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侵入捜査

 翌日。

 どこか不安そうにこっちを見てくる椎奈に試合の偵察を任せ、俺は城へと繰り出した。


 ある程度予想していたが、椎奈はやっぱ生真面目だ。それなりに世間擦れして、社会の厳しさも戦いにおける残酷さも身に付けているというのに、こういう黒い事はさっぱり考えねえ。ま、高校生なんだからそれで普通だが。


 生憎と、秀吾の燦然たる経歴に泥を擦り付けようとする連中ばかりを相手にしてきた俺は、その辺りの腹黒さなら大人にも負けん。


 押して駄目なら引いてみろというだろう。中に入る口実が作れないのなら——



 ——こっそりと、不法侵入しちまえばいい話である。



 つくづく思うが、正義というのはいい言葉だ。ゲームでも何でも、勇者達が敵地にいくら不法侵入しようと、「悪を倒す為」という正義があれば勇敢な行為として賞される。これを敵側がやれば卑怯だ何だと言われるんだがな。本当に便利な言葉である。


 無論、あれだけでかい事言ったからには勝算はある。なんという偶然か、この街に来た当初金欠だった俺は、通常傭兵団が行う城の警備の欠員補充依頼を受けていたのだ。


 そこで知ったのが、傭兵団が互いを認識する印は規定の腕章以外何も無いという事。んないいかげんな事で良いのかと呆れたが、流石に城壁の周囲にいる事を許されるってだけらしい。

 それに、腕章も城でしか作り出せない代物だそうだ。腕章に刻まれた紋章や布の質に拘っているとか。

 魔力は込められていないがそれなりにいいもん使っているその腕章は、横流し出来ない。一目でそれと分かるから、買い手がいないのだ。そんな裏事情に加え、傭兵団は国からの最低限の信頼を買っている連中、と見なされているので、その腕章はそのまま持って帰るそうだ。またそのうち警備するから、って事だろう。


 だがまあ、俺のような冒険者が臨時で警備する場合は、腕章は取り上げられる。信頼度の違いだから、当然……なのだが。


 偶然は続き、その時の警備の責任者が、以前依頼で共同戦線を張った奴だった。で、俺が記念に欲しいと軽い気持ちでねだってみたところ、快くOKを出しやがった。全く、警戒心の足らないお人好しである。


 ——俺がこの腕章を欲しがったのは、妙な気配を感じた王城に、いつか入り込む為だったというのに。


 まあ、お陰で今こうして城の警備でございという顔で城壁の辺りをうろちょろ出来ているのだから、奴には素直に感謝している。


 そして、とっかかりさえ付いてしまえば、後はこっちのもんだ。



「っと、この辺りかね」



 口の中で呟き、俺は立ち止まった。視線を流せば、俺の居る場所は不自然な程人々からスルーされている。こういう場所を直ぐに見つけられる能力の恩恵は、つくづくでかい。


 オプションの引きの良さに感謝しつつ、俺は目を閉じた。


 深く細く、意識を集中する。普段無意識に発動している空間に対する感性をMAXにして、城内へと感覚を伸ばす。


「う、わ……」

 覚悟していたが、つい小さな呻きを漏らしてしまった。空間把握の能力は、いわば急に多角視点カメラ映像がいくつも頭の中に浮かぶようなもの。平気でいられる筈がない。

 こめかみを押さえてぐらぐらする頭を支えつつ、流れ込んでくる映像に意識を向ける。警備の配置、人々がどこにいるかを押さえ、最も人目に付かない場所を探し出す。


 結果。


「……ここだな。つーかここしかありえねえ」

 犯罪臭が濃いのがちっと気が進まねえが、乗りかかった船だ。誰にも見つかるなよと念じつつ、空間転移を発動した。


 くらり、と平衡感覚が狂う。一瞬の目眩をやり過ごして目を開けると、狙い通りの豪華な客室。調度品は非常に立派なものなのに、どこか寒々しさを感じる。ここの主を——客品をちゃんともてなしているのかと疑うのは、そこに誰もいないから。


