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幕引きの始まり

 太陽が真上で輝く中、闘技場は異様なほどの熱気に包まれていた。


「なんという盛り上がりよう……つーか暑ぃ」

「流石決勝戦、と言うべきか。互いにこれを狙っていたのだから、誰も文句は言うまいが」

「まーな。けど、んな事情を差し引いたって、暑いもんは暑い」


 肩をすくめた小崎は、飄々とした態度を崩していない。これ程の瘴気の中、己を保っている事の難しさを、彼は自覚しているのだろうか。


「椎奈、改めて感謝するぞ。もしこの状況であの暑苦しい鎧を着込んでたら、俺は試合中にぶっ倒れてた自信がある」

「……その時は鎧を剥いで水をかけてた」


 あくまでも冗談めかす小崎に合わせて冗談を返す。どうしてか出会った時から冗談を真に受ける彼は、今回も半ば以上本気で口元を引き攣らせた。


「この衆人環視のもとでか……」

「熱中症に対する適切な対処法だろう。ただ、水が手元に無いから精霊魔術で喚び出す事になる。適量にはならないかもしれないな」

「そらあれか、物凄い量を一気にぶっかけると」

「そうなる可能性もあるだろう、制御を間違えれば」

「なんで熱中症で溺死の心配せにゃならん!」


 割と本気で喚く小崎を無視して、傍らの護衛達に目を向ける。周囲に視線を向けていたボローニがそれに気付き、何故か苦笑した。表情の意味を問うより先に、元々訊きたかった問いの答えを与えられる。


「周囲にはまだ、それらしき気配はありませんね。やはり、決勝戦か表彰式を作戦のスタートとするつもりでしょう」

「王太子は、王族の席に?」

 その問いには、やや顔色の悪いメイヒューが答えた。

「座っているように見せかけていますが、偽物かと。何となくですが、シイナ様がオザキ殿に掛けている幻術に似ています」


 言われて視てみれば、確かにそれは、神霊魔術によって作られた形代。それもどうやら、本体が負った傷をある程度肩代わりする役割も果たしている。


「用意周到と呼ぶべきか……」

「臆病なだけでしょう」

 短く切り捨てたホルンもまた、顔色が良くない。精霊魔術の使い手ながらも感性の鋭いメイヒューと理魔術師であるホルンには、この場に止まるのは苦痛か。


 そう思いながら、王子を視る時に視界に入った、貴賓席の空席に触れる。


「……吉野もいないな」

「え?」

 戸惑ったような声を上げたのは、メイヒュー。対して、ボローニとホルンは厳しい顔つきになった。

「自分が出る訳でもない決勝だ、興味が無いのかもしれないが。パフォーマンス部門の方に興味を持ったのか……」


 我ながら実の無い言葉だと思う。言いながら、その可能性が低い、と直感が囁いている。



 ——気のせいだと、良いけれど。



 この国に来た日に感じた危惧が、嫌でも思い出される。誰の為にもならないから、あって欲しくはないのだが。


「……気にしても仕方ないか」


 けれど、直ぐに思考を打ち切った。今考えた所で何か変わるわけでもなし、その時はその時と割り切るしかない。今は、これからの試合に集中しなければ。


 切り替えて顔を上げると、何故かあらぬ方を向いている小崎が目に入った。それを見るボローニが、どうも笑いを噛み殺しているように見える。


「どうした?」

「……どーせ俺はどうでもいい話の時しか用がねえっての」

「何か気付いた事でもあるのか?」

「いーや、悪かったな何も気付いてなくて!」

 ようやくこちらを向いて喚く小崎がますます分からず、首を傾げた。

「小崎は決勝に集中してもらえればそれで良い。瀬野の相手をするんだ、一筋縄ではいかないだろう」


 瀬野達のチームがハンス達のチームよりも前評判が高かったのは、魔術の火力故だ。けれどそれは、巫女である彼女が神霊魔術を放つまでの時間稼ぎを、瀬野がきちんと果たせるという事でもある。ハンス相手にそれだけの時間粘れると判断されているのだから、相当な腕前である事は確かだ。


 今回、瀬野の相手をするのは小崎だ。何度も戦いを見てきているから動きが読めるというのを利用して、作戦を誘導する役を請け負う。それがどれだけ難しい事か彼も承知している筈だが、あっさりと引き受けた。


