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激昂と距離

前半が里菜、後半が詩緒里です。

 突如として閃く青い光に、私は我に返った。


 いつの間にか祈り場に戻っていた。儀式を始める前そのままの位置に突っ立っている。


「里菜……」

 詩緒里に呼ばれて横を見る。いつもの顔がそこにあって、ほっとした。

 よかった、戻ってきたんだ。

 前を見ると、旭先輩もいた。更に安心感が強くなる。


 続いて椎奈のいた所に目をやって——凍り付いた。


 完全な無表情。その身から漂い出る怒気は、見る人全員を凍り付かせた。

 抜き身の刀のように冷酷な輝きを放つその目は、エリーさんを真っ直ぐ見据えている。


「……神官。何故こんな真似をしたか、答えてもらおうか」


 低く問いつめる椎奈の声を聞いて、息を呑む。一切の感情が抑制されたその声には、けれど激しい怒りが感じ取れた。


「い、一体、何の事——」

「とぼけるな。儀式に使われる術が終わりに近づくと同時に、私達の精神に干渉しようとしたな」

 耳を疑った。椎奈が続ける言葉が、やたらと耳に残る。


「元の世界に関わる情報を記憶から消す事で還る手段を奪い、この国に忠誠を尽くすように意識を操作。『勇者』という操り人形を得ようとした、という訳か」


 エリーさんが目を見開く。その表情には、まぎれも無い恐怖と共に、図星を指された事による驚きがあった。


「私はサーシャに言ったはずだ。余計な真似をすれば、容赦をしないと。口だけだとでも思ったのか?」


 笑みを含んでさえ聞こえる声でそう言って、椎奈は右手を人差し指と中指だけを伸ばして握り込み、胸の高さに構えた。昨日騎士さんの1人が攻撃の構えを見せた時と、同じ姿。

 椎奈の体から、目に見えない何かがゆらゆらと漂い出ているのが分かる。


 殺される、と思った。


 エリーさんも、ここにいる神官さん達も、騎士さん達も、王様も、椎奈は躊躇う事無く殺す。誰もがそれを感じていたと思う。


 止めきゃと思うのに、体は動かない。詩緒里も、今にも攻撃されるだろう人々も、椎奈1人が放つ殺気に呑まれて、1歩も動く事が出来ない。



 今、椎奈を抑えられるのは————



「なっ!」

 まるでたたらを踏むように、椎奈が驚いた声を出す。急に視界を遮られ、敵が見えなくなったからだ。


 旭先輩が左手で椎奈の目を覆い、椎奈の1歩前に立ちはだかっていた。


「椎奈、落ち着け」

「旭……」

「落ち着け。感情的になるな」

 旭先輩の静かな声に、椎奈は見る見るうちに落ち着きを取り戻していく。


 当たりに漂う冷たい殺気が、完全に消え失せる。エリーさんや神官さん達が、その場でへたり込むように腰を落とした。戦い慣れている筈の騎士さん達も、辛うじて立っている感じだ。


「この国の王よ。俺達は協力すると約束した筈だ。約束を果たした後、元の世界に帰る事は保証されると思っていたが?」


 何事も無かったかのように問い掛ける旭先輩に、ようやく自分を取り戻した王が答えた。

「——すまなかった。君達が本当に手を貸してくれるのか、不安だった」

「こちらの自由を奪う理由にはならない。昨日椎奈が言った通り、俺達は無理矢理連れ去られた状況だ。その上還れなくなるともなれば、協力する気も失せる。その程度は理解出来ていると思ったが」