「普通、侍女とかが掃除してなきゃおかしいだろうがよ……」

 あんまりにも分かりやすい状況に、知らず嫌悪の声を漏らす。顰めていた顔に手を当てて、深呼吸を1つ。


「……っし、行くか」


 彼女(・・)の問題は、ここを出てから考えよう。椎奈も気にしてはいたようだし、相談すれば意見位は聞けるはずだ。


 そう自分に言い聞かせて、ポケットに忍ばせていた魔道具をスイッチオン。同時に周囲の空間を弄る。


 魔道具によって姿を消し、空間を弄る事によって音や気配を消す。尾行や侵入には無敵のコンボだ。人にぶつかったりものを動かす所を見られたりしない限り、絶対に見つからん。


 ……と思ってたんだが、椎奈にはあっさりと気付かれちまった。どうやって気付いたのか訊いてみれば、真顔で「視線」とか言いやがるし。どんな勘かと。


 まあ、そういう奴が城内にいないとも限らないから、なるべく人目を避けて通った方が良いか。悪い事している奴ほど、周りの目には敏感なもんだしな。


 部屋の主に心の中で謝罪しつつ——本人には言えん、変態扱いされるのはごめんだ——、外に人の気配が無いのを確認して部屋を離れた。



 こそこそと、能力を使いながらそれらしき所を見て回る。国の客品の部屋に跳んだだけあって、初っ端から城の奥深くに入れたのは幸いだった。少し進めば、国の中枢とも言える場所に辿り着ける。


 まず見つけたのは、次官と思われる面々の部屋だった。半開きのドアをひょいと覗くと、深刻そうな顔を付き合わせている。


「陛下はどうしてしまわれたのか……」

「明らかにおかしいですな。昨日も侍女の首を刎ねられたそうですし……」

「あれほど目下の者に寛大でいらしたというのに……」


 ……うむ、どこまでもどっかで聞いた事あるような台詞である。にしても、ここまで深刻な事態になってて鬱々と愚痴る事しか出来ねえのかよ。


「王太子殿下がいらっしゃらねば、どうなっていたことか」

「全くです。殿下が陛下を宥め、陛下が切り捨てようとなさった者を影で救って下さるから、この国はまだ混乱していない」


 どうやら、彼等の心の支えは王太子らしい。実際は全ての黒幕なんだがな。


 ……魔族に尻尾振って国を傾けておいて、善人面、ね。



 ——吐き気がする。



「……ん?」

「どうかしましたか?」

「いや、今妙な気配が……」


 いかん、うっかり殺気が溢れてしまったらしい。不審げな顔で辺りを見回す連中を見て、そっとその場を去った。このまま姿を眩ませば、気のせいで済ませるだろ。


 話し声を盗み聞きながら、更に奥を目指す。疲れたような顔の長官達がさっきの次官達と似たような会話を交わすのを聞き流しつつ、行き着いたのは王太子の執務室。

 覗き込むと、執務机に向かう王太子が書類に目を通している。背後には、隙の無い様子で控えている騎士。確か、勇者枠にもエントリーしていた。


「……殿下、少し休まれては? 朝から1度も休んでいらっしゃらないでしょう」

 やや低い美麗な声に、王太子は顔を上げた。息を1つ吐き、立ち上がる。

「そうだな。気分転換に、奥の様子を確認しようか」

「はい」


 いかにも高貴な人間の声だが、どこか引っかかる響きがある。俺の経験上、こんな声の奴に碌なもんはいなかった。


 欲を剥き出しにした、耳障りな声。己を勝者と信じ、他者をどこか見下したような、嫌な響き。


 「奥」と言った時の口調も妙に気になって、騎士を警戒しつつもそっと後を追う。



 コツコツと靴音を響かせて彼等が向かった先は、人気の無い、奇妙な小部屋。一見普通の外見なのに、妙に気配が歪んでいる。


 部屋に近付くにつれて、その歪みが日に日にはっきりとしていく街のそれとそっくりである事に気付き、我知らず息を呑む。



 ——まさか。



 王子が扉を引き開けたその先から声だけが届くように、空間を弄る。聞こえてきたのは、王子の声。


「状況はいかがです? 上手くいきそうですか」


 この国の序列第2位の彼が丁寧な口調で——どこか卑屈さも聞き取れたが——投げ掛けた問いに答えたのは、妙にゆったりとした、粘つくような声だった。


「……勿論だとも。我々を甘く見てもらっては困るよ」

「それは何よりです。路が拓かれ、この国が新たなる日を迎えるのが、実に待ち遠しいですよ」

 満足げな王子の声に、鳥肌が立つ。


 ——何で、そんな声を出す奴の言葉を丸々信じられるんだ、お前?


