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剣豪と——決着——

 一気に間合いを詰めていく小崎を見て、今まで私達を窺っていたハンスが目を眇めた。


「話し合いが終わったかと思えば……」


 唸るような声を漏らし、彼は一息に剣を振るう。小崎が振り下ろしたショートソードを、あっさりとはじき返した。


「貴殿が私の相手だと? 舐められたものだな」

「そうかねえ!」


 吠えるように叫ぶと、小崎は魔術を発動した。水で模られた数十の弾丸が、一斉にハンスへと襲いかかる。


「む……っ」


 切り捨てようとしたそれを、ハンスはしかし直ぐに威力に気付き回避に努めた。それでも初動のラグもあり、数弾が避けきれずに彼に襲いかかる。


 飛び散る血飛沫。この大会で、ハンスが初めて血を流した瞬間だった。


「無挙動とはな。指を鳴らす必要も無いか」

「あんた相手に、んな暇あっかよっ!」


 本気で感心した様子の相手に吠え返し、小崎が一気に間合いを詰める。突発的なその攻めにハンスが反応するより先に腰を落とし、体重の乗った突きで相手を吹き飛ばした。


 受け身をとって衝撃を殺したハンスが、ゆっくりと笑みを浮かべる。



「……失礼した。貴殿を甘く見すぎていたようだ」



 言葉と、共に。ハンスの身から、先程とは比べものにならない圧力が、解き放たれた。



「……っ!」


 ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえるかのように。小崎の纏う空気が、余裕を失う。



 時間の猶予は残されていない。そう判断した私は、今まで準備していた術を発動した。


 闘技場の地面の3分の1を埋め尽くす、青い五芒星。



砕破さいは!』



 呪文を発動条件として、術が地面を粉々に砕く。吉野の魔術が地を割り引きずり込むものならば、この術は地を砕き埋めるもの。


「く……っ」


 どうしてか五芒星に気を取られていたウェンは、飛び上がる暇も無く沈み込む地面に巻き込まれ、膝上まで埋まった。


 地面はまだ柔らかい。ウェンは直ぐに抜け出せるだろう。それより先にと、地を蹴り一足で間合いを詰める。


 まさに抜け出そうとしていたウェンだが、私が接近するのを見て諦め、槍を構えた。


裂破れっぱ!』


 霊力の刃が敵を切り裂かんと空を走る。淡く青色に輝く鋭い刃を、ウェンが槍で薙ぎ払った。


 槍の軌道に沿って間合いを詰める。槍の間合いの内側に入り込み、ウェンが槍を戻すよりも早く手首を切り裂いた。


 鈍い反動。腱を切った感覚を確認し、槍を切り上げる。あっさりと槍が宙に飛んだ。


 焦るウェンに肉薄し、近寄る勢いも込めて真っ直ぐ蹴り込む。全体重をかけた蹴りに霊力も込めた事で、彼の意識は完全に刈り取られた。


 彼の意識が無い事をきちんと確認し、小崎達の方を振り返ろうとしたその時、背中に重いものがぶつかった。何事かと振り返って——咄嗟に、投げられるだけのダガーを放った。



 6本のダガーが、今にも刀を振り下ろさんとしているハンス目掛けて、勢いよく宙を滑る。



「ぬ!」


 全てのダガーを難なくいなしたハンスだったが、その後の霊力の爆発までは想定していなかったらしい。咄嗟の事だったので全てただの霊力だが、数もあってそれなりに効果があったようだ。



 それを横目に、先程ぶつかったものの正体——小崎を、フィールドの端まで肩を支えて運び横たえる。荒い呼吸を繰り返す小崎は、肩から胸の下辺りまで続く傷から溢れるように血を流し、薄く目を閉ざしていた。