 だからこそ小崎には、これからの戦いだけに集中してもらいたい、と思っているのだが。


「……あー、うん。もう良い」


 そう言って頭を掻きむしる小崎は、どうも他の事に拘っていたようだ。だが、諦めた様な表情を浮かべているから、さして重要な事ではないのだろう。


「……っし」


 気合いを入れ直すようなそぶりを見せた後、小崎が私の方を向く。


「さーて。今までさんざ迷惑かけられたツケ、払ってもらおうぜ」

「ああ。——行くぞ」

「おう」


 突き出された拳に軽く己のそれをぶつけ、私達は同時に歩き出した。


「ご武運を」

 そういうボローニ達もまた、闘技場と外を繋ぐ出入り口を死守してもらわねばならない。始まってしまえば、後は時間との勝負なのだから。


 腰に下げた銃に、触れる。今日は今までのような「試合の為の」装備ではなく、旅の時と同じ戦闘用の装備だ。日本刀はまだ変えていないが、この銃はもう下げておく事にした。

 小崎にも、この銃の事は説明していない。出来れば、今日使って説明を求められる羽目にならなければ、と思う。これを使わずに全て済めば私の勝ち、使わざるを得なくなれば旭の勝ち。そんな気分だった。


 敗北は許されないが、旭に勝ちたい。そう思いながら、力強く1歩踏み出す。






 いつものように闘技場の中央に歩み寄ると、瀬野達は既に待っていた。


「椎奈、オズ。今日という日を凄く楽しみにしてたよ」


 そう言って不敵に笑う瀬野に、小崎も獰猛に笑う。これまでよりも尚鋭く、激しい闘志と共に。


「こちらもだ。決勝の相手があんたなら不足はない。全力で向かわせてもらうぞ」


 小崎の言葉にセイリードが目を吊り上げたが、瀬野は更に嬉しそうに笑う。


「それはこっちの台詞だよ。俺は絶対に負けない。ここで優勝するんだ」


 目的を感じさせる言葉に、先日の予想は外れていないと悟る。けれど、もうそれで良い。


「勝ちを譲る気はない」


 短く言って、小崎を目で促す。直ぐに頷いた彼は、素早く踵を返した。



 ——時間が無い。出来るだけ早く試合を始め、終わらせなければならない。



 開始線まで下がって振り返れば、瀬野達も同様に振り返っていた。戦いに逸っているように見える。こちらにすれば、好都合だ。


「な、言ったろ。秀吾は単純なんだよ」

 小崎の囁きに、軽く頷く。

「そうだな。……セイリードは押さえる、頼んだぞ」

「任せろ」



『——勝負開始!』



 小崎の力強い言葉が私の耳に届くか届かないかのタイミングで、最後の舞台の幕が、切って落とされた。


 身体強化を行っているのではと疑う速度で、小崎が瀬野達の方へと走っていく。ショートソードを振りかぶった彼に応えるように、瀬野が力強く足を踏み出し、手に持つ見事な造りの剣を振るった。



 凄まじい金属音が響き渡る。



 小崎の速さと、瀬野の巧さ。鍛え抜かれた業がぶつかる音は、これまでの何よりも激しかった。


 そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとする瀬野に対し、小崎は地面を蹴りつけるようにして勢いを得て、剣を弾き上げる。それを読み切った蹴りを捌き、続いて向かってきた体当たりに合わせるようにして、瀬野を蹴り飛ばした。