 言葉を辛うじて呑み込み、続く言葉に耳を傾けた。


「それより、例の勇者は大丈夫なのか? あの陣を破ったからには、相当な力を持っているだろう」


 椎奈だ。陣ってのが何かは分からんが、この声の主に警戒されている時点で彼女の事なのは間違いないだろう。


「ああ、彼ね……大丈夫でしょう。監視を付けていますが、開会式の日以外妙な動きはありません。試合で一杯一杯と言った所でしょうかね。毎日街を歩いてはいますが、魔術を使う様子もありませんよ」

 どうでも良いと言わんばかりの王子の返答。対する粘っこい声は、やや低く険しい。

「その開会式の日の動きが、どうも気になるが。神霊魔術師がああして街を歩き回っていれば、何らかの不審を持つやもしれぬ。……護衛に監視は?」


 息を潜めて王子の返答を待つ。祈りが通じたのか、回答は猶予を許すものだった。


「付けていますよ。時々街中を単独で歩いてはいますが、何もしていません」

 そっと息を吐いた。彼等も上手くやっているらしい。椎奈はこの仕事を主にベラに——時折ダニエルも手伝っている——任せているが、成程よく分かっている。


 ——歴戦の騎士も、国に取り立てられた元冒険者も、尾行の死角を付く術を知ってるって訳か。


 椎奈がどのような基準で護衛を選んだのか、実に分かりやすい。


「ほう……。では、勇者に纏わり付く冒険者は?」

「同じく街を歩く事はあっても、大抵は買い物ですね。食べ物ばかり食べています。全く、卑しい身分の輩は」


 高校生の胃袋舐めんな。それに、食ってるだけで何もしてねえと思ったら、大間違いだ。

 口元に不敵な笑みが浮かぶのを感じつつ、声の続きを待つ。


「そういえば、陛下は保ちそうですか? 最近暴走が酷く、とても表彰式まで保ちそうにありませんが」

「それはこちらで調整している。何とか保つだろう。……それに」


 粘つく声がそこで一旦間を置き、纏わり付くような嫌な声を出した。


「国王の異変に悩み勇者に相談する輩が、もう出てくるはずだ。あの人形に突っかかってくれれば、我々の作戦も上手くいきやすいだろう?」


 …………物凄く嫌な予感がする。相談されて本気にしそうな奴に、俺は力一杯心当たりがあるぞ。


「……ははっ、流石は魔王の配下でいらっしゃるだけある」

 そう返した王子の声は、流石に相手の邪気に当てられたのか、僅かに語尾が震えていた。けれどそこは流石王族、直ぐに立て直す。

「楽しみですね。この国の変換点はもうすぐです。あのギルドの連中にも、頭数抱えただけではどうにもならない力というものを、見せつけてやれる」

「くく、そうだな。この街を足がかりに魔族が人を支配する日は、もうすぐだ」



 ……ここまで聞けば、もう良いだろう。一言も騎士が話さなかったのは気になるが、これ以上粘るとどっちかが俺に勘付くかもしれない。



 そっと息を殺してその場を去り、人気の無い廊下に出る。少し迷ったが、もう1度能力を使い、開会式で見た王様の居場所を探った。

 結果、さっきの部屋より少し奥にじっと座っていると分かる。またあの場所を通り過ぎるのは拙い気がして、直接その部屋に跳んだ。


 直接跳んだもうひとつの理由は、部屋の前には護衛がいるんだから、ドアを開ける必要が無いようにだ。けど、ちっと失敗だったかもしれない。


 視界が戻った瞬間、ぐらっと目眩が襲った。目眩の原因は、身体と精神を侵す、粘り着くような気配。息が詰まる程の密度のそれに顔を顰めながら、軽く頭を振った。王様が視界に映る。


