戦いの後
「お疲れー」
おどけた様子でグラスを傾ける小崎を、無言で見つめる。意味が分からずにそうしたのだが、小崎は楽しげな表情を浮かべ、声だけは不満げに言った。
「おいおい、せめて乾杯くらいしようぜ」
「……何の?」
乾杯するのは何かを祝う時だ。王都の現状はとても祝えるものではないし、良い事があった記憶は無い。それとも、小崎にとって、今日は何か意味のある日なのだろうか。
「いや、取り敢えず初戦突破を祝おうかと思ったんだが」
けれど、苦笑した小崎がそう告げるから、思わず眉根が寄る。
「何だ、そんな事か。まだ祝う段階ではないだろう?」
「おう、椎奈がそういう考えなのは分かった」
ま、気分の問題だな。そう言って小崎は、一息にグラスを空けた。何となく付き合わなければならない気がして、グラスの水を口に含む。
試合が終わり、夜。私達は示し合わせたように宿の食堂で落ち合い、そのまま夕食を共にする事となった。どことなくもの言いたげな護衛連中が気にはなったが、何も言わないから放っておいている。
「けど、椎奈は体術も凄えのな。見て驚いたぜ」
「武術全般は一通り修めている。師が良かっただけだ」
肩をすくめて賛辞を流す。小崎の体術こそ相当なものだ。流れる様な動きは、非常に洗練されていて美しい。
「あら、本人の資質が無ければ、良い師匠に当たっても高みには届かないわよ」
いきなり割って入ってきた声に顔を上げると、双子の勇者がそこにいた。
「2人は城で世話になっていないのか?」
私以外の勇者は城に泊まっていると思っていたので、こんな所で会うとは予想外だ。そんな思いを込めて聞くと、双子は皮肉気な笑みを浮かべた。
「私達、平民の出なのよ。こっちに来てまで身分を笠に着た人達に馬鹿にされる生活を送りたくはないの」
「いっつもそうなんだもの、嫌になっちゃう。そのくせ、魔物の襲撃があれば迷わず頼ってくるのよ」
王制の社会ではありがちな話だ。勇者という肩書きを持ちながらも、彼女達は貴族に酷く侮られているらしい。所詮は道具、という事だろう。
「成る程、それで宿に?」
「ええ。まさか、貴方までここにいるとは思わなかったけれど」
肩をすくめたメイの言葉に、こちらも肩をすくめて返す。
「私も平民だからな。エルドでも、城暮らしは身に合わなかった」
「その割にはえっらそーな態度だけどね」
「マイ!」
妙に挑発的な物言いをする妹を、姉が慌てた様子で咎めた。別に気にならないが、偉そうという言葉は少し引っかかる。
「偉そうか? そのつもりは無いが」
「堂々とした態度と見分けがつかんだけだろ。気にすんな、そんなガキ」
小崎が口を挟んだ。投げ捨てるような物言いと目に宿る醒めた色に面食らい、一瞬相槌を打つのが遅れる。その間に捻込むように、マイが噛み付いた。
「誰がガキよ!」
「お前以外にガキはいねえだろうが」
彼女の剣幕を冷たくいなし、小崎はいきなり立ち上がる。
「ごっそさん。もう部屋に戻るわ。後はご自由に」
「オズ?」
どうかしたのかと驚いて尋ねるも、小崎は何も言わずにひらりと手を振って階段へと姿を消した。
戸惑いつつ視線を双子に戻す。マイは怒りの矛先が消えて憤然とした表情を浮かべているが、メイはどこか申し訳なさげだ。
「ごめんなさい、食事を邪魔してしまったようね」
「それは別に構わない。たまたま居合わせただけだ」
とはいえ、明日の行動について話し合おうと思っていたから、先に上がられたのは少々予定外だ。まあ、後で彼の部屋を訪れれば済む話なのだが。
「でも、ごめんなさい。とにかく、これから頑張ってね」
「ああ」
応援の言葉に、頷く。結果は本当にどうでも良いが、戦うからには全力を尽くす。
最後の一口を飲み込み、私も立ち上がった。
「私ももう休む。2人は最後までここに止まるのか?」
「ええ。折角の遠出ですもの、ゆっくり祭りを楽しませてもらおうと思って。貴方達は戦いを頑張ってね」
「ああ」
姉に頷いて見せてから、私は部屋へと戻った。
部屋へ戻ってからさして時間をおかず、小崎が訪れてきた。先程の苛立ちは跡形も無く、いつも通りの飄々とした態度だ。
「さっきはどうしたんだ? あの程度の言葉、気にするとは思わなかった」
「……俺も、ド直球に訊かれるとは思わなかった」
苦笑を浮かべそう言った小崎は、ふとその笑みを消し嫌悪の色を浮かべる。
「イラッとすんだよ、ああいうガキ。自分ばっか苦労してると思い込んで、周囲にそのつもりも無く八つ当たりする。でかい態度とる割には、いざという時には訳に立たねえし。力が無い癖に強者に噛み付く、甘ったれた態度がムカつく」
「……そういう人間が小崎の周り、いや、瀬野の周りにいたのか?」
半ば確信を持って尋ねると、小崎は驚いたように目を見張った。推測は当たったらしい。言葉に詰まった様子の彼に、小さく首を振ってみせる。
「私個人の意見を言えば、どうでも良い。害があるわけではないからな。敵でないなら、行動を制限されないなら、問題は無い」
現状に気付き、その上で何か行動出来る人間が、そうそういるとは思っていない。こちらの妨害さえしなければ、突っかかってこようが挑発してこようが構わない。目的さえ果たせれば、相手の感情は関係無い。
——相手の感情で、気にすべきはただ1点。私に心を寄せていないか、という点だけだ。
「……椎奈、それって……いや、いい」
小崎は複雑な表情で何か言いかけたが、すっと目を逸らして言葉を呑み込んだ。少しして向き直った彼の表情は既に切り替わり、真剣そのものだった。
「さて、明日どうすっか決めねえとな。試合は無いだろ?」
「ああ」
明日はアラメラとリーフェラという2国の勇者、スーリィアとケネドの勇者が争う。トーナメント上はアラメラかリーフェラが次の対戦相手だ。
「本来は観戦すべきだが……調べたい事もすべき事もあるな」
「ん? まだ何か知りたい事があるのか?」
小崎が首を傾げる。護衛達も疑問は同じらしく、視線が私に集中している。
「城とギルドの動向が気になる。大聖堂もだが……あの場所は調べるのが厳しそうだ。まず中に入れないだろうし」
「ギルドはオザキ殿が調べられましょうが、城内も厳しいのでは? 私達は滞在を拒絶してしまっていますし」
ボローニの言葉も尤もで、今となっては城に入る口実が無い。
「そうだな……。あまり気は進まないが、瀬野や吉野にそれとなく聞いてみるくらいか。大聖堂は……足がかりもないな」
どちらも状況次第で対応を変えねばならないから、出来れば調べておきたかったのだが。こうなると城に滞在していないのが悔やまれるが、魔族が入り込んでいるだろう場所で寝食を取るリスクを天秤にかければ、傾く側は決まっている。
だから、噂だけでも良いかと、思っていたのだが。
「大聖堂はちっと厳しいかもしれねえけど、城なら何とかなるかもしれねーぞ?」
「……え?」
あっさりと、本当にあっさりといわれた言葉に、驚いて顔を上げる。視線の先では、小崎が楽しげに笑っていた。
「椎奈は真面目だかんな。こういうのは、俺みたいな奴に任せとけって。運が良けりゃ、大聖堂も調べられっかもしれねーし」