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対勇者第一戦

 会場に残って観戦していたメイヒューによると、トーナメント初戦はガレリア国とダレグ国——ガレリアの瀬野達は知っているが、ダレグにはレーナがいたらしい——が戦い、ガレリアが勝利したようだ。


 これでレーナと戦う事は無い。然程感慨もなくそう思い、視線を挙げた。小崎と目が合う。


「ん、どした?」

「……いや」

 首を振り、誤魔化す。自然と身についてしまっていた動作と視線の先に期待していた瞳を打ち消し、ゆっくりと深呼吸した。


 吐いて、吸う。肺の中の空気を一新すれば、意識ははっきりと切り替わる。


 例えこの街の状況が深刻なものだろうと、今は、目の前の戦いのみに集中する。


「行くぞ」

「おう」

 小気味よい返答を背中に聞きつつ、戦いの場へと足を踏み入れた。



 途端、鼓膜を振るわせる歓声。顔を上げれば、多くの興奮した顔が目に入る。



「すっげーな……ほぼ満員じゃねえか。予選の時なんざ、決勝でも7割がせいぜいだったってのによ」

「そんなものだろう。勇者の——各国の精鋭による戦いは、戦いを知らない者から見ても派手だろうしな」

 他人事のように言ってから、銃を使えばその期待には応えられるなと思った。思うだけで、こんな事に使う気なんて全く無いけれど。


 今日は、ダガーと日本刀、魔術のみ。術はそれなりに見栄えがするだろうが、そう頻繁に使う余裕はない。


「そうやって考えると、俺達地味だよな」

 小崎の冗談めかした言葉に、こちらも冗談を返す。

「私は神霊魔術があるからそれなりに派手だ。小崎の言葉を訂正するならば、『俺は地味だよな』だ」

「……そーいう事を言ってくれますかねえ!?」

 割と本気でショックを受けたような小崎の声を新鮮に思いつつ、闘技場の中心へと歩を進めていく。そこには既に、姿形がそっくりな、メテラ国の勇者達が待っていた。



 ——そう、勇者『達』。



 メテラの勇者は、2人で1人。双子である彼女達は、一心同体となってこの世界の魔王に戦いを挑もうとしている。

 全く同色の赤い髪を、1人は耳の上で1つに、もう1人は後ろで高く結わえている。これまた揃いの緑の瞳は、青竹の色に似ていた。

 すらりとした体躯は無駄なく絞られていて、一瞥して体術の名手だと分かる。予選で小崎と同じ組だったが、彼女らの戦闘はなかなかに見事だった。


「君達が私達の相手かな?」

 髪を後ろに束ねた女性の方が尋ねてくる。先日見た戦闘時の様子と落ち着いた声音との差異を意外に感じながら、頷いた。

「ああ。エルド国の勇者をしている、椎奈だ」

「タッグを組んでいる、冒険者のオズだ」


 小崎の名乗り。かなり短い名だが、冒険者は愛称だろうと身元が不明だろうと登録できる。KAなどというよく分からない名の者さえいるらしいのだから、この名を不審に思われる事はないだろう。


