表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/150

剣豪と——序戦——

 太陽が昇り始める朝。闘技場は、初戦よりも更に多くの人で賑わっていた。


「増えてんな……つっても、目当ては俺達じゃねえけどよ」

「リーフェラは剣士の国、だったか。その国のトップともあれば、文句無しの剣豪だろう。剣術に興味の有る人間なら外せないだろうな。実際は剣豪の剣術など、徒人が見ても何も面白くないだろうに」


 小崎にそう返しながら、闘技場の向こう側に見える人影を窺う。赤みがかった茶髪が目を引く長身の偉丈夫と、灰色の髪の小柄な男性。前者は詰襟の軍服らしきものを身に纏い、小柄な方は——


「着流して、おい。んな文化あったのなこの世界」

「同感だ」


 ——着流しを着て、日本刀と同じ長さの剣を腰に差していた。


 この世界に、日本と似たような習慣を持つ国があるとは驚いた。だが考えてみれば、気候が似れば習慣が似てもおかしくはないか。


「椎奈も今日は装備が豪華だけどな」

「そうか?」


 小崎の言葉に首を傾げつつ、自身を見下ろす。彼の言う通り、前回の試合よりも用意した武器は多い。腰には大小の刀に加え、エルヴィンの所で購入した日本刀も差しているし、いつも通りダガーはあちこちに仕込んでいる。が、豪華と言うほどではないだろう。


「直刀を使う訳でも、銃を持っている訳でもないがな」

「銃ってのも気になるけどよ……弁慶かあんたは」


 肩をすくめる小崎は、ショートソードのみ。ナックルも使う気はないらしい。曰く、珍しい武器だから、瀬野の護衛達が気付くかもしれないそうだ。


 言葉を交わしながら競技場を歩く私達に、付いてきていたボローニが口を挟む。

「先日見た限りでは、ハンスと名乗る灰色の髪の男が、圧倒的な武術の使い手でした。あれは……何と言いますか、踏み越えてしまったような感じかと」

「踏み越えた、か」

 ボローニの言わんとしている事は、何となくだが、分かる。


 おそらくハンスは、私達の国ではほぼ見る事の無い、神の領域と呼ばれる場所へと到達したのだろう。本来人が到達するはずのなかった、徒人には見る事すら出来ない領域へ。


「真っ向勝負は避けるべきだな」

「てか、ちっさいけど強いってのは、嫌だよな。いかにも武道家って感じでよ。力業通じねえし」


 小崎が辟易した顔で呟く。彼は長身だ。懐に滑り込むように仕掛けてくる小柄な敵は、やりづらいだろう。


「では、ハンスの対処は私がしようか。といっても、まともにやり合えるかは分からないが」

「じゃあ俺はもう1人の方だな。ウェン、だったか?」

「はい、そう聞いています」


 ボローニが頷き、一礼した。


「それでは、私は競技場入り口付近でお待ちしております」

「ああ」

 踵を返し歩き去る彼をしばらく目で追ってから、前に向き直る。



「——行くか」

「おう」



 一言交わし合い、ゆっくりと歩き出す。相手もこちらに向かってくるのを見て、自然と身が引き締まった。

 戦うまでもない。この2人は前の相手とは別格だ。放つ空気が、こちらに向ける眼差しが違う。歴戦の勇者、その言葉がぴったりだ。


「貴殿が、シイナ殿か?」

「ああ。そういう貴方は、ハンス殿?」

 歩み寄って直ぐ尋ねてきたハンスの問いかけに、こちらも確認の問いを返すと、彼は短く頷いた。

「ああ。こっちはウェン。そちらは、確か——」

「オズだ」

 みなまで聞かず、小崎が名乗る。言霊に込められた闘志に、ウェンの口元が笑みの形を描いた。

「ウェンだ。久々に、骨のありそうな冒険者だな」


 低く、静かな声。けれど、その緑色の瞳にちらつく光が、その身に押し込められた闘志の片鱗を見せる。それを見た小崎も、瞳に獰猛な色を宿した。


「シイナ殿。我々は中途半端な戦いはせぬ。貴殿らもそのつもりで来ぬと、後悔するぞ」

 やや掠れたようなハンスの声に、静かに頷く。

「もとより、そのつもりだ」


 返答を聞いたハンスは目を鋭くし、私を見据えた。しばしの間の後、髪と同じ灰色の瞳に妙なものが過ぎる。


「……ふん」

 しかし彼はその色を直ぐに消して、どこか失望したように鼻を鳴らした。訝しく思って彼を見返すと、強い意思を持って睨まれる。

「貴殿にだけは、負けん」

 吐き捨てるようにそう言って、ハンスは踵を返した。ウェンは一瞬私に視線を投げ、直ぐにハンスの後を追う。


「……何だったんだ?」

 彼等に倣い開始線へと向かいながら、呟きを漏らす。答えは期待していなかったのだが、小崎の声が降ってきた。

「……さあな。何か気に食わんかったんだろ」

 小崎の返答も、はぐらかしているように聞こえた。彼は何かを掴んでいるようだが、それを私に告げる気は無いらしい。

「……どうでも良いか。負けられないのはこちらの方だ」


 敵意を向けられる事など、いつもの事だ。向こうの世界では、敵意どころか悪意や憎悪、嫌悪に恐怖と、ありとあらゆる負の感情を向けられてきた。自分という存在の事を考えれば、彼等の感情は至極まっとうなのだが。