「……小崎?」


 止血と止痛の術を施しながら、そっと声をかける。息を潜めて見守っていると、術の効果が出たのか、小崎が目を開け、苦笑した。


「わり、あんま時間稼げなかった」

「そんな事はどうでも良い。大丈夫か?」

 片膝を突いたまま動かないハンスに視線を投げ掛けながら、尋ねた。小崎の声が、苦々しさを孕む。

「バッサリやった後に投げ飛ばしやがった……あのオッサン、体術も出来んぞ。人が死ぬ気で向かってった途端に、殺る気満々で斬りかかってきやがって……」


 言いながら起き上がろうとする彼の体を、そっと押さえた。


「動くな。止血して痛みを感じない様にしているが、怪我が治った訳ではない」

「いや、けどよ……」

 複雑な表情で小崎が見上げてくる。元々の作戦に義理立てでもしているのか。

「直ぐに終わらせる」


 反論を聞くつもりは一切無かった。怪我を押してまで戦わせはしない。そもそも、彼に怪我を負わせる予定は無かったのだ。他者の傷など、全て代わりに負ってしまいたいのに。



 ——また、傷付けた。



「椎奈」

 こちらを静観しているハンスへと向き直ったその時、妙に強い口調で呼ばれた。視線だけを小崎に向ける。

「無茶すんなよ。あいつ、まじで殺しに来るぞ。負けたってまだ何とかなるんだ、下手に粘らない方が良い」


 真剣に見上げてくる黒の瞳から、そっと視線を外して答えた。


「……今の小崎が言う言葉ではないな」

「おい、はぐらかす——」


 尚も何か言おうとする小崎を振り切り、地を強く蹴った。弾丸のように前へ飛び出す体を制御して、刀を振るう。


「ようやく来たか。これで終わりにされてはどうしようかと思うたぞ」

 掠れ声にさえ殺気を滲ませ、ハンスが刀を振るう。鈍い金属音が鳴り響き、再び剣戟が始まった。


「エルドの勇者よ。私が貴殿に敵意を抱く理由、分かるか?」


 一瞬剣が拮抗した瞬間、ハンスが囁いてくる。それには応えず、足を引きつけた。


 ハンスは腹部を狙った蹴りを易々と凌ぎ、返しにと蹴りが襲いかかってくる。身を捩って避け、精霊魔術を発動した。


 狭い場所で発生した風が一気に解放され、ハンスの体を吹き飛ばす。その間に呼吸を整え、結印。


『裂破!』


 ハンスを襲ういくつもの霊力の刃に、す、と彼の纏う空気が重さを増す。


「……小手先の技を繰り返すは、何の為だ」


 掠れた声で問いを落とし、ハンスは刀を一閃した。剣の軌道に沿って魔力が刃と成り、霊力の刃を押し返そうとする。


 直ぐに圧力を増そうとしたが、刹那、比較的近くに見えたそれに気付き、あえて間合いを詰めた。


 魔力の刃は身に纏う霊力を増す事で効果を薄め、薄皮1枚で止める。小さな痛みがある筈だが、戦いの途中だからか、ほぼ感じない。


 僅かに眉を顰めるハンスの懐に飛び込んで、刀の柄で顎を打ち上げる。全力で打ち込んだ甲斐あって、彼の体が僅かに浮いた。その機を逃さず、全身のばねを使った回し蹴りを脇腹に叩き込み、それから距離を取った。


「……何を気にしている?」

 地を這うような低い声。受け身をとったハンスは、ゆっくりと剣を構えなおす。

「貴殿にそのような余裕があるのか? 大技も用いず、彼のように勇敢に飛び込んでくるわけでもない」

 批難にも答えず、刀を構えた。それを見たハンスが、重心を低くする。



「戦いにおいて大切な事を何一つ知らず、刀術だけを身に付けた者などに——何の価値があるというのだ」



 ——来る。



 そう思ったのと、彼が私の目の前に来るのは、どちらが早かったか。



「クヴェド流、風火斬ふうかざん

「椎奈、避けろ!」



 掠れた声と小崎の緊迫した声は、同時。身体にかかる負荷を無視して、防御の姿勢を取りつつ全力で霊力を解放した。


 数え切れない斬撃が、霊力の圧風に弾かれ減衰する。それでも防ぎきれなかったいくつかの剣筋は、辛うじて刀で逸らした。そのまま地を強く蹴り、10メートル近く距離を取る。肺を押し潰すように、息を吐き出した。