 どうやら王様の執務室だったらしく、王様は机に向かい、先程の王太子のように書類の山に埋もれている。書類を読むその目を見て、俺は息を止めた。



 暗く沈んだ、穴が2つ。そうとしか、見えなかった。



 一切の意思を奪われたかのような、空虚な瞳。堂々とした体躯も、闘技場では鈍く輝いて見えた金髪も、どことなく力無い。この部屋に満ちる空気が体の芯まで染みこんでしまったような錯覚を覚える。



 ……いや、錯覚では、無いんだろうな。



「…………」


 無言で視線を周囲に巡らせる。王の側に控える騎士や入り口を固める騎士、怯えた様子で茶を出す侍女さえも、少しずつこの空気に汚されている。


『そういえば、陛下は保ちそうですか? 最近暴走が酷く、とても表彰式まで保ちそうにありませんが』

『それはこちらで調整している。何とか保つだろう』


 先程の会話を思いだす。事前に聞いた王の評判からするに、この王様はかなりの精神力の持ち主なのだろう。いつからこの状況なのかは分からないが、こうして執務を行えている事自体がそれを証明している。彼等の言う通り、決勝戦までギリギリ保つ確率は、高い。



 ——けどそれは、この王が『いなければ困る駒』としか扱っていなければ、だ。



 どう見たって、これはマズイ。精神も肉体も侵され、限界に近い。こんな状況、辛くないはずがない。


 王子は、肉親として案ずる言葉を一切言わなかった。王になる為の障害物、作戦上の駒としか扱っていない様子に、椎奈の言葉を思い出した。



『おそらく王子は、魔に堕ちたのだろう』



 欲に目が眩み、手を出してはならない物に手を伸ばし。何が大切か分からなくなり、己の事だけを考える。その様子は、確かに魔物だった。



 無意識に寄せていた眉間の皺をもみほぐし、気を紛らわせる。そうして、王様に治癒魔術を施した。

 これは水の精霊魔術の中でも、然程高度ではない。余りに劇的に効果が出ても怪しまれるから、少し体や心が楽になる、その程度だ。


 ……結局俺もこの人を、作戦上の理由と言い訳して助けない。あいつらと何も変わらねえという事実から目を逸らす為の、これは偽善でしかない。


 内心自嘲しつつ、魔術をかけ終える。もう少しだけ待ってくれと心の中で呼びかけて、俺は最初の城壁へと跳んだ。











「あー、きっつ……」


 何食わぬ顔で警備の交代に紛れ込み、無事誰にも勘付かれずに城から離れる事に成功した俺は、街を歩きつつぼやいた。


 便利なものには代償がいる。魔力いらずな能力の行使のそれは、半端無い疲労感だ。

 頭が重い、体が怠い。集中力がダダ下がり、時折視界がぶれる。正直コンディションは最悪だ。これがあるから、この能力はあまり持続して使いたくない。


 おまけにこんな時でも空間感覚は弱まる気配を見せず、元の世界では気付かんで済むものにまで反応しちまうのは変わらず。

 あちこちにある酷い歪みとそこから漏れる「何か」が、ただでさえ悪い状態の俺に追い打ちをかけてくる。


 このまま大聖堂に……と目論んでいたのだが、これはちっときつい。下手したら大聖堂の中で発見、捕縛……なんて笑えない状況になりかねん。


 太陽の位置からして、今はおおよそ真昼。一旦昼食をとって眠ってから、夕方ごろにトライするか。

 そう決めて、俺は宿へと足を向けた。











 大聖堂は、城ほど警備が厳しくなかった。つーか、ぶっちゃけざるだった。数人の警備がふらふら歩いているだけである。

 魔道具も能力もいらん気もしたが、やばいものを探ろうとしてんだ、念には念を入れて使う。


 欠伸混じりの警備員とすれ違いつつ、大聖堂の奥を目指す。内部の偵察と、椎奈の言っていた「不自然に燃える聖火」についての情報収集が目的だ。


 五角形の建物は、塔がある奥側の三角形と入り口側の四角形に分けられる。手前は一般の人も入れる礼拝所で、奥は神官達だけが入れる聖域扱いだ。

 当然俺は奥に用があるので、神官の後ろにひっつくようにして、奥に繋がるドアを通り抜けた。俺は幽霊、気にすんな。