 淡々と弾劾する旭先輩に、王様が立ち上がり、王冠をとって頭を下げる。

「本当に申し訳ない。だが、その上で頼む。この国を、民を、救ってほしい」

 それを見た騎士さんや神官さん達が慌てて跪き、王様に倣った。


 流石に調子が良すぎないかと思ったけど、彼らも必死なのだろうと自分を無理矢理納得させ、口を開く。


「じゃあ、今後絶対こんな事しないって約束して下さい。椎奈がいなければ、今頃どうなっていたか。もうこういうのは嫌です」

「約束しよう」


 そう言って杖を取り出す王様を、椎奈が止めた。


「貴様に魔術は使わせない。旭の命を人質に取り、まだ満足しないのか」

 そう言って握り込んだままだった右手を口元に当て、何かを呟く。


 一筆書きの星が現れて、王様の杖に張り付いた。


「次に貴様が私達に危害を与える、あるいは、元の世界に戻る可能性を揺るがそうとした時、その杖が貴様の最愛の者を奪う。杖を替えようと、替えた杖に効力は移る。覚悟しておく事だな」

 その言葉に、王様が狼狽した表情を浮かべた。それを無視して椎奈は踵を返し、祈り場を後にした。


 出遅れた私達は、慌ててその場にいる人たちに頭を下げ、椎奈を追った。



******



「椎奈!」

 呼びかけに、椎奈の返事は無い。振り返る事すらしないまま、椎奈は廊下をひた歩く。


「椎奈、どうして——」

「話は後だ」

 里菜の言葉を遮り、椎奈はなおも歩き続ける。


 階段を下り、私達が止めてもらっている客室のある階よりも更に1つ下まで下りて、再び廊下を歩く。

 今どこにいるのかも、どこへ向かおうとしているのかも分からないまま、ただひたすら椎奈の後を追った。


 10分くらい歩いたかもしれない。椎奈は小さめの扉の前でようやく足を止め、周囲を確認するようなそぶりを見せてから、扉を開けて入るように促してきた。


 怖々入ると、中は先程の祈り場を小さくしたような部屋。でも、王様が座っていた位置に玉座は無く、周りよりも高くなってはいない。


「ここ、どこ?」

「神官達が普段、魔術の練習を行う為の場所。常に清めてあるようだな」

 問い掛ければ、知りたい事を教えてくれる。いつも通りの椎奈に、ようやくほっとした。



 ——さっき、祈り場での椎奈は、本当に怖かった。自分に向けられた怒りではないのに、膝が震え、声が出なかった。


 どうして高校生になったばかりの彼女が、そんな迫力を身につけなければならないのだろう。怖いと同時に、悲しかった。



「椎奈、あそこまでする必要、ある? 椎奈のやっている事は、王様と同じだよ」

 里菜が椎奈を非難した。さっきの魔術の事だ。やっぱり里菜は、あれが嫌だったみたい。どこか悲しげな顔をしていた。


「そうだ」

 けれど椎奈は、里菜を真っ直ぐ見据えて頷いた。里菜がショックを受けた顔で黙り込む。


「私は、王がした事と同じ事をした。人の命に関わる魔術を行使するんだ、その程度の覚悟は王にも出来ている。どうも侮られていた節はあるがな」

「でも、それを言ったら——」


 無意識にそう漏らすと、椎奈がこちらを向いた。その目は、何の感情も映していない。思わず息を呑んだ。


「そう、同じ事をされる可能性がある。今私達が置かれている状況は、そういうものだ。常に命の危機に晒され、罠の気配に警戒しなければならない。「勇者」など、彼らにとって政治の道具でしかない。生き残りたければ、時には非情になる事も必要だ」

「椎奈——」

「これからも、こういう事は数えきれない程ある。直接その手で人を殺さねばならない事もあるだろう。古宇田、神門、そして旭。それを理解した上で、お前達は契約を結んだのか?」


「えっ……」

 声を漏らしたのは、私か、里菜か。旭先輩は、黙ったままだ。


「何で分かったの?」

 里菜の問い掛けに、椎奈が呆れた目を向けた。

「気付いていないのか?」


 そう言って、里菜の手首を目で示した。つられて見てみると、里菜の腕に綺麗な青色の腕輪がはまっていた。自分の手首を確認すると、里菜のよりも繊細な造りの、銀色の腕輪。刻まれた羽の模様が、うっすら光っている。