「そう。私はメテラ国の勇者、メイ=イクスタス。こっちは妹のマイよ」

「マイ=イクスタスよ。よろしくね?」

 髪を横にくくった少女が、そう言って小首を傾げる。その瞳にどこか侮った色が見えて、訝しんだ。

「ギリギリまで参加出場を渋っていたようなエルドの勇者になんか、負けないわ。手加減はしないから、あんまり酷い怪我負わないように頑張ってね」

「マイ、失礼よ」

 驚くほど直球な啖呵を姉が咎め、私に一礼する。それでも謝罪の言葉が無い所を見ると、心の内は似たようなものなのだろう。


「全力を出し合おう。結果を恨むなよ」

 軽い挑発を返して、背を向ける。地面に引いてある開始線の手前まで下がり、踵を返す。


 小崎が横に来るのを待ち、一礼して1歩前に出た。開始線のすぐ手前に立って、彼女達の準備を待つ。



「……度胸だけは認めてあげる。どこまで持つか、見物ね」


 隠しきれない激情と共に言葉を吐き出し、双子は踵を返して開始線へと向かう。それを待つ間に、小崎に声をかけられた。


「なあ椎奈、最初は俺が前で良いか?」

「それは、私が後衛として様子を見るという意味か?」

 確認すると、小崎ははっきりと首を縦に振る。

「2人で1人を攻撃するのが彼女達のスタイルだしな。色々情報集めた方がいいだろ」

「……そうだな」


 それはおそらく試合だけでなく、現状を考え念の為に、だ。


「分かった、任せる。小崎は治癒を使えるか?」

「一応。それが出来ねえと一人旅はこえーよ」

 即答が返ってきて、感心と自嘲の感情が同時に込み上げた。それを無視し、淡々と告げる。

「なら、治癒は自分でやってくれ。私は出来ないから」

「は? それ、どういう意味——」


『勝負、始め!』


 小崎がぎょっとした様子で聞き咎めるも、審判からの合図によって遮られた。小さく舌打ちして、小崎は一気に駆け出す。


 滑るような動きで間合いを詰め、引き絞った拳を解き放つ。走る勢いと全身のバネを活かした、先手必勝を形にしたような攻撃だ。



 ——が。



「あら、速いのね」

「けど、ちょっと無謀すぎるんじゃない?」

「ちっ!」


 メイの腕に柔らかに拳を流され、マイの鋭い突きが彼に伸ばされる。こちらまで聞こえるような大きな舌打ちと共に、小崎がそれを避けた。


「お見事……とでも言うと思ったかしら」


 居丈高にも聞こえる台詞と共に、メイの腕が小崎の腕に絡みつく。小崎がそれを振り払うよりも速く、マイが彼の鳩尾を蹴った。


「……っ!」


 微かな呻きを漏らして身を折った小崎に、容赦の無い追撃。マイが顎を突き上げ、メイが関節を決めた小崎の腕を折ろうと力を込める。



 ——瞬間、魔力光が閃いた。



 叩き付けるような音と、思わず目を閉じずにはいられない閃光。双子の悲鳴が聞こえるか聞こえないかのタイミングで、重い打撃音が2つ。



「……ってえ、油断した」


 いつの間にかこちらに戻って来た小崎が、低い声でそう漏らした。おどけたような口調とは裏腹に、瞳には獰猛な輝きが宿っている。


「2人で戦う事が前提とされた動きだな。意思の確認に生じるタイムラグが全く無い。相当戦ってきたのだろう」


 双子は、視線の交差も声かけなどの合図も無く連携を取っていた。互いの動きのみで互いの意図を悟り、ぴたりとそれに沿って動きを積み重ねていく。小崎とやり合っても力負けしない身体強化の魔術も大したものだ。


 1人で戦う事を前提とする私や小崎には、分が悪い相手。今更連携を取ろうにも相手の熟練度に敵う訳が無く、1人で2人を相手にするのは骨が折れる。



 となれば、取る手段は1つしか無い。



「引き裂いて1対1に持ち込むぞ」

「おう……と言いてえけど、厳しくないか?」


 小崎の疑問も尤もで、あれ程に2人で戦う事に特化していて、引き剥がされるのを想定しないとも、対策を練っていないとも思わない。通常はその手段を諦め、2人を同時に相手にして1人ずつ無力化させる方を選ぶだろう。