 私というモノを知らずに負の感情を向けられるのは珍しいが、武を極めた者特有の勘で、何か感じ取ったのかもしれない。


 気にする必要の無い感情の事よりも、勝つ事が優先だ。私達は、明日の決勝に必ず出場しなければならないのだから。



「ん、その調子。気にせず行くぞ」


 言葉と共に背中を叩き、小崎が私の半歩前に出て構えた。前衛のつもりというよりは、己の意欲を示すような位置取り。


「ああ」

 思考を戦闘へと切り替え、隣に並んだ。視線を合わせて頷き合い、構える。



『——勝負、始め!』



 試合開始の合図に、私達は同時に地を蹴った。


 走る勢いを消さないまま、腰に下げた刀に手をやる。鯉口を切っておいた柄を握り、一息で抜き放つ。


 その間1度も視線をぶらさずに見据える先で、ハンスも鯉口を切り、柄を握る腕に力が込められる。



 上段に振り上げた刀をハンス目掛けて振り下ろすのと、彼が流れるように抜刀するのは、全く同時だった。



 金属同士がぶつかる時特有の鈍い音が鳴り響き、こすれあった金属から火花が散る。


 力は互角。そう判断した瞬間、いきなり刀にかかる圧力が増えた。逆らわずに下がると、懐へと滑り込む影。



「——クヴェド流、迷斬」



 掠れた囁き声に強烈な危機感を覚えて、防御の姿勢をとり一気に地を蹴る。読みづらい軌道を経て切り上げられた剣戟が空振った。


 上空への跳躍というのは予想外だったか、高々と飛び上がった私をハンスが驚いたように見上げた。しかしそれも一瞬で、重力に従い落ちていく私に構えなおし、剣を掲げる。



「——クヴェド流、断空」



 兇刃が空を薙ぐ。殺気の込められた本物の剣を、振り下ろした刀で受けた。


 腕と肩に掛かる負荷を活かし、再び宙を飛んで体勢を立て直す。地面に着地した私を、ハンスは冷徹な目で見据えた。


「……成る程。勇者と呼ばれるだけのものは身に付けておったか」


 それには答えず、再び地を蹴る。瞬時に距離を縮めて、刀を振るった。それを見たハンスが、す、と身をずらす。


 然程力を込めた様子もない刀に、あっさりと弾かれた。予想通りのそれに、私は直ぐに刀を翻す。


 息をする間もない剣戟。数合もしないうちに、彼我の実力差をまざまざと思い知らされる。このまま続ければ、相手の剣に追いつけなくなるのもそう遠くない。


 まあ、そこまで続けるつもりは、欠片もないのだけれど。


 刀を重ね合う中、刀に少しずつ霊力を纏わせる。やや大ぶりな一撃を逸らされた瞬間、それを解放した。



『風斬!』



 詠唱に呼応して、無数の鎌鼬が閃く。ハンスは剣を使う事すらせず、躱しながら間合いを詰めてきた。それに応じて刀を振るうと、再びの鍔迫り合い。


「貴殿は間合いがあった方が良いのか? これしきで私が怯むとでも」

「貴方が狙いではない」


 短く答え、刀を押し込む。下がったハンスが微かに視線を流した瞬間に、再び風漸を叩き込んだ。


 今度は刀で防ぐ彼から、1度大きく離脱する。そうして周囲に意識を向ける猶予を得れば、丁度小崎がウェンを蹴り飛ばすところだった。ウェンの体はあちこち裂けていて、小崎の攻撃にあっけなく吹き飛ばされていく。


「ナイスアシスト」

 ハンスがこちらを警戒しつつウェンと合流するのを見ていると、同じく合流を果たした小崎がそう言った。軽く頷いてそれに答える。


 先程風漸を使ったのは、小崎がウェンの魔術に一瞬対応が遅れ、危うく意識を刈り取られる所だったからだ。風漸で魔術を相殺、さらに予想していなかったらしいウェンがダメージを受けたのを、好機とばかりに小崎が蹴り飛ばした。


 けれどウェンは、然程ダメージを受けているように見えない。蹴られた瞬間に自分から後ろに跳んだのだろう。そして、ハンスは無傷だ。


 こちら側に余裕は、ない。事態の厳しさに歯噛みしつつ、低い声を漏らす。


「早く二対一に持ち込みたい。ウェンに助太刀されようものなら、1分と保たないだろう」

「ハンスとウェンが同時にかかってくるってのは嫌だな。……椎奈、代わるか?」

「え?」

 予想外の言葉に驚いて小崎を見上げると、彼は本気のようだった。

「時間稼ぐから、ウェンを倒してくれ。俺がやるよか椎奈のが早いだろ」


 ウェンの戦い方は、長身を活かして槍を振るいつつ、精霊魔術で高火力の攻撃をするというもの。魔術や得物のリーチを考えれば、無手を得意とする小崎よりは私の方が適している。


 ……だが。小崎がハンスとやり合えるかといえば、厳しい。


 能力まで使って全力で取り組むのならともかく、ある意味私以上に制限のかかっている小崎の現状では、下手すれば命の危険すらある。


「……分かっているのか」

「おう。死なねえように頑張るよ」


 軽い口振りで返された不吉な言葉に、睨み上げる。小崎は苦笑して、直ぐに表情を引き締めた。


「冗談じゃなく、長くは保たん。なるべく早く頼む」


 それ以上私に何も言わせず、彼は1歩進み出る。その背中に覚悟が見えて、私も腹を決める。


「ああ」


 短く答えるのと同タイミングで、小崎が勢いよく地を蹴った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