「その腕輪から、古宇田と神門に魔力の供給がされている。そんな繋がりは、契約以外にあり得ない」

 冷たい声に顔を上げると、怒った顔をした椎奈と目が合った。背筋を冷たいものが這い上がる。


「2人は元々、何の力も持っていなかった。だが何を思ったのか、契約した相手はお前達に力を与えた。本来力というのは、それを受け入れるだけの器を持つ者に現れる。適正も無く力を得るのは、危険だ。与えた方も与えた方だが、それを考えもせずに求める方もどうかしている。そして先程も言ったように、ここから先、血にまみれて戦わなければならないという事を理解していたとも思えない。

 昨日も言ったが、もう1度言う。古宇田、神門、手を引け。近いうちに元の世界に還る方法も見つかる。お前達は還れ」


「椎奈は、どうするの?」

 答えは分かりきっていたけれど、聞かずにはいられなかった。


「私は残る。旭にかけられた魔術がある以上は、な。解く方法が見つかればさっさと還るが、あの魔術を解く方法は元の世界にも無かったから、望みは薄い」

「……だったら、私も残る。私は私の意志で、ここに残って、戦う」

 里菜が強い口調で言い切った。真っ直ぐな目をした里菜を、椎奈は冷めた目で見やる。


「情に流された判断は身を滅ぼす元だぞ。大体、あの程度の魔術で動揺しているようでは、私としても足手纏いだ」


「……っ」

 その言葉を聞いた里菜は目を見開き、傷ついたような顔で俯いた。


「古宇田の考えは正しい。だが、そのお人好しは諸刃の剣だ。これから先何が待っているのか分からない状況で、そんな危ういものを抱えたまま戦う事はできない。私には、仲間の欠点を補って戦うだけの余裕は無い。古宇田が間違っているのではなく、その正しさを守ってやれる程の力が私に無いだけだ」


 だからだと思う。冷たい口調で告げられた言葉の意味に、里菜が気付けなかったのは。


 椎奈は、里菜や私が邪魔なのではなく、私達を守りながら戦う事は出来ないと言っているんだ。里菜は悪くない、自分が力不足なのが悪いのだと。


「……でも、椎奈だって旭先輩だって、無事でいられる保証なんて無いんでしょう? それなのに、見捨てて還る事なんて出来ないよ」

 言葉を探しながら懸命に言うと、椎奈はうんざりしたような顔で答えた。


「情に流されるなと言ったはずだ。私はお前達が還った所で、見捨てられたなどとは考えない。それでは気が済まないと言うのならば、この世界に来てからの記憶を全て消しても構わない。覚えていなければ、いらぬ罪悪感に囚われる事も無いだろう」

「椎奈!」


 珍しく旭先輩が厳しい声で名を呼んだ。けれど、椎奈はそれを無視した。黙って、私達を真っ直ぐ見つめている。



 あっさりと、全てを忘れれば良いと言われた。椎奈の秘密も、旭先輩の秘密も、ここであった事も、全て。ショックで頭が真っ白になった。



 ——椎奈にとって、私達はその程度の存在なの……?



 否定して欲しいその問いは、しかし、聞けば肯定が返って来るだろうと簡単に想像がついた。


 3ヶ月の付き合いで、椎奈は私達に心を開いてくれたと思っていた。博識な椎奈は、何度も手を差し伸べてくれた。それなりに心を許してくれたのだと、信じていた。


 でもそれは、所詮思い込みで。結局椎奈は、あまりにしつこい私達に仕方なく手を貸してくれただけだったんだ。


 目頭が熱い。視界がにじんで、周りがぼやけた。その中で妙に鮮明に見える椎奈の顔は、無表情で、私の涙に少しも心を動かされていないように見える。

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