 神官達は、あまり立ち話をしないらしい。すれ違っても会釈する程度の奴らに、会話からの情報収集は期待出来なさそうだ。


 塔に向かうには、辺に沿った廊下を通らなければならない。無駄に歩かされるのにかったるさを感じる。やっぱ昼寝位では疲労が取り切れなかったか。


 さっさと済ませようとやや早足で歩を進めていると、ふと感覚に何かが引っかかった。


 もやもやと、胸を埋め尽くす感覚。はっきりとした感覚では無いのに……ただひたすら、気持ち悪い。


「……んだ、これ……」


 無意識に呟きを漏らして、俺は足を止めた。1度深呼吸してから、感覚を生み出す発生源を探る。


 魔術で隠されているのか、妙に気配が薄いが……このあたりか。ゆっくりと視線を向けると、人の気配の無いドア。今までの部屋は多かれ少なかれ人の気配があったというのに、ここには一切無い。


 それでも、この感覚さえ無ければ、資料庫か何かだと思ってスルーしただろう。そう確信出来る、何の変哲のないドアだ。


 周囲に人がいない事を確認してから、おもむろにドアに近付き、そこにあった結界を少しだけ弄って、ドアノブに手を伸ばす。中の様子を能力で探りかけて——手が、止まった。



「…………」



 こめかみに汗が流れる。きつく目を閉じて、深く肺に息を送り込んだ。が、却って気分が悪くなる。


「はは、そりゃそうか。吸い込んでどうするんだ、こんな臭い……」


 声に出して笑う事で、無理矢理自分を立て直した。少しでも気を抜けば、この臭いでどうにかなりそうだ。



 ——そう、臭い。それもこれは……腐臭、だ。



 どれだけの量の有機物を、どれだけの間放っておけばこうなるのか。濃密で粘り着くような腐臭が鼻に絡みついてきて、吐き気を催す。結界で無理に隠しているせいで、気付くものには殊更耐えがたくなっていた。



 唐突に、ここに来るまでに聞いた、ある噂を思い出す。


 度重なる毎に強くなっていく魔物による、周辺の村の襲撃。討伐依頼を受けて冒険者が派遣されるも依頼が果たされる事は決してなく、冒険者はいつも姿を消してしまう。村人も、働き盛りの男達を中心に数が足りない。


 椎奈も、襲撃された村を通過したらしい。魔物に殺された男の数が妙に少なかったと、眉を顰めていた。



 ——噂と、情報と、臭い。それらは、嫌が応にもある推測を突きつける。



「……まじかよ」

 気持ち悪い。気持ち悪い。胸からせり上がってくるものを辛うじて堪えて、俺はドアに背を向けた。


 悔しいが、今の俺にこれをどうにかする手立てはない。けど、確かギルド本部に使えそうな道具が売ってあるはずだ。


 椎奈の顔が瞼にちらつく。なんとなく、椎奈にだけはこれを知って欲しくなかった。きっと彼女は、こういう事が大嫌いだという気がするから。


 これは俺だけで何とかしなければならない、と。そう、決意した。






 奥の三角形の頂点である塔の部分は、椎奈の予想通り、神官が祈りを捧げられるよう、やや広く場所が取られていた。流石に聖域らしく、ここは空気が綺麗な感じがする。


 と言っても、聖火もこの場所も、王太子の魔術によって無理矢理それらしく見せた、偽りの聖地でしかない。魔術の気配を感知して、そう確信した。

 やはりここにも王太子の手が伸びていたようだ。ここを管理するのは高位の神官だろうから、奴らもグルだろう。


 けれどまあ、お陰で俺たちも動きやすい。ここなら、椎奈も準備を最大限活かして魔術を使えるはずだ。


 念の為、行きには通らなかった廊下を辿っていく。さっきよりもすれ違う神官の様子に意識を向けてみた。

 結果、神官服が一定以上豪華な連中は王太子と似た空気を、残りの神官達は魔術の気配と、どこかぼんやりした雰囲気を感じた。上はグルで、後の奴らは文字通り目を曇らされているってとこか。


 これだけ分かれば取り敢えず十分だ。1つ頷いて、俺は直接宿の部屋まで跳んだ。


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