 全身に、鈍痛。微かに痛む頭は、術の行使の限界を知らせるものか。何にせよ、これ以上彼と切り結ぶ余裕がない事は確かだ。


 刀を鞘に戻す。代わりに触れたのは、エルヴィンより授かったそれ。


『鋭い分、耐久性はどうしても低い。使い時は見極めた方がええぞ』


 鍛冶師の助言を思い返しつつ、鞘に手をかけ、おもむろに腰を落とした。



「——参る」



 低く、意思を込めて呟いた言葉は、ハンスにしっかりと届いたようだ。微かに唇を歪ませると、やおら剣を正眼に構える。


「そんな顔が出来たのか。貴殿の最期の覚悟を評して、私も全力で迎え撃とう」


「っ、椎奈よせ! 何ムキんなってんだ!」


 焦ったような小崎の声は、耳に入らなかった。聴こえるのは、柔らかくも厳しい、真剣な声。かつて己を犠牲に私を導いてくれた、尊くも儚い、本来は否定すべき過去の、言葉。



『無駄な力を抜け。柔らかに、しかし鋭い動きじゃぞ。良いか、——。計算され尽くされた美しい軌道を描いた体と刀は、1つの武器となるんじゃよ』



 左手は、鍔に触れるような位置に。右手はそれに続くように、柄頭まで。覆い被さるように、しかし、身体は決して傾がせない。


 手の内は柔らかく、けれどしっかりと剣を支える。右手と左手の力のバランスを考えて。


 膝と足首を柔らかく、大地に吸い付くように安定した足場を。



 抜刀術にはあるまじき構えを見ても、ハンスは侮る様子もない。僅かに目を細め、刀を鳴らした。実と技、鍛冶師と剣士の両方によって研ぎ澄まされた剣が、鈍く輝く。



「——クヴェド流、伐斬ばつざん



 ハンスの言葉には、言霊が宿っていた。それが意味するのは、彼が今から放つ技が、言葉通り全身全霊をかけた、必殺の技であるという事。


 その言霊を打ち消すように、言葉を落とす。かつて唯一、誰にも譲らなかった技の名を、世界へと刻んだ。



「——清天流しんてんりゅう空斬そらきり



 全ての音が、消えた気がした。小崎が制止しようとする声も、意識の外で聞いていた筈の歓声も、風の音さえも。鼓動が外へと響くような、耳を圧迫する静寂。



 細く、ゆっくりと、深々と息を吸い込み、僅かに吐き出す。



 その、小さな吐息が、合図となった。



 足と大地が擦れる音と共に、ハンスの姿が消える。今にも刀を振るわんとする彼に向かって——



 ——抜刀。



 2つの刀が交わったのは、刹那の間。私達以外に知覚できたのは、果たして何人いるのだろう。



 全ての人に分かるのは、構えていた姿と、一陣の風。そして、今の姿だけ。



 ハンスは刀を中段の位置に構えて残心を取り、私の目の前に。私は刀を鞘に収め、1歩も動かぬまま、初めの姿勢で。不自然な空気が場に流れ、互いに身動ぎすらしない。



 相変わらず奇妙に静かな会場で、誰かが喉を鳴らす。その音が、時計を動かした。



「……っ」



 歯を食いしばり、痺れるような痛みに耐える。左肩から溢れる鮮血の元となる傷は、小崎と同じ位深い。


 構えを解かないままハンスを睨めば、彼は深く息を吐きだして、刀を掲げた。


「……見事だ。まさか貴殿のような者に、後れを取ろうとは」


 言葉に呼応するように、折れた剣から破片が1つ、落ちた。一拍遅れて、ハンスが蹌踉めくように下がる。



 先程の一撃、確かに彼の剣を折った。けれど、それでも消えぬ剣速が私を捉え、軌道をずらしながらも肩を切り裂いた。


 ハンスの剣術は、使い手の上半身を逆袈裟に切り上げられながらも、確かに人の血を吸ったのだ。