 だが、そんな時間のかかる、そしてリスクの高い手段を選ぶ気は無い。


「幸い2人は魔術に対する構えが不足している。至近距離に詰めておいて魔術攻撃を許しているのはあり得ない」


 小崎は彼女達の追撃を逃れる為、閃光弾を模したような魔術を利用した。それをまともに食らった彼女達は、魔術への対策が甘い。


「……至近距離では魔術は使われねーってのは、こっちの世界じゃ常識だぜ。俺が例外なんだし、油断していたのは当たり前じゃねーか?」

「魔族が無詠唱で魔法を使えるのは常識だ。彼女達は勇者なのだから、その程度の知識はある筈。あの程度の不意打ちにひっかかるのは、明らかに弱点だ」


 言いながら、結印して術を組み上げる。息を吸い込み、詠唱を唱えた。



『——結』



「話し合いは済んだかし、ら……!?」

「な、何よこれ!」

 驚愕の叫び声の原因は、2人の立つ間に突如現れた不可視の壁。何の気構えもなく別たれた2人は、壁を蹴りつけては効果の無さに焦りを見せている。


「魔術攻撃が苦手ならば、魔術無効化の魔道具位は備えておくべきだろう?」

「……おう、主張は正しいな。あんたの無茶苦茶な神霊魔術を防げるかどうかは別としてだがよ」


 何故か肩を落とした小崎が呆れ声でそう返した。意味が分からず視線を向けると、見返した小崎が突如吠える。


「神霊魔術を不意打ち技に使う奴なんかどこにいる!」

「ここにいる」

 軽口を返してから、姉の方へと足を向けた。


「小崎はマイの相手をしてやれ。彼女の方が、小崎とやり合う意欲が強く見えたから」

「そりゃつまり、ボコしたくてうずうずしている相手にその身を投げ出せと!」

「なんとでもなるだろう、1対1だ」


 それ以上の反論を聞かず、相手との距離を詰める。動揺していたメイは、けれど流石に私を認めて身構えた。


「1対1になったところで、貴方に私が倒せるかし、ら!」


 言葉共に蹴り出された足を外に払い、体勢を崩した瞬間に間合いを詰める。突きだした掌底は、けれど身を1回転する事で避けられた。


「やるわね!」

「そちらこそ」


 言葉と共に、拳と蹴りの応酬が始まる。メイの方は単独でも十分に体術を修めていて、気を抜くと押されそうだ。これしきで負けるつもりもないけれど。


 だが、わざわざ相手の得意分野で戦ってやる義理もない。


 結印し、右腕を振るう。空気の塊を叩き付けて相手を吹き飛ばし、間髪置かずに水弾を飛ばした。


 水といえど、質量と勢いがあれば鉄にも匹敵する。もろに腹部に食らえば、意識が刈られる事は疑いようもない。



 けれど彼女は、流石に勇者と呼ばれるだけの事はあった。



「このっ、『水よ弾け』!」


 同じく水弾を放ち、相殺する。精霊魔術は比較的難易度が低いとはいえ、構築速度や威力はなかなかのものだ。


「強化魔術しか使えないなんて、一言も言った覚えはないわよ!」

 マイの声に視線を向けると、彼女も小崎の魔術に魔術で応じた所のようだ。そのまま突貫していく彼女を、小崎は不敵な笑みと共に迎え撃つ。


「よそ見しているなんて、余裕じゃない!」


 敵意ある声で叫び、メイが突撃してくる。不意打ちのつもりらしい。意識の向け度合いは変われど、双方共に視界から外した事は1度たりとも無いのだが。

 思い切り振りかぶられた腕には、予選では使っていなかった棍。魔術干渉の魔法陣が描かれているのを見て、刀を抜く。


 甲高い金属音が鳴り響き、棍と刀が拮抗する。彼女の棍が結界を破ろうとするのをギリギリで防ぎ、棍を跳ね上げる。


 蹴り飛ばして彼女を結界から遠ざけた途端、背後で硝子に皹が入るような音が聞こえた。すかさず結界に霊力を流し、欠損を修復する。


「うそ! これで破れないなんて……!」

「はっは、うちの勇者様は規格外なんだ文句あっか」

 マイの驚きの声は、魔法具で魔術を破れなかった事に対してか。場にそぐわない小崎のおどけた物言いに思わず顔を顰めつつも、メイが懲りずに結界に向かうのを阻む。


「厄介ね、貴方……!」

「厄介?」


 今こうして敵にしている事を指しているのか、この力を厄介だと判断しているのか。それによって随分意味合いが異なる。

 内心気を引き締めて聞き返すと、彼女は棍に勢いを乗せて攻めに入った。


「貴方ほどの神霊魔術師が接近戦出来るなんて、聞いた事も無いわよ!」

「強力な魔術が使えるからといって、接近戦に備えないのは自殺行為だろう?」


 何を言っているのだと胡乱に思いつつ、棍を峰で受け流して相手を蹴り飛ばす。数歩下がった相手に追いすがり、掌底で顎を打ち上げた。


 棒立ちになった相手の足を刈り、転びかけた所で首筋に手刀を入れる。力無く地面に倒れ込んだ彼女が意識を失っているのを確認して、私は振り返った。


「はあっ!」


 マイがかけ声と共に小崎に蹴りを放つ。姉がやられて焦っているのか、ただ足を振り回したような隙だらけの蹴りだ。


「きゃ!?」

「よっ、と!」


 そのミスを逃さず、小崎は蹴り足を捕らえて軸足を刈る。バランスを崩した少女の鳩尾に肘が深くめり込んだのを見て、無意識に顔を顰めた。



『勝者、エルド国の勇者!』



 審判の声とそれに続く割れんばかりの歓声を受け流しつつ、普段の飄々とした表情で戻った小崎に咎めるように囁く。

「女性の腹部を攻撃するのは、出来るだけ避けるべきだ」

「戦いでんな事気にしてられっかよ」


 私の批判をあっさりといなし、小崎は倒れた双子に背を向ける。彼女達に医療班が駆け寄っているのを視界に認めて、私もそれに倣った。


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