 膝で溜めを作ってから放たれた蹴りにより、瀬野の体勢が大きく崩れる。その隙を逃さず、小崎が瀬野の顎を掌底で打ち上げた。


「シュウゴ様!」


 悲鳴に近い声とともに、魔力の高まりを感じる。見れば、セイリードが神霊魔術を構築している所だった。


『焔よ、彼の敵を滅したまえ!』


 神霊を使役していると思しき業火が、小崎目掛けて襲いかかる。そちらに目をくれようとすらしない小崎の剛胆さにやや呆れつつ、刀印を薙いだ。


『禁』


 言葉を引き金として、小崎と炎の間に不可視の障壁が築かれる。炎は一瞬障壁と拮抗したが、直ぐに弾き返され、狙い通りの方向へと導かれた。


 炎が地面に吸い込まれるようにして霧散し、空気が僅かに揺れる。


 それを感じ取ったのか、小崎がちらりとその方向に目を向けた。その隙を狙って、瀬野が手を掲げて詠唱する。


『光よ!』


 閃光が闘技場を白に染めた。思わず翳した手の先で魔力を感じ、咄嗟に刀印を薙いだ。


『砕!』


 一撃で敵を戦闘不能にするだろう水撃を、辛うじて粉微塵にする。先程より大きく揺れた空気に一瞬息を止めて耐えると、丁度視界が元に戻った。


「はああっ!」

 瀬野のかけ声に視線を向けると、視界が戻っていないのか、あるいは空気の揺れのせいか、ややバランスを崩している小崎に斬りかかる所だった。


 間に合わないか。加勢しようとしたその時、小崎が指を鳴らす。


 音が鳴り響き、魔術を喚び出した。


 叩き付けるような暴風に大きくバランスを崩した瀬野を見た小崎が、更に指を鳴らす。


 顕現した氷の刃が瀬野目掛けて振り下ろされる。ショートソードよりも間合いの広いそれを易々と振るう小崎に、瀬野が焦りの表情を見せた。


『水よ!』


 詠唱破棄による神霊魔術が、小崎の刀を大きく逸らす。逸れた氷刃が地面に叩き付けられ、先程よりも大きく、空気が揺れた。


 もう少し。ぐらぐらと揺れている様に感じる足場を踏みしめ、刀印を振るう。


『木刃』


 長い蔦がうねり、鞭のようにセイリードを襲う。彼女は鼻を鳴らすようなそぶりを見せた後、良く通る声で唱えた。


『燃やしたまえ!』


 再びの詠唱破棄。どうやら彼女は、この世界において相当な実力者だったようだ。

 感心しつつ、炎に包まれた蔦がこちらに向かってくるのを見て、素早く刀印で足元に一文字を描いた。


『禁』


 不可視の障壁がそれを防ぎ、その余波がまたも空気を揺らす。生唾を呑み込み、乱れかけた呼吸を整えた。


 この不安定な空間においても、小崎と瀬野のせめぎ合いは続いている。瀬野の方が剣術は遙かに優れているが、小崎の体術と速さ、そして、冒険者として培った経験がそれをカバーして、優位を保っていた。


「ふっ!」


 鋭く呼気を吐き出し、小崎が瀬野の鳩尾を突く。斜めに下がる事でそれを回避した瀬野が、鋭く足を蹴り出した。それを難なく避け、小崎が指を鳴らす。


 激流に瀬野が押し流される中、何かに皹が入るような音が、確かに聞こえた。


「オズ!」


 鋭く呼びかけると、分かっているという様に頷き、小崎は声を張り上げる。


「おい勇者、次で決着付けてやるぜ!」

「望むところだ!」


 負けじと声を張った瀬野が、剣に魔力を注ぎ込み始める。私が持つ刀と似たような性状を持つらしく、剣は魔力に反応し、鈍く輝き始めた。


「シュウゴ様、そんな冒険者など、その技ならば一撃です!」


 全幅の信頼を置く巫女の声に力強く頷き、瀬野は剣を掲げて走り出す。同時に、ショートソードに魔法陣を貼り付けた小崎もまた、力強く地を蹴った。



 ——切り札の、理魔術。



『能力のお陰で、魔法陣をどう描けば良いか勘で分かるんだよ』


 そう言って得意げに笑った小崎は、魔法陣を描く場所を選べるらしい。描くのに時間がかかるからあんま意味ないがと言って、また笑っていた。


 そんな、彼曰くの「小手先の技術」。けれど、理魔術は少ない魔力で大きな効果を出せる。剣に魔法陣を描ければ、一振りがとんでもなく強力な一撃となるのだ。



 ——そしてそれは、このような場面では、とても重宝する。



「おおおおお!」

「はああああ!」



 小崎と瀬野の吠え声が重なり、二振りの魔術が、交錯する。



 ——衝突による爆発、轟音。



 幾重にも重なる凄まじい余波が波状に広がり、うねり、幾重にも重なり——



 ——巨大な瑠璃の砕け散るような音と共に、2人の剣が重なり合った場所に、路が拓かれた。


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