 怪我にも関わらず押し込んだ彼は今、元々の余裕の差も手伝って、明らかに優位に立っている。


「惜しいな。初めから出し惜しみせずに斬りかかっておれば、まだ分からなかったものを」


 言いながら剣を放り捨て、彼は腰に手を伸ばした。予備の剣を掴むと、ゆっくりと抜き放つ。



「本当の意味で己の力を引き出せぬ、その理由……貴殿には分かるまい。まだ誰も殺さぬうちに、死ぬが良い」



 ハンスはそう締めくくると、その腕に力が込められる。今にも振り下ろされるそれを防ぐべく、痛みに悲鳴を上げる肩を無視して抜刀しようとした、その時。



(——椎奈、ナイフ全部使って奴の気逸らして距離を取れ!)



 小崎の声が頭に届き、無意識にそれに従っていた。


 身の内に隠した全てのダガーを飛ばす。ダガーはハンスと彼の剣に襲いかかり、込められただけの精霊魔術を解き放った。


 煙が立ちこめる中、追撃を警戒しつつ飛び退くと、横から走ってくる影。


「っな……!」

「ひぃっさあぁーつ!!」


 怪我を押して駆ける彼を止める言葉を探すより早く、小崎はどこか自棄すら感じさせる声で叫ぶ。



「ゲ○ペンストオォー……キイィーック!!」



 よく分からない叫び声と共に、小崎は煙が晴れ姿を露わにしたハンス目掛けて、文字通りの跳び蹴りを食らわせた。


「ぐぁ……っ!」


 常ならば軽く避けて反撃しただろう。だが、怪我を負っているからか、小崎の後先考えぬ特攻に気迫負けしたからか。ハンスはまともにそれを食らい、今までで1番大きく吹き飛んだ。


「……っ、『風壁ふうへき』!」


 咄嗟に右手で結印し、ありったけの風を起こす。力の無い魔物ならあっさり吹き飛ばせるだろう風圧に押し潰されるようにして、ハンスは闘技場の結界に叩き付けられた。


 力無く滑り落ちてきた彼を、駆けつけた審判が確認する。しばらくして審判は顔を上げ、声を張り上げる。



『勝者、エルド国!』



 戻ってきた歓声に、危うく鼓膜を破られるかと思った。顔を顰めて騒音に耐えていると、小崎が戻ってくる。明らかに顔色が悪い。


「ふう。何とか、勝ったな……」

「無茶をするな、戯け」


 呑気な言葉に苛立ち思わず詰ると、小崎は眉を吊り上げた。


「それはこっちの台詞だ阿呆! 何突っ込んでってんだ、何大怪我負ってんだ、自分の役割分かってんのか!?」

「この程度の傷、いつもの事だ。小崎こそ、失血を無視してあんな無茶な動きをする奴があるか」


 叩き付けるように言い返し、視線を巡らせる。慌てた様子の医療班が、こちらと相手に向かって走っている所だった。そっと胸を撫で下ろす。


「……椎奈、」

「そういえば」

 低い這うような声を遮り、小崎を振り返る。

「最後の跳び蹴りの時、何て言っていたんだ? 大体、今まであんな事をしなかったのに、何故急に叫びだした」


 小崎は一寸眉を寄せて何か言おうとしたが、諦めたように首を横に振り、おどけた様子で肩をすくめた。


「そりゃあ、フライングキック食らわせるなら、アレ叫ばなきゃ嘘だっての」

「叫んでも結果は変わらないだろうに。いや、寧ろ気付かれて避けられる可能性とてあっただろう」

「いーや。叫ばなきゃ効果でんぞ、あれは。そーいう代物なんだよ」

「……そうなのか……?」


 真顔で言い切る小崎に言い様もない違和感を覚えつつ、私達は走り寄ってきた医療班と慌てた様子の護衛に、大人しく治療を受けた。


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