞賛を拒絶する。悪意を受け止め、情を撥ね除ける。


 お前は真性のドMかと言いたくなるような言動の数々が、彼女の歪さを浮き彫りにする。他人が傷付かないなら自分はどうなっても良いという刹那的な考えが、見ているこっちの神経を逆撫で、更に反発を呼ぶ。


「あんたらも護衛と言いながら、椎奈の盾になんかなれないだろ。アイツの事だ、脅してでも自分の身を最優先させてる筈だ」

「…………」


 無言。他言無用とでも言われてるのか。だが、こうして気付かせる分には自由と。


 御節介と分かってて、俺は尚も重くなりがちな口を開く。

「オツキアイなさっておいでの相手をベラが知ってるって事は、こっちにいるんだろ。椎奈の事だ、戦えない奴を選んじゃいねえだろうが……今どこにいる?」

「王城です。シイナ様のご友人おふたりと共に」

「なーる……それで「巻き込まれ召喚」へのあの反応か」


 下手な気遣いを見せるような性格でもあるまいに俺の言葉に過剰反応したから何事かと思えば、何の事はない。椎奈もまた、「巻き込んで」しまったのか。

 彼氏を置いてった理由は、その友人——椎奈的にただのクラスメイトだな——の安全の為って所か。よく承諾したな、彼氏。


「あー……これは独り言だが」


 俺の前置きに頷くベラの目を避けて天井を仰ぎ、それこそ独り言のように続けた。



「もし今後魔王の動きが活発化するとして……いや間違いなくするわな、今回の事を踏まえて。魔王が動けば、そいつらも「勇者」として王城から追い出される。もし付いて行くなら——気を付けろよ。やべえぞ、アイツ」



「それ、は……」

 強張った声には気付かない振りで、俺は独り言を続けた。



「俺は勇者として戦わされるのが嫌でトンズラこいた。だが椎奈は逃げん。椎奈の彼氏や友人とやらも逃げん。椎奈が強制送還させてねえのが証拠だ。となると椎奈が次に考えるのは唯1つ。——自分が盾になってでも、そいつらを傷付けない」



 言いようのない感情が込み上げてきて、俺は溜息をつく。



「俺には理解出来ねーわ。我が身可愛い一般人、還る方法探しが最優先だ。だから正直、今回の作戦も冷や冷やしたぜ」



 高価な璃晶をぽんと渡したのも、肝の冷えるような無茶の繰り返しが見ていられなかったからだ。見てるこっちまで危ねえ気がして、椎奈の為っつーより自分の為に渡した。



「椎奈が周りを庇って大怪我、で済めば良いけどな。庇って大怪我した挙げ句に仲間ごと窮地に陥ったら——」



 その続きはあえて口にしなかった。口にするのも嫌だ、どっかでその予想が当たったって噂で耳にしてみろ、俺がフラグ立てたみたいで後味悪すぎる。


 そのまましばらく天井の模様を辿って自分を落ち着かせ、顔を元に戻した。ベラはまだ考え込んでいるようなので、俺は金を置かずに立ち上がった。

「アンタは悪くないが、異世界人を死地に放り込もうって国の騎士に奢る気にゃなんねーわ。そっちで払ってくれ。あと俺は近いうちにこの国を出る。椎奈に会えるか分からんし、テキトーに言っといてくれ。じゃあ——」

「そうさせて差し上げたいのは山々なのですが」


 言葉途中で我に返ったベラが、俺の言葉を遮る。嫌な予感にその場から離脱するより早く、彼女は爆弾を投下した。



「シイナ様より御言伝を預かっております。今回の作戦に於いてオザキ殿がご自身の利益以上の協力をなさった対価として、ギルドの依頼を代行すると」



「はあっ!?」

 素っ頓狂な声を上げちまった俺を余所に、ベラはあくまでも真顔で頷く。

「璃晶を受け取られた事、オザキ殿が購入なさった魔道具を無碍にした事を気になさっておいでです。偽の姿でオズと名乗らせた以上今回の件で報奨金も貰えないだろうからと、オザキ殿が選ばれるような依頼を探してこいと命を受けまして」

 懐から紙切れを取りだし、ベラは俺に差し出した。

「おそらくこの辺りの討伐で稼がれるおつもりでしょう。オザキ殿に異論が無ければ、こちらをシイナ様が——」

「いやいやいやいや、あのなあ!?」


 椅子に座り直しツッコミの体制を整えたが、ベラは肩をすくめるばかり。


「私元々ギルドの出でして。功績を認められ騎士として城に入る前は、オザキ殿のように依頼を受けて生活しておりました為、依頼は目が利く方です。割の良いものばかり選んで参りました」

「いや違うっての、俺の使った金を何故椎奈が払う」

「ですから、対価にと」

「意味が分からん、今回の件ほとんど椎奈の働きじゃねーか」

「シイナ様は神霊魔術師。対価に関しては相当厳しいのです」

「違うだろ、単にてめーに向けられた好意をビジネスにしてえだけだ」

「オザキ殿がどうお受け取りになろうと自由ですが、これはあくまで対価です」


 俺のツッコミに怯まずすらすらと答えるこの女、見かけより良い性格してやがる。


「マジかよ……」

 紙片を見れば、確かに俺が選びそうな依頼ばかり。割と安全かつ確実に依頼を達成出来、素材の需要が高い為に儲けがでかい。しかもこの様子、俺が断ってもギルドに行ってオズの名前で受注しそうだ。


「うーあー……やられた……」


 さっさと金を稼いで国を出るべきだったか。いや無理だな、能力の使い過ぎで昨日までろくに動けなかったし。俺は椎奈と違って限界越えたら動けねえ。


「あー……共同討伐にしてくれ。俺も依頼の勘を取り戻したいとか理由付けて」

「お伝えしておきます」

「んじゃーギルドにこの依頼、一般の協力者付きで受けるって伝えてくるわ……責任問題は避けてえ」


 代理を行かせて何かミスったら俺の責任になる。あの危なっかしい椎奈を野放しにすると碌な目に遭わん気がする。勇者補正は厄介事ホイホイと同義、そんなものに巻き込まれるのは秀吾だけで十分だと。


 首肯したベラに椎奈の説得は任せ、俺はギルドへと重い腰を持ち上げた。

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